第一話 盲目の剣士(目が見えないとは言ってない)
左切上に放たれた白銀の剣閃は一分の狂いもなく喉元へと迫る。
足を踏み込んで腰を使って振るわれる一刀は、金剛石であろうと容易く斬り裂くだろう。
どこまでも鮮やかに、軽やかに、そして力強い一刀。
正面から当たるのは愚策も愚作、輪切りにされることは明白だ。
しかし躱そうにも隼が飛ぶよりも速く迫ってくる剣閃は、余りにも速すぎた。
で、あれば取れる手段は限られてくるというもので、
(逸らすか)
それ以外にこの一刀を凌ぐ方法が見つからない。
そうと決まれば後はそれに則した行動を取るだけだ。
「魔力強化」、「心眼」、「剛体」を並列起動し、「そう言えばこんなアーツあったなランキング」第一位に君臨する『堅尾』を発動する。
「魔力強化」と「剛体」は尻尾に集中的に使用し、『堅尾』で固められた尻尾をより硬くする。
遅くなった視界の中で、首に届くまで後5cmといったところで尻尾を刃との接地面が斜めになる様に滑り込ませる。
「ほお?」
鱗が1枚、また1枚と剥がれていき、骨が軋み肉が裂ける様な感覚を無視して万里の堅鎖を射出。
黒穴から撃ち出された4本の銀色の鎖は、黒穴からカーブを描く様にして太刀を下から上に押し上げる。
ギイィン、と音を鳴らして衝突する刀と杭。
走る火花は俺の命が徐々に散っているのではないのかと、あらぬ幻想をしてしまう程にこの一刹那の時間に命が削られていくようで。
──ああ、楽しい、愉しい
スキルの並列起動の副作用による物理的に割れているのではないかと思うほど頭痛すら今は愛おしい。
永遠にこの時間が続けばいいのにと願ってしまうほどに死が身近に感じる甘美な長いようで短いようなひと時は、けれど俺の願いに反して終わってしまう。
狙いすまして刀身に放った杭は刀を吹き飛ばすには遠く及ばず、されど剣線の弧を歪ませるには十分だったようだ。
ジャリィン、と鱗体と刀身が擦れる音が迷宮内に響き、剥がれた数枚の鱗と共に切っ先が天に向いた。
しかし、男の剣の舞はこれで終わりでは無かった様で、切っ先を翻して左袈裟に銀刀を振り落と──
「塵と化せ『クランブル・サンダー』」
──すよりも早く、お嬢の魔法が完成した。
上空から撃ち落とされる雷光は「心眼」無しでは視認することすら難しく、されど東国風の剣士を灼くには至らなかった。
豪雷は凄まじい音を立てて石畳を砕き、溶解させ、その後方には刀を右肩に担ぎ、左手を地面について片膝を立ててしゃがんでいる剣士の姿が。
東国風の出立が衝撃的で目に入ってこなかったが、改めてそのその風像を見るとこの場においてはなかなか異質な人物だった。
まず、刀。
この世界に転生してからというものの、刀という武器が存在しているのはお嬢との会話で明らかになっていたのだが、冒険者が多く住うイージアの地で刀を見たことは無かった。
お嬢に聞いてみたところ、刀はこの国では余り使われていない武器らしく、隣国の鵬国という国で主に使われているのだとか。
ここ、イージアはラニア王国の端も端、最南端の国だ。
そんなところで異国の国の武器を使っている人間というのはかなり異質だろう。
次に、その格好。
日本文化を彷彿とさせる着物に袴、そして羽織りという出立はやはりと言うべきか鵬国で主流の格好らしく、イージアで異国の格好をしているのはーー以下略。
そして最後に、目を覆う様にして巻きつけられた白い包帯だ。
後頭部から耳の上を通って眉間から鼻の中程までに覆われた包帯は、何度か巻いていることから両眼が完全に見えないであろうことを予測させる。
なんで目だけ塞いでるの?とか隠すなら顔全体布で覆った方が良くね?とかいう疑問よりもその包帯邪魔じゃね?と思ったのは口に出さないほうがいいのだろうか……。
うん、出さない方が良さそうですね、ハイ。
「何の真似だ、魔法使い」
「それはこちらの台詞だ、サムライ。私の使い魔に向かって何の真似だ」
おお!お嬢がカッコいい!!
おじさん嬉しいよう……最近残念なところしか見てなかったんだもの。
にしてもあの剣士の声渋いな……。
イケボ、と言うよりはこれからイケオジになる未来を想像させる渋い声。
個人的にはこっちの方が好みです、今後に期待できるし。
成長途中っていいよね、男女問わず。
そう!膨らみ掛けには膨らみ掛けの良さがあるのだ!
どことは言わんが。
「………使い魔?」
◇◆◇◆◇◆
「はははは!!そうか、ルキアは転生者か!通りで話が合うわけだ!!」
『故郷の文化が似ているのもあるんだろうさ。しかし……いい刀だなぁ』
「おお、分かるか?何を隠そうコイツは俺の持ってる刀の中でも最高の一振りでなあ。無名ではあったが腕のいい鍛治師が真龍の中でも最高位の龍と謳われる銀龍の角と爪から鍛え上げた一品でな。心鉄には角を、皮鉄には爪をそれぞれ玉鋼に混ぜ込んである贅沢品だ。銘を「銀光」と言う」
『へえぇ……そりゃまた贅沢したなあ、その鍛治師さん』
「……なんでコイツら仲良くなってんだ」
あれから俺がお嬢の使い魔であることを聞いて剣士が驚き、俺が喋れることを聞いてまた驚くと言う定番じみたやりとりの後、色々会話していて何んやかんやで意気投合した。
なお、お嬢の呟きは聞こえなかったことにします。
彼の名前はシオン・ミカゲと言うそうで、お察しの通り鵬国の出身だそうだ。
いかにも日本人という名前に反して転生者とは別に何にも関係ないらしく、鵬国の武家出身とのことだった。
目に巻いた包帯に関しては色々と隠したいらしく、尋ねてもはぐらかされてしまった。
まあ、無理して聞いてせっかく良くなった関係が崩れてしまうのは勿体なかったので深くは突かなかったが。
何らかの方法で周囲は認識できているようだし問題ないだろう。
『そういや何でイージアに?』
「あー、家でゴタゴタがあってな。それで実家に居辛くなって……。かと言って鵬国じゃあウチの実家はそこそこ権力持ってるんで引き戻されそうだから外国行こうってなってな。ならせっかくだから高ランク冒険者の魔窟と名高いイージアまで足を伸ばそうかな、と。変に国元に近いと実家の手が届きかねんからなあ」
『ああ、そういう……』
「まあ、元から実家はあんまり好きじゃなかったし、何より自分の剣がどこまで通じるのか試してみたかった。武者修行ってのもやってみたかったしな」
そう言ってあっはっはと笑うシオン。
その言葉に嘘も見得も無いようで、晴々とした顔で笑っていた。
「そうだ!これから3人で第十二階層のボスに挑まないか!?」
いいことを思いついた!と言わんばかりの顔でシオンが結構とんでもないことを提案した。
ダンジョン探索というのは本来、いつも組んで依頼をこなしているパーティでやるのが一般的だ。
理由としては色々あるが、裏切りの可能性が捨て切れないというのがまず一番に上がる。
ダンジョンの中は人を喰らう魔物たちでひしめき合っている。
加えてダンジョンにはスライムというダンジョンの掃除役がおり、倒した魔物の残骸などはコイツらが処理する。
その為、ダンジョン内で略奪や殺人、強姦などをしてもそこらに死体を放っておけば魔物が処理してくれる為、犯罪の証拠が残らないから悪用されることもある。
だからこそ、信用できる人たちと共に探索するのが一般的になっているし、冒険者ギルドからも推奨されている。
だからこそシオンの提案はいささか突飛、と言うよりは危ういものではあるのだが……
「ああ、心配なら……っと。ほれ、そいつを預ける」
「うわっと……いいのかこれ?』
そう言って鞘に結んだ紐を解いてお嬢に投げ渡されたのは、先程自慢していた太刀「銀光」。
「おうさ。第十二階層なら「銀光」じゃなくても十分戦える。それにルキアと共闘するなら打刀の方が良いだろうよ」
大小をさすりながらそう言ってニカっと笑うシオン。
いやお嬢が心配しているのはそうじゃなくて……
『あって間もない俺らに預けていい代物じゃないだろうに』
「ああ、そっちの事か。何、「蒼天の魔女」と名高いアリシア・ローレライ殿であればそのような事はしないだろうという考えの下だ。それに……」
「『?』」
意味深に言葉をためてニヤッと好戦的な笑みを浮かべると、
「もし盗まれたなら「蒼天の魔女」殿と一戦交えるいい口実になるだろう?」
(……コイツそっちが本音だろ)
(あ、俺と同類だわ、コイツ)
シオンとはいい友達になれそうだなと思いました、まる。
◇◆◇◆◇◆
「ふっ」
『『ポイズンジャベリン』!』
「ふあぁ……。眠い」
剣閃が舞い踊り毒が淀めき欠伸が宙を漂う戦場こそは第十二階層。
……今絶対変なのが混じったがそこはスルーするものとする。
だってツッコんだら負けな気がするんだもの。
シオンと共に第十二階層を攻略しているんだが、隣で無双している剣士さんがまあお強い事で。
ただ、シオンが振るう剣は先程俺が全霊を賭して凌いだその斬撃そのものが死を孕んでいるのではないかと思ってしまうほどに美しい剣閃とはまた違う美しさを感じさせる剣閃だ。
撫でるように斬るという、どこか矛盾を感じさせるような太刀筋。
例えば、首を斬る時であれば首ごと斬り落とすのではなく、頸動脈に届くかどうかという浅さまで斬る。
例えば、心の臓や肺を貫く時であれば背中まで刺し貫くのではなく、その臓器の内表を破くだけに留めて直ぐに引き戻す。
そんな風に一切の無駄なく振るわれる剣は決して豪華とも力強いとも呼べぬものの、疾く確実に命を摘んで行く。
故人曰く、突き詰められたものには何であれ、美しさが宿るという。
ならば、この剣舞は正しくその体現と言っていいだろう。
しかし、甘美な時間ほど長くは続かないもので、
「しっ」
「ガアッ!?」
最後のハイコボルトが横薙ぎに頸を切り裂かれた事で死の演舞は終わりを告げた。
……いや、強すぎじゃない?
絶対適正レベルと違うでしょ、ここ。
しかしまあ、見てて参考になる戦い方ではある。
一分も無駄のない動きから繰り出される流れるような剣撃。
もう、金取れるんじゃない?というぐらい人を魅せるような美しい剣舞だった。
なお、後ろの欠伸しているおバカは気にしないことにする。
『いや、良いもの魅せてもらった』
「いやいや、まだまだ修行中の身だ。それに此方こそ良いものを見せて貰った」
『ん?』
良いものを見せたような覚えはないんだが……強いて言うならお嬢か?
お嬢は中身に目を瞑れば外見は十分美しいと言えるだろうし。
うつらうつらしている様子もとても絵になる。
「ああ、お前さんの魔法やスキルの使い方。俺達武人はどうしても武術を特別なものとして捉えれしまうからな。ただの道具として見るその潔さは良い刺激になる」
……余り褒められてる気がしないんだが。
『……もしかして気に障ったか?』
「いやいや、まあ人によっては侮辱ととる人もいるかもしんが……。少なくとも俺はそれも一つの道だと考えている。お前さんにとって魔法やスキルは俺達武人とは違ってそれ自体が目的ではなく、あくまで手段なんだろう?そういう考え方は余り触れてこなかったからな……。そういう相手もいるのだと、参考になるさ」
『……まあそうだな。俺にとって魔法やスキルはあくまで敵を殺すための手段に過ぎない。その点、お嬢とシオンは似ているかもな』
「俺と……彼女がか?」
『ああ。お嬢の場合、戦闘はあくまでもののついでだろうさ。真に目的としているのは魔法への探究だ。求道者という観点から見れば同じカテゴリだと思うぞ?』
「……なるほど」
まあ要するにお嬢は魔法バカ、シオンは剣術バカという話だ。
どちらも戦いで勝つことではなく、その道に重点を置いているのだから研究者、探究者、求道者という評価は間違いではないだろう。
もっとも、俺とシオンも戦闘狂というカテゴリで纏めれば同じなのかもしれないが。
「──おい。2人とも、何してる。さっさと行こう」
いつの間にやら先に進んでいたお嬢が呼んでいる。
『行こうか』
「そうだな」
顔を見合わせると、催促してくるお嬢の下へと急いだ。
ーーふと、このような関係を「友」と呼ぶのだろうかと、そう考えてしまった自分がおかしくてつい笑ってしまった。
なお、罠に引っかかって槍に串刺しにされていたコボルトシーフ君は見なかったことにします。
……今日もお疲れ様です!
治癒魔法で直されてるけど頑張れ!
刀は好きだけどマニアじゃないんで変なところがあっても気にしないでください
てめえふざけてんじゃねえ馬鹿野郎!という方はご意見頂ければ
シオンの羽織りは殿様が羽織るようなやつではなく新撰組みたいなやつをイメージしてます




