表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の竜は最強の竜狩りと恋をする  作者: しき
第二章 竜の友達
40/69

2-15.三頭の竜

 クリフとケイトは、慌てて方向を変えた。黒竜に向かっていたが、突然の音に反応してしまう。状況を再確認しようと、黒竜と距離を取った。


「ルイス! 今の音は何だ!」


 安全な場所に避難していたルイスに尋ねる。数秒後に、ルイスからの返事があった。


「村の方からだ! 音の大きさだと……多分村からだと思う!」

「やっぱりか」


 音が聞こえた時点で予感がしていた。この辺の人里はガタラ村しかない。問題が起こるとしたらガタラ村だろう。

 クリフは黒竜から目を離さずに考えようとする。だがその前にやることがあった。


「レイ! あれも試験のうちなのか?!」


 試験管のレイに尋ねる。任務の途中で、突然の事故事件が起こることはある。その対処法を見ているのかとクリフは勘ぐって、それを質そうとした。


 だがレイは、口にせずとも答えを出した。

 レイが居た場所に視線を向けると、いつの間にかいなくなっている。だが遠くに、レイの後ろ姿が見えた。


 なるほど、そういう事か。クリフはなにが起こっているのか、そしてレイがクリフたちに何を求めているのかを覚った。

 クリフは再び、黒竜に視線を向ける。


「ケイト! 村の方はレイに任せる! こっちは俺たちでやるぞ!」

「分かった!」

「ルイス! お前はその戦士と一緒に村に向かえ! ヤバそうだったらレイを手伝ってこい!」

「せっかく楽に終わると思ったのにー!」


 ルイスは情けない声を出しながら、戦士を連れて村に戻る。クリフとケイトは、今一度気を引き締めた。


「さて黒竜。お前は何か知ってるか?」


 クリフは黒竜に尋ねる。フェーデルで会ったファルゲオンと黒竜は、両者とも人と喋ることができた。この黒竜も話をすることが出来るかもしれない。そう期待していた。


 黒竜は喋ることなく、クリフたちを睨んだままだ。だが大きな口が、より一層大きく開いたように見えた。

 笑ってる。なんとなくだが、そう思った。


「気味が悪いな……」


 弱いと思っていた黒竜から、得体のしれない気持ち悪さを感じる。気にし過ぎかもしれないが、一度思ってしまうと頭からそれが離れない。クリフは息を整えて落ち着こうとする。

 だが、ケイトはクリフとは違っていた。


「だったら……アタイが先陣きってやるよ!」


 怖気づくことなく、ケイトが黒竜に向かっていく。その勢いは先ほどと変わらない。ぶれない姿勢に尊敬の念を抱いた。


 ケイトは黒竜に近づくと、足元の移動して切り刻む。黒竜がすぐに反応して蹴り上げるが、ケイトは易々とそれを避ける。回避後、すぐに死角に回り込んでまた切り刻む。黒竜が振り返って反撃するが、それすらも回避し、また死角に潜り込む。ケイトの素早い動きに、黒竜はついて行けてなかった。

 黒竜から全く距離を取らずに攻撃し続けるケイト。それを見たクリフが動き出す。黒竜はケイトの動きに釣られていて、クリフの動きに気付いていない。クリフは躊躇わずに突っ込み、全力で大剣を振るった。

 大剣は黒竜の胴体に到達する。手応えから身体の硬度を感じ取ったが、刃が通らないことはない。クリフは黒竜の身体に大きな切り傷を残した。


『ゴオオオオオオオオ!』


 黒竜の鳴き声が響く。大地が震えるような重い声だ。竜の声は相変わらず強い。ケイトは両耳を塞いで、咆哮のような鳴き声に耐えていた。もし初めてだったら、クリフも驚愕してたじろいでいただろう。

 しかし竜の鳴き声は以前聞いた。予想していた声量に怖気づくことなく、クリフは追撃する。先程攻撃した箇所に、全力を込めて振り下ろす。その一撃は、前撃よりも深い傷を残した。


「ったく、うっせえんだよ!」


 黒竜の声で止まっていたケイトがまた動く。八つ当たりをするように双剣を振るい、黒竜の足に幾多の切り傷を残していく。黒竜が踏みつけようとするが、ケイトは軽々と回避する。クリフもまた、掴みかかろうとしてくる前肢を避けて反撃をする。

 耐えきれなくなったのか、黒竜は後方に跳躍してクリフたちから距離を取る。黒竜がクリフたちを相当嫌がっていることが手に取るように分かる。ケイトはそれを瞬時に察し、距離を開ける黒竜に詰め寄る。休む間を与えず、徹底的に攻撃するようだ。クリフは回り込むようにして黒竜に接近する。

 黒竜は先行したケイトを標的にし、大口を開けて噛みつきにかかる。ケイトに回避されるが、執拗に噛みつこうとする。そのせいでケイトはなかなか近づけそうにない。


 だが黒竜はクリフを見逃していた。ケイトに注意が向いているお蔭で、クリフは容易に黒竜に接近できた。黒竜の左側に着くと、走った勢いを活かして大剣を振り下ろす。足の付け根を狙った一撃が、黒竜の気を引きつけた。その隙にケイトが黒竜の懐に入り込む。


「おらおらおらおらおらおらぁ!」


 ケイトは短時間に無数とも思えるほどの斬撃を浴びせる。黒竜の足元で放つ斬撃により、黒竜の足が血に染まる。怒涛の攻めを嫌がった黒竜が、ケイトを蹴り飛ばそうとする。

 それと同時に、クリフは攻撃の手を加速させた。ケイトよりも手は遅いが、遥かに重い一撃一撃を黒竜の胴体に喰らわせる。深い傷をつけられた黒竜はクリフに噛みつこうとするが、挙動を見てそれを察していたクリフは、余裕をもって下がって避けた。


 いっときこの黒竜に気味悪さを感じたが、戦ってみるとやはりただの黒竜だ。しかもそれほど強くはない。攻撃し放題の相手だ。

 やはり気のせいだったか。クリフは雑念を払い、再び戦闘に集中する。その直後だった。


『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 黒竜の咆哮が響く。先程の痛みに耐えかねた声ではない。群れで動くモンスターと同じ、明確な意思を持つ声だ。


 胸騒ぎがした。何かを見落としているような不安が湧いて、クリフの動きを鈍らせる。周囲を見回してそれを探る。

 何か来る。明確な予感が、クリフに舞い降りた。


「クリフ! なにぼさっとしてんだ! さっさとこいつを―――」

『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 ケイトの叱責が掻き消された。上空から聞こえた音は、どこか聞き覚えのある声だった。


 クリフは空を見上げる。青い空の中に、二つの影がある。それは段々とクリフたちの方に近づいて来て、同時にそれの正体が分かってくる。


 蛇のように胴の長い青い竜と、黄金色の小さな竜が、絡みつくようにして落ちてきた。その落下先は、黒竜とケイトの近くだった。


「やっば」


 ケイトは慌てて黒竜から離れる。黒竜も移動すると、さっきまでいた場所に二頭の竜が落ちた。胴長の竜は落下の衝撃があるはずにもかかわらず、その長い胴体を使って黄金竜を絞めつけ続ける。黄金竜は落下ダメージもあり、もだえ苦しんでいるようだった。


 黄金色の竜。ロロが竜になった姿だ。フェーデルで殺されそうになったときでも竜にならなかったロロが、竜の姿を晒してる。

 なにがあってこうなった。その答えは、胴長の竜の姿を見て確信した。


 胴長の竜の身体は青色で、小さな足が四本生えており、尻尾だけが黒く染まっている。そしてロロを襲う様子を見て、黒竜であることを知るのは容易かった。


「黒竜が……二頭」


 判明した事実をクリフが口にする。それと同時に、ケイトがクリフの言葉を質す。


「竜が三頭、だろ」


 竜が二頭増えたにもかかわらず、ケイトに動揺が見られない。竜たちに向かって突っ込むケイト。走る先には、ロロと胴長竜がいる。敵同士でやり合っているのならば、ケイトは注意されていない。絶好のチャンスであることは、クリフにも理解できていた。

 だが、クリフは動かなかった。


「待てケイト!」


 それどころか、ケイトを止めていた。

 クリフの呼びかけでケイトは足を止める。そして怪訝な顔をクリフに向けた。


「何のつもりだよ」


 不満ありありな声でケイトが尋ねてくる。その疑問はもっともで、逆の立場でもそう思うだろう。それでも止められずにはいられなかった。

 クリフはケイトに指示を出す。


「あの黄金色の竜を助けろ」

「……はぁ?」


 ケイトは変なものを見る目をしている。その気持ちはよく分かる。以前のクリフなら、絶対に言わなかった言葉だからだ。

 だがクリフは、疑られても指示を変えない。


「理由は言えない。だがあの竜は狙うな。黒竜を狙ってくれ」

「おいおい、何言ってんだクリフ。黒竜だから攻撃すんなって言いたいのか?」

「そうだ」

「……なに考えてんだ、お前」


 その声には、怒気がこもっているように思えた。


「あいつが黒竜でない確証はない。仮に今違っても、黒竜になる可能性がある。危険分子は排除する。それがお前のやり方だろ」

「そうだ。それは今も同じだ。だがそれでも、あの竜は攻撃するな」

「意味分かんねぇぞ」

「今は分からなくてもいい。だけど―――」


 最後まで言葉を言い切れなかった。胴長竜に絞めつけられていたロロが、力なく倒れる姿を見たからだ。ぐったりと地面に寝て、まるで死んだかのような様子だった。


 クリフはロロの下に走った。大剣を握り、胴長竜に向かって振り下ろす。


「どけえぇ!」


 大剣が胴長竜の胴を斬りつける。黒竜よりも柔らかい感触が手に伝わる。胴長竜は傷をつけられると、大声で鳴いた。


『キュオオオオオオオオオオオオオオ!』


 甲高い声だった。予想外の高音に、クリフは耳を塞ぐ。不快な音で、目が眩みそうだった。それが狙いだったのか。


 クリフが碌に動けない隙に、胴長竜はロロから離れる。そして近くにいた黒竜の下に近づいた。


「そういう、ことか」


 翼の無い竜と胴長の竜。二頭は協力関係にあるということが一目で分かった。


 クリフは混乱が解けると、ロロに背を向けて黒竜たちと向かい合う。現状は二対二で五分に見えるが、実際はクリフたちが不利だ。ロロを守る必要があるうえ、ケイトに不信感を抱かせている。これでは思う存分に戦えない。

 先手を打ってビビらせるか、相手の動きを見て対応するか、。苦手な思考を始め、ストレスが溜まる。ただでさえ異常な事態で不安が増しているのに、そのうえ苦手な事をしなくてはいけない。クリフにとって、最悪の展開だった。


 そして、クリフが答えを出す前に黒竜たちが動く。二頭は踵を返して、クリフたちから離れて行った。


「……は?」


 呆気にとられ、間の抜けた声が出た。敵にとってはチャンスと言ってもいい状況だった。なのに逃げるとはどういうことだ?

 クリフの頭に疑問が湧いた。しかし、すぐにその答えが判明する。


「大丈夫?」


 背後を見やると、そこにはレイが居た。さらにその後方からルイスとガタラ村の詰所で会った戦士も来ている。なるほど、増援が来たから逃げたのか。


「ねぇ、ねぇ。これ、どうなってるの?」


 ルイスが不安な顔でクリフを見る。クリフはどう説明しようかと悩んだ。ロロの事を説明すべきか、否か。


「ルイス君、ケイトさん。私たちはあの二頭を追跡します。アレックさんは村に戻って、いつでも避難できるように、村の方々に連絡してください。クリフ君は落ち着いてから、合流してください」


 クリフが答えを出す前に、レイが全員に指示を出した。アレックは村の戦士の事だろう。彼は驚きつつも「はい」と返事をする。


 だがケイトとルイスは異を唱えた。


「おい待て! あの竜はどうするんだ?」

「ねぇ、なんで竜が三頭も居たの? おかしいよこれ。出直した方が良いんじゃない?」


 ルイスは依頼に対する疑問を口にし、ケイトは竜になったロロを指差して問う。どちらも重要なことで、疑問に思うのは当たり前のことだ。

 それらの質問をレイは静かな声で答える。


「不測の事態が起こることは、稀にあります。その竜はクリフ君に任せれば、大丈夫です。行きましょう」

「はぁ? それで納得が―――」

「行きます」


 有無を言わさない雰囲気をレイが出す。モーガンを黙らせたときと似た空気を漂わせている。さすがのケイトも、その迫力に圧されて押し黙った。

 だが、クリフもレイに問い質したかった。なぜこんな指示を出したのか。なぜ追跡の人選にクリフを選ばなかったのか。なぜこの竜を無視するのか。それを聞こうとして、レイに声を掛けようとした。


「クリフ君」


 だが、それよりも先にレイがクリフを呼んだ。クリフは開きかけた口を閉じる。


 そして、小さな声でレイが言う。


「ロロちゃんを任せました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ