ハロウィンと衣装差分
桐谷 凛のスマホに、花よみからDMが届いたのは十月の第一週だった。
「ラフ上がりました。確認お願いします!」
添付画像を開いた凛が、事務所の椅子の上で「おっ」と声を漏らした。瀬川 湊がモニターから目を離して凛のスマホを覗き込む。
みやびだった。通常の和装ではなく、黒を基調にしたハロウィン仕様。狐耳に蝙蝠の羽のアクセサリーが付いていて、着物の裾がぼろぼろに裂けた意匠になっている。帯には小さなジャック・オー・ランタンの飾り。和風ホラーと洋風ハロウィンを混ぜた、みやびらしいデザインだった。
「いいじゃん。花よみさん、やっぱりセンスいいね」
「みやびのキャラを崩さずにハロウィン感出してますね。色味も暗すぎないし、配信画面で映えそうです」
湊は画面のバランスを考えていた。背景が暗めのハロウィン仕様になると、アバターの色が沈む可能性がある。帯のジャック・オー・ランタンのオレンジがアクセントになるから、OBSのシーン設定で少しだけ明度を上げれば——。
「湊、もう調整のこと考えてるでしょ」
「考えてます」
凛が笑った。
衣装差分の発注は、凛と楓で相談して決めたものだった。浴衣に続く二着目。予算は二万五千円。通常のイラスト+パーツ分けのセットで、花よみが見積もりを出してくれた。浴衣のときは三万円だったが、今回はパーツの構造が似ているため少し安い。
「楓に見せよう」
凛がDiscordでラフ画像を送った。数秒後、楓のリアクションが返ってきた。
「かわいい!!!!」
感嘆符が四つ並んでいる。白石 楓が本気で喜んでいるときの反応だ。
「でもこれ、ちょっと怖くないですか。みやびが怖い顔したら、お狐仲間びっくりしません?」
「そこがいいんだよ。普段のミステリアス美人が、ハロウィンでちょっとだけホラー寄りになる。ギャップ狙い」
凛の判断は、いつもシンプルだった。ギャップがウケる。みやびの配信で学んだ法則だ。
「花よみさんに修正点ないか確認して、OKならこのまま進めてもらおう。湊、パーツ分けの仕様で何かリクエストある?」
「蝙蝠のアクセサリーは独立パーツにしてほしいです。揺れものとして動かしたいので」
「了解。それと、目のハイライトに赤い光を入れてもらえるか聞いてみて」
「赤い光?」
「ホラー仕様だから。配信中にちょっとだけ光らせるギミックがあったら面白くない? やるかどうかは湊が判断していいけど、パーツとしてあれば使い道がある」
湊は頭の中でパラメータの構成を考えた。目のハイライトを差し替えるトグルスイッチ。OBSのホットキーに割り当てれば、配信中に一瞬だけ切り替えられる。技術的には簡単だ。
「できます。面白いですね」
「でしょ」
凛が満足そうに頷いた。花よみへの返信を打ち始める。
「修正点なし、蝙蝠パーツの独立化と目のハイライト差分を追加依頼。追加パーツ分の費用が発生したら見積もり出してください——こんな感じでいい?」
「いいと思います」
凛がDMを送信した。
「ハロウィン配信、いつにする?」
「十月の最終週の土曜でしょうか。三十一日が木曜だから——」
「木曜でやってもいいけど、土曜のほうがリスナー多い?」
「土曜の方が同接は高い傾向ですね。データだと平均で五人くらい差があります」
凛が少し考えていると、楓からDiscordのメッセージが届いた。
「みやびの誕生日、10月31日にしない? ハロウィンと重ねると毎年イベントにできるじゃないですか」
「あー」
凛が声を漏らした。
「それ、いいね。ハロウィンと重ねると毎年仕掛けになる。みやびの雰囲気にも合ってる」
「木曜ですが、31日で行きますか」
「当日の意味の方が大事でしょ」
凛が即答した。
「ハロウィン配信、何やるか決まってますか?」
「まだ。企画はこれから。楓、何かやりたいことある?」
「ホラーゲームか、怪談の続きか……。あ、仮装雑談とかどうですか。リスナーのハロウィンの予定とか聞きながらまったり」
「仮装雑談いいね。みやびの新衣装お披露目を兼ねて、まったり配信。楓が怪談を一つ二つ混ぜて、途中で目のハイライトが赤く光る。リスナー絶対驚く」
「湊さんそれ、やれるんですか」
「やれます。ホットキー一つで切り替わります」
「えー、怖い。でも面白い」
三人で配信の構成を詰めていった。Discordのテキストチャットに楓がアイデアを箇条書きで投げて、凛が取捨選択し、湊が技術的な実現可能性を判断する。いつの間にかこの役割分担が定まっていた。
花よみからの返信は翌日に届いた。追加パーツの費用は三千円。凛が即答で承認した。合計二万八千円。事務所の口座から支払う。
「浴衣と合わせて衣装差分の累計が五万八千円。決して安くないけど、衣装はリスナーのテンションが上がるからね。投資」
凛がノートPCの帳簿に金額を入力した。最近は帳簿の画面を隠さなくなった。九月までは湊が横にいると画面を傾けていたのに、今は堂々と見せる。事務所の財布が透明になった。
「花よみさんの納品、十日後くらいになるって。湊、モデリングの作業時間どのくらい見ておけばいい?」
「パーツ分けがしっかりしてれば、衣装切り替えの設定で二日くらい。揺れものの調整に追加で一日。目のハイライトのギミックは半日」
「じゃあ納品から四日で準備完了。ハロウィン配信の一週間前には間に合うね」
湊は頷いた。外注の表情セットアップの仕事が今週から始まるが、スケジュールは被らない。凛がカレンダーで管理してくれている。
「あ、そうだ。凛さん、観光協会の打ち合わせいつでしたっけ」
「明後日。宮崎牛の配信の段取りを詰める」
「試食の件は?」
「黒木さんに聞いたら、『少量ならサンプル出せますよ』って。ステーキ一切れ分くらいは食べられそう」
「一切れで十分です。みやびが宮崎牛を一口食べた瞬間のリアクションが撮れればそれでいい」
「楓、聞いた? 宮崎牛食べられるよ」
「聞こえてます。もう楽しみすぎて今夜眠れないかもしれません」
楓の声が弾んでいた。この声のトーンは、配信前の緊張でも空元気でもない。素の楓が楽しみにしている声だ。
湊は外注のモデルデータを開きながら、花よみのラフ画像をもう一度見た。ハロウィン仕様のみやび。黒い着物に蝙蝠の飾り。目のハイライトに赤い光が入ったら、どんな表情になるだろう。
みやびの表情は、湊が設定したパラメータで動く。でも、感情反映が起きたとき——楓の内面がみやびの顔に漏れたとき——パラメータの範囲を超えた表情が出る。
ハロウィン衣装で感情反映が起きたら、どう見えるのだろう。ホラー仕様の目に、楓の本音が滲んだら。
考えてもしかたない。まずは外注の仕事だ。
湊はラフ画像を閉じて、モニターに集中した。新しい依頼者のLive2Dモデルが画面に表示されている。口角のパラメータを確認する。外注の仕事は、いつも通りだ。トラッキング通りに動く。普通に動く。
普通に。




