第三章 10、四季彩の苦悩と長の願い
破れ寺の上空に不穏な雲が集まり、灰色の妖気を帯びた四季彩神無が浮上。
その双眸は激しく、やり場のない怒りが影虎にもひしひしと伝わった。
「四季彩神無! 我らと共に生きようぞ」
影虎の言葉に耳を傾けようとしない四季彩は冷たい視線を浴びせ続け、こう言った。
「ふざけるなっ! お前も戦国乱世を作った張本人の一人ではないか! 私はもう誰にも騙されぬ! 人を利用し、無用となればあっさりと捨てゆく。それがお前ら武将! おのが欲望だけを持って生きる愚者どもを私が成敗する。この私がっ」
「フンッ小賢しいことをほざくでないわっ! この世間知らずの嬢ちゃんが! ではそなたが今、信じて従っている者をなんと心得るか!? 奴は全てを手中に入れんが為にそなたを利用していると、どうして気付かぬか!」
「だ、黙れっ! 私が利用しているのだ。そして必ず一族の理想郷に辿り着いてみせる」
四季彩はそこまで言うと、両手をかざし、暗雲を集め、勢いよく影虎目掛けて放った。
「小娘、そんなものでワシが倒せると思うてかっ!」
影虎は竜口を強く握ると瞬時に炎龍へと変化し、四季彩が放った無数の雲を一息で吹き飛ばし、雄叫びをあげた。
「なっ? 越後の影虎が、龍…………?」
四季彩は驚きを隠せぬ表情で巨大な龍を前に硬直してしまった。
「くっ、私の力はまだまだこんなものではない!」
四季彩が新たに不穏な雲を集め始めたその時だった。
「そこまでじゃ! お前の気持ちようわかった! よく一族の為に頑張ってくれた!」
輿の中でこれまでの会話を聞いていた四季彩一族の長が直立不動で四季彩神無を見上げて言った。
「お、長! 何故、長が長尾と共にこの地に!? 連絡あるまで隠れ家で待つという約定であったのに…………」
鬼女へと変貌した四季彩神無はゆるゆると萎んでいくように妖気をおさめ、地上の人となった。
長はゆっくりと歩み寄ると四季彩の肩に手を当てた。
「すまなかったのぉ。まだ年端もいかぬお前に、一族の行く末を託してしまって…………越前で若い男どもは皆、討ち死にしたとはいえ、お前に頼むべきではなかったな。さぞかし辛かったであろうな」
「なにを今さら…………私はもう皆の辛い顔を見たくない。ただその一心でこんなことまでやってきたのですよ」
「ウム。実はな、我等が事情を知った長尾影虎様からワシのもとに密使として、そこにおられる嵐蔵殿が参られてな。影虎様からの書状を読んだ時にはワシも大層驚いた」
それから長はこれまでの経緯をこと細かく四季彩に伝えた。
影虎が一族を迎え入れ、土地と仕事を与えてくれること。そしてたった今、この三条の地が未曾有の危機に直面していること。
その元凶が寄りによって叛乱党を手駒に暗躍する黒ずくめの男、黒龍・無縁であること。
最後に平和を取り戻す為に遥か未来から少女逹が駆け付け、土着の神々を味方にしてきたことをなどを話した。
「神無、お前とそう歳も変わらぬ娘逹がこの時代を守るために頑張っておられる。お前にはこれから彼女らのよき協力者として、この地、三条を守る力となってもらいたい」
「では長はそこの影虎に一族の命運を託すと?」
「そうじゃ! はるばる我らが隠れ家まで密使を下さるほどのお方だ。信頼できる、良き領主と心得る。なぁ神無、影虎様を信じてみぬか」
そう言われて脱力した四季彩神無は振り上げた拳をどう降ろせば良いのかわからず、うつむき無言となった。
そんな四季彩に影虎はテレパシーで直接心へ語りかけた。
(見よ! こやつらが未来より来し娘どもだ。鍛冶ガールとかいうてなぁ、ただ今は我が長尾と、鍛長同盟を結んでおる。それぞれに癖がある、なかなか面白い娘逹だ。しかし目的の為には一枚岩とかす心強い味方でもある。どうじゃ? おぬしもこやつらと知己となってみては。そして我と共に義の為に生きよ!)
四季彩の脳裏に美しくも溌剌と輝いて映った鍛冶ガールは眩しく見え、一族のためとはいえ、無縁の地で無益な戦いを繰り広げてきた己の間違いを素直に認めたくなった。
「過去を捨て、未来に目を向けよ!」
影虎のその一言と共に鍛冶ガール逹の笑顔が目の前に広がり、閃光の中に消えていった。
義。
ただ一字の為に己の魂を燃やす影虎に不思議と信頼という名の大輪が咲く。
四季彩の容貌は腕輪をはめる以前の高貴な姿に戻り、憑き物が落ちたかのようにしんとして、透き通るような美しい娘に戻っていった。
「おぉ邪悪な妖気が消え、元の神無に戻った! よかった、よかった!」
涙ぐむ長に優しく微笑んだ四季彩神無は、景虎の前にひざまずくと頭を下げて言った。
「影虎様、数々の非礼をお許し下さい。そして、一族と同様に私にもこの地で暮らすことをお許し下さい!」
「では今までのことは反省し、今後は越後の為に尽力する。ということでよいなぁ?」
「はいっ!」
「ならばよしっ!」
にんまりと笑った景虎は高らかに一言そう返すであった。
この日、叛乱党越前進行部隊は瓦解し、四季彩と共に組み込まれていた一族、それに加えて驚くことに元々叛乱党のメンバーであった者達も含めて影虎の配下となる。
その数、おおよそ一千。
「不思議なお方だ。四季彩一族のみならず、叛乱党までも引き入れるとは…………」
「そうですね。我らがお館様は希代の名将で御座るよ!」
長の言葉に嵐蔵は胸を張って答えた。
「よし、隊列を組め! 準備が出来次第、出立するぞ! 四季彩、その方に隊を任せる! 分隊を統合しつつ、三条城へ戻る! よいなっ」
「はっ! みんな、急ぎ出立の準備を! 分隊には健脚の方、誰か伝えて来てもらえる? 準備が出来たら行くわよ!」
「おぉ優しい感じのお館様のようじゃ!」
「本当ですなぁ、元来すこぶる優しい子だったんですよ、あの娘は!」
「おい! そこのじぃ共! ごちゃごちゃぬかさず帰還するぞ! 嵐蔵、一族の長がいつまでも不在では困ろう。この一件に方が着いたら改めて迎え入れる故、長を送り届けて参れ!」
「やっぱり優しい感じの方があっしは好きですなぁ」
「まったくまったく! 影虎様は口の悪さが玉に瑕ですなぁ。行きましょうか、長」
文字通り一騎当千の武将、後の上杉謙信は十数名で乗り込み、その言葉通りに口説き落とし、一千の大部隊となっての帰路であった。
「鍛冶ガール。早くお会いしたいわ」
そう言って小鳥のさえずりに耳を傾けた四季彩神無は、新たな使命感と自身が起こした戦いで犠牲となった者逹への鎮魂の祈りをいつまでも捧げていくのであった。
次回 11、一筆啓上! 拝啓、バカ娘どの。




