第58話 言わぬが花
「ねぇねぇ、マダム。あんなところに絵を描いている人なんかいたっけ?」
「え? 全然気が付かなかったわ」
「だよね。何描いてるのかな? ちょっと、冷やかしに行ってみよう」
2人で芝生を踏みしめながら、絵描きさんに近づいていく。鼻歌を歌いながらキャンバスに向かい、何やらカラフルな抽象画を描いているその女性は、緑色のつば広なフェルト帽子を被り、同色のざっくりとしたワンピースを着ている。足元は黒のロングブーツ。なんだか、背の高いスナフ〇ンみたいだ。近くで見ると、色白で鼻筋が通った品のある顔立ちをしている。淑女然とした彼女は、オレ達がやってくるのを分かっていたかのように振り返ると、にこやかに話しかけてきた。
「あら、こんにちはお兄さん。……なかなか、こんがらがった運命を背負い込んでるみたいね。私、占いが趣味なの。良かったら見てあげましょうか?」
「えっ⁉ また唐突ですね。まあ、無料ならいいですけど……」
「フフッ、お金なんか取らないわよ」
彼女は神秘的な微笑みを浮かべると、パレットの絵の具をすべて筆ですくい取るや、一心不乱にキャンバスに書き殴りだした。良く分からない抽象画が、急にダークな雰囲気になる。やがて完成されたそれは、全体的に黒々として、時々、血の色っぽい赤やマグマのようなオレンジ色がちらつく、黙示録や世紀末を彷彿とさせる、不気味な絵に仕上がった。彼女は目をぱちくりさせた後、オレの顔をじっと見て、メグミーヌの顔をチラッと見たかと思うと、またオレの顔を見て、ためらいがちにこう告げた。
「こ、これは……。なんというか、得も言われぬというか、筆舌に尽くしがたいというか……。ま、未来は変わるものだしね! がんばって、いきましょう!」
「何、その雑な励まし⁉ 逆に気になるじゃないですか!!」
「気にしない、気にしない~。ルーララルー♪」
彼女は突然、ヨーデルのような謎の歌を歌い出すと、あっという間に、画材道具をトランクにまとめ、逃げるようにその場を立ち去っていった。
「……てなことが、ありました。何だったんでしょうね? アレ」
エーデル・ヴァレイ滞在最終日の夜、ヴィゼの件と併せて、久しぶりにスマミで定期報告すると、フロラは神妙な面持ちでオレにこう告げた。
「タナトスさん。話から察するに、その女性が幸運の女神ステラです」
「えっ!? マジっすか?」
「マジです」
「まいったなあ。肝心の相談事が何も話せてないや」
「仕方ありません。彼女、気まぐれですから。でも、話してくれたってことは、脈アリですよ。また、出会う機会もあると思います」
「そうなんですかね? 結局、占いの結果、教えてくれなかったし」
「たぶん、知らない方がいい内容だったんでしょうね……」
ですよねー。まぁ、それが幸運の女神のやさしさなんかな。できれば、エミリールの悪運をどうにかして欲しかったところだけど、それは、またの機会に持ち越しだ。そんなわけで、エーデル・ヴァレイでの短いバカンスが終わりを告げようとしていた。窓から入る夜風が頬に冷たく感じる。あれだけ暑苦しかった夏が、推し変したファンのように足早に通り過ぎようとしていた。
一方その頃、魔王城ではヴィゼ捕縛の一件を、四天王筆頭のドキュエルが、魔王ガレスに報告していた。
「バ、バカな!! ヴィゼ姉さんの防御魔法はオレでも手こずる程、強固なんだぞ! その姉さんが赤子の手をひねるように敗れたなどと……」
「姉さんって、魔王様の方が年上ですよね? それはともかく、街の噂では、頭皮がツルピカのガチマッチョなモンクが、ヴィゼを一方的にサンドバッグにしたという噂です」
「魔王様~。セーレ怖い~」
新四天王(ロリ枠)のセーレがガレスにすり寄る。『ノリで言ってるだけで、絶対他人事だろ、お前』とドキュエルは思うが、ガレスはセーレを本気で心配しているようだ。魔王様、チョロ過ぎじゃないですかね?
「大丈夫だよ! セーレたんには指一本触れさせやしないから! それにしても、なんたる鬼畜の所業!! か弱い姉さんを、そんな野獣の餌食にするなんて! 鹿男、テメエの血は何色だー!!」
ガレスは怒りのあまり絶叫した。『ラトロルの時は、そんなに怒らなかったくせに。男と女で態度変え過ぎだろ』と、ドキュエルは内心毒づく。ともかく、色仕掛けでウォールダム王国を傀儡国家にしちゃおう大作戦は失敗に終わったようだ。『あーあ、また四天王急募しなきゃだな。でも綺麗どころじゃないと、魔王様納得しないだろうしなぁ……』その上、これから募集要項の作成やら広報の段取りのことを考えると、気分が沈むドキュエルなのだった。




