一話
死んだと思った。実際、死んだ、はずだ。
「……ん」
「……様! お嬢様!」
ゆっくりと目を開ける。ここは、死後の世界かしら。そう思いながら瞬きをすると、心配そうな顔をした侍女のセリーが目に入った。
「あぁ、お嬢様! 良かった。お嬢様は木から落ちて3日も寝込まれていたんですよ」
木から? 神殿ではなく? あぁ。そういえば、そんなこともあったかもしれない。なんだか、キラキラ光って綺麗な木だったのよね。セリーと一緒に森に散策にでたときに、私が木に登りたがって。それで。でも、3日も寝込んだかしら? せいぜいが、1時間くらいだった気がする。もしかして、セリーも死んだのかと思ったけれど、これは走馬灯というやつかしら。
「すぐに、旦那様と奥様をお呼びしますね」
お父様とお母様はすぐにやってきた。
「シエンナ、本当に良かった!」
「お前が目を覚まさなければ、どうしようかと」
お父様とお母様は涙ぐんでいる。でも。走馬灯ならわがままになってもいいわよね。
「イーディスのことよりも、私の方が大切ですか?」
イーディス。私の弟。私はこの弟のことが嫌いだった。もっと言うと、憎かった。跡取りの彼が産まれてから、お父様とお母様は彼に夢中になったから。おかげで、私の婚約者の話もたち消えになったし。そんなことを考えながら、意地悪な質問をなげかけると、お父様たちは顔を曇らせた。
「すまなかった。そんなことを聞かせるほど私たちは、シエンナに寂しい想いをさせていたんだな」
「イーディスのことは愛してるわ。でも、シエンナ、それはあなたもよ」
愛してる。その言葉は、イーディスが産まれてから、聞けなくなった言葉だった。
あぁ、なんだ。そっか。これは私の願望から見ている夢かもしれないけれど。私はとっくに、特別だったんだ。それなのに、死ぬなんて馬鹿なことをしてしまったかもしれない。
「──お父様、お母様、ごめんなさい」
寂しかったの。ずっと。だからって、なにも言わずに死んでごめんなさい。涙が、零れる。
でも、最後に特別な私になれて良かった。私は満ち足りた気分になりながら、目を閉じた。
次に目を開けたとき、そこは死後の世界だろう。
そう思って、目を開ける。
相変わらず、心配そうなお父様とお母様がいた。
……走馬灯、長くない?