3-21.これからも
翌朝、クリフは一人しかいない部屋で目が覚めた。
クリフは査問会が終わった後に解放されたが、ロロは本部で一晩過ごすことになった。クリフと同じようにいろいろと聞かれるということだ。終わるまで待つ気でいたが、ストレイグが「ちゃんと明日に返す。だから休んでてくれ」と言われ、仕方なく宿に戻った。
「お節介ですが、こういう時は帰らずに待ち続けてくれた方が女性としては嬉しく思ったりしますます」
部屋で朝食を食べている間、シヅルがクリフに文句を言った。
「仕方ないだろ。大先輩の竜狩りにあんなこと言われたら」
「意外と小心者ですですね。そんなんでロロ様を守れますか?」
「大きなお世話だ」
「世話を焼くように言われましたので」
「うまいこと言ったつもりか」
朝食を食べ終わったクリフは部屋を出る。シヅルが付いてきながら「早くないですか?」と聞いて来る。
「結果発表はもう少し後では?」
今日は戦士団本部で竜狩り昇格試験の合格者が発表される。それを見に行くために部屋を出たが、発表の時刻までにはまだ時間があった。
「用事があるんだよ。お前は付いて来なくていい」
「そうですですか。じゃあ本部の方に行っておきます」
「見に来るのか?」
「はい。短い間でしたが世話をした相手ですから、結果は気になるものですです」
本部の前でシヅルと別れたあと、クリフは少し離れたとある高級宿に向かった。戦士団が昇格試験の受験者用に用意した宿で、ほとんどの受験者がここに止まっている。だが利用するのは受験者だけではない。その内の一人にクリフは会いに行った。
事前に聞いていた部屋を探す。三階に上がって目的の部屋を見つけると、クリフはドアをノックした。しばらくしてから「おーう……」と疲れてる声が聞こえた。中に入ると、グロッキーな顔をしたガリックがベッドに横たわっていた。
「おう、クリフ……。元気か?」
「あんたよりかは元気だ」
少し離れたテーブルにはコップが二つと高そうな酒瓶が置かれている。どうやら昨夜、誰かと一緒に酒を飲んでいたようだ。
「で、何の用だ? 聞きたいことがあるって言ってたが……」
クリフはガリックに聞きたいことがあった。昨日それを聞き出そうとしたが、「先約がある」と言って断られたので今日の朝に会う約束をしていた。にもかかわらずここまで酔い潰れているとは、流石に予想外だった。
まともな答えが聞けるか不安だったが、ダメならまた後で聞けばいい。そう考えてクリフは聞いた。
「あんた、元竜狩りだったんだな」
ガリックは青い顔のまま答えた。
「前に言っただろ……。昔はすごかったって」
「竜狩りだとは聞いてない」
「元、だからな。昔みたいに動けないのに、自慢なんかできるかよ」
「その経験を活かせば、少なくとも俺には慕われてたぞ」
「そうかもしれんな。だが、それは俺の望むことじゃない。……疲れるからな」
ガリックは重い身体を起こしてベッドに座った。
「竜狩りってのは、大変でな。きつい戦闘、強いプレッシャー、周囲の期待全部を背負って戦わなきゃいけねぇ。力だけじゃなく、心も強くなきゃできない役割だ。俺はそれに耐えきれなかったんだ」
「マリーもか?」
「いや、あいつはちょっと違うな。……ヤバい吐きそう」
クリフは部屋の隅にあったバケツを投げ渡した。ガリックはそれを受け取ると顔の下に持って行く。
「あいつは怪我で引退したんだよ。それからは今の仕事をしてる。前々からやりたかった事だって言ってたぞ」
「料理屋兼宿屋をか?」
「あぁ、料理上手かったからな。……あ、ちなみに俺と同期だったな。ストレイグも」
「やっぱりか」
「知ってたのか?」
「ストレイグさんから聞いたよ」
査問会の後、ストレイグと話をする時間があった。そのときにガリックの話が出た。
「そうか……。で、話は終わりか? 俺はちょっと休みたいんだが……」
「ロロが竜だっていつから気付いてたんだ?」
「あるのか……。マリーに聞いて、その後に見て気づいた。ま、黒竜っぽくないから様子見だけにした。それに……」
ガリックが僅かに微笑んだ。
「マリーが可愛がっているように見えたからな。まるで子を思う母親の様だった。あれを見たら俺は何も口出しする気が起きねぇんだよ」
「……あんた」
「あ、もう駄目」
ガリックはバケツに顔を突っ込んで嘔吐する音を発する。クリフは耳を塞いで音を遮った。この様子だとこのあとは碌に聞け無さそうだと推測した。
戦士団本部に入ると、騒がしい音が耳に入った。人だかりができていて、その原因はすぐに分かった。既に合格者が発表されていたのだ。
一次試験の結果発表と同じように、壁に合格者の名前が書かれた紙が貼られている。ガリックの介抱で予想以上に時間を食ってしまい、発表時刻が過ぎていたようだ。
「遅いですですクリフ様ー」
シヅルが人だかりから離れた場所から近づいて来た。
「結果は見てないのか?」
「こういうのは先に見ないのがマナーですです。先に結果を知っちゃうと顔に出ちゃいますから」
なるほどと納得して、クリフは発表を見に行く。人が多いせいで、合格者の名前が見えない。クリフは人だかりを掻き分けながら進んだ。
発表者の名前が見える位置まで進むと、クリフは自分の名前を探した。合格者の数は十にも満たなかったため、結果はすぐに分かった。
合格者一覧の先頭に、クリフの名前はあった。
努力をしてきた。実績も積み上げた。自信もあった。だけど落ちているんじゃないかという不安もあった。どんなに研鑽しても、良い結果を出しても、自分に言い聞かせても、その不安は取り除かれなかった。今やっと、それが無くなった。
「……しっ」
クリフは拳を強く握った。名前を確認してから、早くロロに報告しようと思い浮かんだ。どこにいるんだろう。クリフは人だかりから抜けようと振り返って後ろに戻る。
そうして人だかりを抜けた後だった。見慣れた金髪の少女が目の前にいた。
「ロロ、俺は―――」
クリフの口が塞がれた。急に抱き着いて来たロロの身体を受け止め、何が起こったのかを確認する。それが分かると、過去最高と言えるほどに体温が上がった。
意識が飛びそうになる。だが何とか強く意識を持ち、ぎりぎりで耐える。大きく息を吐いて、身体の熱を排出した。
「死ぬかと思ったぞ……」
「えへへ、ごめんね」
嬉しそうに笑うロロ。それだけでクリフは許してしまった。
クリフは気を取り直して、ロロに報告する。
「受かったぞ」
「うん。そう思ってた」
「ほんとか? もしかしたら落ちるとか思ってなかったか?」
「大好きなクリフなら、絶対受かると思ってた」
「……そうか」
こっぱずかしくなるような言葉を吐かれ、クリフは顔を背けていた。
そのままクリフは、ロロに言う。
「なぁロロ」
「なに?」
だが最後は目を見て言った。
「これからもよろしくな」
「うん!」
それはクリフが、最も見たかった笑顔だった。




