3-13.竜狩りと戦士の包囲網
最強の竜狩りストレイグ。彼を知らない戦士はおらず、彼が倒せない黒竜はいない。彼は今まで何度も黒竜の討伐に挑み、その度に黒竜を打ち倒してきた。その討伐数は二百三十。平均的な竜狩りの引退までの討伐数が五十前後であることから、この数値の異常さは明らかであった。近年は年齢の衰えから討伐ペースは下がりつつあるが、未だに彼を勝ると言える戦士は輩出されていない。それ故に、彼は未だに最強の竜狩りと呼ばれ続けていた。
その人物が、ロロを黒竜として認識した。クリフはこの状況に戦慄していた。
「もう一度聞こう。君は何故、黒竜と一緒に行動している? それとも、知らずに付き合っているのか?」
再度、ストレイグが問い質してくる。その意図を、クリフは汲み取っていた。
知らなかったのなら見逃しても良いぞ、と。
これはストレイグの慈悲だ。知らなかったのならば仕方がない。騙されたのならしょうがない。そういう事にしてクリフを見逃してくれるつもりなのだろう。彼は人に優しい。だからそういう言葉をかけたのだ。
ここでクリフが頷けば、クリフの命は助かるだろう。黒竜に騙された間抜けな戦士という烙印は押されるが、戦士を辞めさせられる事態にはならない。ロロを見殺せば、ロロに出会う前の日常に戻れるだろう。
それを踏まえて、クリフは答えた。
「こいつが竜だと、知ってました」
救いの糸を、クリフは手放した。
ストレイグは悲しそうな眼を見せる。
「そうか。君は人類の裏切者ということか」
「違います。彼女は黒竜じゃありません。元竜とも言えませんが……無害な竜であることは確かです」
クリフは弁明するが、ストレイグの表情は変わらない。
「それを信じると思うか? 竜の生態を解明し切れていないことは確かだ。しかし長年の研究で元竜が人の姿になれず、黒竜が人の姿になれることが判明している。ならば、その竜は黒竜だ」
「それが間違っているんです。黒竜以外にも人になれる竜がいる。それが彼女なんだ」
「果たして、彼女は本当に黒竜じゃないのか?」
「違う!」
ロロは人を喰ったことが無い。レイとファルゲオンが、ロロが黒竜じゃないと言っていた。クリフも、ロロが黒竜じゃないと信じている。
ロロが黒竜なわけが無い。
「ロロは例外だ。人に害を及ぼさない竜なんだ。それを認めてくれ」
「そうか……」
ストレイグは納得したかのように頷いた。彼の変化にクリフは安堵した。
だが彼の顔を見て、安堵の時間は終わった。
「そこまで君は、その黒竜に入れ込んでしまったか」
彼はクリフに憐みの眼差しを向けていた。
怖気が立ち、クリフは後ずさる。それが功を奏した。
「力づくで目覚めさせてあげよう」
ストレイグが振り下ろした槍が、クリフの鼻先を掠めていた。
「っ―――」
槍の穂先を目で捉えきれなかった。薄暗い路地だったこともあるが、その動作は静かで素早かったことも原因だ。後ろに退いてなければ当たっていた。
ストレイグは本気だ。
「逃げるぞ!」
「う、うんっ」
ロロを連れて道を引き返す。幸い、この辺の路地は入り組んでいる。逃げるのにはうってつけだ。
だがそれは、ストレイグを振り切ればの話だ。
「逃がすと思うか」
ストレイグが後ろから追ってくる。当然の行動だ。易々と逃がしていたら最強の竜狩りとは呼ばれていないだろう。
クリフはロロとストレイグの間に位置取りながら、背中に担いでいた大剣を抜く。それと同時に、ストレイグが槍でクリフの足を突く。クリフはそれを大剣で防いだ。
やはり、か。クリフは確信を得てその場に止まる。
「先に行け! 後で追いつく」
「け、けど―――」
「いいから行け! 俺を信じろ!」
ロロは躊躇いながらも先に進んだ。ストレイグはクリフの前で立ち止まっていた。
「俺を止めるのか」
「出来ると思ったから、な」
クリフは大剣を前に出して構える。ストレイグの槍を見ながら、大剣の位置を微調整する。ストレイグは槍を構えているものの、攻撃する気配は見せなかった。
ここは狭く薄暗い路地裏だ。槍を振り回せるほどの幅が無い。故にストレイグは槍を縦に振るか突く事しかできない。上下の振りは構えを見れば、突きは手元を見れば軌道を予測して防御できる。最初こそ不意を突かれたが、分かっていれば防げる攻撃だ。それを理解したからこそ、ストレイグは攻めあぐねている。クリフはそれ以上に攻撃する余裕が無いのだが、元々ストレイグを倒すことが目的ではない。ロロが逃げる時間稼ぎが出来れば十分だ。このまま考え続けてくれれば、それだけロロが逃げる時間を稼げる。そういう腹積もりだった。
「なるほど。やり方は悪くない」
クリフの意図を知ったかのような口ぶりだった。
「だが、少々考えが浅はかだ」
ストレイグは攻撃をするでもなく、近づくのでもなく、後ろに下がっていた。一歩どころか五歩ほど後退し、槍を上段に構える。彼の行動の意図が読めず、クリフは困惑した。何をする気だ?
するとストレイグは、上段の構えのまま走り出す。そのまま攻撃する気かと読み、クリフは防御の姿勢を取る。
しかし、クリフの予想は裏切られた。
「俺の目的は君じゃない。黒竜だ」
ストレイグは穂先を地面に突き刺すと、勢いを落とさずに跳躍した。突き刺した槍は大きくしなり、ストレイグの身体を持ち上げる。槍が元の形に戻ろうとする力とストレイグの跳躍力が合わさり、ストレイグはクリフの遥か上に跳び上がった。
あまりに高度の高さに、クリフは手も足も出なかった。何もできずに傍観していたクリフを余所に、ストレイグは当たり前のように槍を手放さずに建物の壁を蹴り上げる。それを三度繰り返すと建物の屋根にまで上り、ロロが向かった先に走り出した。
我に返ったクリフは、慌ててロロの下に向かう。クリフに有利に働いていた路地裏が、今ではストレイグを助けていた。建物が密集しているせいで移動には事足りない。どこにいても狙われる状況になってしまった。早くロロを見つけて路地裏から出なければ。
クリフは必死にロロを追う。幸いにもロロが向かった先は一本道だった。走り続ければロロは見つかる。
そしてそれは、思ってたよりも早く実現した。
「きゃあああ!」
ロロの悲鳴が聞こえた。しかもかなり近い場所だった。クリフは速度を速めた。
間もなくしてロロが見つかる。クリフたちが泊まっていた宿の前だ。そこにロロがいた。
だが、ロロだけじゃなかった。
「逃がさねぇぞ。黒竜が」
同じチームだったグレンが、剣を抜いてロロに斬りかかろうとしていた。
なぜグレンがここに? 疑問が湧くが、それを問うより早くクリフはロロの前に立って、大剣でグレンの剣を防いだ。
「あぁん?!」
グレンは突如現れたクリフに呆気にとられる。その隙にクリフはグレンを蹴り飛ばした。グレンは盾でそれを防ぐが、勢いに押されて後退した。
「大丈夫か、ロロ!」
「う、うん……」
見たところロロに怪我は無い。だが安心できる暇は無かった。
「どういう、こと?」
そこにはグレンだけではなく、エノーラとウィルがいた。エノーラは戸惑いながら、クリフとグレンを交互に見ている。しかしウィルは至って冷静だった。
「グレン君。君がさっき言ったのは本当か?」
静かな声でウィルがグレンに問い質す。グレンは「あぁそうだよ」と肯定する。
「あの女は黒竜だ。俺の鼻がそう言ってる。この距離で間違えたことはねぇよ」
「クリフ君は?」
「人に決まってんだろ。じゃなかったら会った時点でぶっ殺してる」
「そうだよね……。じゃあ君の言うことが正しければ、クリフ君は黒竜の彼女を庇ってるという事か、もしくは知らずに共にいるのか、ということかな」
「そういうことだ」
ウィルは大弓を構え、矢をロロに向ける。
「クリフ君。彼女から離れてくれないか? 間違って当たったら、僕は一生後悔してしまう」
「……グレンが間違っているってことは考えないのか?」
「グレン君は冗談を吐くが時と場所を選ぶ人間だ。ここで嘘を吐く戦士じゃない」
ウィルは弓矢から手を放さない。たいした決断力だ。試験中もそうだった。ここぞという場面での射撃に、クリフは助けられていた。
グレンとウィルは、完全にロロを敵とみなしてる。だがエノーラは、まだ迷っているようだ。武器を手に取らず、事態をただ眺めていた。
「エノーラさん、助けてくれませんか?」
良心を痛めつつ、クリフはエノーラに助けを求めた。「え?」エノーラは困惑の表情を浮かべる。
「この二人は誤解してるみたいです。少しだけで良いんで、彼らを抑えてくれませんか?」
我ながら、馬鹿なことを言っていると思った。こんな理由で助けてくれるほど、エノーラはお人好しではない。
だがクリフは、藁にも縋る想いだった。エノーラはクリフに借りがある。姉の仇を討ったという大きな借りだ。それを思い出してくれれば、エノーラが彼らを止めてくれると考えた。
そんなクリフの一縷の望みを、
「嘘だ」
エノーラは絶った。
「私は、人と喋るのが苦手。それは、人の嘘が分かるから……。今クリフは嘘を言った。嘘つきは、信頼できない」
エノーラの目に戦意が宿る。彼女は大鎌を手に取った。
最悪の状況だ。
前方にはクリフと同チームの三人。上にはストレイグ。後ろに道はあるが、ストレイグに回り込まれるだろう。
逃げ場が無かった。
「クリフ君。君は、その竜を庇うのかい?」
ウィルの問いかけの意図を、クリフは覚った。これは合図だ。クリフの答え次第で彼らは動く。先程のストレイグと同じだった。
だからクリフは、同じことを繰り返した。
「あぁ、守る。そう約束したんだ」
弱き者を、大切な者を守る。それがクリフの使命で、やるべきことだった。
そのためならば、ロロを守る。クリフはそう決めていた。あの弱々しい顔を見たくなかった。
クリフの返答を聞いたウィルは、さっきのストレイグと同じ目を見せた。
「分かった。じゃあ君は、僕たちの敵だ」




