3-5.知恵の紙
「ロロを王都まで連れて行こうと思う」
夜、クリフは自室に集まった皆の前でそう言った。
ストレイグが去った後、クリフは急いで皆に連絡した。ロロの正体を知る者たちに、人目のつかない夜になったらクリフの部屋に集まるようにと。クリフの頼みに、皆は断る気配を微塵も見せずに了承してくれた。
部屋に集まったのは、ルイス、ケイト、レイ、ロロ。彼らを前にしてクリフは自分の提案を言った後に、皆の意見を募った。
「ここに居たらロロの正体がばれる。だから俺に同行させて、ストレイグさんをやり過ごすのが最善だと考えてるんだが、どうだ?」
「そんなに危ないのか?」
ケイトが疑問の声を上げる。訓練をしてたためにストレイグと会わなかったので、この中で彼の事をほとんど知らない人物だ。
「ストレイグさんは匂いで竜を判別する。どんなに姿を隠しても突き止めてしまうんじゃないかと思う」
「それは、当たってる、かも」
レイがクリフに同意する。
「前に町中に潜んでいる黒竜を、たった一人で見つけたって、聞いたことある。だから索敵能力は、凄く高いと思う」
「けどずっと隠れてたら見つからないんじゃ……」
「その竜は空き家に閉じこもっていたから……僅かに残った匂いも気づくみたい」
「お手上げじゃん」
ルイスが両手を上げる。それを見て、ロロが顔を俯けた。
「あっ、誤解しないでねロロちゃん! ここに居たらお手上げってことで、まだ策はあるよ! うん、きっとある!」
「策って何だよ」
「それは……ここから逃げ出すことだよ」
明暗を閃いたかのようにルイスが言う。「それクリフが言っただろ」ケイトがすぐに突っ込むが、ルイスは「ちょっと違うかな」と返す。
「この街から出るのは同じだけど、クリフについて行かず、ロロちゃんだけで逃げるってこと。定期便とか使ったらこの街から簡単に出れるでしょ」
「たしかにな……」
ケイトが納得したかのように頷く。ルイスの案は一度クリフも考えたことだ。アーデミーロから出ればストレイグに見つかることは無い。
だがクリフは、その案を採用しなかった。クリフは「ダメだ」と却下する。
「何で? 良い案だと思うんだけど」
「他の時期ならともかく今は無理だ。何でストレイグさんがこの街に来てるか知らないのか?」
「そりゃ、街の警備のために……あぁ、そっか」
「ん? どういうことだ」
分からなかったケイトのためにクリフは説明をする。
「ストレイグさんが来たのは、この街から有力な戦士が何人も居なくなって、その抜けた分の戦力を埋め合わせるためだ。だがそれはここに限らず、他の町でも同じ話だ。普段は街の外で竜と戦っている竜狩りも、今は町に駐在している。ここから逃げても、他の町の竜狩りに見つかるだけだ」
「けど中に入れば問題ないだろ。荷物に紛れ込むとか、竜になって空から侵入するとか……」
「えっとね」レイも一緒になって説明をする。
「この時期は凄く検閲が厳しいから、荷物もすごく調べられるの。ずっと見張りを立ててるから、空から入るのも難しいと思う」
「じゃあ夜に竜になって逃げればどうだ? そんで森に隠れたら見つかりっこねぇ」
「ストレイグさんは匂いで分かるから……夜に逃げても見つかると思う」
「……八宝菜じゃん!」
ケイトがその場で両手を上げる。ルイスが「八方塞がりね」と訂正した。
「けどケイトの言う通り、このままだと何もできないね。匂いに気付かない可能性に賭けてここに匿う? 一度はばれかけたけど誤魔化せたんでしょ」
ルイスがまた提案するが、クリフはかぶりを振った。最初はクリフもそれを考えていて、それに賭けるしかないと思っていた。しかしそれも難しい。
一度目は父親の形見のお蔭で助かったが、クリフが居ない間にたそがれ荘に来られたら、今度は誤魔化せない。ナイフを残して行くという選択肢も考えたが、普段使っている武器を置いて行くことに疑問を持たれたら同じことだ。
ストレイグは真っ直ぐな人だ。疑問をぶつけられたときに、クリフはそう感じた。気になることがあれば遠慮なく追究して解決しようとする。清純で清潔な方法だ。そして本人もそのやり方に自信を持っている。少しでも疑われるのは命取りだ。
だが、一度疑われたお蔭で突破口が開けた。
「このナイフがあれば、ストレイグさんから疑われることはない。だからロロは俺と一緒に居るのが最善だと思う」
クリフが一緒に居ればストレイグに見つかっても、竜の匂いはナイフのせいだと思ってくれる。ストレイグの索敵能力を利用した、良い手だとクリフは自画自賛した。
しかしルイスは、「けどさー……」と不安そうな声を上げる。
「結局は同じことでしょ? 町の出入りは検閲が厳しいんだから。それに王都って言ったら一番警備が厳重じゃん。すぐに見つかっちゃうよ」
最もな疑問をルイスは言う。クリフも最初はそう思っていた。ロロの敵が一番多い町に連れて行くのは自殺行為も同然だと。
しかし、レイの話を聞いてその考えは覆った。
「レイが言うには、竜狩り昇格試験に向かう馬車に対しては検閲が緩いらしい。そうなんだろ?」
レイは「うん」と頷く。
「私の時の話なんだけど……町から出る時も入る時も、書類を出しただけで終わったの。竜狩りの人は、一般人の方を見てたし、荷物もそんなに、調べられなかった」
竜狩りを志す戦士が危険なものを持ち込むわけがない。そういう心理が働いているのだろう。いつもなら咎めたくなる気が湧くのだが、今はそんな気が全く起きなかった。
「というわけだ。同行者も同じ扱いらしい。だから安全に王都に入れることが出来る」
「竜狩りはどうするんだ? 町の中を見回ってる奴もいるんじゃないのか?」
今度はケイトが質問し、レイが答える。
「いるけど少ないよ。いろんな町から戦士が来て王都は彼らを戦力としてる見てる。だからその分、他の町に竜狩りの戦士を回してるの。今回は三人くらいしか、王都にいないって聞いたよ」
「……友達いないのに詳しいな」
「王都に実家があるから、そこから聞いてるの」
「なるほど。じゃあ結構有力な情報だな」
レイは名家出身で、それに相応しい情報網を持っている。そこから得られる情報は信頼性が高い。この情報のお蔭で、クリフは方針を決められた。
「いろいろと不安はあるけど、クリフの案が一番良さそうだね。それで?」
ルイスがクリフに視線を向ける。
「そこまで決まってるのなら、何でボクたちを呼んだの?」
皆がクリフに注目する。彼らの視線を受けて、クリフは答えを返した。
「お前らの力を借りたいからだ」
クリフの言葉を、皆が黙って聞き入っている。クリフは言葉を続けた。
「俺は今まで王都に行ったことが無い。王都の事は全然分からない。そんな場所で何かあったとき、ロロと一緒に無事に逃げ切れるか不安だ」
王都は広くて人が多く、クリフの知らないことが多くある町だ。そこで問題が起きたときに上手く対処できるのかという不安があった。
「そのためにもお前らの知恵を貸してくれ。お前らは俺よりも王都に詳しいから、どんなことでも俺に教えて欲しいんだ。王都の事を知っていれば、少しでも動きやすくなるはずだ」
役に立つ者や立たない者、安全な場所や危険な場所。それらの情報をクリフは知らない。知らないことは危険である。だからクリフは、「頼む」と頭を下げて願い出た。
返事が来るのは、思ったよりも早かった。
「はっ。当たり前だろ」
ケイトが短く笑った。
「そうだね。ケイトの言う通りだ」
ルイスが賛同し、
「うん。私も」
レイも頷いた。
「アタイらは町から出られない。直接助けることができない。だから知恵が欲しいって言うならいくらでもやるよ」
「ホントだよ。ボクらが手伝わないと思ったのかな、クリフは」
「良い店を紹介してやる。後ろ暗い奴等も遠慮せずに使える場所だ」
「じゃあボクは逃げやすい道を教えてあげるよ。もし見つかった場合、すぐに身を隠さなきゃいけないからね」
「わ、私も」
皆は積極的に助言を出してくれる。いろいろと案が出て、それをルイスが紙に書き留める。次々と紙に文字が並んで行き、クリフはそれを眺めていた。
「みんな、ありがとう……」
その様子を見て、ロロがポツリと呟く。それを聞いていたレイが笑みを浮かべた。
「友達を助けたいから、当然、だよ」
いつの間にか、紙は皆の知恵で埋まっていた。




