第十一階層:復活!月の神殿と音のまち!
モテたくて楽器を始めたが口笛ばかりが上達したシーフタカシ、リズム感ゼロどころかマイナスのジフ、実は音楽魔法まで使えるが魔力の足りない魔法使いセイン、聖歌を歌うもあまりにもアレだったために聖歌隊に呼ばれなくなったヒーラーのフィン。彼らは仲良し4人組チーム「ぐだふわ」。
楽器うまうまメイア姫と共に、神殿の掃除に向かう。
タカシが工房に籠もり始めてから、はや2日が過ぎた。聞こえてくるのは、黙々と木を削り、金属を研ぐ作業音と、時折響く「ペキッ」という、どこか物悲しく不協和な弦の音だけだった。
神殿の清掃作業はおおかた片付き、本来の輝きを取り戻しつつあったが、物語の核となる「月のリラ」の修理だけは、思うように進んでいなかった。
「あいつ、大丈夫かのう……」
セインが工房の窓から中を覗き込み、眉を寄せて呟いた。
「一応、差し入れた飯は少しずつ減ってるみたいだけど、ちゃんと寝てるのか心配」
ジフも大きな体を縮めて隣から覗き込んだ。
どんな鍵でも開け、便利な道具なら何でも直してきた器用なタカシをもってしても、神の遺したアーティファクトは勝手が違ったようだった。
流石にこのまま根を詰めさせて放置するわけにもいかず、また刻一刻と過ぎる時間も無視できなかった。
そこで、フィンが一つ提案をした。
「一度、姫様に触れてもらったほうがいいんじゃないかな。あいつ、ギターだって『指が痛い』って3日で投げ出した前科があるし」 「おお、確かに。あやつ、結局は『俺は口笛だけで生きていく』と豪語しておったからのう」 セインの言葉に一同が頷くと、フィンがすぐに行動に移した。「うん、早速姫様を呼んでくるね」
一方、工房の中では、タカシが脂汗を浮かべてリラと格闘していた。
「うーん……やっぱり、何かが噛み合わないな」
どれほど精密に組み上げ、弦を張っても、納得のいく音が響かない。その様子をずっと傍で見守っていたエルマが、辛辣ながらも不安を隠せない声で言った。
「……いくら弄っても音が死んでるわ。やっぱり、あんたの手に負える代物じゃないのよ」
エルマが危惧しているのは、タカシの体調もさることながら、この唯一無二のアーティファクトが、素人の手によって修復不可能な状態になることだった。
「はいはい。……でも、俺がやらなきゃ誰も手を出せないだろ?」
タカシは力なく言い返したが、その声にはいつもの自信が欠けていた。
「お邪魔しますわよ、タカシ様」
そこへ、ジフに付き添われたメイア姫が静かに入ってきた。
「ご飯も満足に召し上がっていないのでしょう? 良い知恵というものは、心身が健やかであってこそ宿るものですわ」
姫様が自ら運んできた温かい食事を前に、タカシは流石に作業を止めた。久しぶりのまともな食事であるサンドイッチを頬張りながら、彼はぶつぶつと独り言を漏らした。
「やっぱり、魔力の伝導回路の問題かなぁ……。あそこをバイパスさせるには、もっと高度な魔導知識が必要なのかもしれない……」
そんなタカシの皿から、エルマがひょいとトマトを盗み食いしながら口を挟んだ。
「理屈で考えすぎなのよ。そもそも、あんたは月の女神に選ばれた人間じゃないでしょ? 姫様が触れれば、何か変化が起きるかもしれないわ」 「ああっ、俺のトマト! ……まあ、トマトならいいか。……そうだね、姫様、一度試してもらえますか?」
いつもの軽口もどこか力なく、タカシの顔には隠しきれない憔悴の色が濃く滲んでいた。
緊張の面持ちで、メイア姫が月のリラを手に取った。その瞬間、彼女の周囲には月の魔力のような不思議な光が漂い始め、工房の空気そのものが一変した。
「おお、なんか行けそうな気がする……!」
暗く沈んでいたタカシの口から、ようやく前向きな言葉が零れ落ちた。
「先ほどまでとは全く違いますわ。タカシ様、すごいですわ! これならいけますわ!」
姫はリラを構え、しなやかな指先で弦に触れた。
仲間たちが固唾を呑んで見守る中、清らかな音が工房に響き渡った。それは以前のような耳を刺す不快な音ではなく、まぎれもない「楽器」としての音色だった。
「おお、やった、やったぞ!!」
「すごい! やればできるではないか!」
歓喜の声を上げるタカシの背中を、セインが力強く叩いた。しかし、その狂乱を制するようにジフが冷静な声を上げた。
「……いや、ちょっと待って。よく聞いて、何かが変だ」
「くそ、オーガのくせに俺たちより耳が敏感かよ。何が……」
タカシも息を殺して耳を澄ませた。確かに、何かが決定的に違っていた。音階も音程もバラバラで、音楽と呼ぶにはあまりに程遠い状態だったのだ。
「やっぱり、ただの楽器の知識だけじゃダメなんだ……」
ようやく掴みかけた希望が指の間から零れ落ち、タカシは再び深いスランプへと突き落とされた。
「元気出して。ちゃんと楽器の音にはなってるじゃないか」
四つん這いになって落ち込むタカシを、フィンが優しく慰めた。
「そうよ、ほら、シャキッとしなさいよ。あんたがそんなだと、こっちまで調子が狂うわ。ほら、飴ちゃん食べな」
エルマがどこからか取り出した飴を、まるでお節介な近所のおばさんのようにタカシに差し出した。
だが、タカシのこれまでの奮闘は決して無駄ではなかった。
一同が肩を落としていたその時、工房のドアが静かに開いた。そこに立っていたのは、これまで無気力に沈み、一行に目もくれなかった村人の一人――ドワーフの男だった。
「……ひどい音だ、聴いておれん。ワシにそれを預けろ」 魂が抜けたはずの村人が、初めてその口を開いたのだ。未完成とはいえ、姫がリラを弾いたことで放たれた魔力と音色が、職人の魂の深層に眠っていた小さな火を灯したのかもしれない。
「おお、タカシ! やっぱり無駄ではなかったぞ!」
セインが興奮気味にタカシに抱きついた。アーティファクトと姫の月の魔力が、奇跡を呼び寄せたのだ。
「これを修理できれば、確実にみんなの魂が戻ることがわかったわ。やったじゃない、タカシ! あんたの手柄よ」
「そうですわ。ここ数日のあなたの働きのおかげですわ。タカシ様、ありがとうございます」
エルマと姫、二人の女性から真っ直ぐな感謝を向けられ、タカシは鼻の下を伸ばした。
「……おお? あれ、俺、いまモテ期きた?」 「違うわ!」 すかさずセインにツッコミの拳を食らいながらも、タカシの表情には明るさが戻っていた。月のリラ再生に向けた大きな、そして確実な一歩を、彼らは踏み出したのだった。
ドワーフの男は、かつてこの工房の主を務めていた親方だった。
彼は熟練の、そして見事な手つきでリラの調律を進めていく。
「うーん……俺の2日間の苦労はどこへやら。でも、めちゃくちゃ勉強になるなぁ」
タカシは悔しがる素振りも見せず、職人の技を盗もうとまじまじと作業を覗き込んだ。
「タカシはシーフでしょ。なんで本業以外のことにはそんなに熱心なんだよ」
フィンが呆れ顔で皮肉を飛ばしたが、タカシはどこ吹く風で、キラキラとした瞳のままドワーフの手元に夢中になっていた。
「何はともあれ、これでようやく解決しそうじゃな」
セインが安堵の息をもらし、姫もそれに優しく頷いた。
「ええ、すべてはタカシ様のお手柄ですわ」
失われていた月のリラは、ドワーフの親方の手によって、本来の神聖な輝きを完全に取り戻しつつあった。
それから数刻が過ぎた。
窓の外には、冴えわたる月明かりの夜が広がっていた。今夜は、奇しくも満月だった。
工房の机の上には、親方の手によって完璧な姿を取り戻した「月のリラ」が鎮座していた。
「すごい……まるで月の光そのものを凝縮して形にしたような、完璧な楽器ね」
ハーフエルフであるエルマは、その種族の特性ゆえか、神々しい輝きを放つアーティファクトにすっかり目を奪われていた。
「見惚れてる場合じゃないだろ。修理して終わりじゃない、これからが本番なんだから」
珍しく真剣な表情のタカシが、エルマに鋭い突っ込みを入れた。
そう、真の目的は、メイア姫が月の神殿の中央でこのリラを奏でることにある。その音色によって邪気を払い、村を覆うアウリウスの呪いから人々を解放しなければならない。
「今夜はちょうど満月。月の女神の力が最も強くなる時です。行きましょう、皆様。この村を救い出すのです」
リラを大切に抱え、決意を口にしたメイア姫の姿は、まるで英雄譚に登場する女神そのものだった。
「すげぇ……物語の一場面みたいだ……」
タカシがうっとりと吐息を漏らす。
「待て待て、ワシら、知らぬ間に勇者御一行になってしもうたんじゃないかのう」
セインもまた、自身の置かれた劇的な状況に酔いしれていた。
「ま、僕たちは特等席で聴いてるだけなんだけどね」
フィンだけは、相変わらず冷静に肩をすくめた。
「あ、夜食とかいるかな。音楽鑑賞なら、ワインなんかも用意した方がいいか?」
ジフはジフで、そわそわと食べ物の準備を始めだした。
「いやいや、遠足じゃないんだから!」
タカシの呆れ声が響く。久々に舞い込んだ明るい兆しに、パーティ一行は活気づいていた。
彼らは意気揚々と、決戦の地である神殿へと足を進めるのだった。
月の神殿の最深部。中央に描かれた巨大な魔法陣の真ん中に、メイア姫は凛として立っていた。
「オンステージだね。すごい……まぁ、廃墟だけど」
タカシは改めて周囲を見渡した。懸命に清掃したとはいえ、崩れ落ちた石柱や壁の補修までは、彼らの手には負えなかったからだ。
「でも、だいぶ綺麗になったわよ。やってみるものね。この神殿自体が神の力が宿るアーティファクトのようなものだから、私たちの祈りが届けば奇跡が起きるかもしれないわ」
エルマが崩れかかった柱を愛おしそうに撫でながら呟いた。
「なるほど、この静謐な空気はそのためじゃったか。メイア姫の奇跡を信じようぞ」
セインはちゃっかりと、姫の目の前にある特等席を陣取って待機している。
「あ! お前、せこいぞ! そこはじゃんけんで決めるって言ったじゃん!」
タカシが指を指して抗議した。
「ええじゃろ! ワシは一番背が低いんじゃから。ジフが前に来たら、ワシからは何も見えんようになる!」
「オレも前で見たいんだけど……」
ジフが大きな体を縮めてモジモジしていると、タカシが「だめ! ジフは後ろ!」とピシャリと言い放った。
「別に横で見ればいいじゃない。決まった席があるわけじゃないんだし」
エルマが呆れたようにとりなすが、タカシは譲らない。
「姫様を正面から拝みたいだろ!」
「やれやれ、本当にあんたたちはメイア姫教の熱心な信徒ね」
エルマが肩をすくめた。
その賑やかなやり取りを眺めていたメイア姫の頬に、微かな笑みが浮かんだ。仲間たちのいつも通りの姿に、張り詰めていた緊張がふっと解けていく。
「皆様、ありがとうございます。おかげで心が定まりましたわ。……では、始めますわね」
メイア姫が静かにリラを構えた。
「――♪」
清らかなリラの音が、広いホールに響き渡った。ドワーフの親方が施した調律は、まさに完璧だった。
「おお、これが本物の音……タカシの調整とは大違いだね」
フィンがその神聖な音色にうっとりと聞き入る。
「うう、俺の努力も無駄じゃなかっただろ!」
「うるさい、静かにせい!」
タカシが反論しようとした瞬間、セインの杖がその頭を軽く小突いた。
「……俺のせいじゃないのに」
タカシは恨めしそうに頭を撫でたが、すぐにその光景に目を奪われた。
メイア姫が弦を弾くたびに、神殿内は月の輝きのような淡い魔力で満たされていった。すると、驚くべきことに神殿そのものが少しずつ輝き始めたのだ。
崩れていた壁や柱の破片が吸い寄せられるように元に戻り、無数に入っていたヒビが魔法のように塞がっていく。
「すごい……」
エルマがその光景に息を呑んだ。
「エルマが言った通り、本当に奇跡が起きてる!」
メンバー全員が、目の前で再生していく月の神殿に圧倒されていた。
さらにリラの音が響き続けると、どこからともなく別の音色も重なり始めた。それはまるで、リラを多重奏しているかのような重厚な響きだった。神殿そのものが巨大な楽器として、姫の奏でる音に共鳴しているのだ。
修復が進むにつれて音の層は厚みを増し、いつしか輝きに満ちた神殿内は、荘厳なオーケストラのような大合奏に包まれていた。
「これが、音楽の村の神殿が持つ真の力か……」
フィンが感極まったように呟いた。
やがて、月の神殿はかつての、そして完全なる姿を取り戻したのだった。
神殿の静寂を切り裂くように、それまで静かに聴き入っていたゴールデンハウンドのフェリスが、外を睨みつけて低く唸り声を上げた。
「ど、どうしたフェリス。何かいるのか?」
タカシがその視線を追って窓の外に目を凝らすと、そこには半透明の不気味な影――レイスが浮遊していた。
「れ、レイスだ!」
驚愕の声が上がる。しかも一体ではない。二体、三体……暗がりの向こうから、数十体ものレイスが軍勢を成して神殿を包囲しようとしていた。
「アウリウスの刺客か!? 神殿の完全復活を阻止しに来たんだな!」
一瞬で場に緊張が走り、メンバーは武器を手に戦闘態勢へと切り替える。
「……待て。あいつら、神殿を囲んではいるが中には入れないみたいだ」
フィンが冷静に観察すると、神殿の周囲には目に見えない結界のような力が働き、レイスたちを阻んでいた。しかし、その防壁も数に押され、徐々に浸食され始めている。
「悠長なことは言ってられないぞ! 俺たちだけでレイスの群れを倒せるのかよ!」
タカシが短剣を握りしめるが、手応えのない霊体相手では分が悪い。この中で神聖魔法を扱えるのはフィンだけだが、これほどの数を退ける高度な術式は持ち合わせていなかった。
「まともにダメージを通せるのは、精霊の加護があるエルマだけだぞ!」
「えっ!? 私一人でこの数を相手にするの!?」
エルマが困惑しながらも風の弓を引き絞る。
「……なんとしても、儀式が終わるまで食い止めるぞ!」
ジフが覚悟を決めた顔で武器を構えた。だが、その手に握られていたのは、以前サーカスでもらったT字型の「勇者の剣」だった。
「おいジフ、それ……偽物の剣じゃないか!」
「いや、勇者御一行には形から入るのも必要かなって……」
「こんな時に偽物を持っていても虚しいだけじゃろ!」
セインが毒づいたその時、タカシが何かに気づいて叫んだ。
「待て! その剣、震えてないか? 姫様の奏でる音楽と共鳴してるんだ!」
ジフが半信半疑でイミテーションの剣を大きく振り回すと、不思議なことにレイスたちが一斉に身を引いた。
「音だ! こいつら、この共鳴音に弱いんだ!」
「なるほど、道理が分かれば話は早い。ワシに任せるんじゃ!」
セインがジフの剣に向けて、一点に魔力を集中させる。
「――形態変化!」
魔導の光が走り、ジフの剣先は巨大な「音叉」の形へと変貌を遂げた。リラの音色を受けて、それはより激しく、鋭い高音を響かせ始める。
「すげぇ! そんな魔法も使えたのかよ!」
感心するタカシだったが、直後に「グエッ」と情けない声を上げてセインが膝をついた。
「わーっ! セインがマインドダウンしかけてる!」
フィンが慌てて駆け寄り、マジックポーションを振りかける。燃費の悪さは相変わらずだったが、音叉の剣は確かに有効だった。ジフがそれを振るうたび、レイスの身体は霧霧と引き裂かれ、明確なダメージを与えていた。
「すごい……けど、ジフが抑えてる間に根本的な解決をしないと!」
タカシが必死に周囲を見渡し、思案を巡らせる。その時、彼の目に飛び込んできたのは、鐘楼に吊るされたまま、いまだ沈黙を保っている巨大な「月の鐘」だった。
「……閃いた!」
タカシは懐から紙と鉛筆をひったくるように取り出すと、猛烈な勢いで何かを書きなぐった。
「セイン! あの鐘を、これに作り変えられるか!?」
提示された設計図を見たセインが目を見開く。
「むむ……形態変化で不可能ではないが、今のワシの魔力では……。いや、やるしかあるまい! ワシがマジックポーション中毒になってもやり遂げてみせるわ!」
タカシの放った奇想天外な作戦が、この絶望的な状況を覆す最終兵器になるかもしれない。メンバーは互いに頷き合い、その全霊をタカシの閃きへと預けることに決めた。
「荒ぶる戦士の魂!」
フィンの叫びと共に、淡い光が一行を包み込んだ。とはいえ、そこは「ぐだふわ」のヒーラー。劇的なパワーアップというよりは、なんとなく「いける気がする」程度の、じんわりとした、しかし今の彼らには何より必要な鼓舞だった。
「よし、よしよし……なんか力が湧いてきたぜ! セイン! 俺の背中にしっかり捕まってろ。鐘楼まで一気に登るぞ!」
タカシはシーフ特有の素早い手つきでロープを操り、セインの体を自分に固く結びつけた。
「エルマ! 俺たちが形状変化させたら、風で音を全力でぶち込んでくれ!」
「そんな無茶したら、あんたたちごと吹っ飛ぶわよ!」
エルマの悲鳴のような忠告に、タカシは不敵に笑った。
「背に腹は代えられない! 俺たちにはこれしかねぇんだ!」
タカシは壁を蹴り、驚異的な身のこなしで鐘楼へと駆け上がっていく。背中ではセインが「おえぇ……揺らすな、さっさと登るんじゃ!」と文句を垂れながら、マジックポーションをガブガブと煽っていた。
「あとは任せたぞ!」
地上ではジフがレイスの群れに特攻を仕掛けていた。無数の冷たい手が彼の肌を焼き、傷を負わせるが、ジフはひるまず音叉の剣を振り回す。フェリスのハウリングがレイスの動きを抑制し、ジフの道を切り開く。
ついに鐘楼の頂、巨大な「月の鐘」のもとへ辿り着いた。
「よし! いまだ! ――形態変化!!」
セインの咆哮と共に、膨大な魔力が鐘に注ぎ込まれる。巨大な鋳鉄が生き物のように蠢き、形を変えていく。
「それそれそれ! 飲め、もっと飲め!」
タカシはなりふり構わず、セインの口にマジックポーションを流し込み続けた。
「……で、できたッ!! グエェ……」
完成の瞬間、セインは白目を剥いてマインドダウンした。だが、そこにはタカシが描き殴った設計図通りの「怪物」が誕生していた。巨大なホルンの形をした、音波拡張用スーパーメガホン――「音楽の大砲」だ。
「よくやった! エルマ、今だ!!」
「任せてぇ!!」
地上でエルマが全魔力を込めて風の精霊を喚起した。荒れ狂う突風が神殿の音色を掬い上げ、タカシたちの待つ砲身へと真っ向から叩きつける。
その瞬間、鐘楼が爆辞せんばかりに震動した。
「ぐぬぬ……体がバラバラになりそうだ! くらえ、特大の音波砲!!」
タカシはちぎれんばかりの力で砲身をレイスの軍勢へと向けた。
放たれたのは、破壊的なまでの「聖なる重低音」。
直撃を受けたレイスたちは、悲鳴を上げる暇もなく、まるでガラス細工が粉砕されるように虚空へと霧散していった。
「すっげぇ!!!」
圧倒的な威力の前に、数十体のレイスが次々と消滅していく。
「見たか! 俺たちの知恵の勝利だぜ!!」
勝ち誇るタカシだったが、音波と風の反動は限界を超えていた。ついに固定していたロープが弾け飛び、タカシとセインは空高く放り出された。
「あーっ!! ジフ! 何とかしてあいつらをキャッチして!!」
フィンの必死の叫びに、ジフが即座に反応した。彼は牛車の幌を力任せに引き剥がすと、それを広げて衝撃吸収ネットのように構えた。
「か、間一髪……!!」
凄まじい衝撃と共に、二人の体が幌に沈み込んだ。完全には吸収しきれず、ジフごと地面を転がったが、ボロボロになりながらも三人は生きていた。
静寂が戻った神殿の周りには、もうレイスの影ひとつない。
バラバラだった個々の力が一つに結集し、彼らはついに、絶望的なレイスの軍勢を退けたのだった。
月の神殿は満天の月光を吸い込み、まるでそれ自体が発光体となったかのように黄金色の輝きを放ち始めた。
その聖なる波動は波紋となって広がり、死に体だった荒野には瑞々しい緑の芽が吹き出し、闇に沈んでいた森も本来の深い色彩を取り戻していく。
村全体が神殿の放つ慈愛に満ちた力に包み込まれると、魂を抜かれたようだった村人たちの瞳に、一人、また一人と生気が宿り始めた。家の窓には温かな明かりが灯り、かつて世界にその名を轟かせた美しい音楽の村「リュディア」が、今この瞬間に産声を上げた。
「はは……すげぇな。俺たち、マジで奇跡ってやつを特等席で拝んじまったぜ……」
全ての力を使い果たしたタカシは、石畳の上に大の字に寝転がり、呆然と夜空を見上げた。
「これこそが月の女神の代行者がもたらす真の力……まさしく安寧の魔力じゃな」
セインもまた、杖を枕代わりにしながら満足げに目を細めた。
「腹……減った……。みんな、夜食食べよう」
ボロボロの体を引きずりながら、ジフが大切に守り抜いたバスケットを持ってきた。
「奇跡の余韻より夜食かよ。……まぁ、僕も限界だ。お腹空いたよ」
フィンもようやく上半身を起こし、ジフから手渡されたサンドイッチを頬張った。
「あんたたちが泥まみれになって起こした奇跡よ。少しは誇りなさいな。これで村の人たちは自分を取り戻し、三十年前の輝きを取り戻すわ」
エルマが神殿の柱に背を預け、少し誇らしげに言った。
「いや、奇跡を起こしたのは、あそこにいるメイア姫だろ」
タカシが視線で魔法陣の中心を指すと、エルマは首を振って微笑んだ。
「いいえ。あんたたちの馬鹿げた執念と力が結集したからこそ、この奇跡は形になったのよ」
見上げれば、鬱蒼としていた雲は去り、村の空には降るような星々の輝きが戻っていた。
新生したリュディアの村を、月明かりがどこまでも優しく照らし出していた。




