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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

桜花の彼女

桜花の彼女

作者: 赤魂緋鯉
掲載日:2016/03/10

 桜花の彼女


 遅刻だ、寝坊して遅刻なあたり、典型的すぎて笑えてくるぐらいの遅刻だ。私は青野美咲(あおのみさき)と言う名前の、疑う余地もない位の高二女子だ。

 しゃれ込んでボブにした茶髪頭は、手入れが面倒になって放置しているから、単に跳ねまくっているショートヘアになっている。茶色いけどこれは地毛だ。

 学校への近道になる、大きな屋敷の裏の道に入った。和風の塀だけど、塀越しに見えるのはなんでか洋風の建物だった。あれは離れなのかな?

 その路地を少し行くと、塀の上から顔を出している大分大きな桜が目に入った。花びらがひらひらと舞っていて、落ちたそれが路面を淡いピンク色に染めていた。

 桜が生えているだけなら、大急ぎで通り過ぎたのだけど、その下にぼんやりと桜を見上げている、私と同じ制服を着た女の子がいた。

「あ」

 私の目は清楚な顔立ちのその子に釘付けになって、急いでいるのを忘れてつい足を止めてしまった。肩の下まであるつややかな黒髪を一房、桜色のシュシュで縛ってサイドテールにしている。

 魅了された様に桜を見上げて、私に見られていることに気が付いていない、その子の瞳は、キラキラと輝いていた。長時間そこにいたらしく、花びらがスタイルのよい身体のあちこちに付いている。それにしても、この子ちょっと不用心過ぎないかなあ……。

 風が花びらを少し多めに散らせ、彼女の髪を揺らした。それが半開きになっていた口に入ったのか、指を入れて中からつまみ出す。

 彼女がそれを路面に置いたその時、やっと体中に花びらが付いている事に気がついて、服をぱたぱたとはたいてそれらを落とした。

 その動きを、妙にかわいいなあ、と思って見ていると、彼女の後ろから銀色のバンがゆっくりとやってきて、微速前進しながら一回クラクションを鳴らした。

「すいません!」

 彼女は意外と高い、澄んだ声でそう言ってお辞儀し、慌てて桜が顔を出している方の塀に寄った。私はそれに釣られて、バックした方が早いのに、同じ方に寄った。

 バンを目で追った彼女は、やっと私に気がついて、

「あ、おはよう」

 慌てるそぶりもなく、ニッコリと優しく笑って私に挨拶した。

「おはっ、おはよう!」

 笑顔を向けられ、何だか身体がフワフワした感じがして熱を持ち、彼女の声を聞くだけで、胸が高鳴るのを感じた。

 赤い顔を隠そうと、私はくるりと回れ右をして、自分の胸に手を当てた。落ち着こうとしてしばらく、そうしていると、遠くからチャイムが聞こえてきた。

「あらら」

「……あー」

 ホームルームに完全に間に合わなくなった私はガックリとうなだれた。しまったー!

「えっと、なんかごめんね?」

「ううん、気にしないで」

 私の顔をのぞき込もうと隣に来た、申し訳なさそうな顔をしている彼女に、私は、アハハ、と苦笑いしながらそう言った。私が立ち止まったのが悪いんだし、気にしなくても良いのに。

 ああ、坂道を走って登るのしんどいなあ……。と思いため息を吐いてから、走り出そうとしたら、

「どの道遅刻だから、ゆっくり行かない?」

 柔らかな表情の彼女に肩をポン、と叩かれた。彼女は相変わらず慌てていなかった。

「にょあっ!」

 私は飛び上がらんばかりに驚いて、再び体温が跳ね上がった。

「うぎゃー!」

 私の肩に掛かっていた鞄がずり落ち、足の上に落とし、しばらくケンケンして、うずくまった。

「あわわわ、だ、大丈夫?」

 突発的な事態には弱いのか、慌てふためいて私に駆け寄ろうとした彼女は、

「きゃっ」

 足下が見えていなかったらしく、落ちている私の鞄に引っかかった。

「どうし――、ってうわー!」

 彼女は転倒して、振り向いた私にダイブする形になった。ちなみに、彼女の鞄は前方に吹っ飛んで横になっている。

「……」

「……」

 私は受け止め切れず、彼女に押し倒される格好になった。上に乗った彼女の顔がかなり近くにあって、顔の近くに垂れ下がる彼女の髪から、何かの花の香りがする。

 それはとても――、とても良い匂いだった。さらに激しくなる胸の高鳴りと共に、私の顔は真っ赤に染まる。

「ほ、本当ごめん!」

 彼女は顔を真っ赤にし、大慌てで私の上からどいた。

「うえぁ……」

 私は湯気が出そうな程熱くなって、動くことができなかった。

「も、もしかして頭打っちゃった!?」

 四つん這いで近寄ってきた彼女が、血が出てないか確認するためか、私の頭の下を確認した。か、顔が近い!近い!

 私は高速で起き上がり、

「わああああ!」

 顔を真っ赤にして、叫びながらその場から走り去った。


                  *


「あー……、しんどい……」

 ゼエゼエと呼吸をしながら、私は机に突っ伏していた。

 私が教室に着いたときは、ホームルームが始まってからもう5分経っていた。私は生まれつき少し目つきが悪い。いつも以上に怖そうな顔になっているのか、入った途端、教室がざわついた。

「転校生の岡本さんは、ちょっと遅れてるみたいだな」

 猛獣の様に荒い呼吸をしている私の様子を気にしつつ、担任の喜多村(きたむら)先生はそう言う。4月の中旬になって転校生とは珍しい。

 ふと、私はカバン置き忘れた事を思い出した。幸い、携帯と財布だけはポケットに入っていた。

「転校生って女子らしいけど、かわいいのかねえ」

「半端な時期な転校生は、可愛いってのが相場だ!」

「じゃあ僕は可愛くないに千円」

「ほんじゃ、俺は可愛いに千二百円」

「俺は千三百円でいくぜ!」

「せんせー、男子が博打してまーす」

 私の隣の女子がそう言うと、教室に笑いが起こった。

「君たち、博打はだめだぞー」

「「へーい」」

 思いっきり私語をしていた男子三人の声色に、反省の色は無かった。

「何年経っても、遅刻癖は治らないわね……」

 隣の子――、岸本(きしもと)さんが口元に手をやって、苦笑いで私に話しかけてきた。少しハスキーボイスの岸本さんは中学時代からの友達で、私と違っていろいろとハイスペックな女の子だ。

「言うほど遅刻してるっけ?」

 呼吸が整った私は、首を回して岸本さんの方を見てそう言った。彼女の席の後ろに座る女子が、私と目が合いビクッとして前を向いた。

「私が覚えているだけで百回以上はしてたわよ……」

 私がすっとぼけたような顔で言うと、岸本さんは呆れ顔でそう言った。

「そう言えばそうだったね」

 しばらく考え込んで過去を振り返ると、むしろ遅刻してる記憶しかなかった。

「これだから治らないわけよね……」

 かぶりを振って呆れかえった様にそう言った岸本さんだけど、彼女は何だかんだ面倒見がいいから、いつも何かしら助けてくれる。ありがたやー。

「何とかしてよー、キシえもーん」

「他力本願はだめよ」

 拝むように岸本さんに懇願するも、容赦なくぶった切られた。

「ひでえっすわー」

「当たり前の事なんだから、頑張りなさい」

 岸本さんに、オカンみたいな事を言われてしまった。

「でも、起きられる様になるまで、モーニングコールぐらいはしてあげるわよ」

 こうやって助けてはくれるが、だいたいそのままズルズルと続いてしまうのがいつものパターンだ。

「さすがキシえもんだぜー」

 やっぱり優しい岸本さんなのであった。

「良い旦那さん見つけないと、生きていけるのか心配だわ……」

 ……冗談抜きで本当に心配されてしまった。

「すいませーん、遅くなっちゃいましたー」

 岸本さんが私の将来を憂いでいると、前の戸がガラッと開き、入ってきた聞き覚えのあるふわふわボイスの女子の顔を、頭を上げて確認した。あの子岡本さんって言うのか。

「いやそれは分かってる、……一体何があったんだ岡本?」

 いつも飄々としている喜多村先生さえ、驚いた声をあげた。そのわけは、

「いやー、近道しようとしたら、校庭で転んじゃいまして」

 苦々しそうに笑う岡本さんの背中は、校庭のぬかるみに突っ込んだのか、泥だらけになっていた。ああ、片っぽのカバンまで泥だらけになってる。ん、片っぽ?

「あれ? なんであの子、あなたのカバンをもってるの?」

「私が置き忘れたから」

「ああ、そう……」

 岸本さんは、またか、といった感じでため息を吐き、そう言った。

 えらい事になっている岡本さんのカバンとは対象的に、私のカバンは全く汚れていなかった。

「……とりあえず、体操服に着替えてきてくれ」

 先生は呆気にとられているまま、的確な指示を出した。

「はーい」

 くるり、と振り返って廊下に出ようとした岡本さんは、もう一度方向転換して、私の机の前にやってきた。

「はい、忘れ物」

 彼女はニッコリと笑って、私にカバンを手渡し、パタパタと忙しく出て行った。

「可愛かったなぁ……」

「よし、じゃあ早く配当金くれ」

「二人分だぞー」

「せんせー、男子が博打を再開してまーす」

「そこの三人は、後で職員室に来いよ」

「「えー」」

 そのやりとりに、再び教室に笑いが起こった。

「あいつら……」

 頭を抑えてかぶりを振って、呆れた声でそう言った岸本さんに、

「知り合いなの?」

 と訊くと、同じ部の男子、との答えが返ってきた。


 ホームルームが終わり、先生と一緒にさっきの三人が出て行った。岡本さんは結局、最後まで戻ってこなかった。

 先生がいなくなると同時に、いつも1カ所に固まっている女子グループが集って、

「あの子、あの不良にパシらされてるのよきっと」「エー」「ヤダー」「コワーイ」

 私にわざわざ聞こえるように、ひそひそ話を始めた。

 目つきが怖いからか、私を目の敵にしている集合体は、勝手なことを言って、私を不良に仕立て上げてしまった。

「ああいう連中は無視が一番よ。あなたが不良じゃ無い事ぐらい、分かってるから」

 岸本さんは私の肩をポン、と叩いて、微笑を浮かべてそう言った。

「岸本さーん!」

 岸本さんに抱きつこうと突撃したら避けられてしまった。

「ちょ」

 逃げる彼女に追いすがり、ドタバタしていると、

「あ、おーい」

 ジャージ姿の岡本さんがとことことやってきた。

「あ! 危ない!」

「え? あわわわ」

「へぶっ」

 岸本さんは避けた先にいた彼女との衝突を慌てて回避したが、私は避けきれずぶつかってしまう。私を支えようとした岡本さんは落ちていた紙に足を滑らせ、机に背中をぶつけて、尻餅をついたような体勢になって私の顔が彼女の胸に埋もれる。

 とどめに、机の上に乗っていた蓋が開いたボトルが倒れて、私は岡本さんと一緒にずぶ濡れになった。ピタ○ラスイッチみたいに。

「だ、大丈夫?」

 岸本さんは、動かない私を羽交い締めの要領で持ち上げた。

「ひれはれほれ……」

「だめっぽいね……」

 後から聞いた話だと、私の顔を見た、女子の集合体の構成員が悲鳴を上げ、何人かが卒倒したらしい。倒れた一人が、般若……、とか言ったそうな。酷い。

「ああもう!」

 岸本さんが私を小脇に抱えて、保健室へと連れて行ってくれた。般若……。


                  *


「ううん……」

 私は保健室のベッドで目を覚まし、上半身を起こした。岸本さんが着替えさせてくれたのか、ジャージ姿になっていた。今朝から……、どうにもおかしい。あの子の、岡本さんのそばに寄ると、恋する乙女のように身体が火照る。あの風に揺れるサイドテールが頭に焼き付いて離れない。

 あー、なんじゃこりゃー。

 頭をくしゃくしゃとして、また横になった。とくん、とくん、と心臓が高鳴る。

「あ、起きてる」

 カーテンを開けて、岡本さんが入ってきた。学校から貸し出されたジャージを着ている彼女は、ベッドの横にある椅子に座った。

「気分、悪くない?」

 彼女は心配そうな表情で、私に訊いてきた。

「う、うん」

「良かった」

 彼女の安堵の笑みに、身体がさらに熱くなる。とても顔を合わせる事ができない私は、横目でちらちらと彼女の様子を伺った。

「あなたのね、そばにいると、何だか温かいの」

 彼女はニカっと笑って、私の手を握った。驚いて彼女の顔を見ると、心なしか紅かった。彼女の柔らかくきれいな肌は、とても温かかった。私はその手を握り返す。

「そう、なんだ」

 私と岡本さんは、お互いに同じ事を感じていたらしい。ずっと……、この手に触れていたい。

「私ね、岡本海夏(みなつ)っていうの」

 あなたは? と、ニッコリと笑いながら問いかけた。そう言えば下の名前訊いてなかったなあ。

「私は、青野美咲」

 自分の名前を名乗っただけで、心が何だかふわふわする。

「じゃあ、美咲ちゃん、私とお友達に、なってもらえませんか?」

「うん、いいよ。海夏さん」

 友達、と言う響きが何だかくすぐったい。友達じゃなくてもっと……、って何を考えて……っ。

「そろそろ、授業に戻る?」

 握っていた手をはなし、海夏さんは立ち上がって小首を傾げ、笑顔でそう言った。そのしぐさがとても可愛いと思った。

「そう、だね」

 ベッドから降りて上履きを履いたが、私は少しためらった。もっと、海夏さんと一緒にいたい……。そう思ったから。

「やっぱり、行きづらい?」

 行きづらいわけでは無かったけど、何だか本心を口に出すのが恥ずかしかったので、私は、こくん、と頷いた。

「じゃあ、一限の授業が終わるまで、ここに居よっか」

 どうせ、今から行っても授業わかんないし、と付け加えて、いたずらっぽく笑った。私より、よっぽどこの子が不良してるなあ。

「うん」

 願ったり叶ったりだったので、断る理由もない。


 特にやることもないので、二人してぼんやりと天井を見上げていた。私はベッドに腰掛けて、海夏さんはさっきのパイプ椅子に座っている。

 何か話さないと、この時間が終わってしまう……。

 話題を考えていると、外から賑やかな声が聞こえてきた。

「赤松パス!」

「よっしゃ任せろ!」

「俺が止める!」

「頼んだぞ永川!」

「といやー!」

「あぁー」

「永川なにしてんだー!」

「どうじゃこらああああ!」

 オイオイオイオイ! と盛り上がる男子生徒達。

「そっちに球が飛んだぞー!」

「え? うぎゃああああ!」

「おいおい大丈夫かー?」

「おうよ! おい岸本! 何してんだよ!」

「それぐらい避けなさいよ!」

 岸本さんが居るっていうことは、一限は体育らしい。

「こんなとこまで飛ぶなんて思わねえだろ!」

 野球場からサッカーグラウンドまでは相当な距離があるはず。やっぱり岸本さんハイスペックだなあ……。

「赤松下がれええええ!」

「覚えてろ岸本! よっしゃ任せろおおおお!」

 一限目が体育ならサボって正解だったな。私は運動苦手だし。

「……賑やかだね」

 海夏さんが背筋を伸ばす運動をしながら話しかけてきた。意外と胸が大きいなあ……。

「だね」

 ああ、会話が続かない……。せっかく話をふってくれたのに……。お腹、細かったなあ……。って脳内に煩悩がッ!

「運動苦手だから、休んで良かった」

 海夏さんは小悪魔のような、いたずらっぽい笑顔でそう言った。

「私も、そう思う」

 そんな顔もするんだ……。表情が豊かいろんな一面があって本当に、

「可愛いなあ」

 ……あ、口に出しちゃった! どどど、どうしよう! 聞こえたよね絶対! 海夏さん、きょとんとした顔してるし!

 私は赤面して、ベッドの上を転がりたくなった。さすがに挙動不審すぎるから、布団を被ることにした。

「私、言われるほど可愛い、かなあ?」

 そんなことないよ、と言う海夏さんの声質が、明らかにいつもと違うものに変化した。顔を伺ってみると、彼女は何だか他人事のような表情だった。

「むしろ、逆なんじゃないかな?」

 すぐさま、そんなことないよ、と言おうとしたが、彼女の曇っていく表情を見て、何とも言えなくなった。

「逆?」

「うん。私、可愛いなんて言われたこと、たぶん無いし」

 なんでかなあ。こんなに可愛いのに……。

「親、にも?」

「たぶんね。覚えてないだけかもしれないけど」

 彼女は他人事のような表情で、興味なさそうに言った。その表情は、私の目には、どこか寂しげに映った。

 これは、まずい。地雷を踏んだかもしれない。

 これ以上、踏み込んでしまったら……。彼女は私から離れて行ってしまいそうな、そんな予感がした。

「そういえば今朝、転んだって言ってたけど、怪我とかしなかった?」

 私のカバンだけ無事だったのも気になってたし、話を逸らすには良い感じかな?

「うん大丈夫。私のカバンさんが、身代わりになってくれたし」

 ああ、よかった。元の調子に戻ってくれた。

「美咲のカバン、汚れてなかった?」

「うん、全然」

 曰く、私のカバンを汚さないように抱え込んだせいで、自分の背中がドロドロになったらしい。

「あ、私のも、中身は無事だったよ」

 なんか悪いなあ、と思っていると、察してくれたのか、ニコッとはにかんでそう言った。

「無事でよかったね」

「うん。念のため、ビニール袋に入れといたのが正解だったよ」

 海夏さんは、私、どんくさいからね、と自嘲的に笑った。

「私も似たようなものだから、そこまでしないと安心できないのは分かるかな」

 私は異常に忘れ物が多いから、念のためカバンにいろいろ詰めておく癖がある。

「私は今、類は云々っていう言葉を実感している」

 目を輝かせている海夏さんに両手で手を握られて、私はまた気分が舞い上がる。

「う、うん!」

 ふわふわとした浮遊感と共に、身体が熱を持つ。私は……、一体どうしてしまったんだろう。ただ手を握られているだけでこんなに……。

「美咲?」

 顔がこれ以上に無いほど真っ赤に染まっているだろう私を、不思議そうに見ていた海夏さんが、握っていた手を放そうとした。

「あ……」

 その手にしがみつくように、私は彼女の手を握った。

「どうして、ほしいの?」

 彼女は優しい口調でニッコリと笑って、私の手の甲を撫でた。その行為に、私の中で何かが――、はじけ飛んだ気がした。

「抱きしめて……、欲しい……」

 心臓が早鐘のように鼓動を刻んでいる。変なことを言っている自覚はあって、彼女に引かれてしまうんじゃないかと思い、身体が強張る。

「美咲は、甘えん坊さんなのね」

 パイプ椅子から立ち上がった彼女は、そっと優しく包み込むように、私の身体を抱きしめた。息をすると、彼女の何かの花のような淡い香りが全身に行き渡る。これは、桜……かな?

「んぅ……」

 私はつい、飼い猫のように、彼女の胸に頬ずりをした。

 温かくて……、良い匂いで……、気持ちいい。

「ふふっ。可愛い……」

 私の頭を優しく撫でた彼女は、さらに強く、でも痛くない絶妙な力加減で、私を抱きしめた。とくん、とくんと、彼女の鼓動が聞こえる。

 そんな甘い時間は、一限目終了のチャイムによって、終わりを告げられた。

「さすがに二限目は休めないし、戻ろっか? 海夏」

 つい呼び捨てしてしまったけれど、まあいいや。

「もっとしてたかったけど……、そうだね」

 私と同じように、頬を朱に染めている海夏は、名残惜しそうにそう言って、抱きしめるのを止めた。


「ねえ美咲、放課後、暇?」

 教室棟に続く廊下を二人で手を繋ぎ、歩いていると、海夏が小首を傾げながらそう言った。

「うん、暇だよ」

 私がこくんと頷いてそう言うと、

「じゃあ、さっきの続きはその時に」

 彼女は身体を密着させ、幸せそうに笑ってそう言った。朝の日差しが、さらに暖かみを増す。

「わかった」

 私たちの、心の温度と共に。

               //

続編『香しき彼女』を掲載しました。合わせてご覧下さい。

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