2-22.不器用な少女
「さて……じゃあ説明してもらおうか」
黒竜を討伐した後にケイトが言った。ケイトの視線はクリフとレイに向けられていた。
「……なにをだ?」
「とぼけんじゃねぇよ。こいつについてだ」
ケイトは竜になっているロロを指差す。
「なんでこいつはアタイらに協力してるんだ。しかもお前らはそれが当然のように振る舞ってる。それを説明しろってんだ」
怪我で立てないケイトは、クリフを見上げながら説明を求めた。座りながらも迫力のあるケイトに、クリフは困っていた。黒竜を討伐したことをガタラ村の戦士に伝えないといけないが、ケイトの怒り具合を見るに易々と動きそうにない。先に説明をしないと今にも襲われそうだ。かといって説明してもいいものか。
ケイトたちにばらすべきか否か。クリフは決断することを躊躇った。そんなクリフを見かねたのか、ロロがクリフを呼びかけた。
『良いよクリフ。説明しようよ』
「……いいのか?」
『もちろん賛成だよ。二人なら信頼できるしね』
二人のどこを見て判断したのか気になるところだが、クリフはそれを聞かないようにした。ロロが良いというのなら、後はクリフの問題だ。
クリフは観念して二人に話した。ロロの正体とクリフの考えを一切隠すことなく説明する。フェーデルの町で会ったことや、ガタラ村でのことも。
話し終わると、ケイトは困惑顔を浮かべていて、ルイスはポカンと呆けていた。何やら考えているようで、その間にクリフはレイに話を吹っかける。
「そういえば、お前はロロの正体を知ってたのか?」
「……うん。私もロロちゃんの事がよく分からなかったから観察してた。他にも事情があるけど……」
「そうか」
クリフがロロが竜であると知ったのは、ロロが自らばらしたからだ。それが無ければ、クリフがロロの正体に気付くことは無かった。一方、レイは自力で気づいていた。戦歴に差があるとはいえ歯痒いことだ。一刻も早く竜狩りにならねばと、クリフは決意を強めた。
「えーっと……」
ケイトがようやく口を開く。難しそうな顔をしながらクリフに尋ねた。
「つまりこいつは竜だけど黒竜じゃなくて、けど人になれる竜だから元竜じゃなくて、というか普通の竜とは違っててよく分からなくて、けどレイは違うって分かってて……あー! わけ分らんない!」
ケイトは頭を抱えて身体を仰け反らせる。地面に倒れ、頭を抱えながら地面に転がった。ケイトはクリフ以上に考えることが苦手であった。
一方ルイスは、「あー、なるほどね」と納得した。
「つまり、ロロちゃんは最高ってことだね」
訂正。よく分かっていないようだ。
すかさずケイトが「なに言ってんだ? 馬鹿か」と突っ込んだ。
「だって凄いじゃん。黒竜でもないのに人になれる竜だよ。しかも人を襲う気が無いうえに超可愛い! 最高じゃん!」
「…………そうなのか?」
「それが分からないからロロを見定めたいんだ。まぁたしかに、敵対する気は無さそうだが……」
「じゃあ決定! ロロちゃんは仲間! 人類の味方! ボクらの勝利! バンザーイ!」
異様なテンションでルイスははしゃぐ。クリフより頭は良いはずなのに、なぜ手放しに喜べるのか。その能天気さが少しだけ羨ましい……とは思わない。
『えへへ……そんなに嬉しいんだ』
「もちろん! レイちゃんもそうだよね? ね?」
「え、あ、はい」
少し躊躇いながら、レイも賛同する。
「ロロちゃんが仲間で、うれしい、かな」
「でしょ! 竜狩りのレイちゃんも賛同しているし、オッケーってことだよ」
「……そうなのか」
戸惑いながらも、ケイトも納得した。少々不安はあるが、とりあえずこの場はこれで良しとしよう。
「じゃあさっさと帰るぞ。村人も心配してるだろうしな。ロロ、そろそろ人の姿になれ」
「はーい」
竜の身体が徐々に人の形に変化する。変化の途中、何か重要な事を忘れている様な気がしていて、それを間もなくして思い出した。クリフはバッグを引き寄せ、入れてあった外套を力任せで取り出し、ロロに向かって乱暴に投げる。その際、ロロの裸が一瞬だけ見えた。ギリギリだ。
「あー、そういえば忘れてたよ」
ロロが外套を受け取り素早く羽織る。竜から人になる過程を初めて見たレイとケイトは、冷静にクリフの動きを理解して納得した。
しかし、ルイスは別だった。
「クーリーフー……」
恨みがましい声を出している。ゆらゆらと動きながらクリフに近づいた。
「なに余計なことしやがるんだこのクソやろー!」
クリフはルイスに胸ぐらをつかまれながら、耳をつんざくほどの怒声を浴びせられた。
「裸だぞ! は・だ・か! あのロロちゃんの綺麗な肌を見れる絶好の機会を潰させやがって! 千載一遇のチャンスだったんだぞ! どうしてくれる! どうしてくれるぅううううう!」
「うっせぇ! 裸の一つや二つでギャーギャー言うな!」
「ばきゃやろう! 美少女の裸なんか一生に一度見れたら良いんだぞ! カップルにでもならない限り見れないんだぞ! その希少価値、資産価値を甘く見てんじゃねぇ! それでも竜狩りか!」
「関係ねぇだろ! 女なんざいなくても戦士になれるだろ!」
「あーあ、これだからホモ野郎は! 美少女の価値を低く見積もり過ぎてるんだよ! 謝れ! 全国の男子共に謝れ!」
「誰がホモだこらぁあ! 女が苦手なだけって言ってるだろ! いい加減にしねぇと頭かち割るぞ!」
「やれるもんならやってみろ! いいか、僕は弱者だ! 手を出したら信条に反するぞ!」
「てめぇはただの軟派野郎だろ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて、ね」
ロロがクリフとルイスの間に割り込んで仲裁する。クリフは振り上げそうになった拳を抑え、ルイスはあっという間に「うん止める」と大人しくなった。
「コントみたいだな」
「……うん」
ケイトとレイの話を無視し、「とりあえず帰るぞ」とクリフは話を元に戻す。
「ケイトは動けないからルイスが背負え。竜の死体はガタラ村の戦士と協力して回収するから一旦置いとく。いいな?」
皆が賛同したことを確認すると、早速村へと向かった。クリフとレイが先頭を歩き、ケイトを背負ったルイスが続き、ロロは二人の傍についた。
村への帰り道は順調で何も起こらない平穏なものだった。村が見えるとクリフも安心して気が緩んだ。
そのとき、ふとある事を思い出した。
「なぁレイ」
「なに?」
「お前、俺と友達になりたいのか?」
ロロからレイの事を聞いていた。以前からレイがクリフと友達になりたがっていることを。それを確認したくなった。
レイは小さく頷いた。
「うん。なりたいなって思ってる」
「そうか……。済まなかったな、気づかなくて」
今までのレイの態度は、クリフを馬鹿にしたものではなかった。ただ友達になろうとして、ロロに色々とアドバイスを貰ってやっていたことだった。随分的外れな助言を受けたレイの行動は効果が薄く、クリフはただ困惑ばかりしていた。
だが思い出すと、少しばかり笑いがこみ上がってくる。あのレイがロロの助言を真に受けてあんなことをするとは……。
クリフは何とか笑いを堪える。それを抑えると、もう一つ気になっていたことをレイに聞いた。
「けど何でなろうと思ったんだ? 俺はお前には優しくした覚えなんてねぇぞ。むしろ挑発ばっかしてたのに」
「それは……」
レイは右手の人差し指を唇の前に置く。
「秘密、です」
不覚にも、ときめいてしまった。
***
実家は由緒ある名家で、代々戦士を輩出していた。彼らは皆竜狩りとなり、人々の生活を守るために尽力した。
レイもその一人であった。
幼い頃からレイは武術を習っていた。同世代の子供が遊んでいるなか、厳しい父の下で鍛錬を受け続けた。争い事は苦手だったレイだが、元々の素質があったのか、十歳になると同世代でレイに勝てる者はいなくなっていた。
だがその事実が、レイが孤立する原因となった。
「化け物め」
同い年の男の子からそう言われた。その子も武術を習っていて、結構強かったらしい。「らしい」というのは、実際に戦ってもそうとは思えなかったからだ。他の子と同じように相手をして、他の子と同じように瞬殺したので、その実感が無かった。
最初は負け惜しみだと思った。けど他の子の目がその子と同じ目をしていたのを見て、そうじゃないことを知った。
私は化け物なんだ、と。
その日から、鍛錬に力が入らなくなった。父からは人々を守るために力をつけなさいと言われているが、守ろうとした人たちはレイの事を化け物と見ている。そんな彼らを助けたいとは思えなくなってしまった。
私だって人間だ。そんなことを言われて、助けられるわけないよ。
自分自身にそう言い聞かせ、鍛錬を放棄した。このまま何もせずにいれば弱くなれる。そうなれば化け物って言われなくなると考えたからだ。
ある日、レイは父の忘れ物を届けるために街の戦士団詰所に行った。普段は下男下女に頼んでいることだが、父がすぐに任務に行くことを知っていたレイは彼らの足では間に合わないと判断し、自らの足で届けに行った。詰所に行くことは嫌だったが、父が困る事態になるのはもっと嫌だった。厳しいながらもレイの事を考えている父の事を、レイは好んでいた。
詰所に入って父を探していると、食堂にできた人だかりが目に付いた。誰か有名人でも来ているのかと思って、レイはその集団の中心にいる人物を見つける。
その者を見て、レイは息を呑んだ。
レイの父だった。
父は家では厳かな表情しか見せないせいか、家族以外で親しくしてくる者はいない。どこか近寄り難い雰囲気があり、家族であるレイも鍛錬と食事のとき以外では近づくことは無かった。
しかし詰所で会った父の周りには多くの人たちが集まっている。しかも嫌々ではなく、好意的な態度だ。
父は竜狩りだ。しかも竜狩りの中でも上位の実力者である。だからレイと同じように化け物と思われていると、レイは勝手に信じ込んでいた。それは間違いだった。
このとき、レイは覚った。強くても、化物でも、皆と仲良くなれると。レイはまた、強くなることを目指した。
そうして鍛錬を続け、戦士になった後も向上心を忘れず、強くなることに努めた。そのお蔭もあって、レイは竜狩り昇格の最年少記録を更新した。ここまで強くなれば皆がレイと友達になってくれる。そう思った。
だけど現実は違った。レイと友達になろうとしてくる者はおらず、むしろ敬遠されるようになっていた。竜狩りになる前は話しかける人が何人かはいたが、それすらもなくなった。
何がいけないんだろう。そう考えつつ、レイは一人で日々を過ごしていた。
このまま一人で戦い、一人で日常を過ごし、一人で死ぬ。そんな人生になるのかと思うと、気が伏せてしまった。
そんなある日の事だった。
「お前が竜狩りのレイだな」
詰所の酒場で一人寂しく休んでいた時だった。突然大柄の少年に話しかけられたレイは、ぎこちなく頭を動かして頷いた。
「俺の名はクリフ。今日戦士になったばかりだ。歳はお前と同じだ」
レイは黙ってクリフの話を聞く。
「俺はいずれお前と同じ竜狩りになる男だ。次の昇格試験があるだろ。そこで成る。そうなれば最年少記録はともかく、最短記録は更新できる。記録に残るのはお前の名じゃなく、俺の名になる。つまりお前がちやほやされるのは今のうちってことだ」
そう言って、クリフは手を差し出す。
「というわけで仲良くしようぜ」
よく分からない理屈を述べられ、レイは困惑した。しかし、この人はレイが竜狩りであることを知って、そのうえで話しかけてくれた。
それだけで、十分だった。
レイはクリフの手を取った。
「こちらこそ、よろしく」
彼と友達になりたい。レイは心の底からそう思った。




