第1話 ミミズ少女とお葬式
父の葬儀が行われている。
かつては魔族軍の英雄などと称えられていた父であったが、斎場は酷く閑散としており、驚くほどに参列者の数は少ない。
その理由は簡単だ。
娘の私が半魔だからだ。
今から二十年ほど前に、魔族と人族との間で大きな争いがあった。
両軍に甚大な被害をもたらす激戦の末、疲弊しきった二ヶ国は停戦の道を歩むことになる。
そして、魔族領から父の姿は消えてしまった。
人族の国での激しい戦闘の果てに死亡をしたとも噂されていたが、数年後に一人の赤子を連れて父は魔族領へと帰って来た。
人族と魔族の間に生まれた半魔の私を連れて。
一般的に、異なる種族との間には子供が生まれづらいとされていれる。
稀有なケースになるが、人族や魔族、エルフ族などの身体的構造が近い種族であれば子を宿すこともある。
そうやって生まれた子は、体内の魔素が反発しうために身体的な問題を抱えて生まれる者が多い。
そのため人族と魔族の間に生まれる半魔は、生まれつき体内の魔素が普通の魔族よりも少なく、体が弱い未熟児として生を受けることになる。
魔素とは、魔族の強靭な肉体を維持するのに必要不可欠なものである。
それが少ない半魔は、少し体を動かすだけでも疲労が激しく、成人まで生きていられるのさえ希だという。
それ故に、何の役にも立たない半魔として生まれた子は、昔から魔族の中で差別をされる対象であった。
そんなお荷物の私を連れて帰ってきた父も、魔族領の英雄から敵であった人族との子を作った裏切り者と呼ばれるようになり、次第に魔族領での居場所がなくなっいった。
「まあ、気にしないけどね」
参列者の少ない葬儀は何の滞りもなく終わりを迎え、私は誰も待つ者が居ない自宅へと帰っていった。
魔王城を中心として広がる街の外に出ると、そこは無数のアンデッドが闊歩する魔の森となっていた。
人族の国からの侵入を塞ぐかのように広がる魔の森は、戦時中に亡くなった多くの戦士の魂が今も行き場を探して彷徨っている。
整備された道から森の中に入り、さらに奥地へと進んでいくと、私が父と暮らしていた家がある。
英雄と称えられた人物が暮らすとは想像も出来ない、小さくてみすぼらしい建物だ。
父は魔族領に帰って来てすぐに、街にあった大きな屋敷を売却して訪れる者も殆どいないこの場所へと移り住んだ。
戦争で家族を無くした住民を刺激しないように、人族との間に生まれた私の存在を遠ざける為だ。
実際、私が魔の森で暮らしはじめてから十年以上の時が経つが、魔族領の街に行ったことは数えるほどしかない。
今日行われた父の葬儀でも、ほとんどが顔を会わせた事もない人達だった。
虚弱な体の半魔である私は、ずっと寝たきりで外出などは出来ない設定になっている。
その為、斎場には私の存在をはじめて知った者も大勢いた。
肌の色が魔族の青色ではなく、人族の白色をしている私の姿に奇異の目が向けられていた。
正直、葬儀が早く終わってくれて私は安堵をしている。
今後の事は考えている。
このまま魔族領に残ったとしても、私が一人で暮らしていくのは不可能だろう。
一人で生きていくには街に行かなくてはならず、人族との半魔である私が魔族の街で受け入れられるとは到底思えないからだ。
幸い、半魔の私の体は魔族の青色ではなく人族の白色をしている。
半魔だと言うことを隠しておけば、私が人族の国で暮らしていく事も可能だろう。
人族の母はすでに死亡していると父から伝えられているが、魔族領で暮らしていくよりかは、人族の街でひっそりと暮らしていく方が苦労は少ないと思う。
母の事を話したがらなかった父であったが、人族の街のことは幼い頃の私によく話をしてくれた。
父の話のなかで、特に私の興味を引いた話が食べ物の話だ。
魔族領の食べ物は相当不味いらしく、私も食事はあまり好きではない。
人族の暮らす国に比べると、魔族領は大地に宿る魔素が少なく、作物の育ちが悪いらしい。
逆に、魔族領は大気中の魔素濃度がとても高い。
そのため、魔族領の空気で育つ動物は体内の魔素が多くなり、その肉は岩のように固く味も薄いのだ。
人族の国の食べ物の話を聞くたびに、幼い頃の私は目を輝かせて憧れていた。
そんな父は、自分が死んだ後の事を心配していて、もしもの時のために色々と準備をしていてくれた。
もし自分が亡くなれば、私が魔族領を出ていくことに気がついていたのだろう。
「なるべく早くここを出ていこう」
一人ぼっちの自宅でそう呟いた直後、何者かがドアを叩く音が聞こえた。
コンコン
「はい、どなたですか?」
私の問い掛けに、優しい口調で来訪者が答える。
「やあ、ドーラ。葬儀お疲れさま」
この声の主は知っている。
父の元部下であり、父が軍を退役した後、軍の再編により魔族軍の部隊長を任されている人物だ。
「こんばんはローリーさん。こんな遅い時間に何かご用ですか?」
「ああ…… 葬儀が終わったばかりで何だが、君の今後について少し話があってね…… お邪魔をしてもいいかな?」
「……わかりました」
ガチャ
私は早く旅の準備をしたかったのだが、無下にするわけにもいかないので、ドアを開けてローリーを家の中へと招き入れた。
この男の名はローリーと言う。
軍の業務の引き継ぎなどを理由に、父へ会いに良くこの家を訪れていた。
引き継ぎが終わった後も、何かにつけてはこの家を訪れて父との交流を続けていた。
この男のことはよく知っている。
30代後半の既婚者で、私と同年代になる一人娘がいる。
おそらく、この男が今日やって来るだろうと私は思っていた。
「散らかっていてすみません。色々とごたついていたので」
「気にする必要はないよ。事情がアレだからね…… まさか先輩があんな事になるなんて思いもしなかった……」
「犯人は見つかっていないようです。正直、あまり真剣に調査はされていないようですね」
「まったく酷い話だ…… 己の《《名》》を捨てて英雄に担ぎ上げられ、それでも魔族領に尽くしてきたのに…… その結果、こんな森の奥地へと追いやられ、最後は何者かに毒殺をされるなんてな……」
父は人族との休戦条約の延長を議論する場に、アドバイザーとして魔王城へと招かれていた。
二十年という条約期間の終わりが近付き、人族から条約の延長を打診されていたのだ。
魔族側は賛成と反対に意見が別れ、父は賛成派、ローリーは反対派だった。
その日の夜も、決着のつかない議論に疲れた様子で父は帰ってきた。
そして、ベッドに横になった父は二度と目を覚ますことはなかった。
「……先輩の使ったグラスだけに毒物の反応が検出された。反対派から狙い打ちされたのは明らかだ。私も反対派の一人だが、こんな強引な方法が許されるわけはない!」
「……」
私は無言のままローリーの話を聞いていた。
「しかし、今回のことで賛成派に傾いていた流れも止まるだろう。やり方は気に食わないが、再び魔族と人族は互いの存亡をかけて争うことになる」
ローリーにとっては好都合の展開であろう。
しかし、この男が犯人でないのを私は知っている。
そもそも、この男にそんな大胆なことを実行する度胸など持ち合わせてはいない。
「戦争だけじゃない。この世界で暮らす者には、忘れることの出来ないであろう一年前の悲劇…… 世界中を震撼させた天変地異だ…… この世界に存在したはずの夜空を照らす二つの月。その一つが突然消失するという、あり得ない異常現象が発生した。それにより、大陸の海に面した一部の地域では、甚大な洪水の被害がもたらされたという。月が消える瞬間の夜空には、激しい光とともに蠢く巨大な怪物の影を見たと言う報告もあった。今のこの世界は何かがおかしい……」
「……」
ドーラは退屈そうにローリーの話を聞いている。
「ああ、すまない。こんな物騒な話をしに来たんじゃなかった。君の今後についてだったね」
重苦しい場を和ますように、ローリーは優しそうな笑顔を見せる。
「現実の問題として、まだ幼い君一人ではこの魔族領で暮らしていくのは不可能だろう。特に君は魔族と人族との半魔だ。魔族領においての偏見と差別は想像を絶するだろう。先輩が亡くなったのなら、他の誰かが君を守らなくてはいけない」
言いたいことはだいたい想像がつく。
「唐突な話だが、私の養子にならないか? 軍でもそれなりの地位にある私なら、君のことを差別から守ることが出来るだろう。私には同じ年頃の娘もいるし、君にとって悪い話ではないと思うんだが?」
満面の笑みでローリーはドーラを見つめている。
断られると言うことを微塵も思っていないのか、そわそわと体を揺らしながらドーラの返事を待っていた。
「大変ありがたいお話ですがお断りします。それに、これからのことはもう決めています」
想像もしていなかった拒絶の言葉に、ローリーの笑顔と体が固まった。
「断る? 決めている?」
「はい。魔族領を離れて人族の国に行こうと思います」
ローリーの顔から笑顔が消えた。
「これは随分と可笑しなことを言う。半魔の君が人族の国に行く? 到底、行く先で君が受け入れられるとは思えない。それ以前に、半魔の君の体では旅に耐えることも無理だろう。自殺行為に他ならない」
魔族と人族の半魔は生まれながら体が弱い。
普通に考えれば一人で旅に出るなんて不可能だろう。
「もう決めたことです。父も自分が亡くなれば私が魔族領を出ていくだろうと察していて、その時のために色々と準備をしてくれていました」
「準備だと?」
「はい、色々な人族の街の美味しい食べ物などを本に残してくれました。絶品料理からそこでしか食べられない珍味まで、父お勧めの名店ガイドブックです。ふひひひ、楽しみだなあ……」
ドーラはヘラヘラと笑いながら涎を垂らしている。
「ちょっと何を言ってるのか理解できないんだが……」
ローリーの顔は可哀想な者を見る表情に変わっていた。
「そう言うわけなので、準備があるのでお引き取り願ってもよろしいですか?」
「……」
「……」
ローリーはため息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
この後、この男がどんな行動に出るかドーラは知っていた。
「はあ、もういいや。面倒くさい駆け引きはやめにしよう。大人しく言うことを聞いていれば乱暴なことはしなかったのにな」
ドン
鈍い音が部屋に響き、ドーラはローリーに押し倒される。
ローリーがこう言う行動に出ることを、ドーラは予想をしていた。
そう、この男はロリコンだから。




