表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/72

十九、大根の花を咲かせます

十九


 実演形式といったって、平安時代にカセットコンロはない。ゆえに、クレープリュゼットのように、客の前でクレープをフランベする料理は不可能だ。

 ならば、とまどかが選んだのは。


「すずしろ(だいこん)など……なにをする気だ?」


 大根の真ん中辺りを十センチほど、切り取った。

 厚めに皮をむいてきれいな円柱に揃える。

 その大根と薄刃包丁を手に、まどかは直仁の部屋へと足を運んだ。

 むろん、包丁は細心の注意を払って、さらしにくるんで持ち運んだ。


「今から、花を咲かせます」


 直仁の前に立ち、まどかは包丁を構えた。

 大根を左手でしっかり持ち、構えた真正面、大根の真ん中に包丁をあてる。

 右手の親指と左手の親指を大根に沿わせ、包丁は上下に滑らせながら。


 しゃり、しゃり。


 親指の感覚だけが頼りだ、薄く薄くだいこんをむいていく。桂剥き、という技術だ。桂剥きは和食の花形だ。飾り切りの基礎中の基礎だが、応用の幅も広い。


「すごいな。大根の向こう側が透けて見える!」


 直仁が感嘆の声をあげる。そばにたつ康仁すらも目を見張る。

 まどかの包丁の腕は確かだ。


「それで、それをどうするのだ?」


 左手で大根を回しながら、右手で包丁を上下して進める。その微調整は両手の親指が担っている。絶妙なバランスで。

 三十センチほどむいたところで、まどかは大根をぶつりと切り落とす。


「じゃーん! 桂剥きの完成です!」

「すごいな! 薄く長く切れるなんて!」


 まどかの言葉のひとつひとつに、いちいち直仁が反応するものだから、まどかは鼻高々だ。


「それで終わりじゃないだろうな?」

「もう。皇子さまはせっかちですね」


 康仁に水を差されながらも、まどかは笑みを崩さない。

 持ってきたまな板を床におき、自身も座って、まな板のうえに桂剥きした大根を置く。

 直仁の期待の眼差しを感じる。

 まどかは桂剥きした大根を縦半分――長いほうが縦だ――に折って、輪を向こう側にして置く。

 そうして輪から手前に向かって半分ほどまで、右斜め下に切り込みを入れていく。五ミリ幅ほどの間隔をあけて、きれいに規則的にサクサクと切り込みがいれらる。


「兄上は、なにができると思いますか?」

「知らん。というより、コイツが言ってだだろ。『花を咲かせる』と」


 まるで予想がつかないが、そうこうするうちに、まどかは切り込みを入れ終える。


「さあ、ここからですよ」

「うむ。それでそれで?」

「はい、これを端からくるくると丸めれば……」


 やや丸めづらいのは致し方がない。本当は、桂剥きをしたあとに、一晩ほど塩水につけてしならせたいところだが、今はなにぶん、実演形式が優先だ。

 切れないように注意しながら丸めて、つまようじを打つ。

 あとは切った部分を水につけて広げれば。


「わあ。花だ」

「はい。花です。天皇家の御紋、菊の花にございます」


 大根の花を直仁に渡すと、直仁はそれを天にかざして、その薄さと繊細さを楽しんでいる。

 切り込みは斜めでなく垂直に入れても花の形はできるが、今日は少しだけ華やかなほうの花にしてみた。


「すごいな。そなたはどこでこれを習った?」

「えーと。はい、仕事で」

「そなたはすごいな。すごいなぁ」


 直仁がまどかを誉めちぎる。


「えへへ。本当はニンジンがあれば、二枚重ねて丸めて、もっと華やかなお花もできるんですけど」

「ニンジン……?」

「えーと。赤い大根のような食べものです」

「そなたはなんでも知っているのだな」


 大根の花を大事そうに抱えながら、直仁が笑う。まどかも笑う。

 穏やかなまどかの表情に、面白くないのは康仁である。


「そんなもの。食べてしまえばただのすずしろだろ」

「もう。皇子さまは風情がないですね」

「なんとでも言え」


 それだけ言い残すと、康仁はずかずかとあるきだす。

 後ろ手に、


「味噌作りに行くぞ。晴明たちを待たせてある」

「あっ。はい。では、直仁さま。また?」

「ああ。また来てくれ」


 そうしてまどかもまた、直仁の部屋を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ