78話 低山登山の危険性
坂道の途中にはロープが張ってあるものの、そこまでキツいとは思わなかった。岩がゴロゴロとしている登山道を超えてピークに出る。
あれ?ここが漢仲山山頂?俺はどうやら大きな勘違いをしていた様だ。漢仲山へと続く途中にピークが一つあると思い込んでいたが、こちらが漢仲山だったみたいだ。俺が今立っている地点には分岐を示す看板が立っており、道は三つに分かれている。
「こっちだな」
次の目的地点は串多山。看板がある為迷う事は無い。ただし、看板があっても一応俺はコンパスの針と地図を照らし合わせて方角を確認する。山を整備する人はいるものの時たま看板が強風や獣害によって折れ曲がり、回転している事や、破損している事がある為だ。というよりコンパスは普段の読図の時でも必需品である。
これが無かったら方角はとんでもなく方向感覚が良い人でも無い限り完璧に当てる事は出来ないだろう。特に少し遠くに見える尾根の位置関係などを調べる上でコンパスはかなり重宝するアイテムだ。尾長山からは次の目的地である串多山が見える。展望はかなり良く、町が見渡せた。
今回俺達が歩行するルートは草田山からコの字を描く様に尾根を縦走し、漢仲山、串多山、僅差山を通って最寄りのアストラムラインの駅に向かうルートだ。尾根が登山道になっており、周りに遮蔽物も無い為登山道からは広島の町が一望出来た。
戸山先輩の言った通り、読図のポイントは漢仲山のピークを少し超えた辺りで出た。ここから串多山までは鞍部とピークが連続した様な地形だ。ここからはポイントが頻出するだろう。そして、次のピークは俺達は通らない。ピークを通っても串多山へと続く道はあるのだが、今回はペア行動という事で迷う可能性があるルートは通らないことにしたのだ。
ピークを通ってしまうと中山に下っている道に入って迷ってしまう可能性があった。念には念を入れて損は無い。上級生が付いているとは言っても迷う人は迷うのだ。傾斜も、鞍部とピークの繰り返しの為、殆ど傾斜には変化が無い。それ故の顧問の配慮でもあった。
地面には沢山の落ち葉が積もっており、もさもさと歩き難い。次の大きなピークのポイントまでは針葉樹の姿がボチボチ見えた。全体的に木が少ない為、木場山の様な陰樹林では無い。針葉樹木も細く、手を掛けたら折れてしまいそうだ。そのピークを過ぎるとモチノキなどの広葉植物が目立ち始めた。
モチノキは冬に赤い果実を付ける。まだ果実は熟しておらず、色は緑っぽい。丸く分厚い葉が特徴的な植物で基本的にそこそこ暖かい場所を好んで生える。この植物は鳥に実を食われて生殖する。性転換を行う事でも有名な植物である。樹皮は滑らかであり、樹液などはトリモチなどの原料に使われている。その為、諸説あるがモチノキと言う名前が付いたと言われている。
串多山までのルートの途中で他の若いカップルの登山者と遭遇した。
「こんにちは」
「あ、おはようございます」
その方達は二人ともトレッキングポール……別名登山ストックを使っていた。登山の格好は薄着で、歩き方から見て初心者なのが見て取れた。手に地図は持っておらず、わいわい談笑しながらこちらに向かって歩き、俺達に気づくと会釈と挨拶を交わして、そのまま去って行った。
確かに標高200メートル程の山だ。ちょっとしたハイキングに良いだろう。だが、地図を持たずに歩くと言うのはどうかと思った。この様な低山でも実は遭難事故はかなり多い。標高の高い山よりも標高の低い山での遭難事故の件数の方が多いのだ。そこで多くの人は頭に?を浮かべるだろう。何故だ?と。俺も調べて驚いた。山での遭難事故件数の約4割を占めていたのは道迷いから起こる事故であった。
だが、それ以外の事故も実は低山でもかなり多い。滑落事故。これが起こるのは高山のイメージが強いだろう。しかし、実際に一番滑落事故件数が多いのは標高500〜1000メートル付近の低山であった。これに関しては登山人数が単純に多いという事もあるのだろう。しかし、二番目が1000〜1500メートル、三番目に多いのが0〜500メートル。今登っている200メートル付近の山でも事故が多い。その事実は確かであった。因みに滑落事の死亡率は9%とかなり高い。
次に転倒事故。これは0〜2000メートルの広い分布で事故が多発している。これより上は事故件数は少ないが、登山者人数の差だろう。
道迷いに関しては標高の低い山も多いが、高い山も全般的に多い。だが、0〜500メートル付近の低山でもかなり頻繁しているのは確かである。
事故全般の割合だけで言うと標高1000m以下の事故割合は4割を越えており、3000メートル以上での事故割合は1割未満である。山岳事故の8割は標高2000メートル以下で起こっていると言うデータもある。まぁ母数が違う為単純なデータとしては比較は出来ないが、要するに地図は常に確認すべしという事だ。因みに山岳事故時にお金などの補償が出る山岳保険と言う物もあるのだが、基本的に頻繁に登る人でも無い限り、損なので入っていない人も多い。
登山人口は日本の場合若者が少なく高齢者が多い。海外の場合は20代などが多い。怪我の容態などは3000メートル級の山を除きどこの標高も骨折や打撲、捻挫が上位を占めている。
話が逸れに逸れまくったが、俺が気になったのはそこじゃ無い。確かに低山でも準備を怠らない事が大事だが、今俺達の前を通っていたカップルの装備は割と揃っていたのだ。認識は甘いにしろ、全体的にそれなりに値段がする装備を着用していた。
登山用具に金を惜しんで、低山だからとスニーカーや手提げ鞄で来るような人も多い中、彼らはきちんと登山靴を着用し、登山用のザックを背負い、プラティパスまで使用していた。だが、彼らはとても歩きにくそうだった。良い道具を持っていても知識が無く、使い方を知らないと意味が無いのである。
低山だからって気を抜いてたら危険です。トレッキングポールなどの使い方は次話で解説します。私は3000メートル級の山なども登ってますが、登山ストックは使った事がありません。
登山者のイメージでトレッキングポール(手に持ってる二本のステッキみたいな奴です)を使ってるイメージが強いと思いますが、使わなくても日本の大抵の山は何とかなります。寧ろあれは正しい使い方をしなかった場合逆に疲れを招きます。実は登山ストックにも種類があって用途なども異なるんですよね。
※登山ストックの使用を批判している訳では無いです。寧ろ正しい使い方で使えるならば大歓迎です。正しい使い方で使えれば心強い道具になります。(登山仲間談)
事故割合のデータなどは山岳遭難事故調査書のグラフを参考にしました。




