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最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第二章 竜の友達
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2-19.戦う理由

『なんでユーレスはアレンを食べたの?』


 レイはロロとユーレスから離れた場所で、二者の様子を見ていた。ロロの背後にはケイトとルイスが居て、二人を守るような位置に居た。レイは二者の動きを見るために、ロロの後ろから少しずれてユーレスの姿を視界に入れる。


 ロロの問いに、ユーレスが『黒竜だからだよ』と答える。


『黒竜が人を喰うのは当然だ。しかもアレンは僕を友達だと信じていた。一番食べやすい人間を食って何が悪い』


 ユーレスは淡々と述べる。言っていることに可笑しなことは無い。信頼してくれる者を食べることはとても簡単な方法だ。

 しかしレイは、ユーレスの態度に違和感を覚えた。それは、ロロも一緒だった。


『嘘つかないで』


 嘘と断定するロロの言葉は強かった。ユーレスの顔が僅かに歪む。


『何を言ってる? 僕は嘘を言ってない。本当の事を言ったまでだ』

『だったら、なんでアレンの姿を取り込んだの?』

『……あの村を襲うためだよ。村の中の様子を見れば、戦士の動きが分かるからね』

『アレンは身体が弱くてほとんどベッドから出られないってこと、ユーレスは知ってたはずだよ。その理由が本当なら、アレンになるのは一番変だよ』

『……』

『クリフから聞いたの。黒竜がなれる人間は一人だけで、その後どんだけ人間を食べても変えられないって。それって黒竜にとってすっごい重要なことだよね』


 しかも人間時の戦闘力は、その取り込んだ人間に元々備わっている力となる。つまり弱い人間を取り込んでしまったら、人間になったときは一生弱いままで過ごすことになる。もし人間時に正体がばれたら碌に抵抗もできずにやられてしまう恐れがあるため、黒竜は強い人間以外を取り込まない。


『そんな大事なことを近くの村を襲うためだけに決めるなんて、ユーレスらしくないよ』


 ユーレスは閉口する。都合が悪くなって何も言えなくなる子供と同じように見えた。


『ホントはなにか訳があったんじゃないの? ねぇユーレス……ロロに教えて』


 そんな子供を諭すようにロロは言った。優しくて暖かな声に、母の面影を感じる。きっとユーレスも似たような心境だとレイは覚った。


『じゃあさ……』


 ユーレスが開口する。


『真実を言ったら、僕を見逃してくれるのかな?』


 半ば確信したうえで、聞いているように思えた。どこか悲しげな顔のユーレスに、ロロは言葉を詰まらせる。


『それは……』

『僕がここで全部言ったら、君はそこの人間たちを追っ払って、僕を逃がしてくれるのかな?』


 ロロは数秒間閉口し、答えを口にする。


『……ううん。出来ないよ、ユーレス。ロロには……そんなことできない』

『だろうね。人間好きの君なら、そう言うと思ったよ』


 分かっていたかのような反応をユーレスが見せる。


『じゃあ答える必要は無い。僕は君たちを倒して食べる。そして強くなって他の人間や竜を襲う、ごく一般的な黒竜として過ごすよ』

『ダメだよ!』


 ユーレスを止めようと叫ぶが、その声は届かない。


『それ以外に無いでしょ、黒竜が生き永らえる方法なんて』


 諦めに似た言葉を、ユーレスは口にした。


『僕は……死にたくないんだよ。死ぬわけにはいかないんだよ』


 一方で、その言葉からは決意に近いものを感じ取れた。


『君が僕を倒そうとするのなら……僕も容赦しない』


 ユーレスがロロに跳びかかる。ユーレスの頭がロロの身体にぶつかり、長い身体を活かして、ロロの身体に巻き付こうとした。最初と同様に絞めつけるつもりだ。


「ロロちゃん! 動かないで!」


 レイが接近し、大太刀を振るう。ロロに巻き付くユーレスを狙った。だがユーレスはレイの攻撃に異常なまでの早さで反応してロロから離れた。


『ありがと、レイちゃん』

「気にしなくて、いい。お互い様だから」


 疲労が重なって動き辛いが、援護くらいはできる。少し時間を稼げば、また戦えるほどまで体力は回復するだろう。それまでは防御に専念することを、レイは決めた。


『良かったね、ロロ』


 ユーレスがレイたちを見て言う。


『念願のお友達が出来たじゃないか。強くて優しいお友達が。本当、妬ましいくらいだ』


 異質な空気が、肌に触れた。

 黒竜なのに、黒竜とは別の空気がユーレスから流れ出た。冷たさの中に、どこか愛しみの感情が宿っている。


 ふと、一つの懸念が生まれた。この竜はもしや……。


「あなたは―――」


 声を掛けるのと同時だった。ユーレスの身体に、黒い閃光が当たった。


『があぁぁぁ!』


 ユーレスが悲鳴を上げた。動けずにその閃光を受け続ける。

 レイは反射的に閃光が放たれた方向を見た。もう一頭の黒竜バッテルが、黒竜砲を放射している。味方のユーレスに向けて……。


『ユーレス!』

「だめ!」


 ロロがユーレスに近づこうとする。レイはそれを阻止した。


「あれに当たったらただじゃ済まない。今近づいたらロロにも当たる」

『けどユーレスが―――』

「もう遅い」


 被弾したのが元竜や人なら、すぐに救出しなければならない。助かる可能性があるからだ。だが黒竜や弱った元竜の場合、もう救出する意味は無い。


「少しでも黒竜砲を受けたら黒竜化が進むの。特に受けた直後は錯乱することが多いから」

『……それって』


 ロロの顔に絶望が浮かぶ。レイはゆっくりと頷いた。


「あれにはもう、ユーレスの自我は無い」


 黒竜砲が止まる。黒竜砲を受けていたユーレスは、その間地面に伏せて痛みに耐えていたが、攻撃が終わると身体を起こした。ユーレスの身体は、先ほどまでは尻尾までしか黒竜化していなかったのに、今では身体の後半分近くまで黒く染まっている。


『……ユーレス?』


 ロロが恐る恐る声を掛ける。心配げな声に反応してユーレスが振り向く。


 尋常じゃない寒気を感じた。


 真っ黒な双眸がレイたちを見つめている。その眼から、ただ一つの思念を感じた。


『えさだ……』


 ポツリと、ユーレスが呟く。レイはすぐさま武器を構える。


『くわせろ』


 ユーレスが地を這いながら、馬並みの速さで向かって来る。先程よりも速い突進にレイは慄き、反撃する気すら起きずに回避する。ユーレスは勢いを止めずに進む。その先にはケイトたちが居ることを、レイは失念していた。


「ちっ―――」


 ケイトは避けず、迎え撃とうと双剣を構える。だがその二本の剣では、ケイトの膂力では、ユーレスの突進を止められないことは明らかだ。それくらいケイトも分かっているだろう。

 それでも避けないのは、ケイトの後ろで倒れているルイスの存在があったからだ。少しでもルイスが受ける衝撃を減らすために、ケイトは立ち塞がろうとしている。だがこれでは、二人が巻き込まれるのは目に見えていた。

 せめてケイトだけでも助かって欲しい。けど避ければルイスがユーレスの突進をもろに喰らってしまう。どちらを選ぶべきか、レイは判断できずにいた。


 そして、ユーレスがケイトにぶつかるその直前、ルイスが立ち上がった。


「たぁいあぁああああ!」


 ルイスは妙な奇声を上げながら、ケイトを抱きかかえて横に跳んだ。ユーレスの突進を躱し、二人は勢い余って地面に倒れる。


「あっっっぶなぁー! まじ死ぬとこだった!」

「てっめぇ……起きてたんならさっさと動け! アタイの覚悟が無駄になったじゃねぇか!」

「そんなのいくらでも無駄にすればいいじゃん。死ぬのに比べれば安い安い。今起きたばっかのボクにそんなこと言わないでよ」

「ほぉー……たった今起きた奴があんなに機敏に動けるのかねぇ」

「しょ、証拠も無いのに疑うなんて、ひどいなー……」


 二人が無事な事を確認し、レイは安堵した。ケイトはともかく、ルイスは動けるようだ。

 レイはすぐに指示を出す。


「ルイス君。ケイトさんを連れてここから離れてください」


 まだ体力は回復してないが、二人が逃げる時間を稼がなければならない。そのためなら、多少の無理をしてでも戦う。レイは覚悟を決める。


「あの竜は、私が引き受ける。だからその間に、逃げてください」

「やだ」

「では、私が前に出て……え?」


 レイはルイスを見る。ルイスは逃げる様子もなく、ユーレスの方を見ていた。


「ボクも戦うよ。ケイトは……君に任してもいい?」


 ルイスは竜の姿になったロロに話しかける。ロロは驚いて『え?』と声を上げた。


『あの……いいの?』

「味方なんでしょ? レイちゃんが一緒に居るから大丈夫と思ったんだけど……。違うの?」

『違わないよ!』

「じゃ、任せるよ」


 ルイスがケイトを抱き上げて、ロロの前に運ぶ。ケイトはルイスの腕の中で暴れながら抗議した。


「ふざけんな! なんで竜に世話にならなきゃいけねぇんだ! 下ろせ!」

「ボクより強いケイトなら、今の状況分かるでしょ? ケイトは動けないし、レイちゃんは疲労困憊。ボクだって今すっごく身体が痛いのを無理してるんだよ。少しでも負担を楽にさせてくれなきゃ、皆あいつにやられちゃうよ」

「てめぇに任せんのが嫌なんだよ! 逃げてばっかのヘタレ野郎に何が出来んだ?!」

「そりゃ、ボクは弱虫だよ。けどさ……」


 ルイスが一瞬、レイに視線を向ける。


「あんなに懸命に全部を守ろうとする人を見たら、何もせずにはいられないじゃん」


 ルイスの眼はいつも優し気で、弱さを宿していた。普段の態度もどこか軽薄で、纏う空気も軽かった。

 だがこの瞬間、彼の空気は変わっていた。勇猛な戦士が持つ空気と同等だった。


「……つまり、やっぱり起きてたんだな、てめぇ」

「……あ」

「後で覚悟しとけ。終わったらシメてやる」


 そう言って、ケイトは暴れるのを止めた。ルイスは大人しくなったケイトをロロの下に運び、地面に置いた。その後、レイの下に来て「で、どうすればいい」と指示を仰いだ。


「ちなみにボクは、自慢じゃないけどモンスターと戦ったことはほとんどない。多分片手で数えられるくらい。超弱いから」

「それなのに戦うんだね」

「弱った女の子一人置いて逃げられないよ」

「さっきは、私一人でしたよ?」

「あれは……行ったら足手纏いになるかなーって思って……」

「冗談ですよ」


 レイはユーレスの方に向き直る。未だにユーレスの意識は朦朧としているようで、『餌』『食べる』としか言っていなかった。


 ユーレスの様子を見て、レイは指示を出す。


「では―――」


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