第二話 愉悦の予感
ひっでえサブタイ……でもこんなサブタイを付けてしまう自分が嫌いじゃない
「ふざけないで下さい!!何故私が暗殺者の真似事などしなければならないのですか!!」
エルデア帝国帝都ノードホルム、シュヴァルハイン公爵家の屋敷内に青年の怒鳴り声が響き渡った。
場所は屋敷の客間で、室内はどれも高価な家具で彩られている。
しかし、ここで豪華と成金を履き違えないあたり、屋敷の主人の美的センスが窺える。
豪華絢爛に装飾された室内はされど、客間という空間を壊さない程度に落ち着いている。
果たして来客に緊張させないために過度な装飾を押さえたことを褒めるべきか、それともそもそも客間をそんなに豪華にするなと文句を言うべきか、それはその人の価値観に準拠するだろう。
強化の魔法刻印が刻まれた迷宮産のガラスのテーブルを挟んで如何にも高そうなソファに腰掛ける人物は2人。
1人は先程テーブルに手をついて大声を上げた青年で、名前はキース・ファロンテッサ。
没落したとはいえ、元はファロンテッサ子爵家の次男であり、現在では「金剛」の二つ名を取りAランク冒険者として活動する青年だ。
年齢は26と100歳越えがザラにいるAランク冒険者として見れば異例なほど若く、隣国でもその名を轟かせているエルデア帝国屈指の若き英才だ。
一般的な評判では人当たりが良いと言われているキースが睨み付けている先にいるのはでっぷり、というよりはぽっちゃりとした体型とそれに似合わない鋭く冷たい眼光をした40代ほどの男性。
その男の名はベルンハルト・アンドレア・シュヴァルハイン。
シュヴァルハイン公爵家の当主であり、アンドレア領の領主でもある。
現皇帝の右腕として知られ、政治の分野でその辣腕を振るう傑物である。
口に蓄えられた豊かな髭を撫でさすりながら大袈裟にため息をつく。
「君も落ちぶれたとはいえ帝国貴族の血を継ぐ者ならばもう少しマナーというものを勉強したまえ。紅茶が溢れてしまっではないか」
やれやれと言った風にキースの怒声などどこ吹く風と言ったように首を振って、逆にマナーの教師のようにその振る舞いを酷評し、さり気なく言葉に毒を混ぜる。
もしここにルキアがいたのなら「お見事」と言った後にそれを少し捻った嫌味をキースにぶつけるだろう。
さり気なく生家をバカにされたことで顔を紅潮させるも、冷静さは失って否かった様で席につく。
「それについては謝罪いたします。しかし私に聖女であるアナスタシア・ヴーゲンビリア様を襲撃しろ、という依頼は撤回していただきたい。私は冒険者であって盗賊でも帝国貴族の犬でもない。この誇りまでも返還した覚えはありません!どうしてもと言うのなら勅命でも持って来てください」
「そうか。ならば喜べ、キース・ファロンテッサ。皇帝陛下から私に勅命が下っている。君に聖女を襲撃させろ、とな」
「んなっ………!」
ぴらり、とご丁寧に御璽が押された勅書を見せられて絶句するキース。
それも無理もないだろう。
彼の知っているエルデア帝国現皇帝アンシュトレングング・ノードホルム・エルデアという人物はそのようなことを命じるような人物ではなかったからだ。
断じてその様な命令に御璽まで持ち出す事はないと思っていたが故に勅書を突き付けられた時のショックは大きかった。
「何も君1人で行けと言っているわけじゃない。シュヴァルハイン家から10名、皇家から10名の計20名、その道専門の部隊を派遣する。それに君の主な役目は陽動だ。神聖騎士団を足止めさえすれば後は私と皇帝陛下の配下がどうとでもする。自らが手を下さずに皇帝陛下のお役に立てて、その上白金貨20枚も貰えるのだ。断る理由はないはずだが?」
悪魔の囁きの如くキースに吹き込んでいくが、肝心の本人は未だ呆然としている。
勅命が下ったことが未だに信じ難くて放心しているのだ。
それもそうだろう。
彼は帝国貴族は腐っていても、皇帝だけは自らが仕えるべき誇り高き主君だと思っていたが故にエルデア帝国に留まり続けていたのだ。
今の彼は幼い頃からずっと信じ続けていた相手に裏切られた形だ。
動揺するなという方が無理だろう。
だが、今対面している相手はそんなことは察してはくれない。
いや、察してはいてもそれに則した対応は取らないというべきか。
チリンチリンとテーブルの上に置いてあったベルを鳴らしてメイドを呼び出すと、
「玄関まで送って差し上げろ」
そう命じた。
「かしこまりました、旦那様」
きっちり45度お辞儀をすると、メイドは放心しているキースを伴って客間から出て行った。
ベルンハルトはグッとソファに深く腰かけ、ジャケットの内ポケットに入っていた葉巻に魔法で火をつけるとすうっと煙を吸い込んで、数秒後に吐き出すと、
「にしてもあれ程効き目があるとはな。皇帝陛下はこれを見越していたのだろうが……。恐ろしいお方だ」
恐ろしいという割には楽しそうに口角を上げ、もう一度葉巻を咥えた。
──役者はここに出揃った
演目はこれより9ヶ月後、カトリス聖遺跡にて。
◇◆◇◆◇◆
『──ハッ!?』
「どうした、ルキア」
『今、俺のいないところで凄まじく愉しいことが起こった気がした!』
俺の魔物としての第六感とこの世界に来てから鍛えられた直感、そしてなによりも生前社畜でも出来るだけ人生エンジョイして行こうと30年間弱磨かれた愉悦センサーの全てが俺に「俺のいないところでとても愉しいことが起こっている」と告げているのだ!
くそう!何で今俺はダンジョンなんかに居るんだ、チクショウ!!
「何か面白そうなことでもあったのか?」
「またどうせロクでもないことだろうよ……。ほれ、ボス戦だぞ。しっかりしろ、馬鹿者」
……うむ、美女に叱られるというのもまた乙な物、我々の業界ではご褒美です!
なので壮絶に楽しそうなことを見逃したのはプラマイゼロということにして切り替えていこう。
第十二階層のボス部屋の前の扉には例の如く、精緻な彫刻が施されいる。
今回の扉には2体の魔物の姿が描かれいる。
どちらも同じ魔物の様で、上半身は髪の長い女性で腰から下が蛇の体をした魔物だ。
「ラミアか。「魅了の魔眼」を持ち、異性を狂わせるCランクの魔物だ。ヴァンパイアの仲間と言われることも偶ににあるが……こっちの説はかなりマイナーだな。一般的には蛇と人間の女性の混合獣と言われることが殆どだ。毒も使うことから蛇の要素が強い魔物といえよう」
毎度お馴染みの解説どうもです、お嬢。
「ラミア、かぁ……。あんまり期待できそうにないなあ」
『そりゃあ、お前さんのお眼鏡にかなう魔物なんぞこの階層にそうそういて堪るかってんだ。俺の命がいくつあっても足りんぞ』
「まあわかっちゃいるんだがな?」
もっとヒリヒリした死合がしたいものよなあ、とボヤくシオン。
まあ、その気持ちは分からんでもない。
そんなに強いやつと戦いたいならもっと深いところに行けば良いのでは?とも思ったのだが本人曰く、コルテカの迷宮に潜り始めたのは3日前とのこと。
第一階層からカッ飛ばして来たので3日でここまで来れたとは言うものの、いささか早すぎない?と思った物だ。
何せこの男、斥候役を連れて来てないのだ。
ここコルテカの迷宮は第十階層からは雨霰と罠が襲い掛かるため、斥候役がいないと地獄を見るのだ。
俺達はお嬢が召喚したコボルトシーフを斥候役にして罠を回避していたものの、シオンはそうはいかない。
ではどうやって罠を回避していたのかと聞くと、あろう事かコイツは「勘」と答えやがった。
まったくお前は!体張って斥候役やってるコボルトシーフ君に申し訳ないと思わないのか!
尚、「お前がいうな」というツッコミは聞こえないものとします。
何でも本人曰く、ダンジョンの低層の罠であれば何となく分かるのだとか。
全斥候職の皆さんが悔しがりそうな技能だなぁ。
閑話休題
「ま、少しでも強い個体が現れることを願うとしますかあ!」
『同感だ』
「戦狂い共め……」
『魔法狂いのお嬢に言われたくは無い』
軽口を叩きがら重厚な扉を開いた。
いつもの体育館ぐらいの大きさの石造りの部屋の中にいたのにはお嬢と同じぐらいの背の高さの蛇女2人。
シュルシュルと蛇っぽい二股に分かれた舌を出し、手に持った曲刀……所謂シミターとか言われる剣を弄びながらこちらを見てくる。
「ニ……ンゲン……。コロ……ス」
「オト……コ、オカス。オ……ンナ、ク……ウ」
キエエエエェェアアアァァア、シャベッタアアアアアァァァ!!という鉄板ネタを済ませたところでハイ、作戦会議。
『おい、シオン。お前を抱きたいってよ。やったじゃねえか、モテモテだな』
「流石に魔物とまぐわう趣味は無いぞ……。せめて人間種にしてくれ」
「おい、食料としか認識されてない私を慰めろ。ちょっと傷ついたぞ」
『ハイハイ。カワイソウカワイソウ』
「ソウダナ。キットイイコトガアルヨ、ゲンキダセ」
「お前ら……慰める気とか無いだろ』
いやこれ唯の雑談だわ。
後お嬢、アンタそんなんで傷つくタマじゃ無いだろうに。
そんなことを思っていると、シオンが大小の内の水色の刀身を持った打刀のほうをスラリと抜いて右肩に担ぐと、
「左の方、貰うぞ?」
『なら俺は右の方を貰おうか。お嬢は?』
「いやもう残ってないだろうが……。私は観てるさ。もしどっちかが危なくなったら助けに入る役で」
そう言うと座り込むお嬢。
アナタ助けに入る気とか微塵もないですよね……?いや、別にいいんだけど。
と言うか変に邪魔されると俺もシオンも多分キレる。
んじゃ、殺りますか。
ラミアは厳密にはキメラではないです




