1.姫様は元VTuber
辺境だけれど魔物の襲来もない緑豊かで肥沃な大地を持つイグレア王国は、強大なエンドール帝国の数ある属国の一つ。帝都から遠く離れているせいか、のどかな―――平たく言えば辺鄙な場所の田舎国だ。
けれど、そんな片田舎の国でも、召集されれば謁見の為に遠く離れた帝国へ馳せ参じなければならない。そう、例えそれが家族を人質に取られるのと同義語だとしても。
「え?私が帝国に、ですか?」
「すまないシンシア。帝国の皇太子の婚約者選定に、属国それぞれ一人ずつ、姫を出せと……ううっ…私達の大切な娘が……あんな、あんな暴君と噂の皇太子に嫁がせなければならないなんて…!」
さめざめと泣き出したのは国王と王妃。
私の両親だ。
そんな二人と、その状況をオロオロと見つめる姉を見て思う。
いささか平和ボケしたこの国だから許されるけど、本来、王とはもっと威厳あるものでなくてはならないのでは?
普通に不敬。
ただ、彼らの〝親〟としての愛情が為政者のそれより勝っている点は子供として素直に嬉しい。国を統治する者としては落第かもしれないが、そんな優しい二人が好ましかった。
姉のシンシアは妖精の愛し子だ。
妖精の愛し子とは、その名が示すように妖精に無条件で愛される人間を指す。
この世界には形ある生物の他に、妖精や精霊という目に見えない存在がいる。
彼らは人とは違う理の中に生きていて、人間の常識にとらわれず、基本は無害。時に良き隣人であり、そして時に悪意の無い災いをもたらしもする厄介な存在だ。
精霊は妖精の上位種で人と関わりを持たない事が多いが、妖精は好奇心旺盛で、己が好む波長の者の周囲に棲家を作る。妖精が多く住まう土地は自然が豊かで災害も少なく、魔獣も入ってはこれないので大変住みやすい土地となる。
ゆえに、妖精の愛し子は存在するだけでありがたがれ、国を挙げて大切にされる事が多かった。
この国は元々、妖精の愛し子が国を興したと言われており、その為か代々直系王族には妖精の愛し子が多く生まれ、その血が気に入られているのかは不明だが、愛し子となった者が王を継ぐ慣例がある。先代愛し子は祖父で、大体は一世代置きに生まれており、今代は姉のシンシアだ。なので、姉は国を継ぐ女王になる事が決まっており、その王配には国の優秀な人が―――という事はなく、姉が心から愛している人が選ばれている。大切なのは愛し子を幸せにする事なので。まぁ、そのお相手は彼女が幼い頃から大好きな人で、イケメンかつ非常に優秀な男性だから妹としても王家としても大歓迎なのだけど。
そんな妖精の愛し子が姉である。
幼い頃から蝶よ花よとそれはそれは大切に育てられた彼女は、過保護に、真綿に包むように育てられ、どこか普通の人と違う世界に生きているような人で、分かりやすく言うと脳内お花畑の人間に成長してしまった。
「シンシアは妖精の愛し子だ……我が王家には代々、必ず愛し子が生まれる。その恩恵でこの国は精霊にも好まれる土地となり、魔物の脅威から守護されているのだ。しかし、ここ近年稀に見る豊作だ、農地への祝福に目を付けられるだろう……冨の為だと、シンシアが后の一人として選ばれるに違いない…!」
こんな事ならもっと早く結婚させておくべきだった、とおいおい泣く父に、つられて泣く母と姉。家族だけのプライベートルームであっても、扉一枚隔てた向こうで護衛騎士達も聞いているだろうに。目眩がしてくる。
ここはもう自分が出るしかないのだと覚悟を決めた。
「あの、そのお話ってお姉様名指しの招待状ですか?私が代わりに行けば、お姉様が見初められずに済むのでは」
「なっ、何を馬鹿な事を…!相手はあの皇太子だぞ?!お前のような引っ込み思案で人見知りでいつの間にか気配を消しているような娘が……!」
「そうよ、貴女のような話しかけられても笑顔が固まって鶏の断末魔のような声をあげてしまう娘なんて……!」
おずおずと手を挙げ意見すれば、家族総出で血相を抱えての全否定。けれど、そう言った両親は何かに気付いて続く言葉を止めた。
「…ん?」
「…あら?」
「そうです。見初められる以前に、目にも留まらないでしょう」
なかなか酷い言いっぷりだけど、真実はこれ以上だったので気にしていない。
「私が壁の花になろうと泡を吹いて倒れようと、皇太子と会話する事が出来ないのですから、まぁ不敬にはならないでしょう。それよりお姉様が奪われない方が重要なのです」
そう。
どうしても姉が帝国へ行くのを止めなければならない理由がある。
(……絶対に滅亡なんてさせない……!)
音井詩子は前世の名前。今世での名前は、メロディ・タウ・イグレア。
不慮の事故で若くして死んでしまった私は、気付けば前世のゲーム世界の人間に生まれ変わっていた。けれど、よりによって生まれた場所は、主人公のせいで滅亡してしまう予定の国。
物語では帝国の皇太子妃選定に招かれたイグレアの姫は、豊穣の力を持つ妖精の愛し子として、帝国にその力を捧げるよう皇太子に命じられる。いや、その力を使って皇太子の寵愛を奪い合うようになるのだ。そして、妖精の愛し子を失ったイグレア国は、緩やかに衰退し、守りの結界も解かれ、魔物が押し寄せるとあっという間に滅んでしまう。
そのゲームの名は『フェアリーロード〜君と導く百花の園〜』といい、所謂ハーレム系のストーリーで、男主人公はあらゆる手段を用いて帝国の繁栄の為に尽力する。その、あらゆる手段が〝能力のある女性を誑し込んで協力させる〟事なのだ。
ゲームではその対象の一人が姉のシンシアだった。
美しく、優しく、賢―――くはないけど善良な人間である姉がそんな大奥みたいな世界に落とされるなんて断固阻止しなければ。それに姉には現在好きな人がいる。NTRも出来るなら見たくない。
ゲームは未プレイだけど、アニメ化もされているので設定程度の内容だがあらすじは知っている。この主人公も自分と同じ転生者であれば、ゲーム開始前に彼に直談判すればいい。ただ、それにはひとつ問題があった。
「メロディ、貴女って家族の前ではこんなに流暢に悪巧みまでスラスラと話せるのに、何故一歩外に出ると見知らぬ場所に連れて行かれた猫みたいになるの……」
姉に呆れ声でそう言われる。
実際は猫よりもっと酷いらしい。
まず、存在を感知し難い。そういうスキルでもあるのかと疑うレベルでその場と一体化しているそうだ。空気感が半端ない、とも。壁の花。
そして、話しかけても視線が合わない。声はモスキート音レベルに小さく、喋れば吃音、会話も続かず、とても人付き合いの出来るレベルにない。
故に、困り果てた両親が私を病弱設定で通し、今では幻姫だと国内外に誤解を招く始末。まぁそれは前世の記憶が戻る前の話だけど。ただ、前世の私もさほど変わりはない。
私は前世共に人見知りで臆病な性格だ。
でも、ある日テレビで見た歌手が歌う姿に憧れ、自分を変えたくなって歌を始めた。数少ない友達と行ったカラオケで褒められ、何だか自信がついてきた。少しずつ変われたような、そんな気がした。生意気にもプロになりたいだなんて、分不相応な夢を見てしまった。
でも。
度胸試しに初めて路上で歌った体験は、今も私を苦しめるトラウマとなった。
緊張のあまり声が出ず、誰も私の歌を聴くことも立ち止まることもなく、ただ人が流れ、通り過ぎていく光景。後で見に行くね、と言ってくれた友人を待たず、私は逃げ出した。
元来臆病な自分がそんな経験をして再チャレンジする勇気などあるはずも無く、人前で歌うことが怖くなり、ネットの世界で顔を出さない歌い手VTuberとして活動する事に方向転換した。そうしているうちに、何とか名も売れて、ゲームのテーマ曲を歌う歌手として使ってもらえる事になったというのに、事故で呆気なくその生を終え―――終わったはずが、何故かこの世界で、愛し子の姉がいる、メロディ・タウ・イグレアとして転生した。前世のトラウマはそのままに。
そんな私を皆は幻姫と呼ぶ。その意味は滅多に姿を見せないというものと、もう一つ『何も無いのその力は〝幻〟だ、という皮肉を込めた意味のもの。
すぐ上の姉シンシアは植物の生育を良くする、という妖精と契約していて、その力欲しさに様々な国から求婚されていたが、元来愛し子となった王族は国を出る事は無いので、国外の申し出は全て断っていた。そんな折、帝国から王子の婚約者を選定するからと各属国の姫を招集する招待状という名の令状が届いたのだ。
「私のことはいいのです。期限は3ヶ月―――なので時間はありません。お姉様はあの意気地なしに発破かけて、今月中に結婚して下さい。私はそれを見届けてから帝国へ出発します。大丈夫です、きっとすぐ戻ってきます。何しろ、帝国配下の国だけじゃなく、他所からも美姫がわんさか集められるでしょうから。私は地味に目立たずお役目を果たしてきます!」
安心して下さい、と笑ってみせる。
だって、どうせ自分のような影の薄い人間なんて選ばれる訳ないのだから。
自虐じゃ無い。これは、勝ち誇った笑顔なのだ!
作者はVTuberのこと、実はあまり良く分かってないです…




