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43話 逸話

  木場山連峰。俺達が今からその中心地である木場山御陵に向かう前に木場山連峰についておさらいしようと思う。所謂ダイジェスト解説である。え、そんな説明良いから早く先に進めって?


  いや違うんだ。今回は木場山連峰の逸話について話そうと思う。この話を少しだけでも頭に入れておくだけで木場山御陵に到達した時の感想は全く別の物になったいるだろう。山に興味を持つという事は何気に大事なのである。


  人は何故山に登るのか?そこに山があるから。それもあるだろう。あの山が有名だから、あの山の景色が綺麗だと聞いたから。それもあるだろう。だが、山の歴史や昔の人々の関わりなどに興味を持って山を登ると言う人も少なくは無い。標高二千メートルを超えた山でもわざわざ昔の人が大岩を運び登山山を整備していた……。昔は林道や炭鉱として使われていたがそこが廃坑になって登山道として使われる様になった……。など山が観光地として変わった原因は様々だ。植生についても語り切れないくらい奥が深いらしいのだ。まだ俺はそこら辺の魅力が分からないが。


  その為、今回は木場山連峰について少しダイジェストで話そうと思って。木場山連峰は広島県、島根県、鳥取県の三県の県境が隣接する地域で中国山地の中部に当たる場所に位置している山であり、木場道遅帝釈公園きばどうちていしゃくこうえんの一角を占めている。木場山連峰は狭義には煮干山、木場山御陵、水ノみずのだん、立煮干山、獣王山の五峰の事を言う。水ノ段は悦原越の南に位置する山ではあるが、今回の登山ルートには含まれていない。


  木場山一帯は木場山東嶺の七の原地区を中心に広島県の県民の森として整備され、ハイキングコース、キャンプ場、スキー場、宿泊施設などの各種施設が整えられている。スキーなどは現在オフシーズンの為当然行われていない。


  連峰の中心である木場山周辺……つまり今から俺達が向かう場所付近には百ヘクタールにも及ぶブナの純林が発達しておりそれは国の天然記念物にも指定されている。歴史も深く明治初期には数万人が参拝に来ていたと言う記録があるほど歴史的・文化的に価値がある場場だ。そして、その際たる歴史が『古事記』に載っている木場山の伝説である。


  木場山御陵には国生みの女神・伊邪那美命が葬られている墓がある。俺達が初日に訪れた獣王山の麓の馬野神社にはイザナミが祀られている神社があるのはすでに話しただろう。


  この深い信仰を集めたこの木場山一帯はそれに関しての逸話や伝説、民話が沢山ある。勿論全ては話し切れないだろう。だが、その一部でも心に留めておいて欲しいのだ。


  人々は御陵周辺を聖域として畏れ敬い、人の手を加える事を避けて来た。この地域が国の天然記念物として指定されたのは1960年の事だ。そして、1971年には明治百年記念事業として広島県はこの地を県民の野外活動の場として『広島県民の森』へと整備した。


 そして、伊邪那美命の墳墓についてだが、木場山山頂に樹齢二千年を超えていると思われるイチイの古木に囲われた巨石がある為、円丘墳墓では無いか?そう言われている。その他、付近に古事記の物語に登場する岩や地名が取り付けられている場所が多い事から文献の信憑性は高い。


 そして、木場山には昔社会現象を巻き起こしたUMAが居るというもう一つの伝説があるのだが、それは一先ず置いておくとしよう。


  まず、『古事記』には


『昔々、独神のタカミムスビ、カミムスビ、アメノミナカヌシの三神が現れなさったあと、男神であるイザナキと女神であるイザナミの二神が表れなさった。


 二神は交合をなさり、淡路、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州をお生みになった。


 その後も沢山の神々をお生みになり、最後にイザナミ神は火の海をお生みになった時、御陰を焼かれて病に臥せられた。そのとき金山彦、金山毘賣二神を吐き、植山彦、植山毘賣二神を屎として出され、ミツハノメ、ワクムスヒの二神を尿として出された。この神はトヨウケビメ姫とも言った。


 イザナミは火の海をお生みになってお隠れになった。


 そして、出雲国と伯伎の国との境の木場の山に葬られた。イザナキ神が、その子カグツチ神を剣でお切りになると様々な神が生まれられた』


 と記されていた。


 今の俺達からしたらスケールがデカすぎて訳が分からない話である。神様が神様の排出物から生まれたと言う所に関しては俺は触れない。昔の人は神をそう考えていたのだから。万物に神は宿る。と。ここまで神の名前を列挙するなどパ◯ドラ以来では無いだろうか?因みにトヨウケビメ神と言う神様の名前の意味は火の効用で農業・窯業・鉱業などで暮らしが豊かになったと言う当時の状況を示していると思われる。


 イザナミが出雲国と伯伎の国の境であるここ、木場山に葬られたのは分かったが、それが何故なのかは分からない。これは俺の文献漁り不足なのか、それともそこら辺が曖昧なのかは俺は知らない。


 話はそこまでは良かったのだ。だがここからは誰もが知っているイザナミの最期についての話である。


 イザナミに会いたい想いを募らせイザナキは妻に会おうと黄泉の国へといらっしゃった。だけどイザナミ神は既に黄泉の国の食を食べてしまっていたのだ。黄泉の国の飯を食べるという事とは死者の国で飯を食べる事。それは現世に還れない事を意味していた。


 昔は食べ物を食べると言う事は食べ物が得られる環境の集落に帰化すると言う事を意味していたと思われる。その為この様な思想ができていた。


 そこでイザナミは黄泉の国の神に現世に還れるかどうかを尋ねる事にした。その尋ね事をしている間自分の姿をイザナキに見ない事を忠告して。


 しかし、イザナキは我慢出来ず櫛に火をつけイザナミの姿を見てしまった。イザナキが見たイザナミの姿は凄惨な姿であった。身体に蛆が湧き、身のそれぞれに雷神が出来ていのだ。最愛の人がそんな姿になっている事に対して当然イザナキは耐えられなかった。


 逃げた。イザナキはひたすら逃げた。イザナミはそれを追いかけた。雷神と共に醜女を遣わし、追いかけた。イザナキが髪を結わえていた黒御鬘を投げると蒲子(要するに葡萄)が出来、櫛を投げると筍がなり、醜女はそれを食べた。


 黄泉軍も追いかけて来たが、イザナキは黄泉比良坂にあった桃の身三つ取って投げて逃げ去ったと言われている。


  この話も一見何を言っているんだ?と言わんばかりの話であるが、初夏から夏には雨が多く、カビが生えやすく食物が無い時期に人々が苦しんでいた様を表しているとされる。桃の身は栽培種であり、大きく、香り高く当時の人々を喜ばせただろう。


 そして、この話と木場山との関連性についてだ。


 黄泉軍に追われるイザナキは木場山御陵山頂の西側にある大きな岩を飛び越えて逃れ、西嶺の悦原で黄泉軍を追い払ったと言われている。最後に伊邪那美命が追って来たが黄泉の国と地上との出入り口である黄泉比良坂の地上側出口を大岩で塞ぎ、伊邪那美命とイザナキは完成に離縁した。


  その大岩が、立煮干山にある大岩だと言われている。離縁した際にお互いが話した


「お前の国の人間を一日千人殺してやる」

「それならば私は産屋を建てて一日千五百人の子供を産ませよう」


 の会話は非常に有名である。


  そして、俺達が今いる煮干山。その西側にある我妻山はイザナキが御陵のイザナミを偲んで『愛しい我が妻よ』と呼び掛けた山だと言われている。俺的にはちゃんと御陵まで墓参り行けよ。とは思うのだが神話に口出しはしない。


  これが木場山とイザナミ、イザナギ神の国訪問神話である。


  内容だけ見ると最後の話は共感し兼ねる話ではあるが、この山が神との繋がりが深い事は良く分かるだろう。長くなったが、案外こう言う山の言い伝えや歴史を知ってみるのも悪くは無い。寧ろ面白いかも知れない。俺はこの山を登る前にこう言うのを読んでそう思ったのだ。


山を登る理由として山の歴史や成り立ちなどを学んでみるのも案外面白いです。それこそ海外の遺跡とかを観光する感覚と似てますね。景色、知名度などで山を選ぶのも十分な理由ですが、たまにはこんな理由で山を選んでみても面白いかもしれませんね。


※逸話の地名はノンフィクションの物とフィクションの物が混ざってますが、ノンフィクションの物は実在する場所で、位置関係も一致しています。紛らわしくてすみません。

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