2-14.熟練者と素人
突然の報告に、クリフはただ困惑した。黒竜が前触れもなく現れることは珍しくない。誰にも邪魔されずに、覚られずに人里に入り、暴虐を尽くすのが黒竜だ。そういう場面に何度も遭遇し、今ではすぐに対応できるほどに経験を積んでいた。
クリフは任務中、常に不測の事態が起こることを想定し、心構えをしている。そのお蔭で事態を即座に対処することが出来ていたが、今回は反応が遅れた。ロロの報告を聞いてから動く。そう考えていたために気が緩み、報告を聞いてもすぐに身体が動かなかった。
「どこに、出ましたか?」
動けなかったクリフに代わり、レイが男に尋ねる。レイの姿を見て、クリフは己が出遅れたことに気づいた。
「あ、あなたは?」
男の格好から戦士であることが窺える。クリフよりも、少し歳を重ねている青年だ。尋ねて来たレイに驚き、素性を聞いていた。
「竜狩りのレイです。黒竜の討伐のために、来ました」
「あぁ! 竜狩りでしたか!」
青年はほっとした表情を浮かべる。
「北のモグネロ山です。そこで調査をしてたら、中腹で見つけたんです。えーっと……おーい! 地図はあるか?」
青年が職員にそう訊ねると、職員はすぐさま地図を取り出す。受付台に地図を広げると、レイとクリフは青年を挟む位置で受付台の前に立って地図を見る。青年はモグネロ山のある一帯を円で囲った。
「この辺で村に来ているのを見つけたんです。今は相方が注意を引きつけているのですが、長くもちません」
「分かりました。ご報告、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでも無い。竜狩りの戦士に比べたら、俺らの仕事なんてたいしたことないです」
「そんなことは……」
青年の謙遜をレイは困った顔で受け止めていた。何か言おうとしてレイは口を開くが、すぐに口を閉じ、踵を返してクリフたちの方を見る。「行きましょう」そう言ってレイがクリフたちを促す。レイが外に出て、クリフたちも後に続く。
「おい、レイ」
前を歩くレイの背中にクリフが呼びかける。
「はい。なんですか?」
「試験は今からか? それとも黒竜の前に着いてからか?」
「……そうでしたね」
レイは歩く速度を緩め、クリフたちの横に並ぶ。
「皆さん、準備は?」
「問題無いね。いつでも行ける」
「心の準備以外は大丈夫かな」
「大丈夫ってことだ」
「……分かりました。では突然になりましたが、これより試験を開始します」
試験開始の合図で、クリフの身体に力が入る。ロロの報告は間に合わなかったが、戦士から、竜が黒竜であることを聞いている。黒竜が相手なら容赦はしない。
「最短経路で地図の場所に向かう。黒竜はこっちに来ていたみたいだから、足止めしていた戦士を倒したらそのまま来るはずだ」
クリフたちは真っ直ぐと黒竜を発見した場所に向かう。村を出て山に入ると、緩やかな傾斜を駆けあがる。全力で走るクリフの後ろに、ケイトとルイスがついて来ている。レイは少し離れて走っていた。
周囲の音を聞きながら走っていると、遠くから竜の鳴き声が聞こえる。クリフは進む方向を変えて、声が聞こえた方に向かう。思っていたより、村から遠くは無い。早期発見してくれた戦士たちに感謝だ。
徐々に声が大きくなる。木々を避けながら進んでいると、遠くに黒竜と戦士の姿が見えた。
発見した黒竜は、灰色の身体をしていた。翼は無く、太い後足二本で地に立っていて、前肢は手のような形だ。大きな頭と太い身体から、先日敵対した黒竜よりも力強さを感じる。そして後頭部から尻尾までの部分、身体の五割ほどが黒く染まっていた。
足止めをしていた戦士は、肩で息をしているのが遠目でも分かった。黒竜の攻撃に遅れて反応している。間もなく力尽きるだろう。
黒竜と戦士の様子を見て、ケイトとルイスに指示を出した。
「ケイト、お前は右から攻撃しろ。俺が正面に立つ。黒竜に攻撃した後、ルイスは戦士を救助しろ」
「おう」「了解」
ケイトはクリフたちから離れ、木々の陰に隠れながら黒竜に近づく。ルイスはクリフの後ろにピッタリと付いて来る。
指示通り動けていることを確認すると、再び黒竜の方に視線を向ける。黒竜は戦士に向かって頭から突っ込んでいった。戦士の反応は遅れている。あれでは避け切れない。
クリフは加速した。黒竜を見逃さないために抑えていた速度から、一気に最高速に達する。黒竜が頭突きをする直前に、戦士の傍に到着した。
「よく耐えた!」
背中に備えていた大剣を両手で取り出し、頭上に持ち上げてから全力で振り下ろす。黒竜はクリフの登場にかまわず突っ込んできていたため、もろにクリフの一撃をくらう。同時に、クリフの両腕にも大きな衝撃が伝わった。
押し負けることを察したクリフは、力の方向を左に変える。それと同時に、視界の右側からケイトの姿が現れた。ケイトは片手ずつで持っている剣を黒竜の身体に押し付けるように斬りかかった。
「倒れやがれ!」
走った勢いを殺さない攻撃は、クリフが力の方向を変えたことで大いに効果があった。黒竜の身体が傾き、左によろける。その勢いのままクリフたちから離れていった。
「大丈夫ですか? 行きますよ」
ルイスが傷ついた戦士を担ぎ、クリフたちから離れて行く。非戦闘行為に関しては、ルイスは誰よりも素早く動ける。相変わらずの早さに、クリフはほっとした。これで心配事は何もない。
「さてケイト。久々の共闘だ。腕は鈍ってないよな」
「だーれに聞いてんだ。竜討伐にお前との共闘、さっきからテンションが最高潮だ」
うきうきとした笑みを浮かべるケイトに、クリフはまた安心する。ケイトは戦士になってまだ半年も経っていない。だが戦闘力は他の戦士を軽く上回っている。しかも竜と対峙しても怖気づかない精神力の持ち主だ。ケイト以上に頼もしい女はいない。
「そうか。俺も同じ気分だよ」
ケイトの熱気にあてられて、クリフの気も高まった。フェーデルの時とは違う。竜を相手にしていても、恐怖は微塵も感じなかった。
黒竜はクリフたちの方に向き直る。攻撃をした箇所から血が出ていたが、意に介していない。動揺することなく、クリフたちを観察するような眼を向けていた。
黒竜が止まっている瞬間を隙と見たのか、ケイトは接近していく。黒竜の傍に着くと二本の剣を素早く動かし、身体に何度も斬撃を入れる。黒竜に前肢で反撃されるまでの間、ケイトは二十を超えるほどの切り傷を黒竜につけていた。
「ほらほら。ビビってないでやるぞ」
「誰が、だ!」
クリフは大剣を持ち上げて振り下ろす。大剣は黒竜の首を捉え、深い傷を残していく。反撃される前に、すぐに黒竜から距離を取る。黒竜がクリフに気づいたときには、もう攻撃が届かないところまで下がっていた。
ケイトとクリフの攻撃を喰らい、黒竜は鼻息を荒くする。鳴き声が増え、怒りに満ちている様子が手に取るように分かる。
クリフたちの実力と目の前の黒竜の動き。二つの情報を顧みて、クリフは結論を出す。
「おいケイト」
「なんだ?」
「俺のフォローはいらない。自由に動いて良いぞ。それで勝てる」
「あぁ、やっぱり」
身体は大きく、力も強い。だが知能が低く、戦闘経験が少ない。黒竜の反応と挙動で、そう分析した。
知能が高ければ攻撃と防御に工夫をする。戦闘経験があれば、ああもあからさまな感情は見せない。普通のモンスターよりも知能がある竜は、人間と似たような行動を選択する。
フェーデルで戦った黒竜は、歴戦の戦士の様だった。感情を表に出すことはあったものの、自分の武器を理解して攻撃し、知恵を凝らして己の身を守った。今戦ったとしても苦戦したであろう相手である。
一方、この黒竜は戦い慣れていない戦士に見えた。反応が遅く、攻撃手段が少ない。やられたことに腹を立てて、怒りを露わにしている。一つ一つの動作や挙動が素人丸出しだった。おそらく弱い個体のまま黒竜になったのだろう。だから竜狩りどころか無名であるガタラ村の戦士が、クリフたちが来るまで持ち堪えられたのだ。
この黒竜は弱い。まぐれの一撃にさえ注意すれば、負けることは無い。二人はそう確信した。
「じゃあ……」
クリフとケイトは武器を構える。気持ちが逸って、身体が若干前に傾く。
「行くぞ」
「おう」
二人は餌に群がる獣のように黒竜に向かって走り出す。
後方から轟音が響いたのは、その直後だった。




