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魂をひとつに

素敵なイラストとお話を頂きました。

本編では語れなかった、シルフェリアとライザードの後日談になります。

 

 最愛の人に再び巡り会い、彼との二度目の初夜を過ごした翌朝。

 シルフェリアは逞しい体躯にくるみこまれながら目を覚ました。

 視界に褐色が見えて、まだ夢の中にいるような気分になる。

 夢うつつのままに彼の肌に耳をつけると、脈打つ心音が聞こえた。

 それは、彼が生きている何よりの証だ。

 しばらく耳で彼を感じていると、鼓動は大きく早くなった。


 命の音を聞いているだけで、シルフェリアの心は苦しいほどに締め付けられる。

 体を重ねて、彼の存在をこの身で確かめたというのに、彼が生きてそばにいる、という実感があまりに薄い。

 褐色の肌に触れていないと、彼はまた夢のように消えてしまいそうだ。



「シルフィ……起きたのか?」


 小さくみじろぐと、頭の上から穏やかな声が落ちてくる。

 上目遣いに見上げれば、優しく細くなった琥珀の瞳があった。

 彼はシルフェリアの新しい名前を呼ぶと額にキスを落とす。

 優しい唇が触れてシルフェリアは泣きたくなってしまった。

 泣いたら、困らせてしまうのに。潤んだ瞳を見せたくなくて、彼の胸元に顔をうずめた。


「どうした? ……体が痛むのか?」


 不安げな声がしてどきりとする。

 昨晩のことを思い出してしまい、幸せなのに恥ずかしくてシルフェリアは身を小さくした。


 振り返ると、みっともなく泣きじゃくった一夜だった。


 すんなりと彼を受け入れたかったのに、体は固く閉ざされていたのだ。

 子供を産み、ハンスとも情を交わしたというのに、これはどうしたものか。


 シルフェリアは戸惑いを隠せずにいたが、それまで荒々しく噛みつくようなキスをしていた彼の態度が一変した。


 表情は幸せそうにゆるみきり、手つきは優しい痺れしか残さない。

 多幸感に溺れさせる彼の抱き方は、ハンスと情を交わしたときとは全く違った。


 あの時は心臓が高鳴って苦しいだけだったのに、違う世界が見えたのだ。


 例えるなら、空気を求めて足掻きながら、深海に沈んでいくのが、青のあの人。底が見えない昏さはシルフェリアの心を濁らせた。


 赤の彼は、燃えるような閃光へ裸足で飛び立つようにしてくれた。

 天使みたいに背中に羽が生えて、どこまでも空へ昇っていける。

 光の先に見えたのは幸福感だけだった。


 同じ高まりでも、心の伴うものは全く違った。それが、シルフェリアの心の枷を外させた。


 欲しがりになってしまい、唇が腫れて血がにじむまでキスをせがんだ。

 彼にしがみつきながら、人には聞かせられない言葉を口にした。

 それでも彼は優しい笑みをしてくれていて、朝もやがかかる頃、頭を撫でられながら、やっと瞼を閉じた。


 思い出すだけで恥じてしまう。

 だが、ハンスと一緒にいた時は悲痛な声を出して泣いていた小さなシルフェリアは笑顔になっていた。



「大丈夫か?」


 黙っていたままでいると額と額がくっつく。

 薄く目を開くと心配でたまらないといいたげな顔をしている彼がいた。


「……体は痛くはありませんわ……」

「……違うところが痛いのか?」


 どこが──と問いかけてくる眼差しに緊張する。

 シルフェリアが無口になると、彼は叱りもせずにゆっくりと頭を撫でてくれた。それは昔と何一つ変わらないしぐさ。


 手には、昔見えた傷はないのに。


 最期に見た彼の笑顔と今の彼が重なり、シルフェリアの心は三百年前に戻っていた。


「……お兄様がいることが信じられなくて」


 呟くように言うと、ふっと笑う声がした。


「ライザードと呼べと言っただろう」


 諭すような声色で言われ、右手をとられた。一度、爪先にキスを落とされ、その手は彼の頬に。


 顔をあげると、真剣な顔の彼と視線が交差した。

 彼の力強い眼差しに、火がついたように体が熱くなった。


「シルフィ。俺はお前だけのものだ。この体も魂も、お前のためだけにある」


 彼はそう言って、目尻をゆるませた。


「俺はカミサマに力を与えられ、永遠の命をもらった。永久に共にいよう。俺はお前の半身だ」



 それはシルフェリアにとって、最上の愛の言葉だった。


 ずっと彼は自分の半身だと思っていた。


 それは自分だけの一方的なものだと思っていたのに、彼も同じ気持ちだったなんて、途方もない喜びがある。



「本当に? ずっと、いっしょ?」


「あぁ……お前はカミサマの制限で俺が愛を語らなければ死ねない。死なせるものか。お前を天上にはいかせない。来世は永遠にこなくていい」


 シルフェリアはくしゃっと顔を歪め、空いていた片方の手を彼の首に回した。


 拘束されていた手は解かれて、代わりに強く抱きしめられた。

 シルフェリアは多幸感に包まれながら、歓喜の涙を流した。


「赤毛じゃなくても……いいの……?」

「白い髪になったことをまだ気にしているのか?」

「だって、わたくしは……」


 これは、青の騎士に心の一部を奪われた証だ。

 彼を愛しきれなかったシルフェリアの罪を白日のものにしている。


 涙を止めるように彼が何度も頬に唇を落とす。

 ようやく瞳から涙がでなくなった頃、彼は一度、深く口づけた。

 腰骨がとろけて唇が離れると、彼はこの世のものとは思えないほど美しくほほえんだ。


「赤毛だからお前を渇望するわけじゃない。俺はシルフィに渇望しているんだ」


「たとえお前が子供でも老女でも、男だって構わないんだ。どんな肉体でも美しい。お前の純白はきれいだ。俺を愛し抜いた証だよ」


 白い髪を一房すくいあげ、唇を寄せられる。

 とても幸せそうにそれをされてしまい、シルフェリアの中で彼を裏切った罪悪感は溶けて散り散りになった。



 それは、赤毛の姫としてしか生きられなかった自分を解放してくれる言葉だった。



「おにいさまぁ……」

「こら。ライザードだろ?」

「ライザード……さまぁ……」

「呼び捨てでいい……」


 シルフェリアはまた子供みたいに泣きながら、何度でも言いたいことをいう。



「ライザード……愛しています……」


「俺もだ」


「愛しておりますわ……」


「俺も。最初からお前しか見えていなかったよ」



 死で分かれてしまった魂は、ようやく一つになった。




 ────


「シルフィ……」


 その名前を彼女の前で呟いたのは、ライザードが九歳になったばかりの頃だ。


 五歳で母を殺され、訳も分からぬままシルフェリアの婚約者となり、彼女を初めて見たとき、雷撃に打たれたような衝撃がライザードに走った。

 失くしていた半身を見つけたような気持ち。

 幼い彼は、それが恋だとは気づかなかった。


 しゃべりだしたばかりの赤子のシルフェリアは、ライザードを見るたびにキャッキャッと笑っていた。


 ライザードの後ろを歩いてつきまとい、視線を合わせると、ころころ笑う。

 そんな彼女だったが、自分の名前を呼ぶときは、真剣な顔になっていた。

 ふにふにのほっぺを真っ赤にして、眉をつり上げる。

 緊張しすぎて涙目になりながら、声をだすのだ。しかも──


「ひゃいじゃーどしゃま」


 舌ったらずに言うのだ。

 ちゃんと言えないと、大きな赤い瞳を悲しげに潤ませる。


「……ライザードだよ」

「らいじゃーど……たま」

「……うん。えっと……」

「らいじゃーど、たまっ!」


 もう色々とたまらなくなって、兄と呼ぶように言ったのはライザードからだった。


 困ったことは、他にもある。

 幼いシルフェリアはライザードの膝の上でないとお昼寝をしなかったのだ。


 ちょこんと膝にのって、真っ赤な瞳をキラキラと輝かせる彼女を見ると照れた。

 頭を撫でると落ち着いて眠ってくれるので、いつの間にか撫でるのが癖になってしまった。


 すやすやと眠る彼女を見ながらライザードは小さくため息をつく。

 純粋に慕われるのは心地よい。

 信頼して、すがって、溺れてしまう。

 ライザードには、愛情をくれる人はいなくなっていたから。


「シルフェリア……」


 呼びかけながら、小さな唇に自分のを重ねる。

 秘密の口づけ。

 それを何度か繰り返すと、独占欲が芽生え始める。

 婚約者という肩書きはあるし、シルフェリアは自分を慕っている。

 これ以上の条件はないというのに、幼いライザードは今すぐに彼女の唯一が欲しくなった。

 それで愛称を思いつく。


「俺のシルフィ……」


 誰も呼ばない愛称をつけて、優越感に浸りながら、秘密を重ねる。


 彼の歪みはここから始まった。


 彼女がお昼寝をしなくなると、秘密はなくなり、愛称を呼ぶのは心の中だけになる。


 焦燥感は肥大し、彼の歪みは大きくなるのだが、結果として彼女はシルフィになった。


 〝自分だけのシルフィ〟を彼は手に入れた。


 ***



 彼女との初夜が終わり、カミサマから力を得たライザードは、すべてのしがらみから解放された気分を味わっていた。


 死を望むくらい彼女を渇望していたはずなのに、それは純粋な愛情に変わっていた。


 不思議な気持ちだった。

 いや、願いが叶ったというべきかもしれない。


 ただシルフェリアを甘やかして愛する男になりたかった。それはライザードの夢だ。


 赤の王に恐怖し支配され、彼女を愛したくても愛しきれなかった過去の自分。


 無邪気に触れられる年齢を互いに越えると、彼女の頭に触れるとき、指先はいつも震えていた。

 愛を語りたくても喉から先に、言葉が出てこなかった。

 自分の感情が狂気じみていて、愛と呼べるものか分からなかった。


 だが、今は違うのだ。


 彼女に触るときに指はもう震えないし、思いが詰まることもない。

 心の縛りは消えて、すらすらと言葉が出た。

 彼女への気持ちは、愛情であると信じられる。


 それとは別にライザードの心を安定させたのは、シルフェリアの体が固く閉ざされていたからかもしれない。


 抱いたとき、彼女は痛がり血を流した。

 まるで生娘に戻ったみたいだ。


 三百年という月日がそうさせたのか、はたまた彼女の意志がそうさせたのか。


 それとも、カミサマの恩恵か。


 真相は不明だが、シルフェリアの体は、ハンスのことが無かったかのようにきれいになっていた。


 唇を寄せたときの反応の良さは自分への気持ちの高ぶりだと気づいたら、あれほどまでに憎かった青の騎士のことがどうでもよくなった。


 彼女が無かったことにしたいなら、自分もそうする。過去の記憶として忘却の彼方に、青の騎士の存在は消去した。


 彼に対しての劣等感はもうない。


 シルフェリアを愛するために不要な感情は、根こそぎカミサマが奪った後だった。


 シルフェリアが白い髪になったのも、彼女を赤の呪縛から解放するという意味ではよかったのだろう。


 全てはライザードの望むままに。


 物語の舞台は整えられていた。




『──君は自由になったんだ』


 カミサマの言ったことは、ライザードが赤のしがらみから解放されたことを教えてくれていた。



『──悲劇を笑い飛ばして、幸せになりなよ』


 これから永久を生きる二人は、その月日の長さから心のすれ違いを生むかもしれない。



 人の感情は変わる。


 変容した心は、次の悲劇の材料となる。



 もし、シルフェリアが白髪であることを気に病んで心を壊したとしても、自分は彼女を離さない。


 泣いて喚いても、腕の中に閉じ込めてずっと甘言を囁く。

 それは幸せな未来とは言えない。


 ひとつの悲劇だ。



 カミサマの力を使ってシルフェリアからハンスの記憶を消すのも可能だが、彼女が血を吐く思いでしたことを無かったことにできるのか。

 それを決めるのは、自分ではなくシルフェリアだろう。


 永遠の恋は、夢物語で語られるほど甘くはない。

 永遠のときに耐えられるほど、人の心は強くはできていない。

 だから、寿命があるし、一瞬のときを噛み締められる感情があるのだ。


 それでも。

 すべてをわかっていて尚、ライザードは二度と離れないことを誓う。



 死んで、来世で再び出会う──なんて、まっぴらごめんだ。


 転生するまでの間は、離ればなれになってしまう。


 もう一秒たりとも彼女と離れたくはない。


 ならば、悲劇を一蹴して、今のままでいる方がいい。




 ライザードは錬金術師。


 不可能を可能にする魔術師だ。



 無理なことと誰が言おうとも、永遠の道を彼女と共に歩んでいくのだった。



個人的にはハッピーエンドのつもりで書いていましたが、技量不足でそれは伝わらなかっただろうなと感じていました。

企画の文字数は越えますが、後日談としてお楽しみください。


頂き物の紹介です(^^)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

米沢ふづきさまより赤毛バージョンと、白髪バージョンのシルフェリアを頂きました(^^)

衣装は私がこれがよいといったものです。

ありがとうございます!


サトムさまより、二次創作を頂きました。

戦争がなかったら、みんな仲良しだったかもしれません。もう一つのハッピーエンド世界です!


『赤に魅了された青は微笑みながら騎士になる』

https://ncode.syosetu.com/n4450gl/


この話は、なろうではこのまま、手を加えない予定です。たくさんの感想やご意見、ありがとうございます!

いつか、なろうを飛び出して、完結版を書きたいなと思っています。


ここまで読んでくださってありがとうございました。


りすこ


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― 新着の感想 ―
[良い点] 全部が○癖に刺さりました! 物語を綴る言葉選びから、甘美な表現……これですよ。恋愛物語といったらこういうのですよ。 正気に戻ったような会話なのに、しっかり執着と狂気は残っていて。好きです…
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