2-11.自分勝手な思惑
『認定試験のことで局長から話があります。正午前に局長室に来てください』
朝起きたときに、扉の下のメモに気付いた。扉の下の隙間から投げ入れたのだろう。文面からレイの入れた物であると推測した。
窓から外を見て、太陽がまだ低い位置にあることを確認する。クリフは寝間着のまま一階に下りた。この時間は、まだマリーしか起きていないはずだ。早く朝食を食べて外に出よう。
一階に下りると厨房から音が聞こえた。マリーの料理する音だ。食堂には誰もいない。食事を作ってもらうように、クリフは厨房に向かった。
「マリー、朝飯を―――」
厨房にはマリーだけではなくレイもいた。昨日と同じ私服を着たレイが中央にある広い厨房台の横の椅子に座り、マリーが調理をしている。その光景にクリフは目が眩んだ。
「あらクリフ、おはよう。体調は良いの?」
「……あぁ、なんとかな」
昨日食事に出れなかった理由を、体調不良ということにしていた。とりあえず皆はそれで納得してくれたようで、マリーはそれ以上追及してこなかった。
「もうちょっとしたらレイちゃんのが出来るから、その後に作ったげるわよ。座って待ってなさい」
「分かった。じゃあ食堂で―――」
「すぐ出来るからここで待ちなさい」
レイの横に空いている椅子が一脚ある。クリフはその椅子を持ち、少しだけレイから引き離してから座る。クリフの視界に、レイが少しだけ顔を俯ける姿が入った。
「はい! できたよレイちゃん。しっかり食べなさい」
マリーはレイの前に料理を置く。パン、オムレツ、ウインナー、サラダ等、朝の定番メニューが並んでいる。レイはそれらを静かに食べ始める。
だが傍目で見ると、レイの調子が変な事に気付いた。時々クリフの方を見たり、フォークに刺さった料理を落としたり、フォークが各品の上を迷うように何度も移動させたりと落ち着かない様子だった。
おそらく昨日の事で動揺しているのだろうとクリフは推測した。散々怒鳴った相手が横に居るのだ。レイは大人しい性格だ。落ち着かないのも無理はない。
あまり気にされないようにと、クリフは目を瞑り、黙って静止し続ける。動かなければ気にしないだろうという配慮だった。今のうちに早く食べて俺から離れろ。
だがクリフの思惑はレイに通じなかった。
「あの、クリフ君」
あろうことか話しかけてきた。顔には出さなかったものの、クリフは心底呆れていた。俺の意図が伝わらなかったのか。それとも俺のやり方が分からなかったのか。困惑しながらも、クリフはレイに返答する。
「なんだ?」
「えっと……」
レイがフォークでウインナーを突き刺す。クリフをチラッと見てから、意を決したかのような表情で、ウインナーが刺さったフォークをクリフの顔の前に移動させる。レイは顔を俯けながら言った。
「あ、あ~ん」
何をしているのか、訳が分からなかった。
クリフの前には、レイがフォークで突き出している。その先端にはウインナーがある。
この行動の意味は知っている。仲の良いカップルがやるアレである。だが、なぜレイがこんなことをするのかが、全く理解できなかった。
「……いや、お前が食えよ」
理解し切れず、クリフはそう言うしかなかった。レイはフォークを引っ込め、背中を丸めながらそのウインナーを食べる。
その姿がやけに寂しそうに見えた。
「はい、できたわよー! あら? なんだか暗い顔してるけど、大丈夫?」
レイの顔を見てマリーが尋ねる。レイは小声で「はい」と答えた。
さっきのは一体何だったのか。未だにクリフは理解できなかった。
クリフは朝食を食べた後、すぐに外に出た。町の隅にある訓練場に向かい、そこで一通りの鍛錬を行う。筋トレ、素振り、実践訓練など、二時間ほど鍛錬をして汗を流した。鍛錬を終わらせて浴場で身体を洗う。それが終わると詰所に向かうのに丁度良い時間になっていた。
詰所に着くと、まず受付に向かう。そこで局長室に入る許可を貰うと、奥にある扉に入った。扉の奥は職員用エリアとなっていて、戦士でも許可が無ければ入れない。クリフは奥にある階段を上って四階に向かった。四階に着いて辺りを見回す。局長室は階段から一番遠い部屋だった。局長室の前まで歩き、扉を三回ノックする。中から「どうぞ」とハーロックの声が聞こえた。「失礼します」一言言ってからクリフは中に入った。
「やぁ、いらっしゃい。一人かね?」
局長室の壁際には、本棚や彫像品が置かれている。中心には一対の黒いソファとテーブルがある。窓際には高そうな木製の机があり、その奥にまた高そうな椅子がある。ハーロックはそこに座りながらクリフを迎えた。
「はい。私だけです」
「ふむ。一緒に来ると思ったのだが……喧嘩でもしたのかい?」
「私的なことは答えたくありません」
ハーロックは「そうか」と短く答え、机の上に視線を戻す。
「ではしばらく待ちたまえ。そこのソファに座って紅茶と菓子を食べていてくれ」
いつの間にか、テーブルの上に茶と菓子が置かれている。驚いて凝視していると、背後に気配を感じた。振り向くと職員とは別の格好をした女性の後ろ姿があった。
長い黒髪と職員とは違う給仕服の後ろ姿。彼女は部屋を出るときに振り向き、そのとき彼女と目が合った。物静かな雰囲気の顔立ちに傷一つない白い肌は綺麗に思えた。
彼女は一瞬だけクリフと目を合わせると、すぐにトレーを持ったままお辞儀をして部屋から出る。気付かれずに配膳した技術に、クリフはただ感嘆とした。
「すごい、ですね……」
「気づいたのかい?」
ハーロックが顔を上げてクリフを見る。その顔には驚きが宿っている。クリフは反射的に「はい」と答える。
「部屋を出る直前ですけど」
「気づけただけでも凄いさ。今まで何人かをこの部屋に呼んだことはあるが、みな最後まで気づかなかった。……いや、一人いたか」
「……レイですか?」
「そのとおり。やはり竜狩りになる者は他とは違うという事かな」
ハーロックが笑いながら紅茶を口に運ぶ。クリフはそれに倣って、ソファに座って紅茶を飲んだ。
ちょうどそのとき、廊下から足音が聞こえた。レイが来たのかと思ったが、一人ではなく複数人の足音が聞こえる。勘違いと悟ったクリフはまた紅茶を口に含む。その足音は局長室の前で止まり、すぐにノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
ハーロックの言葉の後、「入ります」とレイの声が返ってくる。クリフは驚きを隠しながら扉に視線を向ける。扉の先にはレイ、そしてケイトとルイスの姿があった。
「お、もう来てたのか。早いな」
「こら。局長の前だよ。大人しくしてよ」
「これくらいじゃ怒んないよ」
二人とも普段の調子で局長室に入る。レイは特に驚いていない様子で、クリフだけが動揺していた。レイはともかく、なぜケイトとルイスが?
「では君たちも、そこに座ってくれ」
三人はソファに近づき、ケイトとルイスがクリフの向かい側に、レイがクリフの横に座る。ちらちらとレイがクリフに視線を向ける。その挙動が鬱陶しかった。
「さて」
一同が集まったところで、ハーロックが話を切り出した。
「レイ君とクリフ君は知ってると思うが、認定試験の話だ」
「なんだ認定試験て?」
ケイトが疑問の声を上げる。ルイスも「さぁ?」と不思議そうな顔を見せる。二人は知らないようだ。
何も知らない二人のために、ハーロックが説明する。ルイスは黙って、ケイトは「ふんふん」と頷きながら聞く。じきにハーロックの説明が終わると、ケイトが「なるほど」と言う。
「つまりクリフが昇格試験を受けるための試験なんだな。めんどくさいな!」
朗らかな声で悪態を吐く。最低限の事は理解してくれたようで、クリフは一安心する。一方のルイスの表情は暗くなっていた。
「あのー……レイとクリフはともかく、ボクとケイトが呼ばれた理由が分からないんですけど……」
クリフも同意見だった。レイはクリフの試験を見守る試験管的な役割だから、ここに居る理由は分かる。だが二人は無関係だ。なぜここに来たのか、クリフは理解できなかった。
「なに、簡単なことさ」
ハーロックは笑みを見せながら答えた。
「君たち二人には、クリフ君に同行して試験に挑んで欲しいということさ」
ケイトは嬉しそうに、ルイスは悲しそうな顔を見せる。
「そして試験内容は竜討伐。まさに竜狩りに相応しいか否かを計るには最高の課題さ」
目を輝かせるケイトに対し、ルイスは今にも死にそうな顔をしていた。クリフはそれを無視してハーロックに尋ねる。
「竜討伐ってことは、黒竜が出たんですか?」
「そうだ。隣町のコマロットの南東にあるガタラ村。その付近で黒竜が出たという報告が入った。黒竜相手にどこまで戦えれるか、それを計るために向かってもらう」
「ケイトとルイスが同行する理由は?」
「実際の竜狩りの任務では、平戦士が同行することもある。誰でもというわけではなく、竜狩りの戦士と相性が良い戦士が組まされる。クリフ君にも同じようにしてもらう。その仲間が彼らということだ。仲が良く、それなりに実力があるから選んだんだが、不服かな?」
「任せなクリフ。アタイが竜を討伐してやるぜ」
「不服だよね? 不満あるよね? 断って、ね?」
二人が自分勝手な要望を伝えてくる。クリフはそれに答えずにハーロックに質問する。
「戦えるか、ってことは、もし討伐出来なくても良いってことですか?」
「昇格試験ならば討伐が必須だが、これは素質があるかを知るための試験だ。竜狩りとして相応しいと判断されたなら討伐出来なくてもかまわない。その辺の判断はレイ君に任せている」
レイは小さく頷く。先程の挙動不審な動きは治まっているようだった。
「さて、僕からの話は以上だ。何か質問は?」
「辞退はできますか?」
「できない」
ルイスの要望をハーロックが即座に断る。
「なんで?! なんでですか局長! 黒竜が相手とか、ボク死んじゃいます!」
「危機意識が高いことは良いことだ。それほど危機感を持っていたら早々死なないさ」
「なにが起こるか分からないのが竜でしょ! 戦ったこと無いよ!」
「いいから腹括れ! 男で戦士なら覚悟を決めろ!」
「いーやーだー!」
駄々をこねるルイスをケイトが戒めたが効果は無い。同行してくれたら助かるが、ここまで嫌がる戦士を連れて行く気にはなれない。下手したら足手纏いになる。
クリフは諦めて、ルイスを置いて行くことを考えた。
「だったら、認定試験は無しだ」
が、ハーロックの言葉でルイスは黙った。
「今回の試験は急なものだ。近いうちに竜狩り昇格試験もある。たとえ認定試験に合格できても怪我をしてしまったら、肝心の昇格試験に挑めない。だから僕はクリフ君が怪我をせずに合格できるように、君たちを同行者として選んだんだ」
ルイスは呆気にとられたような顔でハーロックを見る。
「ケイト君はいずれ竜狩りになれるほどの力を持っていると思う。だからクリフ君と一緒に戦っても足を引っ張らずに戦えれるから選んだ。ルイス君は戦闘力は低いが、無事に生き残ることに長けている。君は昔、モンスターの集団に襲われても怪我一つなく逃げ切った。その生存能力を活かして、クリフ君を無事に帰らせることを期待している。しかし―――」
ハーロックが残念そうな表情をする。
「君が同行しないのであればそれもできない。危険度が増す試験を、クリフ君に受けさせるわけにはいかない。ガタラ村の竜は、いつも通り竜狩りのレイ君に任務として処理してもらおう」
ルイスは顔を俯け、身体を震わせている。ケイトとクリフは何も言わずにルイスを見守る。
しばらくして、ルイスの口から声が出る。
「やります」
顔を上げてハーロックに言う。
「試験に、同行します。撤退支援役、やります」
ルイスの言葉を聞くと、ハーロックが皆に言う。
「明日九時、こちらが用意した馬車で向かってもらう。必要な道具と食料も用意しよう」
ハーロックは笑顔を見せた。
「君たちの健闘を祈ってるよ」




