30話 コメ職人クラオ
「色々吸収出来る事はあったかな?じゃあ、これからの予定を言うから各班リーダー集合」
A隊のデモンストレーションが終わるや否や野原先生は中学生の各班のリーダーを集め、連絡事項を伝えた。その連絡事項の内容は、テント設営、炊事、就寝時刻などの簡易的なものだ。夜は九時就寝、朝は四時半起床だそうだ。
四時半!?流石に早すぎないか?夜の就寝時刻が九時なのは分かるが、朝の時間は少し納得がいかない。だが、この理由も後に分かる事となる。現在時刻は既に十八時。春とは言え日も大分暮れかけていた。太陽は紅く煌めき、一日の終わりを感じさせる。
俺達のメインザックを車に取りに向かった後何とかテント設営を終えた俺達は早速炊事に取り掛かる事となった。
「そろそろ日が暮れて来ているからヘッドライトの準備をしておけ、あと食事に使うもの以外は全部ザックの中にしまっとけ。無駄なモノは出さない方が良い」
俺は鬼登先輩の指示通り、食事に必要な物以外をザックの中にしまった。そして、食事シートを地面に広げた。まな板などはコッフェルの蓋や、持ってきた牛乳パックで代用する。
「米職人。お前は米を炊け。ネット忘れるなよ。あと火を使う奴は軍手を付けろ。一年は……そうだな……野菜でも切っとけ」
不安定な地面とほんのり吹く風。これは俺達の炊事の邪魔をする。ブタンガスの足元はスタビライザーがあるとは言え不安定だ。それに風が吹くと直ぐに火は揺れる、いや、それ以前に鍋ごと倒れそうになる。その為に暴風板という折り畳み式の木の板を立てて風避けにしているのだが、それでも常に見張っていなければ晩飯が全て台無しになってしまう可能性を含有していた。
そして、鬼登先輩が言っていたネットと言うのは炊事場で使うネットだ。キャンプ場の炊事場では環境保護の為に食材や米のとぎ汁などを流すのを禁止している所が多い。その為、ネットを使って食材が排水管に流れない様にする必要があるのだ。その為、米などは当然無洗米を使っている。そこで俺は気付いてしまった。
棒ラーメン……茹で汁飲むのか……。
いや、まさかな。ははは。
俺はそんな事を考えつつも淡々と野菜を切る。だが、これもまた難しい。まな板が湾曲していたり柔らかかったりする影響もあるが、ナイフの大きさも小さい為切りにくい。そして、なにより切った野菜を置くスペースが無いのだ。
一人前の食事を作るならまだしも俺達は五人前の食事を作っている。その量を考えたらそれがかなり多い事は容易に想像出来る。それでもこれだけ容器が小さいのは登山を想定しているからだ。普段から荷物として持ち歩くって言うのに重荷になったり嵩張る様な物は邪魔になるだけだ。炊事と言う一瞬の時間の快楽の為だけに登山と言う長時間の行動に苦痛を伴わせるのは効率的では無い。
「おい、もう野菜炒めるから鍋に切った野菜と肉移せ。あ、先に肉な」
学校を出る時に冷凍していた筈の肉類は登山している間に自然解凍されていた。鬼登先輩は手馴れた様子でニンニクやショウガ、玉ねぎなどを炒め、俺が自然解凍された鶏肉を手で引きちぎるのを待っている。
鶏肉を一口サイズに切り分けた俺は一気に鍋に投入した。
「しばらく混ぜとけ、絶対にひっくり返すなよ?」
振りかな?と思ったが、流石にここでひっくり返したらマジで殺されそうな気配がした為ここでふざける程俺はバカではない。だが、不安定な土台と鶏肉の重さが相まってかなり腕にくる作業であった。しかも、油などは買っても各班で使い切れない上、重い為持って来て居ない。それ故に鍋には焦げた野菜が付着してしまう。
「おい、明道。お前はキャンピングシートの周りに散らばったゴミを纏めてゴミ袋に入れといてくれ」
「分かりました」
野菜を切り終えてぼーっとしている明道に鬼登先輩は指示を出す。誰一人として怠ける者がいない様に。
そして、俺が鶏肉を炒め終えると鬼登先輩は切った野菜を入れ、俺と混ぜる役目を交代した。
「おいバカ!?焦げ付いてるじゃねえか!」
鬼登先輩は文句を言いつつも、テキパキと調味料やトマト缶などを鍋に投入し、料理を仕上げていった。辺り一面にトマトと塩胡椒の良い香りが漂う。美味そうだ。そして、倉尾先輩が火守りをしていた方の鍋はグツグツと泡を吹き始めていた。あっちもそろそろだな。
だが、それと同時に別の方角から焦臭い臭いがただよう。
「くっせー!?」
そして、その匂いがした方角から聞こえて来たのは間の抜けた声……茂木達の班だ。確か……アイツらは……肉巻きおにぎりだったっけ……そもそも米がメインの料理なのに米があれだとヤバいんじゃないか……?俺は奴らの事を一瞬哀れに思ったがあれが彼らの平常運転だと思う事で何とも思わなくなった。当然、材木の鶏肉のタピオカ漬け饅頭の案は計画の時点で破綻している。
「お、倉尾、そろそろじゃないか?」
「そうだね。じゃあひっくり返すよ」
米から泡が立たなくなって少し待った倉尾先輩はバーナーの火を消し、コッフェルの蓋を抑えて上下をひっくり返した。これは米を蒸らしている時に米が鍋にくっつかない様にする効果があるらしい。因みにキャンプ場では洗い物は出来ない。その為、焦げた米などが鍋にこべりつくとマジで面倒だ。食器を拭くのは持参したキッチンペーパーで行う。当然、生の鶏肉を素手で触った俺の手もキッチンペーパーで一度拭き取ってから水で流している。
色々衛生面は不安だが、環境に配慮するとこれは仕方がない事なのかもしれない。
米を蒸らしている間に俺達は完成したラタトゥイユを食器に装う。コッフェルの中に食器は入っている為、自分の食器は必要無い。大叔父さんには悪いけど、食器買ったの無駄だったなぁ……。食器は個人で登山をする時にでもいつでも使えるのだが、俺自身あまり登山に意欲が無い為、使う予定はあまり無かった。そもそも車でキャンプしに行くのであれば容積や、重さに配慮した食器など必要無いのである。
全員の食器に具材を装い終わり、俺達は米が入ってるコッフェルの蓋を開ける。
「おお!完璧じゃねえか!流石米職人だぜ!」
そこには正に黄金の米と比喩するに相応しい米が入っていた。炊き具合、水加減どれに至っても完璧だ。これが、コメ職人倉尾の力なのであった。
コメ職人クラオ……米炊きの名人。米を炊く際の水加減、炊き加減がいつも完璧な故にコメ職人クラオと呼ばれる。
キャンプ場での炊事……環境保護の為に基本的に持ち込んだ物(食べ物含む)は流してはいけません。ちゃんと責任を持って持って帰りましょう。食器を洗う時などはキッチンペーパーを活用。流し場を使う時はネット使用を推奨。
無洗米……洗わなくても炊ける米。キャンプでは必須品。
米に対する水の量は人差し指の第一関節より少し下くらいがベストだと個人的に思ってます。炊き加減は泡がある程度出てから火を止めるのが良いと思います。
※個人差があります。




