事情聴取 畑中夫妻の話
太田たちは小林の運転する車で東京の区内を過ぎた西の端の小さな街に来ていた。
1時間ほど車を走らせると都内にはない広がる田畑を抜けやがて一件の白塗りの建物を目にする。
「……あれが畑中克典の経営する飲食店か」
小林は駐車場を降り、太田と共にその建物をじっと見つめる。
「はい、『はなや』というお店で結構な評判のようです」
太田と小林はまずは駐車場と空き地などの近辺を調べる。
今年の被害者である山岡達夫を連れ去ったあの黒塗りの車が発見されれば一気に真相へと近づく。
しかし、1時間ほど捜索してもそれらしき車は見つからず太田たちは聞き込みをしながら開店時間を待つことにした。
「はなや」は12時から14時までランチを提供し、午後10時から翌3時までお酒を出すバーのようなお店になるとのことだった。
すっかり夜も更けた開店時刻に駐車場で待っていると若い女性が朗らかに声を掛けてきた。
「あ、お客さんですか? いらっしゃいませ。いま開けますからね」
「ああ、お願いするよ」
そうして太田たちが店に入り、食事をとっていると続々とお客さんが入店してくる。
全部で7組20名くらいはいるだろうか。
黙々と太田たちは食事を続け、店と客、そして従業員たちをさり気に観察する。
呑んで食べて楽しみ、至って普通のお店と言える。
「……うん なかなかメシもうまいな」
太田は呟きながら思わずビールを注文したくなるが、小林の冷たい瞳に嗜められ飲酒は諦める。
「お店の者に話を聞くか」
やがて太田たちは席を立ち上がり会計を済ませると従業員に警察手帳を見せて名乗った。
「私は警視庁捜査一課の太田と申します。こちらは小林警部補。実はオーナーさんにお話を伺いたいのですがよろしいでしょうか」
目を丸くする従業員は、太田たちを厨房を回った店の奥へと案内すると机と椅子のある部屋へと通す。
どうやら従業員の休憩部屋のようだ。
しばらく待つとこの店の制服を着たやや日に焼けた男と色白の女が現れる。
「どうもこんばんは。私は畑中克典。この店の副店長を務めております。こちらは妻の容子。この店の店長です」
畑中夫妻は落ち着いた様子で慇懃に礼をすると椅子へと腰掛けた。
太田たちも挨拶を済ませると戸惑った様子の畑中夫妻に早速聞き込みを始める。
「どうも、お忙しいところすみませんね。ですがお二人、特に克典さんには聞きたいことがありまして。4月になると都内で人が吊るされている事件はご存知ですよね?」
「ええ、物騒なことで」
克典は痛ましそうに目を伏せ頷いた。
太田は夫妻を観察しながら続ける。
「その吊るされた被害者たちの身元を調べてみますとどいつも『ダークキッド』という半グレ集団の幹部でしてね、その線で捜査を進めていますとやはり8年前に彼らに苦しめられた犠牲者や遺族に行きあたるわけです。形式上の質問ですのでどうか肩の力を抜いてお応えください」
「はあ、私らに出来ることなら協力しますが」
目を上げ克典は動揺なく応える。
妻である容子も頷き同様に太田の目を見つめた。
「新聞やニュースで少しは聞き知った事件ですね。私らでよければ協力しますよ」
「感謝します。ではまずこれは定型的な質問です。お二人は4月2日は何をしていましたか?」
思い返すように顎に指を当てながら克典と容子は太田に目を合わせながら答えた。
「ええ、いつも通り昼は12時からランチなので10時から開店の準備を始めて14時に店を閉めました。それから片付けに15時過ぎまでかかり開店時刻まで仮眠を取るのが常なんですよ、刑事さん」
「タイムカードで従業員の勤務状況と、なんなら監視カメラもお見せしますよ」
薄笑みを浮かべ太田は協力に礼を述べる。
「ご協力お願いします。後で確認させてもらいますね」
そして太田は手帳に書き込みながら間を置くと克典の目を見つめる。
「ではあなたにとって答えにくい質問ですがいいですか」
克典は首を縦に振った。
「なんなりと」
「山岡達夫さん以下ダークキッドのメンバーが次々と桜の木に吊るされている事件についてどう思われます? ダークキッドは8年前にあなたの妹さんを散々弄んだ挙句に自殺へと追い込んだ。複雑な心境だと思われますが少しは胸のすく気持ちはあるのではないですか」
張り付いた笑みを浮かべながら不快感を隠さずに克典は太田を強く見つめ返した。
「ふふ、はっきりと尋ねなさるね刑事さん」
容子はたまらず後を引き取るように会話に割り込んできた。
「刑事さん! 夫は妹さんのことで苦しんできました…… いくらなんでも踏み入ってはいけないことってあるんじゃないですか?」
太田は尚も慇懃な様子で続ける。
「奥さん、申し訳ありませんが、これは殺人事件なのです。非礼はお詫びします。ですがご協力願いたい」
しばらく夫妻は目を見合わせると軽く頷き克典が口を開く。
「刑事さん、私は一連の紅桜殺人事件と呼ばれてるものについて吊るされた連中は自業自得だと思ってますよ。奴らはクスリをばら撒き、女子学生を騙して食い物にした。私の妹もその1人だ。奴らが死んでくれてざまあみろと思っていますよ」
「なるほど…… 正直にありがとうございます。妹さんのことについてもお聞かせ願えますか」
克典は腕を組み少し考え込むとゆっくりと語り始めた。
「妹の麻里恵とは両親が離婚する時まで一緒に暮らしていた。私が父親に引き取られ妹が母親に引き取られた。私が中学生の時だったね。引越し先は共に都内だったので数ヶ月に一度会っていたりもしたよ」
「そうですか、仲の良い兄妹だったのですね」
克典は太田の目を見つめ頷く。
「そうと言えるかもしれないね…… 途中までは」
「と申しますと?」
「母が再婚した辺りから妹の心は荒んでいきました。義父との折り合いが悪かったらしく非行に走り始めたようなのです」
「なるほど…… おいくつくらいの頃でしょうか」
話が進むにつれ克典は辛そうに話し続ける。
「妹が16の頃に義父ができ、家庭環境は荒れ始めたと聞いております。徐々に私とも会わなくなり、連絡も途絶え始めました。その頃に悪い男に引っ掛かり…… とうとう……」
言葉が詰まり始めた夫を庇うように容子は夫の肩をさすり立ち上がって強い調子で太田に願い出た。
「刑事さん、今日のところはお引き取り願いますか? 昔のことを思い出して夫は疲れたようです」
「分かりました。ご協力感謝します。監視カメラの映像を確認、回収したら我々は帰りますので」
太田と小林は夫妻に礼を述べると監視カメラのデータを回収して店を後にする事にした。