*05*
玄関を出て、鍵をかけていると、背中でバウっと鳴き声が聞こえた。
振り返るといつの間に来たのかフィンが座っていた。
「迎えに来てくれたの?」
尋ねるとフィンは嬉しそうにしっぽを振った。
フィンの頭を撫でて、並んでカナンさんの家の方向へ歩き始める。村へむかうのとは違うゲートを潜った。
足元がちゃんと見えるくらいには明るく照明が灯されたトンネルを抜ければ、広大な森が見え、その奥には海が広がる。
カナンさんの家はこの森の入り口にある大きな木がそうだった。
寄り道はしないように心掛けていたのだけれど、道すがらに花や食材、鉱物……今回は鉱物はなかったけれど、珍しい資源を見つけるとやっぱり採取してしまう。きっともうこれは性なのだろう。
早めに家を出たのに、カナンさんの家に着いたときはもう陽が傾きかけていた。
危ない、危ない。
私は大きな木に手を当てると目を閉じ思念を送った。
『こんばんは』
すると、私とフィンの体はふっと木の中に吸い込まれた。
カナンさんのこの家が一番異次元だと思う。
まぁ、大きな木の姿を借りた魔法空間の家、というのが正解だろう。だから部屋の大きさや配置は全く木の大きさや形に関係がない。
「いらっしゃい」
カナンさんは私を抱きしめると、頭にちゅ、とキスをした。
うん。甘い。物慣れない私にはとてもくすぐったい。
「危険な目には合わなかった?」
聞かれて私はつい笑ってしまった。
「大丈夫です。ナイトがついてましたから」
私は足元のフィンにお礼を言って撫でた。フィンが得意そうにバウンと吠えて気持ちよさそうに頭を擦り付ける。
カナンさんはニコリと笑うと私を食卓へと誘ってくれた。
食卓には美味しそうな肉料理とスープが並んでいた。
「君がサラダとパンを用意してくれると言っていたから」
カナンさんがフフッと笑う。
「美味しそうです! あ、私の持ってきたものも並べますね」
私は自分のインベントリからサラダと、まだ熱々のパンを並べた。
それからフィンの食台に丸鳥とサラダを置いてやる。
フィンはそれらを見て嬉しそうにまた私の足元に頭をぐりぐりと摺り寄せた。
「どうぞめしあがれ」
私がフィンに言うと、フィンは嬉しそうに食台の前に座り、私たちを見やる。賢い子なので、きっと私たちを待っているのだろう。
カナンさんと二人でけなげなフィンにくすりと笑うと、私たちも食卓に座った。
食前の祈りを捧げ、カトラリーに手を伸ばす。
私たちがカトラリーに触れたのを見計らって、フィンもご飯を食べだした。
料理はどれもとても美味しかった。
カナンさんが作ってくれていたバフロフのリブステーキがとても柔らかくておいしくて! 味付けのソースも絶品で、思わず悶絶してしまった。
カナンさんも
「このサラダすごいな! いろんな具が入ってるのに、全然けんかしてない! このドレッシングがすごいのか!?」
私の持ってきたサラダで大興奮していた。
ドレッシングはマヨネーズに果実酢を加えるなどして改良したものだ。
彼のお口にあったのならよかった。
たくさんあった食事も、実は大食漢のカナンさんにかかればぺろりと平らげてくれる。
美しい所作で、山盛りの食事がなくなっていくのを見るのはとても気持ちがよかった。
すっかり皿の上がきれいになる。
フィンもあっという間にすべて平らげて満足そうに口の周りを何度も何度も嘗め回していた。
「そうそう。デザートもあるのですが」
私がインベントリからタルトを取り出すと、彼はおおっと声を上げ、それが昨日のアーフを使ったものとわかり、より一層嬉しそうに目尻を下げた。
「美味しそうだ。お茶を入れるよ」
彼が席を立ったので、私も食器を下げてついていく。
彼がお茶の準備をしている間に、私は食器を洗って、また二人で食卓に戻った。
フィンはクッションで寝そべっていた。
「これも、すごいな! 美味しい」
タルトを一口かじった彼はまた驚愕の目で私を見た。
確かに、これは美味しい。
濃厚なチーズとカスタードクリームの組み合わせをアーフの実がさっぱりさせてくれる。
お腹いっぱいになっていたので、私は一切れだけにしたのだけれど、残りはカナンさんはぺろりと食べてしまった。
本当、この細身の体のどこに入るんだろう?
「君の作ってくれたものだと思うとどんどん食べることができちゃうから不思議だよね」
カナンさんは笑ってまた食器を洗った。
食事が終わると、そろそろ行こうかと私の手を引いた。
「寒くない?」
聞かれて頷く。
流星群を見るのにさすがに森の中では見えないので、さっき私がここに来るときに通ったトンネルの上、我が家とカナンさんの家の間にある山の上にある朽ちた神殿跡地が良い具合に開けているので、そこで見ようということになった。
しかもちょうどいいことに大理石でできたガゼボのまあるい床だけが残っている場所があって、そこなら簡単にきれいにできるし視界も遮るものがないからそこで見ようと提案された。
外に出ると水平線がほんのり赤く太陽の名残を残しているだけで、空はずいぶんと暗くなっていた。
雲はどこにもない。
「天体観測日和ですね」
私が言うとカナンさんがくすりと笑った。
右側でカナンさんと手をつないで、左側はフィンがいる。
なんだかくすぐったい状況にフフッと笑う。
「どうしたの?」
カナンさんに覗き込むように聞かれて私は首を横に振った。
「なんでもないですよ」
私が頭を振ると彼もくすりと笑って私の手を引いて崖に向かって歩き出した。
これから二人でこの崖のぼりをする、なんてことはなく。いや、うん。たぶん私のアバターであるアイルも彼もこの垂直壁面みたいな崖はきっとロッククライミングできる。
でも、ね?
さすがにしませんからね!?
崖の上に神殿があるのだ。まさか神官たちがこんな崖をよじ登るまい。
ちゃんと下と上を繋ぐ移転装置があって、簡単に移動ができるのだ。古代の装置らしいけど今もちゃんと動いている。
一瞬で崖の上につき、
「うわぁ」
私は近くなった空に声を上げた。
転移の陣が消えると、空の星しか明かりのない場所は足元も見えなくなる。私もだけど、カナンさんもいくつか光の玉を発動して足元を照らした。
「すごい。こんな星空見たのいつぶりだろう」
圧倒的な星空に私は目を輝かせた。
最近は特に仕事が忙しくて、あと都会の空はどうしても街の明かりが強すぎて、星の光が見えなかった。
ガゼボ跡の大理石に簡単に清浄魔法をかけると、カナンさんがラグや大きな、それこそガゼボの床ほどありそうな巨大なクッションを敷いてくれた。
「寝転がって見ると楽だよ」
それはわかる。
子どものころ家族と流星群を見に行った時は地面にシートを広げて寝転がって見てた。じゃないと首が痛くなるものね。
「おじゃまします」
靴を脱いでクッションに上がった。彼も靴を脱いでクッションに寝転がる。
フィンは少し離れた岩の上に置いたクッションに丸まっていた。




