表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/72

三十、まどかに弟子入り志願者が現れます

三十


「たのもう!」


 その声が聞こえたのは、康仁が夕餉を食べ終わるかといった頃合いである。


「あっ、勝手にあがられては」

「そなた、何奴!」


 家臣たちの制止などまるで無意味に、ずかずかと康仁の部屋まで歩いてきたのは、とある男である。

 職人気質という言葉がぴったりな、きびきびした男だった。

 康仁が警戒するも、康仁を目の前にして、男は恭しくこうべを垂れた。


「皇子さま。俺は正盛というもの」

「正盛……?」

「はい。天皇陛下の料理番をしておりました」


 まどかは康仁をそっと見やる。案の定、顔を歪ませ男――正盛を忌々しそうに見ている。

 しかし、正盛は康仁そっちのけで、康仁の許可なくたちあがると、おもむろにまどかの前まで歩く。そしてまどかの手を握ると、


「まどか、弟子にしてくれ!」

「……は? 私?」

「おい待て。コイツは俺の料理番だ。勝手は許さん」


 まどかの手を握る正盛の手を振りほどいて、康仁は不機嫌を露に言う。

 しかし正盛はなんら臆することなく、にぱっと笑った。


「皇子さまに話しているのではありません。俺はまどかに願い出たのです」

「だから、コイツは俺の料理番……」

「天皇陛下のご下命です。まどかの料理の腕を盗め」


 正盛は食えない男だとまどかは思った。天皇陛下の命令ならば、勅命の文書なり、あるいはそれなりの手はずを踏んでここに来ればいいものを。


「はっ。そんなはったり、俺にきくとでも?」

「信じないなら構いませんが。まどか、それで返事は?」

「え、私?」


 ちらりと康仁を見やるも、ふるふると顔を横に振られてしまう。

 正盛の正体は確かに不明瞭だ。天皇陛下の命だと嘘をつき、康仁のくりに入り込んで暗殺を目論んでいるやもしれない。


「信じられないか?」

「あ、えーと。そうですね。一応私は皇子さまのお命をお守りしなければなりませんし」

「ふぅん」


 正盛がまどかを見てうなる。どこか納得したようにうなずくと、懐から紙を一枚、取り出した。


「皇子さま宛です」


 渡された紙をくるくると開き、康仁は中身を読む。

 まどかも康仁とともにそれを読むが、達筆すぎてよく読めない。読めないのだが、その文字だけはわかった。


「天皇陛下からの勅命書だな。なぜ先に出さなかった」

「いやあ。まどかの覚悟を見たかった」

「は?」


 怒りを露にしたのは康仁のほうである。


「コイツが俺を裏切るか確かめたかったのか?」

「裏切るだなんて。料理番として皇子さまを守れないようだったら、そもそも弟子入りなんかする気もないし」


 正盛がまどかを見る。先程までのへらりとした雰囲気はなく、どこか恐怖すら感じ取れる。


「皇子さまを守れないようなら、俺が自ずから手を下してますよ」


 ガッと康仁が正盛の胸ぐらを掴んだ。 怒気を含んだ康仁に、気圧されたのはまどかである。

 なにがなんだかわからない。正盛もそうだが、なぜ康仁が怒りに飲まれているのか、まどかにはわからない。


「お、皇子さま、天皇陛下の使いのかたに手をあげるのは……」

「オマエはあんな言いかたをされて頭にこないのか!?」

「や……それは……」


 本当なら、まどかだって頭に来ていないわけではない。ではなぜ、まどかが冷静のかといえば、


「皇子さまが代わりに怒ってしまわれたので、私は冷静にならざるを得ないといいますか」


 正直なところを話せば、ぱちりと康仁は目を丸くした。

 そして我に返ったのか、正盛の胸ぐらから手を離して、こほん、咳払いをした。


「弟子はならん」

「ですが、天皇陛下のご下命で」

「そなたが罰を受けるだけだ。俺には関係ない」

「ひどいですね。そうか、そうかぁ。俺は罰を受けるのか」


 ちら、ちら、と正盛はまどかのほうに視線を寄越す。

 それがあまりにもあからさまで、康仁はますます機嫌が悪くなる。


「お、皇子さま、私は弟子が出来ても構いませんし」

「は? オマエ、なに言って……」

「だ、だって。天皇陛下の命に背いたら、皇子さまにも罰が及ぶかもしれないでしょう?」

「……オマエは本当に……」


 康仁ははぁっと頭を抱えてため息をつく。

 おろおろするまどかに、へらりとした正盛。

 しかして、折れたのは康仁である。


「俺の料理を作るのはあくまでオマエだ。その条件で、正盛とやら。そなたを弟子として迎えよう」

「そうこなくちゃ。皇子さま、まどか。これからよろしく頼むな?」


 かくして、新たな料理人がひとり、加わった。

 つかみどころのない、天皇陛下直々の使いである正盛が、まどかの弟子として康仁の御殿に居座ることとなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ