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37話 たたら製鉄

「良し、行くか」

「絶対に滑るなよ?振りじゃねえからな?」

「分かってますって」


  俺は鬼登先輩の言葉を往なした。


  昨日からクロボク土の滑りやすさは何回も耳にタコが出来る位聞いている。ここまで聞いて、足元に注意していて滑る程俺も馬鹿では無い。


  俺は苛立山の分岐を曲がり、毛ヶ死山への登山ルートへと入った。毛ヶ死山まではあと1.3キロメートル。そこまで距離は無いな。



 苛立山山頂から少し進んだ先には小さな鞍部がある。そこを超えたら課題となる下り坂だ。そこでは鬼登先輩が言う様に足元に細心の注意を払う必要があるだろう。





 近くにある木場山スカイランの看板を見送り、下り坂に足を踏み入れる。左には大きな岩がある為転んだら怪我をしかねない。地面は露出した花崗岩などの上クロボク土が乗っている状態で、地面は非常に脆く表面は滑りやすいと言う二段構えである。見た目も白色の岩石の上に腐敗した黒い植物の様な土が乗っている不恰好な物であった。


「足元注意!!」


  前の隊列から大きな声がこちらに響いた。


「足元注意!」


  その声に反応して俺達も後ろの隊への伝達は怠らない。こういう注意事項は離れた登山部隊間では伝達し合うのが常識だ。落石や、滑落などの身の危険を感じそうな場所があり、近辺に登山を行なっている登山者がいるならばその者達に伝達しなければならない。


  この伝達があるだけで、未然に事故は大きく防げる。知識がある人ならばまだしも、これは知識をあまり持っていない人にも有効な事故の予防手段だ。普段これを行なっている部隊は少なく、恥ずかしさもあるだろうが、これはかなり重要な事なのである。


  俺達はこの山を事前に調べており、知識も先輩達や先生が持っている為、ここが滑りやすいと知覚している。だが、普通の人でここまで調べる……特にただピクニック気分で来た人などがここまで調べてから山を登るとは考えにくい。当然、俺も言われなければ調べていなかっただろうな。山登り素人代表とも言える程山を登った事が無かった俺だ。ピクニック感覚で山登りをする人の気持ち代表と言っても大差はない筈だ。


 


 結局俺は何回かスリップした。靴の使い方がなっていないのか、それとも単に注意が足りないのか。理由の中にそれもあるのだろうが、それ以上にペースが早いのだ。それこそ慎重に降りていたら前と列の間が数メートル単位で開いてしまう程に。


  ベージュ色のズボンは真っ黒に土で染まり、叩いてもその粘土質な土は一切取れる気配は無い。転けて無い人ですら、ズボンの裾は真っ黒に染まり汚い。山登りをするとズボンの裾は必ずと言っていい程汚れる。これはスパッツでも履いてない限り免れない。


  下りを降り、俺は周りを見渡す。


「石垣……?」

「ぁあ。知ってるだろ?ここは県境で、人が行き交いしてたって事位」

「はい」


  俺の視線の先には石垣があった。その石垣は県境を示す様にずっと続いていた。この木場山一帯には昔製鉄所があった。それを色んな場所に運ぶ必要があったのだ。だが、現在はそんな物は存在しない。


  これに関しては登山の話は関係無い。この山から金属や石炭が取れなくなった。それもあるだろう。だが、それ以上に今の製鉄技術は進化した。まず鉄を作るには大量の石炭や石灰石を反応させる必要がある。それで出来る鉄の量は原材料の量よりも遥かに少ない。要するに工場は原料指向型の立地になる。


  そうすると必然的に、製鉄所は資源が取れる山付近に作った方が輸送効率は良くなるだろう。この木場山で使われていた製鉄技法は今とは違い、たたら製鉄と言う特殊な技法だ。木場山では上質な砂鉄が大量に取れた。たたら製鉄は古代から引き継がれてきたふいごを使って製鉄を行う製法で、近代の初めの頃は良く使われていたが、近代化に従いその文化は廃れてしまった。現在この手法を行なっている所はほぼ無いだろう。


  現在では製鉄所の立地は原材料が採れる場所ではなく臨海地区に移動している。現在の技術で鉄を作るのに必要な石炭の割合は鉄の半分程だ。その為、輸送費が嵩張らない。それ以上に、日本では今現在、鉄は愚か他の資源もあまり採れなくなって来ている。その為、自国で金属を掘るよりも明らかに海外から金属を輸入した方が安く済むのだ。製鉄業の立地が臨海指向型になるのも無理は無いだろう。それ故に元々木場山にもあった製鉄業は廃れてしまったのだ。


  それにしてもだ。この標高に人が住んでいたとは思えない。石垣もいつ建てられた物かは知らないが良く作ったなぁ。とは思う。鞍部の左右の植物は笹が主だ。だが水分が足りないのか笹は葉を黄色に染めて枯れてしまっていた。

  鞍部を超え、再び坂を登る。滑りやすい地面は上り坂でも俺達の体力を奪って行った。足を地面に置いても足は滑り、うまく力が地面に伝わらない。その影響で無駄に力み、前進しようとする力は後ろへと働く。


「しんどい……」


  俺は今にも棒になりそうな足の筋力を出来るだけ使わない様に足を振り子の様にして坂道を登る。俺の登山靴は片足で一キロもある。その為、登山靴に慣れてない人が使うと平地でも辛い。普通の靴でも辛いのだ。それを履いてずっと歩いている故に、しんどいのは当たり前だろう。


  そう思ったが、登山靴でも転けるのに普通の靴で転けない筈が無い。それに登山靴の耐久性は凄まじく高い。それこそ工業用の安全靴か!とでも言う様に。山の地面は岩の尖った地面も多く、危険だ。実際に登山日までに登山靴を揃えられず、運動靴で山登りをした友達の靴底はたった一日でボコボコになり、正しい用途ではまともに使えない状態になっている。


  市販の運動靴も決して脆くは無い。寧ろ頑丈だ。だが、それでは駄目なのだ。運動靴前後の摩擦などの衝撃には強く作られているが、じわじわと尖った物などが押し込んで来る刺激には弱い。そもそもそんな動きは想定されて作られていない。その為、底がボコボコになるのも致し方無いのである。それに対して登山靴は山登り専用に作られている靴だ。水たまりに入った所で浸水もしなければ、岩を蹴った所で中の足は痛く無い。


  だが、その分走る事などにはあまり特化していないのである。俺はその特徴を再び確認しながら坂道を上り切り、高校生の先輩達の姿を思い浮かべる。この滑りやすく、足場の悪いルート走るってのも異常だが、それ以上にあの重さの荷物背負って登山靴で走るってのもヤバいよなぁ。俺は登山靴などの特性を再認識する事で新たに先輩達のヤバさを再確認した。


 


たたら製鉄……ふいごを使って製鉄を行う古代から引き継がれて来た技術。現在はほぼ廃れてしまった。


臨海指向型……輸送コストなどの関係で海の近くに立地する工業の立地。


原材料立地型……加工後の商品などが軽くなるものを作る工業などに多い。


県境……ー<・>ー<・>ー<・>ー< ・>ー<・>ー

地図記号はこんなやつです。


靴……運動靴で山を登るとほぼ確実に陸上で使えないレベルで底が抉れます。高いですが、運動靴を買い直す事を考えると素直に登山靴買った方が良いです。軽登山靴と言うタイプは底が頑丈に作ってあり、軽いので扱いやすいですが足首が保護されてないタイプが多いので長期登山には向いてないです。怪我にも気をつけましょう。

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