十九、大根の花を咲かせます
十九
実演形式といったって、平安時代にカセットコンロはない。ゆえに、クレープリュゼットのように、客の前でクレープをフランベする料理は不可能だ。
ならば、とまどかが選んだのは。
「すずしろ(だいこん)など……なにをする気だ?」
大根の真ん中辺りを十センチほど、切り取った。
厚めに皮をむいてきれいな円柱に揃える。
その大根と薄刃包丁を手に、まどかは直仁の部屋へと足を運んだ。
むろん、包丁は細心の注意を払って、さらしにくるんで持ち運んだ。
「今から、花を咲かせます」
直仁の前に立ち、まどかは包丁を構えた。
大根を左手でしっかり持ち、構えた真正面、大根の真ん中に包丁をあてる。
右手の親指と左手の親指を大根に沿わせ、包丁は上下に滑らせながら。
しゃり、しゃり。
親指の感覚だけが頼りだ、薄く薄くだいこんをむいていく。桂剥き、という技術だ。桂剥きは和食の花形だ。飾り切りの基礎中の基礎だが、応用の幅も広い。
「すごいな。大根の向こう側が透けて見える!」
直仁が感嘆の声をあげる。そばにたつ康仁すらも目を見張る。
まどかの包丁の腕は確かだ。
「それで、それをどうするのだ?」
左手で大根を回しながら、右手で包丁を上下して進める。その微調整は両手の親指が担っている。絶妙なバランスで。
三十センチほどむいたところで、まどかは大根をぶつりと切り落とす。
「じゃーん! 桂剥きの完成です!」
「すごいな! 薄く長く切れるなんて!」
まどかの言葉のひとつひとつに、いちいち直仁が反応するものだから、まどかは鼻高々だ。
「それで終わりじゃないだろうな?」
「もう。皇子さまはせっかちですね」
康仁に水を差されながらも、まどかは笑みを崩さない。
持ってきたまな板を床におき、自身も座って、まな板のうえに桂剥きした大根を置く。
直仁の期待の眼差しを感じる。
まどかは桂剥きした大根を縦半分――長いほうが縦だ――に折って、輪を向こう側にして置く。
そうして輪から手前に向かって半分ほどまで、右斜め下に切り込みを入れていく。五ミリ幅ほどの間隔をあけて、きれいに規則的にサクサクと切り込みがいれらる。
「兄上は、なにができると思いますか?」
「知らん。というより、コイツが言ってだだろ。『花を咲かせる』と」
まるで予想がつかないが、そうこうするうちに、まどかは切り込みを入れ終える。
「さあ、ここからですよ」
「うむ。それでそれで?」
「はい、これを端からくるくると丸めれば……」
やや丸めづらいのは致し方がない。本当は、桂剥きをしたあとに、一晩ほど塩水につけてしならせたいところだが、今はなにぶん、実演形式が優先だ。
切れないように注意しながら丸めて、つまようじを打つ。
あとは切った部分を水につけて広げれば。
「わあ。花だ」
「はい。花です。天皇家の御紋、菊の花にございます」
大根の花を直仁に渡すと、直仁はそれを天にかざして、その薄さと繊細さを楽しんでいる。
切り込みは斜めでなく垂直に入れても花の形はできるが、今日は少しだけ華やかなほうの花にしてみた。
「すごいな。そなたはどこでこれを習った?」
「えーと。はい、仕事で」
「そなたはすごいな。すごいなぁ」
直仁がまどかを誉めちぎる。
「えへへ。本当はニンジンがあれば、二枚重ねて丸めて、もっと華やかなお花もできるんですけど」
「ニンジン……?」
「えーと。赤い大根のような食べものです」
「そなたはなんでも知っているのだな」
大根の花を大事そうに抱えながら、直仁が笑う。まどかも笑う。
穏やかなまどかの表情に、面白くないのは康仁である。
「そんなもの。食べてしまえばただのすずしろだろ」
「もう。皇子さまは風情がないですね」
「なんとでも言え」
それだけ言い残すと、康仁はずかずかとあるきだす。
後ろ手に、
「味噌作りに行くぞ。晴明たちを待たせてある」
「あっ。はい。では、直仁さま。また?」
「ああ。また来てくれ」
そうしてまどかもまた、直仁の部屋を出ていった。