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7/7

*07*




 あたたかい。

 背中から包まれているしっとりとなじむ温もりが気持ちよくって、コロンと寝返りを打ってそれに頬を摺り寄せると、それがピクリと動いた。


 うん?

 目の前は日焼けも知らないような肌の色。

 

 あれ?


 視線を上げると困ったように笑うカナンさんが

 「おはよう」

 今度はふわりと笑って私の頭を撫でた。


 瞬時に昨夜のいろいろが蘇って顔が熱くなる。

 しかも、上掛けをかけていてもその下は二人ともまだ裸だ。

 絡まってるいろいろがそれを教えてくれる。

 「おはよ」

 落としどころのない恥ずかしさをどうしたものかと思っていると

 「可愛い」

 甘い声で囁かれて、長い指で私の髪を横に流すように撫でて、私の額にキスをする。

 そのキスは私の顔じゅうをスタンプを押すみたいに何度も降りてきて、最後唇に触れた。

 唇同士を合わせる優しいキスに、胸をくすぐられる。

 

 初めて味わう恋人との朝に幸せがこみあげた。


 その時だった。

 バウバウ

 別の部屋にいるのだろう、フィンの吠える声がした。

 カナンさんが眉を顰めた。

 「ごめん、来客だ。ちょっと行ってくる」

 彼はそういうと手早く衣類を身に着けて部屋を出た。


 来客?

 まだ朝早いよね?


 外の気配はまだ早朝だ。

 何かあったのかな?


 私も服を洗浄魔法をかけてから着替えた。

 そうっと部屋を出ると、居間のほうから女の人の声がした。

 この声はエイラさん。……カナンさんの元カノだ。

 私の胸がぎしりと痛んだ。


 洗面所に逃げ込んで、顔を洗う。

 手持ちのタオルに顔を埋めると、顔を上げられなかった。


 その時、足元ですりっと温かいものが触れた。フィンが私の足回りで頭を摺り寄せたのだ。

 「おはよう、フィン」

 フィンの柔らかさと温かさに促されて、私がフィンの首回りを撫でてやるとフィンがベロンと私の顔をなめた。


 それから私の服をくいくいと引っ張る。

 「フィン?」

 尋ねてもフィンはぐいぐい私を引っ張って放さない。

 仕方ないのでついていったら、ついた先は居間だった。

 そこにはカナンさんとやはりエイラさんがいた。

 「あの、おはようございます」

 私が恐る恐るあいさつするとエイラさんは私を見て、まぁとうれしそうな声を出した。

 「うんうん! ちゃんと定着したわね」

 私の頭を撫でてぎゅうっと抱きしめられる。

 豊満な胸に包まれて窒息してしまいそうだ。


 定着?


 意味が分からなく固まっていると

 「アイルを返せ、ババア」

 不機嫌そうなカナンさんの声が私の後ろから聞こえた。

 「誰がババアよ。私がババアならあんたはジジイよ」

 エイラさんがカナンさんを睨み付ける。


 「何を言う。俺はまだたったの145歳だ! 俺の倍生きてんだから十分ババアだろ!」


 ……うん?


 「なによ。別に見た目が年取ったわけじゃないし、300年くらい今の年齢を続けてるだけでしょう? まだまだ花の二十代でいられるんだからババアなんかじゃないわ?」

 

 ……ええ、と?


 私は二人を見比べた。


 「二人は付き合ってたんですよね?」

 私は二人に確認した。

 すると、二人ともが嫌そうに眉を顰めた。

 特にカナンさんは泣きそうな顔で私を見ていた。


 「付き合ったことは一度もないわ」

 エイラさんが首を横に振る。

 カナンさんも

 「エイラに薬を頼んだ時にしばらく彼女の家に泊まり込む必要があって、そん時に誤解されたんだ。でも全くそういう関係にはなってないから」

 私にそう言った。


 「私は魔女なのよ。だからこの村で一番長くいるわ。ベルクとキャプトのところに生まれた最初の三つ子も私が取り上げたし」

 エイラさんの言葉に私は目を丸めた。

 彼女の家で薬を教えてもらっていた時、確かに古くて使い込まれた道具はたくさんあったけれど……。

 そうか、魔女だったか。

 しかもベルクさんとキャプトさん、成人して村を離れたお子さんたちがいるのは知ってたけど、でもドワーフ族も長生きだよね?

 あれ? 本当にかなり長生きなんだ?


 「それでね? そこのエルフに面倒な薬を頼まれたの。夢を見て必要になるからって。60日もの間、材料を足しながら一日中加熱を続ける薬なのよ。しかも分離しないようずっと混ぜ続ける必要があってね。だからカナンが夜間はうちで薬を混ぜてたのよ。60日も毎夜うちに通ってたら、まぁそういう誤解もされるけれど。誓って何もないわ。大体私はエルフ族嫌いなのよ。営みの求める方向性が合わないから」

 

 エイラさんがあっけらかんという。

 60日もの間昼夜かき混ぜる薬というのもすごいけど、営みの方向性って、ええと、閨的な意味の営み?

 あけすけな告白に私が目を白黒させていると

 「エルフって種族的にねちねちでスロー系なのよ。わかるでしょ? 独占欲とか支配欲も強いし。私はもう少しあっさりしててがつがつ系がよくってさ」

 こそりと耳打ちされた。

 エルフは種族的に、ねちねちでスロー系。

 昨夜のことがよぎって、私の顔が瞬間的に真っ赤になった。


 「清らかなアイルを痴女の戯言で汚すな!」

 カナンさんが私の耳をふさいでエイラさんから奪う。


 エイラさんはくすくすと笑うと

 「でもちゃんと魂と依り代が定着してよかったわ。結婚式には呼んでよね。お祝い用意するからさ」

 ばいばいと手を振って出ていった。


 ああ、なんとなく話が見えた気がする。

 エイラさんは私がアイルの中にいることを確認したんだ?


 彼女がいなくなった居間で、私はカナンさんを見上げた。


 カナンさんはくすりと笑うと私の額にキスをして

 「過去に何人かの女性と付き合ったことはあるけれど、もう何十年も前のことでこの村に来る前のことだし、そもそも彼女たちもそれぞれ結婚して孫も抱えてるから、本当に君が気に病むような相手はいない。信じてほしい」

 真剣に言った。


 私は頷いた。

 ……でも。


 「カナンさんて、見た目二十代後半ですが、今って145歳?」

 私が問うと彼は頷いた。「エルフって寿命どのくらいあるんですか?」

 私が重ねて問うと

 「俺はエルフといってもハーフエルフだから、500年くらいの寿命だが……」

 彼が私を見て言う。

 「こっちの人族の寿命ってどれくらいなんでしょうか?」

 私は自分の手を握りしめた。彼が眉を顰める。

 そして後ろから強く抱きしめられた。

 「……70年から90年」

 そっか。私がいた世界と変わらないな。

 あちらの私は早かったけれども、アイルはどうだろう。この体の寿命分、生きられるかな?

 「アイル」

 カナンさんが切なそうな声で私を呼ぶ。

 「俺は君を失う苦しさには耐えられない。君を失うのが嫌で魂を攫ってくるような男だぞ?」

 私は小さく笑った。

 うん。

 あなたはかなりとんでもないことをしてると思う。


 「それに言っただろう? 俺と一緒に生きてほしいって」

 カナンさんが私の体の向きを変えて、私の手を握った。

 「だからアイル、俺の寿命と同じだけ一緒に生きて?」

 彼の手が私の腕をなぞるように上がって私の頬や耳を包み込む。私の顔を覗き込む彼の目はどこまでも真摯でひたむきで……。


 頷いてしまいたい。

 彼と一緒に生きていきたい。


 「―――何か儀式? 術? をかけるのですか?」

 私が問うと彼は私がすんなり頷かなかったことに眉を下げ、それでも教えてくれた。


 「儀式……うん術式と薬を使う」

 カナンさんは自身のインベントリから小さな細工の美しい瓶を取り出した。「さっき話になったエイラに作ってもらった薬だ」

 それは青く澄んだ液体をしていた。カナンさんの瞳の色をした……彼の魔力を感じる液体だった。

 「君がここに流れてくる半年くらい前に、夢を見た。俺に近く半身が現れる夢」

 「……半身?」

 耳慣れない言葉に私は首を傾げた。

 カナンさんが微笑んで頷く。薬をしまったのだろう。また両手で私の頭を包むようにとらえて、親指の腹で何度も何度も私の頬や耳をくすぐるように撫でながら。

 「半身、つがい―――人族の言うところの伴侶だ」

 私は目を見開いた。


 「この薬を作るのはさっきの話にもあったけれど60日連続してかかる。必要とする材料も多い。基本材料をそろえるのに3か月費やして、そして薬自体を作るのに2か月。夢を見てすぐに行動してよかったよ。だから君に出会う前に作れた。もし君に会ってから作ってたら君と過ごす時間が無くなってしまうところだった」

 彼は私の頬を撫でながらうっとりと言う。


 「君があの時あきらめずに試験を乗り越えてくれたのも本当によかった。あの時に君が俺の半身だと確信できたんだ。それまで人間は流れてきても消えていくばかりでさ。寿命も短いし苦手だった。

 だからつい君にも厳しいことも言ったけれど、でも君は俺を見て嬉しそうに笑ってくれる。森や動物を大切にしてくれた。気が付いたときには君が好きで愛しくて。いつチョコをもらえるかドキドキしながら待ってた。でも君はなかなか気持ちをくれなくて。

―――そんな時にまた夢を見た。君を失うかもしれない夢だった」

 

 私の頭を包んでいた彼の手が、背中に、腰に回されて強く抱き寄せられる。「君を失うなんて想像しただけで耐えられなかった。苦しくて絶望しかけた。俺自身も消えるかと思った。実際君を失ったら俺も消えると思う。君のいない世界で生き長らえる自信がもうない。そしたらエイラが……アイルは君の依り代でもあるのだから魂をアイルに固定できるはずだ、そういう話になって俺は君を捕まえた」


 なるほど。そうだったのか。


 私は彼を見上げた。

 「その儀式をすることであなたにどんな不利益がありますか?」

 私が尋ねると彼は頭を横に振った。

 「不利益なんてない、メリットしかない。俺が死なない限り君は生きてる。俺が死ぬときは君もつれていく。君が先に死ぬことはない」

 私は頭を横に振った。

 「それは私のメリットの話です。私が聞いたのはあなたに降りかかる問題のこと。私の寿命を延ばすことで、あなたの寿命が本来のものから縮んでしまうのなら、私は絶対にそれを飲みません」

 私が泣きながら言うと、彼も泣きながら笑った。私の頭を両手で抱えて、私の顔の正面にかがんで

 「俺の寿命に君を付き合わせる。エルフは傲慢なんだ。……それに俺の寿命を心配するならなおさら一緒に生きてよ。君が先に死んだら、今度こそ俺も一緒に死ぬんだから」

 彼は私の涙を指で拭うと、頬から頭を包んだ手で持ち上げるようにぐいと引き上げた。

 そして貪るように唇を重ねる。


 ゆっくりと唇が離れて互いに見つめあう。


 「だから、アイル。俺と一緒に生きて?」


 ずるい人。

 あなたの寿命を人質に取られたら私が頷かないわけにいかないじゃない。


 「長生き、してね」


 私が言うと、彼がぐっと私を強く抱きしめた。

 「ああ。長くともに生きよう」

 

 いつの間にか私たちの足元にはフィンがいて、フィンは向こうを向いて座っているのに、尻尾は私たちの足を囲むように包んでいた。 




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