3-20.保護者
戦士団の査問会は戦士団の高等幹部三名と竜狩り三名、戦士団団長の七人で行われる。この七人が審議にかけられた者の処罰を決めている。クリフはそれに召喚された。
覚悟していたことだった。ロロを匿った時点でこうなる未来は予測していた。連れられたときこそ動揺したものの、今は落ち着きを取り戻していた。
「ではこれより査問会を始める」
査問会は戦士団本部の大会議室で始まった。クリフは部屋の中央に立たされる。右側には幹部が座っており、左側に竜狩りが座っている。その内の一人がストレイグで、隣にはクリフを捕らえた竜狩りがいた。正面には白髪が混じった短髪の男性がいて、この人が戦士団の団長だ。身体の線は細いが、どこか油断できない雰囲気を持っていた。
「議題は戦士クリフが竜を匿っていたことである。これについての意見を述べてもらおう」
幹部の一人が議題を告げる。真っ直ぐと背筋を伸ばした姿勢の良い初老の男性だ。
「決まっている。処罰だ。それ以外に無い」
中年の竜狩りが即発言をする。
「黒竜を匿っていたのだぞ。これは戦士団、いや、人類に対する裏切り行為だ。処罰以外の判断は無い」
「まぁ、当然だな」
初老の幹部も同意する。
「どういう経緯があって同行しているかは知らないが、戦士団に報告しない理由にはならない。黒竜諸共、楽にしてあげま―――」
「そうですな! これ以上の議論は必要ない!」
「いえ、ありますでしょう」
幹部側の一人が異を唱える。物腰が柔らかそうな雰囲気の中年女性だ。
「わたくし、クリフ君の事を知ってるのよ。よくハーロックが話しててねぇ。とても真面目で優秀な戦士らしいわよ。半年で竜狩り昇格試験に挑めるのだから、そう思わないかしら?」
「たとえ優秀でも―――」
「それにね、そんな凄い子が何の理由もなしに黙っているのはおかしいと思わないの? 何か事情があって言えなかったとは考えないの?」
「理由があっても―――」
「きっとね、すっごく大事な理由があると思うのよ。そうは思わない?」
「……」
「僕も興味はあるね」
幹部側の長髪の男性が同意する。猫背で陰鬱な顔をしていた。
「あの竜は人に変身できるが黒竜ではない。黒竜化した部分が一切見られない。それに会話をしてみたが、とても理性的だった。黒竜ならば元の性格がどんなものでも凶暴化するという共通点がある。それが一切見られない。しかも人間化しても黒竜と同じ雰囲気を感じない。どちらかと言えば元竜寄りだが、そっちともちょっと違う感じがする。今までの竜とは全くの別物と考えて良いだろう。どこでどのように出会ったのか、他にも黒竜とは違う特徴があるのか詳しく知りたいところだ。少なくとも研究材料としては残すべきだと僕は思うよ。そこのクリフ君からも色々と聞きたいしね。ここで処断するのは早計過ぎる」
喋り終えた長髪の男性は「ふぅ」と息を吐く。そのときを狙ったのか、「ともかく」と竜狩りの壮年男性が口を挟む。彼は右腕に包帯を巻いていた。
「まずは事情を聴くことから始めようじゃないか。オレたちだけで話し合うのではなく彼の言葉にも耳を傾けないと話は終わらない」
壮年がクリフに視線を向ける。視線を受けたクリフは発言した。
「あいつの名前はロロです。人を襲わない無害な竜です。今までもこれからも、彼女はそうあり続けます」
「ふん。やはりな」
中年の竜狩りが鼻で笑う。
「こいつは黒竜に魅了されてる。過去にそういう黒竜がいただろ? あれに何十人もの市民や戦士が犠牲になった。それと同じだ。こいつの発言は信用に足りん」
「だから黒竜ではないと―――」
「仮に今はあれが黒竜じゃないとしても、いずれなるかもしれんだろ。そうとは考えずにあの竜を解放してみろ。また大勢の人間が死ぬぞ。それを考えたか?」
「それはありません! あいつは瀕死の状態で黒竜砲を受けても、黒竜化する兆候がありませんでした。他の竜とは違うんです」
「君の発言だけでは証拠には―――」
「それは本当かい?!」長髪の男性が大声をあげる。
「えぇ。瀕死の元竜が黒竜砲を受けたら黒竜化するはずです。しかしロロにはそんな様子が微塵も見られませんでした」
「なんと、なんということだ……」
長髪男性は顔を伏せてぶつぶつと呟き始めた。その間に、「少し良いかね」とストレイグが声を上げる。
「俺はあの竜に乗ったクリフ君と共に黒竜を相手にした。意思が通ったとても素晴らしい連携を彼らは見せた。そのお蔭で極限種の黒竜を倒せたと言っても良いほどだ。彼らの戦いぶりを見て、とてもじゃないが裏切者の振る舞いとは思えなかったよ。その二人を処断するのはあまりにも惜しい、と俺は思うのだがね」
ストレイグの発言で、反対意見を出していた二人が口を閉じる。間近でその姿を見た竜狩りの意見は、彼らを閉口させるには十分だったようだ。
ただ一人を除いては。
「君の判断で決めるのも、いささか性急すぎるね」
戦士団団長の声は穏やかだった。静かで聞き入ってしまう様な声に、その場にいた者たちは皆団長に視線を向けた。
「確かに君は最も多くの竜を狩った。間近で彼らの戦いぶりを見た証人でもある。しかし、それだけで処罰の有無を決めるのは乱暴だ」
「う、うむ。そのとおりだ」
「ただ一理ある発言でもある。興味深いことも黒竜から聞けたんだよね?」
「はい。原初の竜と、奴は言ってました」
「それだ!」
長髪男性が立ち上がる。
「原初の竜……すべての竜の始まりで、多くの竜に力を与えた根源だ! 竜が持つ力はすべてこいつが与えたという言い伝えがある。竜が自然の力を使うのも、黒竜が人や竜を食べて力を増すのも、こいつが与えた力のせいだと。そして黒竜化を解くのもこいつの力でしかできないという説もある。あぁ、色も形も同じじゃないか! どうして気づかなかったんだ……」
「と、彼が僕の言いたいことを言ってくれた。原初の竜と見た目が似た竜は今までも存在した。しかし黒竜からのお墨付きをもらったのは初めてだ。もしかしたら今回は本物かもしれない。そう考えると殺すのは惜しいとは思わないかな?」
「う、うむ……」
中年の竜狩りが押し黙る。すると「ではこのまま解放するというお考えですか?」と壮年の竜狩りが団長に尋ねた。
「それは勿体ない! ぜひ研究施設に隔離して研究をしたい! きっと今までの研究がかなり進むはずだ!」
「それも一つの手だね。研究が進めば多くの人々を救う成果が得られるだろう」
「では―――」
「けど、僕から一つ提案があるんだ」
団長の言葉に、皆が耳を傾ける。
「彼女を保護下に置き、人類のために働いてもらうという案だ」
「……それは研究材料として?」
「いや、戦士や遣手と同じようにだ」
「……賛成できませんね」
初老の幹部が異を唱える。
「戦士たちと一緒にするということは問題があります。いつでも逃げられる環境下におかれますし、ばれずに人を喰われる可能性もあります。それならまだ研究対象として生かしておく方が安心です」
「オレも同意です。任務で街の外に出れば我々の目が届きません。そこで何をされるかと考えたら……オレは賛成できません」
「そうだ。特に同行する戦士は危険だ。真っ先にやられる。そんな奴と一緒に働けるか」
中年の竜狩りは当然として、壮年の竜狩りも反対した。うんうんと頷く長髪の幹部の様子から、彼も反対のようだ。そして残りの二人は賛同しない。窮地に立たされた感覚だった。
ロロと離れ離れになるのか? クリフの頭に不安がよぎる。
「僕がこの結論に至ったのは理由がある」
団長が一枚の手紙を出した。手紙を両手で広げると、「今回に関係ある部分だけを読み上げよう」と言って話し始めた。
「ロロと名乗る竜が現れて早一ヶ月経ちました。元竜狩りの戦士ガリックに協力して監視しましたが、彼女は人間の姿になりますが人を襲う様子は全く見られず、むしろ人を助けようとしています。彼女の様子から、私たちは彼女が人に無害な竜だと判断いたしました。彼女はとても優しい子です。彼女が人を襲う姿は私たちには想像できません。それでも彼女が人を襲ったのならば、そのときは―――」
クリフは息を呑んだ。
「戦士ガリックと元竜狩りの戦士マリーが甘んじて処罰を受けましょう」
団長は手紙を閉じて「と、書かれてある」と告げた。
目頭が熱くなっていた。呆然と立ち尽くしながら、手紙の内容を頭で何度も繰り返す。あまりの衝撃だったのに頭は冴えていて文面を理解した。
助けてくれたんだ。あのマリーが。
元竜狩りの戦士だったこと、今は戦士じゃないこと、それを教えてくれなかったこととか、いろいろと疑問はある。だがそれは些細なことだった。
いつも見守ってくれた人がクリフたちを助けてくれた。それだけで胸がいっぱいになった。
「元竜狩りの戦士二人のお墨付きだ。しかも己の身を賭けるほどの覚悟だ。これを無碍にすることはできない。だから先程の案を上げた。君たちのなかにこの覚悟を覆すほどのものを持っている人はいるかな?」
「……そうだとしても、戦士としても遣手としても、任務に出るには複数人での行動が基本です。彼女が竜であることを知ったうえで任務に出るものなど―――」
「いるじゃないか。そこに」
団長がクリフを指差した。
「彼は彼女と一緒に戦った。そこには並々ならぬ絆がある。それに賭けてみようじゃないか」
「しかし―――」
「どうだい、クリフ君。君は彼女と一緒に戦えるかい?」
クリフは目元を拭って答えた。
「はい。ロロと一緒に、人々を守るために戦います」




