3-9.一次試験のあとがたり
「では、一次試験の合格者はこんなところですね」
戦士団総本部の三階にある大会議室では、竜狩り昇格試験の一次選考の合格者を決定していた。会議質壁には大きな紙が貼りつけられており、そこに合格者の名前が並んでいた。並んでいる名前の数は十七。受験者百八十三名のうちの一割ほどで、合格率は例年通りの結果となった。
「今回の結果はなんというか……前回と似たようなものになりましたね」
試験管のギルが感想を述べる。それに多くの出席者が賛同した。
「そうですね。今年は噂を聞いて例年よりも受験者が少なかったのですが、その分自信のある戦士たちだけが残って見どころがありましたね」
「中には根拠のない自信を持った者もいたがな。全く、こんな勘違い野郎は来るんじゃねぇよ」
「まぁまぁ。もしかしたらこれを機にリベンジに燃えるかもしれませんよ」
「二度目があると思っている奴が竜狩りになんてなれるか」
「……本気で取り組んだ奴だけが竜狩りになるべきだ。例えばこの子のように」
「前回試験中に泣いちゃった子ですね。しかも史上最低点の。てっきり心折れちゃったと思ったんですが、意外とガッツがあったんですね」
「本気と言えばこいつもだ。何度試験に落ちようが諦めずに受け続けている奴だ」
「また来たんですね。今回は本試験に合格してほしいですね」
「あまり肩入れするなよ」
「しませんよー。そもそも本試験は僕関係ないじゃないですかー」
一次試験の選考を終えた試験管たちが、それぞれの感想を言い始める。一押しの戦士は誰か、どんな戦士が居たか、竜狩り有力戦士の結果はどうだったかなど。そんな彼らの様子を見て、マルコは我慢できずに言い放った。
「君たちはあの戦士については何も言わないのか?」
皆は一斉にマルコに視線を集める。マルコが憤っているように見えて、誰もなかなか言い出せない。
そんななか、共に面接の試験官を務めたギルが尋ねた。
「クリフ君のことですか?」
「そうだ」
間髪入れずマルコが答える。
「各試験の結果を見てみろ。過去最高難易度の今回の試験でこの結果は素晴らしすぎる。前回の合格者のレイや、あのストレイグに並ぶ結果だぞ。なぜ彼について誰も語らない」
皆が気まずそうに顔を見合わせた。何やら言い出しにくそうな表情で、それがマルコには理解できなかった。
しかしまたもや、ギルがマルコに答えた。
「だって彼の話をしだしたら、他の戦士の話が出来なくなるじゃないですか」
「……そうだな」「うん」「そうなんだよねー」
他の試験官もギルに同意した。
「彼の成績はヤバすぎですよ。他の戦士が足元にも及びません。前回最初にレイの話を始めちゃったら、他の戦士の事を語れなくなっちゃったじゃないですか。だからみんな、最初にクリフ君以外の事を話してたんですよ」
「そうそう。レイ君を彷彿させる戦士だからな。しかも同じ町で、最短記録を更新できる戦士なんだろ。話すネタが尽きないよ」
「そうですね。筆記試験のときなんですけど」
ブルートが早速クリフの事を語り出す。
「彼、ほとんどペンを止めることなく回答してたんですよ。三科目全部、しかも生態学の最終問題も。今回は特に難しかったのに」
「現役の竜狩りですら解けなかったあれをか? ヤバすぎるだろ」
「そうなんですよ。てっきり脳筋キャラかと思ったんですが裏切られましたよ。まさか勉強もできるなんて」
「もちろん、見た目通り体力もありますよ」
今度はミランダが語り始める。
「障害物持久走ですが、前回のレイに次ぐ四十二周を記録しました。しかも汗をかかずに完走しています。そのお蔭でホゼが引き籠りました」
「お蔭って……」
「失礼。そのせいで、です。そのうえ他の実技試験でも極めて優れた成績を残しています。歴代最高得点に匹敵する記録です。筆記試験の成績を聞くからに、実力はすでに竜狩りに匹敵すると思われます」
「言っとくが、実力だけじゃないぞ」
マルコは両肘を机に着いて口の前で手を組み、落ち着いた顔つきで語る。だがマルコの隣に座るギルには、彼の口元がにやついているのが見えていた。
「人格も素晴らしい。公に尽くすことを躊躇わず、人を救うことに身を扮する。そのうえ自らの未熟な点を反省し、次に活かそうとする向上心。素晴らしい青年だ。たとえ戦士でなくても大成するに違いない。しかも実績も申し分ない。黒竜と六度接敵したにも関わらず生還し、そのうえフェーデルでは竜狩りの助けなしに黒竜を討伐している。あのエリザベスを倒した黒竜をだ」
「へえ。竜狩りに勝った相手に」
「そうだ。しかも資料によれば認定試験でも黒竜を倒している。非の打ち所の無い戦士だ。正に彼こそが竜狩りになるべき戦士だ」
「すっかりお気に入りですねー」
「まだ言い足りないぞ。それに彼は―――」
バンっと音が鳴って会議室の扉が開いた。部屋の中にいた者が全員、扉の方に視線を向ける。視線の先には息を切らした職員がいた。深刻な表情を見せながら、彼は報告した。
「報告します。竜狩りの戦士一名が重傷を負いました」
「……詳しく説明しろ」マルコが職員に説明を促す。
「はいっ。町を警邏していた竜狩りの戦士が暴漢に襲われ、腹に刃物を刺されて倒れました。事件現場を目撃した住民によると、武器を持った暴漢たちに襲われたようです。最初は反撃して身を守っていたのですが、人質を取られたことで手を出せず、暴漢の一人に刺されたということです。現在、意識不明です」
「助かるのか?」
「はい。幸い、内臓は傷ついていません。一週間もすれば現場に復帰できるということです」
「それは良かった。……しかし」
「えぇ。試験の方は少々問題が出ますね」
竜狩り昇格試験の最終試験は、黒竜との戦闘だ。戦士団が捕獲した黒竜と戦わせ、その働きぶりを見て合否を決定する。その試験は竜狩りの監視の下で行われる予定だ。しかし、竜狩りの一人が怪我をしたことで支障が出た。
今回の試験とアズルダの防衛のために、竜狩りを四人招集している。そのうちの三人が防衛任務に就いており、残りの一人は最終試験日以外は休息を取るようになっている。そして最終試験に、その一人が試験管として立ち会う予定だった。だが怪我をしたことで、それもできなくなった。
防衛の人員を減らすことは出来ない。かといって竜狩りの立ち会い無しに最終試験を行うわけにはいかない。試験を中止にして後日に行うか? だがそれだと、後に控えた任務に支障が出る。
どうすべきかと試験管たちは考え込む。すると試験管のギルが発言する。
「比較的安全な街から、竜狩りを一人手配するのはどうですか?」
ギルの意見に、誰も異を唱えない。現時点ではそれが最も良い答えだった。この案なら両方の問題を解決できる。対象となった街の防御は弱くなるが、黒竜に襲われにくい街を選べば危険性も低くなる。それらを考慮してマルコも「そうだな」と同意した。
「それが最善だろう。して、どこの町の竜狩りを呼ぶ? アズルダにいる竜狩りたちの休息を考えると、三日以内には来てもらいたい。そうなると近隣の町に限定するしかないが……」
「そうですねー……。近いうえに安全な町で、出来れば竜狩りが複数人居るところが良いですよね。さらに贅沢を言えば、アズルダの防衛にも慣れてる人が良い」
うんうんと唸りながら顔を伏せ、ギルは考え込む。そのまま十秒程待つと、彼は顔を上げた。
「最高の竜狩りを呼びましょう」
***
「ぶしゅんっ!」
「大丈夫? クリフ」
「風邪でもひきましたか?」
宿屋の部屋で食事中、クリフはくしゃみをした。「平気だ」とすぐに返事をした。
「おおかた、誰かが噂でもしてるんだろ」
「試験管かもしれませんね。クリフ様のことを話題にしているのですです」
「調子良かったんだよねー。きっとすごいって褒めてるのかも」
「だったら良いんだがな」
クリフは三日間の試験を思い出し、あながち間違ってなさそうな気がしてきた。
この三日間、クリフの調子は今までで一番良かった。頭が働き、身体が思い通りに動いた。他の受験者の様子を見て、自分が負けているともは思えなかった。元々自信があって挑んだ試験だが、ここまで上手くいくとは予想していなかった。
だがこれは、自分の実力だけのお蔭ではない。クリフはそう思っていた。
生活を支えてくれたマリー。助言や手助けをしてくれたルイスとケイト。目標として居続けたレイ。そしてクリフを変えるきっかけとなったロロ。
皆のお蔭でここまで来れた。決して一人だけではたどり着けなかった。だからクリフは驕ることなく試験に挑むことができた。
そして後押ししてくれた皆に報いるためにも合格しなくちゃならない。試験前よりも気合が入っていた。
絶対合格してやる。試験が終わるまで、気を緩めるつもりは無かった。




