第2話 シンジ君、僕は逃げてもいいと思うんだ
「フハハハハハー!! 結果が楽しみだなー!」
高笑いと共に去っていく魔王ガレスとその取り巻きの背中を見送りながら、その場を凌いだオレはホッとため息をついた。
「――何ボーッとしてるの。行くわよ」
「ヒャッ!」
不意を突かれたオレは間抜けな声を上げる。振り返ると悪魔っぽい若い女が、腕組みをしてオレを見ていた。彼女はくるりと踵を返すと、迷いのない足取りで歩き出す。訳の分からないままオレは、その後を金魚のフンのように付いていった。
大広間から出た廊下は先ほどの大広間よりさらに薄暗かった。湿り気を帯びた石壁には、等間隔に差し込まれた松明が揺らめいている。天井近くに設置された格子窓からは、紫がかった月光が差し込み、冷たい床を青白く照らしていた。何が何やら――。混乱したまま下を向いて歩くと、急に彼女が立ち止まる。危うく背中に頭突きしそうになったぞ。
「とりあえず、落ち着きなさい。酷い顔してるわよ……」
部屋の中に入ったエムエルが顎で示した先には、鈍い金色の装飾が施された楕円形の大きな姿見があった。オレは恐る恐る、その鏡の前を覗き込む――。
「うーん。どう見ても悪魔だな、コレ」
鏡に映った自分をしげしげと観察する。悪役王子風のお貴族衣装は全体的にくたびれており、逆にみすぼらしい。身長は180cmはありそうだ。体系は細マッチョ。肩にかかるセミロングの髪はサラサラ。顔も醤油顔のイケメンである。――肌が青色で頭頂部に短い角が1本生えていなければ。どうやら、ここはみんな大好き異世界で、オレは控えめに言ってパッとしない悪魔だけど、魔王の気まぐれで最近四天王に抜擢されたらしい。ちなみに前任の四天王は、魔王のお気に入りの娘に手を出して、1ヶ月前に灰にされたとのこと。さっきの取り巻きの2人、ガリガリ君のドキュエルと大男のラトロルはこの100年、灰にされずにずっと在籍しているそうだ。大したもんだ。その辺りの事情を教えてくれたのは、ここまで案内してくれた彼女、もう1人の四天王で紅一点のエムエルだった。
「それで、どうするのよ? 明日までに村の1つも消さないと、あなたが消されるわよ」
むー。悪魔というか、どっちかというと天使だなこの人。だって、背中には白い翼が生えてるし。自分より身長は少し低いが、女性にしては長身だろう。切れ長の瞳はガーネットのような深い色合いで、落ち着いた雰囲気を感じさせる。黒皮のコルセット風のチューブトップに深紅のスリット入りロングスカートから露出した褐色の肌は、マグカップみたいに艶々(つやつや)していて、腰までかかった綺麗な白髪が映えていた。そして、出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでいる理想的なボディ。こりゃ、魔王もほっとかないだろうな。ま、そんなことより今知りたいことは――。
「よく分からないけど、オレって強いの?」
「この前、人間の村に行って、自警団にタコ殴りにされて、泣きながら逃げ帰ってきたの忘れたの?」
マジか。なんで、この人四天王になれたんだろ。どうせ、魔王の気まぐれで、エンピツ転がして適当に決めたんだろ。
「……ばっくれるか」
「見つかったら殺されるわよ」
「ですよねー」
異世界に転生して早々に詰んだ。なんだこの無理ゲー。
「まぁ、ダメ元で逃げるなら南ね」
「南?」
「南には神の祠があるじゃない。神様っていうくらいだから、かくまってくれるかも」
「悪魔でも?」
「……」
あ、そこは黙秘ですか。まぁ、力の有無は置いといても、さすがに人殺しはできないし、神様ならまた転生させてくれるかも。試してみるか。
「まぁ、行ってみるよ」
「……そう。幸運を祈っているわ」
「ありがとう。そんなことを美人に言ってもらえて、いい冥土の土産ができたよ」
「あなたって、時々キザなこと言うのよね」
そう言って、少し頬を赤らめながらエムエルは苦笑した。




