94話 真冬の砂浜
海岸線沿いの道は綺麗であった。海岸線沿いの道からは建物は殆ど見えない。左側には薄緑の植物堤防。右側には一面の海が広がっていた。海には彫刻のオブジェも建てられており、魚達が泳いでいる。
「良い眺めだ」
俺は再びミカンを口に放り込み、手首に引っ掛けているのビニル袋に投げ入れる。隣の山田と濱内も喉が渇いたのか、腰のウエストポーチから自販機で買った飲み物を取り出して口に含んだ。
「良いなぁ、それ」
「ウエストポーチ?」
「うん。何か便利そうだなって思ってさ」
「便利だよ。何よりも両手が塞がらないから良いよね」
俺も今度ウエストポーチ買おうかな。ウエストポーチがあれば飲み物や、ミカンを入れる袋などを手で持つ必要が無い。手に物を持って歩くのの何がしんどいかと言うと……それは寒さである。
寒さに関わらず、長時間リュックサックなどを背負って歩いていると肩付近が圧迫される影響で手が次第に浮腫んでくる。重い荷物を背負っている場合一時間も歩けば手は指も曲げられない程までに浮腫む。そして、今の季節は冬だ。荷物は軽く、手の浮腫はそこまででは無いものの、手はかなり悴んでいた。
山田や濱内が着けている様な手袋は持ってきた方が良かったかも知れない。綺羅垣山の登山があった為、軍手は持ってきているものの、軍手では全くと言って良い程、寒さ対策にはならない。それに、ミカンの皮を剥く際にイライラするから付けていない。軍手でミカンの皮を剥くとミカンの汁が軍手に染み込み、ベトベトする為、軍手を付けたまま何かを食べるのも個人的にはおすすめしない。
手が冷たい状態で持つ冷たい飲み物は俺の手を更に痛めつけた。今の季節温かい飲み物を買った所で三十分もすれば直ぐに冷めてしまう。温かい飲み物をこう言う企画で飲みたいのならばコンビニで買ってすぐ飲むのが良いだろう。
「はぁ、はぁ」
俺は手に持ったペットボトルを反対側の手に移して手に息を吹きかけて温める。先日雲が無かった影響か、今日は放射冷却でかなり冷え込んでいる。比較的温暖な瀬戸内海とは言え、寒いものは寒い。
「お、先輩達もう多々羅大橋渡り切ったみたいだな」
「え?マジ?」
濱内がスマホを袋から取り出してメールを確認した。そこには橋を渡りきり、ヘリコプターのオブジェクトと写真を撮っている高校生の先輩達の写真があった。早すぎだろ!?いや、先輩達が美術館を出たのは俺達が出た20分程前とそんなに差は無い。
今の時刻は9時過ぎで俺達はあれから3キロ弱海岸線を進んでいる。それに対して先輩達は五十分程で10キロ近く進んでいるのだ。あの人達間違いなく走っているな。
成る程、俺は携帯電話がガラケーの為、歩行中に取り出す事はほぼ無いが、スマホの場合定期的に情報確認の為に取り出す事があるのか。そう考えるとウエストポーチはかなり便利だ。少し地図を調べたい時でもパッと取り出せるし、連絡が回ってきた時もさっさと対応出来る。今度帰った時にウエストポーチの購入を考えてみるか。
ウエストポーチとプラティパス。この二つはどちらも必要無いと大叔父に言われたものだが、欲しくなってきた。大叔父は適時必要だったら買い足す様にと言っていた為、そう言う事なのだろう。使っていない状態と使っている状態を比較しなければ何とも言えないのは確かである。
プラティパスも一見便利そうで、洗うのが大変だったり、値段が高かったりと色々欠点は多い。ウエストポーチは登山用の物でない物なら持っているが、あれは腰につけても物を入れたら直ぐにズレてしまう。それにポーチ自体が重い為、歩行動作に支障が出る代物だった。
今濱内が付けているタイプの物は持ってみた所かなり軽く、腰ズレもしない。ただデザインはかなりシンプルでお洒落とは言えないデザインであった。
俺達がウエストポーチの話をしている間に先輩達はカップラーメンを購入して食べていた。どうやら、多々羅大橋の麓の公園には珍しいカップ麺の自販機があるらしい。ここでカップ麺を購入するのは定番になっている様で物珍しさからか毎年先輩達はカップ麺をここで購入しているらしい。
「え?」
そして、濱内のグループチャットにはまた新たな動画が投稿された。それは先程の上級生のグループでは無く、山中先輩のグループからの送信だった。
そこには赤ふんどし一枚で寒中水泳を行なっている山中先輩と古岩先輩の姿が映っていた。いや、寒中水泳では無い。ただのじゃれ合いである。二人はゲラゲラと笑いながら海に飛び込み、寒い!と叫びながら海から引き返していく。
そして、再び飛び込み、また海から引き返す。これを繰り返していた。撮影者は恐らく、青山先輩だろう。まーた馬鹿やってる……。怪我だけはしないでくれ。企画が無くなってしまう。
俺はそれだけを思いながら海岸線沿いを進み、どこか濱内のグループチャットで見た様な砂浜を見つけた。
「ここか……」
その砂浜は歩道脇から降りれる様になっており、端は堤防の様な場所と繋がっている。そして、砂浜の真ん中の方で騒ぐ三人の人影を見つけた。うん。絶対あの三人だ。俺は確信した。
放射冷却……昼間などに雲がない事が原因で地表や、対流している空気に溜まった暖かい空気が上空に逃げてしまい、地表付近の温度が下がる現象。
オフシーズンの遊泳は禁止されている事が多いです。海に海に泳ぐのはやめましょう。(この作品の山中先輩達は少しだけ入って馬鹿騒ぎしてます)
今現在多々羅大しまなみ公園ではカップ麺の自販機は無くなっています。2年ほど前に行った時には無くなって居ました。




