桜花の彼女
桜花の彼女
遅刻だ、寝坊して遅刻なあたり、典型的すぎて笑えてくるぐらいの遅刻だ。私は青野美咲と言う名前の、疑う余地もない位の高二女子だ。
しゃれ込んでボブにした茶髪頭は、手入れが面倒になって放置しているから、単に跳ねまくっているショートヘアになっている。茶色いけどこれは地毛だ。
学校への近道になる、大きな屋敷の裏の道に入った。和風の塀だけど、塀越しに見えるのはなんでか洋風の建物だった。あれは離れなのかな?
その路地を少し行くと、塀の上から顔を出している大分大きな桜が目に入った。花びらがひらひらと舞っていて、落ちたそれが路面を淡いピンク色に染めていた。
桜が生えているだけなら、大急ぎで通り過ぎたのだけど、その下にぼんやりと桜を見上げている、私と同じ制服を着た女の子がいた。
「あ」
私の目は清楚な顔立ちのその子に釘付けになって、急いでいるのを忘れてつい足を止めてしまった。肩の下まであるつややかな黒髪を一房、桜色のシュシュで縛ってサイドテールにしている。
魅了された様に桜を見上げて、私に見られていることに気が付いていない、その子の瞳は、キラキラと輝いていた。長時間そこにいたらしく、花びらがスタイルのよい身体のあちこちに付いている。それにしても、この子ちょっと不用心過ぎないかなあ……。
風が花びらを少し多めに散らせ、彼女の髪を揺らした。それが半開きになっていた口に入ったのか、指を入れて中からつまみ出す。
彼女がそれを路面に置いたその時、やっと体中に花びらが付いている事に気がついて、服をぱたぱたとはたいてそれらを落とした。
その動きを、妙にかわいいなあ、と思って見ていると、彼女の後ろから銀色のバンがゆっくりとやってきて、微速前進しながら一回クラクションを鳴らした。
「すいません!」
彼女は意外と高い、澄んだ声でそう言ってお辞儀し、慌てて桜が顔を出している方の塀に寄った。私はそれに釣られて、バックした方が早いのに、同じ方に寄った。
バンを目で追った彼女は、やっと私に気がついて、
「あ、おはよう」
慌てるそぶりもなく、ニッコリと優しく笑って私に挨拶した。
「おはっ、おはよう!」
笑顔を向けられ、何だか身体がフワフワした感じがして熱を持ち、彼女の声を聞くだけで、胸が高鳴るのを感じた。
赤い顔を隠そうと、私はくるりと回れ右をして、自分の胸に手を当てた。落ち着こうとしてしばらく、そうしていると、遠くからチャイムが聞こえてきた。
「あらら」
「……あー」
ホームルームに完全に間に合わなくなった私はガックリとうなだれた。しまったー!
「えっと、なんかごめんね?」
「ううん、気にしないで」
私の顔をのぞき込もうと隣に来た、申し訳なさそうな顔をしている彼女に、私は、アハハ、と苦笑いしながらそう言った。私が立ち止まったのが悪いんだし、気にしなくても良いのに。
ああ、坂道を走って登るのしんどいなあ……。と思いため息を吐いてから、走り出そうとしたら、
「どの道遅刻だから、ゆっくり行かない?」
柔らかな表情の彼女に肩をポン、と叩かれた。彼女は相変わらず慌てていなかった。
「にょあっ!」
私は飛び上がらんばかりに驚いて、再び体温が跳ね上がった。
「うぎゃー!」
私の肩に掛かっていた鞄がずり落ち、足の上に落とし、しばらくケンケンして、うずくまった。
「あわわわ、だ、大丈夫?」
突発的な事態には弱いのか、慌てふためいて私に駆け寄ろうとした彼女は、
「きゃっ」
足下が見えていなかったらしく、落ちている私の鞄に引っかかった。
「どうし――、ってうわー!」
彼女は転倒して、振り向いた私にダイブする形になった。ちなみに、彼女の鞄は前方に吹っ飛んで横になっている。
「……」
「……」
私は受け止め切れず、彼女に押し倒される格好になった。上に乗った彼女の顔がかなり近くにあって、顔の近くに垂れ下がる彼女の髪から、何かの花の香りがする。
それはとても――、とても良い匂いだった。さらに激しくなる胸の高鳴りと共に、私の顔は真っ赤に染まる。
「ほ、本当ごめん!」
彼女は顔を真っ赤にし、大慌てで私の上からどいた。
「うえぁ……」
私は湯気が出そうな程熱くなって、動くことができなかった。
「も、もしかして頭打っちゃった!?」
四つん這いで近寄ってきた彼女が、血が出てないか確認するためか、私の頭の下を確認した。か、顔が近い!近い!
私は高速で起き上がり、
「わああああ!」
顔を真っ赤にして、叫びながらその場から走り去った。
*
「あー……、しんどい……」
ゼエゼエと呼吸をしながら、私は机に突っ伏していた。
私が教室に着いたときは、ホームルームが始まってからもう5分経っていた。私は生まれつき少し目つきが悪い。いつも以上に怖そうな顔になっているのか、入った途端、教室がざわついた。
「転校生の岡本さんは、ちょっと遅れてるみたいだな」
猛獣の様に荒い呼吸をしている私の様子を気にしつつ、担任の喜多村先生はそう言う。4月の中旬になって転校生とは珍しい。
ふと、私はカバン置き忘れた事を思い出した。幸い、携帯と財布だけはポケットに入っていた。
「転校生って女子らしいけど、かわいいのかねえ」
「半端な時期な転校生は、可愛いってのが相場だ!」
「じゃあ僕は可愛くないに千円」
「ほんじゃ、俺は可愛いに千二百円」
「俺は千三百円でいくぜ!」
「せんせー、男子が博打してまーす」
私の隣の女子がそう言うと、教室に笑いが起こった。
「君たち、博打はだめだぞー」
「「へーい」」
思いっきり私語をしていた男子三人の声色に、反省の色は無かった。
「何年経っても、遅刻癖は治らないわね……」
隣の子――、岸本さんが口元に手をやって、苦笑いで私に話しかけてきた。少しハスキーボイスの岸本さんは中学時代からの友達で、私と違っていろいろとハイスペックな女の子だ。
「言うほど遅刻してるっけ?」
呼吸が整った私は、首を回して岸本さんの方を見てそう言った。彼女の席の後ろに座る女子が、私と目が合いビクッとして前を向いた。
「私が覚えているだけで百回以上はしてたわよ……」
私がすっとぼけたような顔で言うと、岸本さんは呆れ顔でそう言った。
「そう言えばそうだったね」
しばらく考え込んで過去を振り返ると、むしろ遅刻してる記憶しかなかった。
「これだから治らないわけよね……」
かぶりを振って呆れかえった様にそう言った岸本さんだけど、彼女は何だかんだ面倒見がいいから、いつも何かしら助けてくれる。ありがたやー。
「何とかしてよー、キシえもーん」
「他力本願はだめよ」
拝むように岸本さんに懇願するも、容赦なくぶった切られた。
「ひでえっすわー」
「当たり前の事なんだから、頑張りなさい」
岸本さんに、オカンみたいな事を言われてしまった。
「でも、起きられる様になるまで、モーニングコールぐらいはしてあげるわよ」
こうやって助けてはくれるが、だいたいそのままズルズルと続いてしまうのがいつものパターンだ。
「さすがキシえもんだぜー」
やっぱり優しい岸本さんなのであった。
「良い旦那さん見つけないと、生きていけるのか心配だわ……」
……冗談抜きで本当に心配されてしまった。
「すいませーん、遅くなっちゃいましたー」
岸本さんが私の将来を憂いでいると、前の戸がガラッと開き、入ってきた聞き覚えのあるふわふわボイスの女子の顔を、頭を上げて確認した。あの子岡本さんって言うのか。
「いやそれは分かってる、……一体何があったんだ岡本?」
いつも飄々としている喜多村先生さえ、驚いた声をあげた。そのわけは、
「いやー、近道しようとしたら、校庭で転んじゃいまして」
苦々しそうに笑う岡本さんの背中は、校庭のぬかるみに突っ込んだのか、泥だらけになっていた。ああ、片っぽのカバンまで泥だらけになってる。ん、片っぽ?
「あれ? なんであの子、あなたのカバンをもってるの?」
「私が置き忘れたから」
「ああ、そう……」
岸本さんは、またか、といった感じでため息を吐き、そう言った。
えらい事になっている岡本さんのカバンとは対象的に、私のカバンは全く汚れていなかった。
「……とりあえず、体操服に着替えてきてくれ」
先生は呆気にとられているまま、的確な指示を出した。
「はーい」
くるり、と振り返って廊下に出ようとした岡本さんは、もう一度方向転換して、私の机の前にやってきた。
「はい、忘れ物」
彼女はニッコリと笑って、私にカバンを手渡し、パタパタと忙しく出て行った。
「可愛かったなぁ……」
「よし、じゃあ早く配当金くれ」
「二人分だぞー」
「せんせー、男子が博打を再開してまーす」
「そこの三人は、後で職員室に来いよ」
「「えー」」
そのやりとりに、再び教室に笑いが起こった。
「あいつら……」
頭を抑えてかぶりを振って、呆れた声でそう言った岸本さんに、
「知り合いなの?」
と訊くと、同じ部の男子、との答えが返ってきた。
ホームルームが終わり、先生と一緒にさっきの三人が出て行った。岡本さんは結局、最後まで戻ってこなかった。
先生がいなくなると同時に、いつも1カ所に固まっている女子グループが集って、
「あの子、あの不良にパシらされてるのよきっと」「エー」「ヤダー」「コワーイ」
私にわざわざ聞こえるように、ひそひそ話を始めた。
目つきが怖いからか、私を目の敵にしている集合体は、勝手なことを言って、私を不良に仕立て上げてしまった。
「ああいう連中は無視が一番よ。あなたが不良じゃ無い事ぐらい、分かってるから」
岸本さんは私の肩をポン、と叩いて、微笑を浮かべてそう言った。
「岸本さーん!」
岸本さんに抱きつこうと突撃したら避けられてしまった。
「ちょ」
逃げる彼女に追いすがり、ドタバタしていると、
「あ、おーい」
ジャージ姿の岡本さんがとことことやってきた。
「あ! 危ない!」
「え? あわわわ」
「へぶっ」
岸本さんは避けた先にいた彼女との衝突を慌てて回避したが、私は避けきれずぶつかってしまう。私を支えようとした岡本さんは落ちていた紙に足を滑らせ、机に背中をぶつけて、尻餅をついたような体勢になって私の顔が彼女の胸に埋もれる。
とどめに、机の上に乗っていた蓋が開いたボトルが倒れて、私は岡本さんと一緒にずぶ濡れになった。ピタ○ラスイッチみたいに。
「だ、大丈夫?」
岸本さんは、動かない私を羽交い締めの要領で持ち上げた。
「ひれはれほれ……」
「だめっぽいね……」
後から聞いた話だと、私の顔を見た、女子の集合体の構成員が悲鳴を上げ、何人かが卒倒したらしい。倒れた一人が、般若……、とか言ったそうな。酷い。
「ああもう!」
岸本さんが私を小脇に抱えて、保健室へと連れて行ってくれた。般若……。
*
「ううん……」
私は保健室のベッドで目を覚まし、上半身を起こした。岸本さんが着替えさせてくれたのか、ジャージ姿になっていた。今朝から……、どうにもおかしい。あの子の、岡本さんのそばに寄ると、恋する乙女のように身体が火照る。あの風に揺れるサイドテールが頭に焼き付いて離れない。
あー、なんじゃこりゃー。
頭をくしゃくしゃとして、また横になった。とくん、とくん、と心臓が高鳴る。
「あ、起きてる」
カーテンを開けて、岡本さんが入ってきた。学校から貸し出されたジャージを着ている彼女は、ベッドの横にある椅子に座った。
「気分、悪くない?」
彼女は心配そうな表情で、私に訊いてきた。
「う、うん」
「良かった」
彼女の安堵の笑みに、身体がさらに熱くなる。とても顔を合わせる事ができない私は、横目でちらちらと彼女の様子を伺った。
「あなたのね、そばにいると、何だか温かいの」
彼女はニカっと笑って、私の手を握った。驚いて彼女の顔を見ると、心なしか紅かった。彼女の柔らかくきれいな肌は、とても温かかった。私はその手を握り返す。
「そう、なんだ」
私と岡本さんは、お互いに同じ事を感じていたらしい。ずっと……、この手に触れていたい。
「私ね、岡本海夏っていうの」
あなたは? と、ニッコリと笑いながら問いかけた。そう言えば下の名前訊いてなかったなあ。
「私は、青野美咲」
自分の名前を名乗っただけで、心が何だかふわふわする。
「じゃあ、美咲ちゃん、私とお友達に、なってもらえませんか?」
「うん、いいよ。海夏さん」
友達、と言う響きが何だかくすぐったい。友達じゃなくてもっと……、って何を考えて……っ。
「そろそろ、授業に戻る?」
握っていた手をはなし、海夏さんは立ち上がって小首を傾げ、笑顔でそう言った。そのしぐさがとても可愛いと思った。
「そう、だね」
ベッドから降りて上履きを履いたが、私は少しためらった。もっと、海夏さんと一緒にいたい……。そう思ったから。
「やっぱり、行きづらい?」
行きづらいわけでは無かったけど、何だか本心を口に出すのが恥ずかしかったので、私は、こくん、と頷いた。
「じゃあ、一限の授業が終わるまで、ここに居よっか」
どうせ、今から行っても授業わかんないし、と付け加えて、いたずらっぽく笑った。私より、よっぽどこの子が不良してるなあ。
「うん」
願ったり叶ったりだったので、断る理由もない。
特にやることもないので、二人してぼんやりと天井を見上げていた。私はベッドに腰掛けて、海夏さんはさっきのパイプ椅子に座っている。
何か話さないと、この時間が終わってしまう……。
話題を考えていると、外から賑やかな声が聞こえてきた。
「赤松パス!」
「よっしゃ任せろ!」
「俺が止める!」
「頼んだぞ永川!」
「といやー!」
「あぁー」
「永川なにしてんだー!」
「どうじゃこらああああ!」
オイオイオイオイ! と盛り上がる男子生徒達。
「そっちに球が飛んだぞー!」
「え? うぎゃああああ!」
「おいおい大丈夫かー?」
「おうよ! おい岸本! 何してんだよ!」
「それぐらい避けなさいよ!」
岸本さんが居るっていうことは、一限は体育らしい。
「こんなとこまで飛ぶなんて思わねえだろ!」
野球場からサッカーグラウンドまでは相当な距離があるはず。やっぱり岸本さんハイスペックだなあ……。
「赤松下がれええええ!」
「覚えてろ岸本! よっしゃ任せろおおおお!」
一限目が体育ならサボって正解だったな。私は運動苦手だし。
「……賑やかだね」
海夏さんが背筋を伸ばす運動をしながら話しかけてきた。意外と胸が大きいなあ……。
「だね」
ああ、会話が続かない……。せっかく話をふってくれたのに……。お腹、細かったなあ……。って脳内に煩悩がッ!
「運動苦手だから、休んで良かった」
海夏さんは小悪魔のような、いたずらっぽい笑顔でそう言った。
「私も、そう思う」
そんな顔もするんだ……。表情が豊かいろんな一面があって本当に、
「可愛いなあ」
……あ、口に出しちゃった! どどど、どうしよう! 聞こえたよね絶対! 海夏さん、きょとんとした顔してるし!
私は赤面して、ベッドの上を転がりたくなった。さすがに挙動不審すぎるから、布団を被ることにした。
「私、言われるほど可愛い、かなあ?」
そんなことないよ、と言う海夏さんの声質が、明らかにいつもと違うものに変化した。顔を伺ってみると、彼女は何だか他人事のような表情だった。
「むしろ、逆なんじゃないかな?」
すぐさま、そんなことないよ、と言おうとしたが、彼女の曇っていく表情を見て、何とも言えなくなった。
「逆?」
「うん。私、可愛いなんて言われたこと、たぶん無いし」
なんでかなあ。こんなに可愛いのに……。
「親、にも?」
「たぶんね。覚えてないだけかもしれないけど」
彼女は他人事のような表情で、興味なさそうに言った。その表情は、私の目には、どこか寂しげに映った。
これは、まずい。地雷を踏んだかもしれない。
これ以上、踏み込んでしまったら……。彼女は私から離れて行ってしまいそうな、そんな予感がした。
「そういえば今朝、転んだって言ってたけど、怪我とかしなかった?」
私のカバンだけ無事だったのも気になってたし、話を逸らすには良い感じかな?
「うん大丈夫。私のカバンさんが、身代わりになってくれたし」
ああ、よかった。元の調子に戻ってくれた。
「美咲のカバン、汚れてなかった?」
「うん、全然」
曰く、私のカバンを汚さないように抱え込んだせいで、自分の背中がドロドロになったらしい。
「あ、私のも、中身は無事だったよ」
なんか悪いなあ、と思っていると、察してくれたのか、ニコッとはにかんでそう言った。
「無事でよかったね」
「うん。念のため、ビニール袋に入れといたのが正解だったよ」
海夏さんは、私、どんくさいからね、と自嘲的に笑った。
「私も似たようなものだから、そこまでしないと安心できないのは分かるかな」
私は異常に忘れ物が多いから、念のためカバンにいろいろ詰めておく癖がある。
「私は今、類は云々っていう言葉を実感している」
目を輝かせている海夏さんに両手で手を握られて、私はまた気分が舞い上がる。
「う、うん!」
ふわふわとした浮遊感と共に、身体が熱を持つ。私は……、一体どうしてしまったんだろう。ただ手を握られているだけでこんなに……。
「美咲?」
顔がこれ以上に無いほど真っ赤に染まっているだろう私を、不思議そうに見ていた海夏さんが、握っていた手を放そうとした。
「あ……」
その手にしがみつくように、私は彼女の手を握った。
「どうして、ほしいの?」
彼女は優しい口調でニッコリと笑って、私の手の甲を撫でた。その行為に、私の中で何かが――、はじけ飛んだ気がした。
「抱きしめて……、欲しい……」
心臓が早鐘のように鼓動を刻んでいる。変なことを言っている自覚はあって、彼女に引かれてしまうんじゃないかと思い、身体が強張る。
「美咲は、甘えん坊さんなのね」
パイプ椅子から立ち上がった彼女は、そっと優しく包み込むように、私の身体を抱きしめた。息をすると、彼女の何かの花のような淡い香りが全身に行き渡る。これは、桜……かな?
「んぅ……」
私はつい、飼い猫のように、彼女の胸に頬ずりをした。
温かくて……、良い匂いで……、気持ちいい。
「ふふっ。可愛い……」
私の頭を優しく撫でた彼女は、さらに強く、でも痛くない絶妙な力加減で、私を抱きしめた。とくん、とくんと、彼女の鼓動が聞こえる。
そんな甘い時間は、一限目終了のチャイムによって、終わりを告げられた。
「さすがに二限目は休めないし、戻ろっか? 海夏」
つい呼び捨てしてしまったけれど、まあいいや。
「もっとしてたかったけど……、そうだね」
私と同じように、頬を朱に染めている海夏は、名残惜しそうにそう言って、抱きしめるのを止めた。
「ねえ美咲、放課後、暇?」
教室棟に続く廊下を二人で手を繋ぎ、歩いていると、海夏が小首を傾げながらそう言った。
「うん、暇だよ」
私がこくんと頷いてそう言うと、
「じゃあ、さっきの続きはその時に」
彼女は身体を密着させ、幸せそうに笑ってそう言った。朝の日差しが、さらに暖かみを増す。
「わかった」
私たちの、心の温度と共に。
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続編『香しき彼女』を掲載しました。合わせてご覧下さい。




