プロローグ
「はぁっ、はぁっ……痛っ……」
脚を回し、ただひたすらに走り抜ける。四肢には矢が刺さり、背中を貫く熱もある。なぜだ、なぜこんなことに……。
「いたぞ! 全体、射てーッ!!」
「がっ……!」
魔法を帯びた矢が、新たに降り注いだ。一つはオレの腹を抜き、一つは首元を掠めた。熱い雫が溢れ、伝う。よく死ななかったなと、そう思わずにはいられぬほどに。
「くそっ……なんだってこんなに……」
「アキ! こっち!!」
「リリア……!」
アキ、オレの名前を叫びながら伸びてくる手を、一生懸命に掴み取る。リリア・ミューザ、オレの幼馴染であり、そして誰よりも大切な……。そんな彼女の手を取ると、すぐに青白い光がオレ達を包んだ。
「空間転移!」
「くっ……」
「おい、逃がすな!」
魔力の奔流、まるで嵐のど真ん中にでもいるような。傷は痛むが、そんな感覚も一瞬のうち、気づけば人気のない巨大な森の中にいた。オレ達を追う、轟くような怒声もここにはない。
「はぁ、はぁ……なんっ、なんだ、一体……」
「ごめんね、やっぱり私が前に出るべきだった」
「いや……オレが行くって言ったんだ。それはいいよ」
「……まずは手当てしよっか」
俯く彼女の顔はいつになく暗く、オレには見てられなかった。笑ってる方が似合ってるのに……まったく、そもそもコレのせいなんだよ。この、何を書いてるのかも分からないやけに古臭い魔導書のせい。
「……リリア、魔力の残りは?」
「あと一回なら飛べると思う。でもマークしてたのはここだけだから……もっと逃げるなら空間跳躍じゃないと」
「……じゃあここで、しばらくは息を潜めよう」
空間跳躍は人目につく可能性がある。そんな魔法を、こんなところで、こんな状態で使うわけにもいかない。
「これ飲んで、少し休んで、アキ。そしたらまた別のところ、探索でもしてみよう。そしたら何か分かるかもしれない」
「んっ……うん。そうだね」
喉を通る冷たい感触。トロリとした苦いような、甘いような。水のように薄いハチミツに薬草をすり潰して入れたようなそんな味は、私の疲労を絞り出し、気づけば瞼に錘をつけていた。たった数日も前には、オレはただ楽しみにしていただけなのに……。
◇◇◇
この世界の住民は、十五の歳に一通の手紙が送られてくることがある。この世界のとは言うが、言葉の通り“この”世界の、だ。
小さな村に生まれたオレ、アキレス・シュリム・ジークレッドとリリアにはその手紙がやって来た。確か十分の一の割合だったか、とにかく、オレとリリアの元に来たのだけは事実だ。
「ねぇ、アキ! 私にも来たよ! 招待状!」
「リリアもか! 良かったぁ……!」
正直なことを言えば、最初は怖かったんだ。せっかくの『時計塔』からの招待状、それを無下にすることもできないが、オレ一人で見知らぬ土地へと向かうというのは。だからこそ、幼い頃から共にいた彼女と行けるということが、オレにはたまらなく嬉しかった。
「なぁにそんな頼らない顔してんの! ほら、そうと決まれば準備準備。今週中には行こうよ!」
「そんな急な……」
「いつでも急だよ、それに来るかもしれないって覚悟はしてたじゃんか」
いつになく瞳を輝かせる彼女の勢いに呑まれながら、オレも確かに弾みながら準備をしていた。路銀に保存食、衣服に……まぁ、諸々だよ。
その日は村をあげての挙げてのお祭りさ。誰も彼もがワイワイと、招待を受けなかった同世代も、自分事のように祝ってくれたんだ。言わずもがな、時間が経つたびに心臓は高鳴り……多少の寂しさもあったかな。
「……じゃあ、行ってくるよ。父さん、母さん。みんな、落ち着いたら帰ってくるね」
「あぁ、せっかくだ。楽しんで来い。土産は話でいいからなー!」
「行ってきまーす! アキの世話は私がするから、安心してね!」
余計なお世話だ、なんて。そんな軽口を叩きながら。オレとリリアはいつものように、それでいてどこか浮かれたように。何日もかけて時計塔へと足を運んだ。




