番外編 ミナ・ペリット伯爵夫人※ミナ視点
本日、11月19日、本作が宝島社様より、大幅な加筆修正と共に書籍化します!
記念SSとして、ミナのお話を書きましたので、よければミナの未来を楽しんで頂ければと思います!
ミナ・ペリット。私は、この名前からどうやら逃れられない人生らしい。
「ペリット夫人」
「はい、なんでしょう?」
「今日のドレスに合わせたリボンも本当に素晴らしいですわ。新作ですか?」
「えぇ、そうなんです。今まで素地は薄い色を選んでいたのですが、夜会用に濃い素地に刺繍を入れてみましたの」
最初は、ペリット子爵の娘、ミナ・ペリットだった。
けれど、その子爵の娘、という私の地位は……散々な目にあった結果無くなり、一時はただの『ミナ』として生きてきた。
幸い、両親にバレないように……あまりいい思い出ではないお金ではあったけれど、持ち出すことはできた。そして、私にもまだ頼れる人がいた。
借金は両親が生きている限り両親が返済を続けなければいけないだろうけれど、そのお金は私個人に下賜されたものだ。私は、その頼れる人……今ではかけがえのない家族だと思っているメアリ夫人の元に身を寄せ、事業を始めた。
その事業が、刺繍リボン。ドレスのコルセット部分に通す細いもの、髪を結うのに使うもの、太めの大ぶりなリボンは、私の今日の藍色のドレスに合わせて黒地に赤や金で刺繍を入れたもののように、腰に巻いてもいい。
リボンは応用が利くし、最初は服飾店に卸してドレスに取り入れてもらった。そこから販路を広げ、今では支店も持つようになったし、事業の体制も大分整った。
その途中で……私は、うっかり引っ掛けてしまったこの国の王太子、ジュード王太子殿下の幼馴染だという、癖の強い美形の男性……この国の宰相閣下の次男、ヴィンセント・ボルタ様と出会い、紆余曲折あって結婚をした。
ヴィンセント様は公爵家の次男だから本来爵位はもたない。当主から譲られない限りは。
ただ、ヴィンセント様は大変に癖が……強い。女性の趣味も、私を選ぶあたり、自分で言うのもなんだけれど最悪だと思う。
彼は態々、当主から譲られた爵位ではなく、叙勲されるために文官として能力を発揮し、ジュード王太子殿下の側近となり、見事叙勲されてペリット領を手に入れた。伯爵として。
なので、私は今、ヴィンセント・ペリット伯爵の妻、ミナ・ペリット伯爵夫人である。
彼はおかしな人で、色白で線が細い美形の男性なのに、どんなに見た目が美しい人間よりも(私だって可愛い方だとは思うけれど)内面の貪欲さ……のようなものに惹かれるらしい。
初恋はルーニア王太子妃殿下……つまり、ジュード殿下の奥方だ……だというから、最初は本当に何の冗談かと思った。
ジュード殿下の幼馴染という関係もそのままらしいし、私が事業で名をあげたから潰しに来たのかと疑いさえした。もう男はいい、メアリ夫人の家族として彼女を看取った後はどこかに事業で稼いだお金で屋敷でも買って一人で生きていくつもりだったのに。
ヴィンセント様は至極真面目に私を口説きに口説き、さすがに1年間も口説かれればそれが嫌がらせの類ではないことも分かったし、口説き方も独特だった。
『素晴らしい手腕だ、ミナ嬢。一体君はどこからそんなに知恵が出てくるんだい?』
『王宮で働く気は? あぁ、でもよくないね。君は自分で身を立てる方がいい、王宮なんて狭苦しい場所で国について頭を悩ませるのは僕に任せてくれたらいい。君が輝けるような国にしていくからね』
こんな調子だった。私の見た目や仕草よりも、私の頭の中や精神面、生き方を好ましいと思っている。
女性を口説く言葉では全くないのだが、……私は絆されてしまった。
「ミナ、そろそろ僕と踊らない?」
「ヴィンセント様……、えぇ、喜んで」
こうして、結婚した後も彼は私が新作の売り込みができるように、各所の夜会に予定を合わせて同伴させてくれている。
ただし、ジュード殿下たちの参加する夜会は綺麗に避けて。
色白の肌に、男性と分かるけれど線の細い身体、綺麗な銀髪に、ルビーのような赤い瞳。美しい、としか言いようのない旦那様は、私に合わせて紺に銀糸の盛装をしている。夫婦なのだから夜会の服装を合わせるのは当然だとしても、本来社交は彼にとってあまり興味の無いものだったという。
私と踊るのも、踊った時に私の腰で揺れるリボンを目立たせるためだ、と夫婦になって1年も経った今では理解できる。決して押しつけがましくないけれど、ヴィンセント様は嫌なことは嫌だと言うし、やりたくないことはやらない。
けれど、私の事業のためなら、社交も「やりたいこと」になるらしい。
手に手を取ってフロアの真ん中に自然に進み出る。彼の妻となる為に、事業の合間を縫ってダンスや社交、マナーをしっかりと勉強させられた。これも全て事業のためだから、と言われたらやるしかない。
ヴィンセント様によって私は事業主でありながら、立派な淑女にも仕立てられた。
彼は私の成長も、それを支える貪欲さも、全部好ましいらしい。
おしとやかで、自分の後ろを楚々としてついてくるような女性には全く目もくれない。本当に、癖の強い旦那様だと思う。
「……私の旦那様が、ヴィンセント様でよかった」
「急にどうしたの」
踊りながら微笑むのはマナーだが、私は満面の笑みで美しいヴィンセント様の顔を見ていた。
背景がくるくると回るダンスの最中、微笑みながらヴィンセント様が応えるけれど、私は少し考えてから、こう告げた。
「だって、私のことを『そのまま』好きになってくださったから。これからも、その『そのまま』の私でいさせてくださるから。……普通の、女性の幸せとは違うのかもしれませんけれど」
結婚して、家裁を取り仕切り、子供を生すのが貴族の女性の本来の幸せなのだろうけれど、ヴィンセント様はそんなものを私に一切求めなかった。
私の地位も関係ないし、幼馴染で主であるはずの王太子殿下すら説き伏せて、私をまた『ペリット』にしてくれた。
「それは当然のことだろう? 僕はね、ミナ」
ヴィンセント様は美しい顔に、真冬の月のような冷やかささえある美しい笑みを浮かべてこう続けた。
「自分の足で、自分の考えで、生きている人が大好きなんだ」
だから、ジュード殿下も、ルーニア様も、もう一人いる幼馴染の騎士も、好きだという。
……やっぱり、ヴィンセント様は癖が強い方だ。
その好きな幼馴染二人の仲を割こうとして平民落ちした私を、幼馴染との関係も好意もそのままに、受け入れて結婚したのだから。
そして、私はそれにとても大きな感謝と、幸せを感じている。
私も、大分癖が強い人間だろうから、お似合いなのだろう。
「あぁでも、僕と君の子供は欲しいな。もっと落ち着いたら」
「どうしてですか?」
子供の話なんて、今初めてされた。踊りながらする話ではないが、まぁこれもいつものことだ。
「ジュード殿下たちの子供と僕たちの子供なら、仲良くなりそうじゃない?」
「……その件については、もう少し考えさせてください」
あぁ、嫌な予感がする。この旦那様は、どうやら自分たちの子供を出汁に、私とジュード殿下とルーニア様を仲良くさせる気だ。
見た目は極上なのに、思考回路は少々変わっているこの次期宰相閣下は、言ったことは必ず成し遂げるだろう。
私がいくら考えたって、嫌がったって無駄だと分かっている。
だって、メアリ夫人とお金以外何も信じられなかった私と結婚したくらいだもの。
ジュード殿下が国については最終的に決定権を持つけれど、きっと、ヴィンセント様に関わった方は、ジュード殿下とルーニア様以外、彼の思惑通りになるだろう。
まだお腹の中にすらいない自分の子供に少々同情しながらも、ヴィンセント様は『悪いこと』はしないので、きっとまた私は絆されるだろう。何より、自分の子供にとっても、それはきっといい方向にいく気がする。
私の旦那様は、癖が強くて、大変な美形で、そして根はとても純粋で素直で優しい、素敵な方だ。
ミナ・ペリット。私にとっては呪いのような名前だった。自分の人生を、環境を恨むのに充分だったし、一度は失くした名前でもある。
だけど、今はこの名前の自分を誇りたい。
ダンスが終わり、ヴィンセント様が私の黒いレースの手袋に覆われた手を取って口付ける。
「ミナ、一緒に幸せになろうね。これからも」
「えぇ、もちろんです、ヴィンセント様」
私は、悪くないのに。ペリットという名前と一緒に私の中にあった呪いのような言葉を、私はもう思い出すことはなくなっていた。
ヴィンセント様は手を引いてはくれないが、手を繋いで一緒に歩いてくれる。私の道を、私の意思で歩かせてくれる。
普通なら巡り合うはずもなかった、最高の旦那様だ。
……子供のことは、もう少しだけ愚図らせてほしいけれど。
今作を好きだと言ってくださり、応援してくださったすべての方々に御礼申し上げます。
本の形で色々と書き足し、掘り下げ、美しい挿画もつけていただき、新たな形として世に出す事ができました。
このSSはその新しい形の一片を書いたものになります。
ウェブ版を楽しんでくださった方々に、ミナのその後をお届けできればと思いました。
ちゃんと幸せになりましたので、これにて終幕となります。
本当にありがとうございました!
また新作でお会いしましょう!




