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あの子  作者: ttt(v´-3-)v
1/1

風香

小学生の時から、いっちゃんはいつも眠たそうだった。

欠伸をして、授業中はほとんど眠っていた。

それなのにテストの成績は良いから、先生は何も注意しなかった。

私はいつも彼女に憧れていた。

頭が良くて、足が速くて、優しくて。

きっと私だけじゃない、みんな憧れていた。

いっちゃんと一番仲が良い自信があった。

家が近くて小さいころから一緒に遊んでいたというのもあるけれど、一番の自慢は、毎日のように彼女が私の部屋に来ることだった。

特別何をするわけでもなかった。

いっちゃんは私のベッドで寝ていたし、私はその横で本を読んでいた。


いっちゃんは部屋に入るとすぐにベッドに寝転がる。

私は彼女の寝顔が大好きで、その横にいることが楽しかった。

どうしてこんなに寝ているのに勉強が出来るんだろう?と疑問に思って聞いてみると、いつも優しい笑顔ではぐらかす。

それがやけに大人びて見えた。

いっちゃんはたいてい19:00には家を出た。

その時間はちょうど、仕事を終えたお母さんが帰ってくる時間だった。

少し早く仕事を終えて帰ってくると、いっちゃんは不機嫌そうな顔をした。

お母さんに挨拶する時だけいつもの笑顔に戻って、それからそそくさと帰っていく。


中学3年生になると、みんなが本格的に受験勉強をするようになった。

それなのに相変わらずいっちゃんは授業中寝ている。

先生は小学生の時よりも厳しくて、いっちゃんの頭を何度か叩いていた。

ぼけーっとした表情で顔を上げるから、クラスメイトはみんなクスクス笑っていた。


「あのね、いっちゃん」

授業終わり、いつも通り私のそばに来た彼女を見つめる。

いっちゃんはぼけーっとした顔で、やっぱり眠たそうだった。

「私、今度塾に通うことになったの。だから、いつもみたいに部屋で寝られなくなっちゃうの」

彼女はとろんととろけそうな目を一瞬見開いて、それからすぐにいつもの顔になった。

「わかったよ」

気怠そうな声で呟いた。

あまりの無関心さに焦った私は、思わず彼女の手を取った。

「だからね、一緒の塾に通わないかなって!」

彼女は首を傾げて、頭の上に「?」を浮かべた。

「いっちゃんが良かったら、私、一緒に塾行きたいの!」

いつの間にか両手で彼女の手を覆い、握っていた。

祈るように握りなおして、息を止める。

「いいよ、聞いてみる」

私のわがままを聞いてくれるいっちゃんが大好きだった。


いっちゃんがちゃんと勉強しているところを見たのはいつぶりだろう?

そんな考えが浮かんでしまうくらい、塾での彼女の姿は学校と違っていた。

真剣に問題を解く姿は惚れてしまいそうになるくらい格好良くて、思わず見とれた。

姿勢を正して、すらすらとシャープペンを動かしている。

負けじと私も勉強した。


「いっちゃんの志望校はどこ?」

「桜嘉女学院だよ」

提出する志望校リストを前に、私はいっちゃんの紙を覗き見た。

ふむふむと頷いてから、私は桜嘉女学院を第一志望の欄に記入していく。

「風香は?……って、同じかよ」

いっちゃんは笑いながら小突いてくる。

「だって、いっちゃんと同じとこがいいんだもん」

「なんで?」

心底疑問だとでも言いたげの表情でそう言うから、私の胸がちくりと痛む。

「いっちゃんと同じ学校に通いたいから!」

「だからなんで?」

いっそ怒りが沸いてきた私は、両手を上げて威嚇する。

「いっちゃんと一緒にいたいからだよー!!」

鼻息を荒くして叫ぶ私を横目に、彼女は頬杖をつく。

「そっか」

無表情にペンを走らせるいっちゃん。

私は唇を尖らせて不機嫌さをアピールするけれど、彼女は気づいてくれない。

「なんで桜嘉なの?」

「親の出身校だから」

「そーなんだ!お母さん?」

「男が女子高にいたらびっくりだよ」

「そうだよねー!!」

私はいっちゃんの紙を見て、第二志望・第三志望も同じ学校名を書いていく。

「それにしても、お母さん桜嘉なんてすごいね」

「そう?」

「そうだよ。めっちゃ頭良いじゃん」

「その頭良いってとこに風香も行くんでしょ?」

「行ける気がしないよ……」

肩を落として、頭も垂れる。

それでも、いっちゃんと同じ学校に通いたいから頑張るんだと決意を固めて、書き終えた紙を見比べた。

「なんで全部一緒なの……」

呆れ顔でいっちゃんが言う。

私は満面の笑みで返して、紙を大事にファイルにしまった。


試験日、いっちゃんは風邪を引いていた。

目の下に隈を作って、マスクをしていた。

近寄らないほうがいいと言われ、私は心配ながらも従った。

約1年間塾通いで勉強した甲斐あって、試験はまずまずといったところだった。

試験が終わると、いっちゃんは近寄った私に手を振って、足早に帰って行った。


第一志望の結果発表はネットではなく、見に行こうと約束していた。

いっちゃんは少し嫌がったけれど、私はどうしても直接見に行きたかった。

漫画やドラマで見る光景を、自分でも実際に味わいたい。

いっちゃんと少し離れ、私は自分の番号を探した。

どくどくと鼓動が速くなっているのが自分でわかった。

もしこれで落ちていたらいっちゃんと同じ学校に通えなくなってしまうかもしれない……。

さすがに行く学校を変えてくれとまでは頼めない。

そう思って掲示板を上から順番に見ていき、自分の番号が近づくと、心臓が口から出てしまうんじゃないかとさえ思えた。

そして一瞬通り過ぎかけて、二度見して、ようやく私の受験番号を認識した。

私は受験票を握りしめたまま、いっちゃんのところに飛んで行った。

「いっちゃん!いっちゃん!受かった!受かったよ!」

彼女の肩を揺らして、反応を待つ。

けれども彼女からの反応はなく、私は恐る恐る顔を覗き込んだ。

まばたきをせず、どこか宙を見ている彼女を見て、彼女の結果はわかってしまった。

当然受かっているものだと思い込んでいた私は、無神経にも彼女に合格の知らせをしてしまった。

先に結果を聞けばよかったと後悔した。

後悔しても遅かった。

なんて声をかけたらいいのかわからなくなって、俯いた。

「まあ、仕方ないね」

透き通るような声でそう言った。

私が顔を上げると、彼女はいつもの優しい笑顔で私を見ていた。

「おめでとう」

涙が溢れ出した。

傷つけた。彼女を傷つけてしまった。胸がえぐれるみたいに痛かった。

「なんで風香が泣くの」

困ったような笑顔で、頭を撫でてくれる。

帰り道、涙の止まらない私の手を引いて歩いてくれた。

彼女の冷たい手を温めてあげたいのに、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を拭うのに精一杯だった。


「本当にいいの?」

お母さんが悲しそうな顔でそう言った。

「いいの!私はいっちゃんと同じ学校に行きたいんだから!」

ベッドで寝転がりながらスマホをいじる。

「いっちゃんがいない学校生活なんて考えられないよ」

うつ伏せになって枕に顔を埋める。

塾に通う前までは、こうするといっちゃんの香りがしたけれど、今はしない。

こうしていっちゃんの匂いを嗅ごうとする癖は、我ながらなかなかに変態的だと思う。

でもいいの、こうすると何をするよりも落ち着くから。

私は第二志望に書き込んだ学校に入学することになった。

いっちゃんには怒られたけれど、私の入学条件は「いっちゃんと同じ学校である」こと。

説得に説得を重ね、みんなに呆れられる形で同じ学校に入学することになった。


入学式、久しぶりにいっちゃんのお母さんと会った。

私はいっちゃんのお母さんが苦手だった。

いっちゃんも、私のお母さんが苦手みたいだった。

いっちゃんのお父さんは来ていなくて、せっかくだからと私のお母さんが2人の写真を撮ってあげていた。

「撮りますよー!」

そう言われると、いっちゃんはいつもの笑顔を浮かべた。

「はい、チーズ!」

シャッター音が鳴って、一間、いっちゃんは無表情になる。

それは今まで見たどのいっちゃんよりも冷たくて、少し怖かった。

すぐに私と目があって、ふっと口角を上げる。


クラスは別々になった。

小学1年生、小学2年生、中学1年生に続いて4回目の別れ。

1年生という学年がいけないのかもしれないと思う。

小学生の時は2年ごとにクラス替えがあったから、小学2年生の時はノーカウントみたいなものだ。

いっちゃんはいつも寝ているくせに、何故かすぐにクラスに溶け込んでしまう。

私も積極的に話しかけるほうではないのに、仲良くなるまでに少し時間がかかる。

この差は一体なんなのか、未だにわからない。


帰り道、いっちゃんは相変わらず眠たそうにしていた。

少し痩せて、元々細かったからか、がりがりになった気がした。

「いっちゃん、部活どこ入る?」

「ん?どこも」

私は「どこも」という言葉の意味について考えた。

どこもという名前の部活、あるいは同好会なのか、それともまだどこも考えていないということなのか、それともどこも入るつもりはないということなのか……。

いっちゃんのことだから絶対に、最後の意味なのだけれど。

「高校生だよ?」

「そうだね」

「部活しないの?」

「そうだね」

「青春しないの?」

「そう……ん?」

「ええええええええ!!!」

両耳を塞いでいっちゃんは片目を瞑る。

「入ろうよ!部活しようよ!クラス違って会えないから部活で会おうよ!!」

「めんどくさい」

私以外の子と話すときはこんなにぶっきらぼうじゃないのに、どうして私に対してはこうなのか、少し寂しくなる。

「いっちゃんに会いたいなあ」

「会ってるよ?」

「学校で!もっと、ちゃんと!!」

いっちゃんは大きくため息をついた。

右肩にかけていたカバンを左肩にかける。

「何部に入るの?」

「まだ決めてないの。でも、運動部は考えてないかな」

「じゃあ、決まったら教えて」

やっぱりいっちゃんは優しい。

内心踊る気持ちでいて、それでも私は食い下がる。

「一緒に見学行かないの?」

いっちゃんがジト目で私を見るから、ここが引き時だと悟る。

「決まったら教えます」

いっちゃんは大きな欠伸をして、目に涙を溜めていた。

今日は、久しぶりに私の部屋にいっちゃんが来る。

しばらくはまた、彼女の寝顔が見れそうだ。


隣の席に座ったのは、髪をショートのボブにしている明るい子だった。

「部活決めた?」

一重瞼の目が細くなり、そばかすのある頬がゆるむ。

ニッと笑った顔は愛嬌があって可愛らしい。

「とりあえず、文化部をあたろうと思ってるよ」

「おおっ、うちもついてく!」

柚子は身長が私よりも低かった。

雰囲気は運動が得意そうだけれど、身長を考えればそうでもないのかもしれないと思った。

私たちは手芸部や茶道部、美術部や料理部を見て回って、最後に文芸部の見学に行った。


真島小梅先輩がいたのは文芸部だった。

すごく大人っぽくて、綺麗な人だった。

隣にいた柚子は目を輝かせて「いいんじゃない?いいんじゃない?」としきりに言った。

物腰が柔らかく、自分と同じ高校生とは思えなかった。

高校3年生と聞いて、2歳の差はこんなに大きいものなのかと思い知らされた。

「私たちの部活では、月に一度それぞれ創作活動をして、お互い発表し合っているの」

説明を受けに来ていた別のクラスの子、3人も、先輩の魅力に圧倒されているみたいだった。

「まさかこんなにたくさん来てくれるとは思っていなかったから、なんだか緊張しちゃう」

両手を合わせて、口元を隠す仕草はどことなく色気があるように思えた。

「今文芸部は、私含めて4人しかいないの。一人はあまり顔を出さないから、実質3人ってところかな」

寂しそうに眉を下げた。

いっちゃんも幽霊部員になりそうだなあと思いながら、心の中で入部することを決めていた。

説明を受けている最中に柚子も入部することを決めていたらしく、部室を出てすぐに入部届を書いた。

いっちゃんに伝えてから提出すると話して、柚子も一緒の日に提出することにした。


いっちゃんはすごく面倒くさそうな顔をした。

それでも、約束は必ず守ってくれる人だから、入部届を書いてくれる。

「風香、そんなに本好きだったんだ」

知らなかったと呟いて、眠そうに欠伸をした。

私が本を読むのは、いっちゃんが眠っている間。

だからいっちゃんが知らないのも無理はない。

文芸部に入りたいと思うほどの本好きではないけれど、毎日いっちゃんが家に来れば毎日本を読むことになるのだから、本好きを名乗ってもいいだろう。

もちろん、入部する本当の理由が真島先輩だということは、ひとまずいっちゃんには秘密だ。


入部当日、いっちゃんを連れて部室に行くと、真島先輩は既に椅子に座っていた。

「こんにちは」

優しい口調の先輩は、片手に文庫本を開いていた。

「座って」

いくつか並べられた椅子に手を添える。

いっちゃんを見ると、相変わらず眠そうにしていた。

真島先輩の魅力に反応しないとは……。

私たちはそれぞれ席について、雑談を交えながらどんな風に活動していくのか改めて説明を受けた。

文芸部に入部した新入生は私たち3人と、もう1人の合計4人だった。


最初は物語が思い浮かばず、苦戦して、それでもなんとかイメージトレーニングを重ねて形になるものが出来上がっていった。

もちろん、先輩たちの足元にも及ばない出来だったけれど、真島先輩は嬉しそうに私たちの発表を聞いていた。

てっきり、いっちゃんは名前だけ置いて活動には参加しないのかと思っていたけれど、きちんと週に2日部室に顔を出していた。

私が部活で会いたいと言ったのを律儀に守ってくれているのか、それとも案外小説を書くことが楽しくなったのか、どちらにしても私は物語を考えているいっちゃんの姿を見るのが好きになっていった。


7月。

「いっちゃん、今日は……」

「ごめん、先輩に呼ばれてる」

いつもとろけそうな目をしていたのに、最近は冴えているような表情をする。

凛とした二重の瞳が私を見つめて、申し訳なさそうにしている。

いっちゃんは頻繁に真島先輩に呼び出されるようになっていた。

一緒に帰る回数が少しずつ減っていき、夏休み前には週に1度一緒に帰れれば良いほう、といった具合だった。

だから当然、家に来て寝る回数もそれに比例した。

先輩から呼ばれるんじゃ仕方ない、と自分を納得させようとして、悶々とした日々を過ごす。

心なしか最近、いっちゃんの様子が前とは違って見えて、不安になる。

柚子に聞いてみても、出会って数か月の彼女には違いはわからないみたいだった。


どうしてこんなに、いっちゃんを遠く感じるんだろう?

今までこんなことは一度もなかったのに。

私の知らないいっちゃんなんていなかった筈なのに。

廊下から見る、教室の中のいっちゃんの笑顔を、私は見たことがなかった。

私の知らないいっちゃんがそこにいた。

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