第二章 7、鍛長同盟締結!
長い廊下をぞろぞろと歩く音が聞こえてくる。
戦国の世であったこの頃、堅固な造りであっても城内は簡素なものであり、それは砦と言った方が相応しいかったかもしれない。
まことは景虎との密談がどうなったのか山吉の表情から読み取ろうとチラチラと見てみたが、万事上手くいったようではないと推察し、腰袋に差してある黒鐵をギュッと握り絞めた。
一行は大書院に着くと廊下側に一列に座り、上段に向かって右側に山吉、続いて嵐蔵が座った。
左側には見たことのない武骨な侍が二人すでに鎮座し、未来から来たという不思議な一団を珍奇な者を見るような目で見比べていた。
そして世話係の助作と格兵衛は廊下に片膝座りで緊張していた。
しかし当の影虎は上段の間にはいなかった。山吉は先に来ていた二人に影虎はどうしたのかと訪ねたか。
「なんぞいる物があるとかで一旦自室に戻られた。山吉殿、先に紹介してもらえぬかの!」
と、厳つい侍の片方が催促した。
「そうじゃな。こちらの乙女らは未来からはるばる越後の異変を鎮めに来てくれた、鍛冶がぁるでござる!」
山吉は胸を反らし誇らしげに言ったあと、咲良らに自己紹介を促した。
それぞれが簡単に自己紹介し、姫子は軒猿嵐蔵の娘であると説明したことは言うまでもない。
「本当に未来とかいう所から来たのか!? そんなナリはまさしく見たことも聞いたこともないが……」
「いかさま、奇抜な格好じゃ! オナゴは貞操が大事というに…………」
と、2人の侍は口々に言い合い、やっぱり真っ先に制服への、それも短いスカートから伸びる張りのある脚に興味が沸くようだ。
そんな中、ジリジリと熱い視線を山吉は感じ、視線を向けると、栞菜が焦れている。なるほど、この2人が誰なのか知りたいのだなと合点がいった山吉は、今度は咲良達に2人の武士を紹介し始めた。
「こちらのお二方はの、長尾家の重臣柿崎和泉守影家殿と小島弥太郎殿じゃ!」
紹介された咲良達はその2人の名を聞き、上目遣いに見てから、なんとなく栞菜に視線を移してみた。
それぞれはこんな時に栞菜がどんな反応をするのか気になったからに他ならない。
しかし栞菜はプルプル震えるばかりでなかなか口を開こうとしなかった。
そんな中、軍司が挙手し、武将達を順々に見回した。
「あのぉ質問いっすか?」
「おぉなんじゃ? 何でも聞かさっしゃい!」
と柿崎が応じる。
「あざっす! 苗字と名前の間の、山吉さんの信濃守とか柿崎さんの和泉守とかってなんなんすか? 俺ずっと気になってて」
「わっかる! あたしもそれ気になってたんだよね!」
咲良が、真っ先に同調したし、他のメンバーも頷いた。小島が説明しようとしたその時、ついに長い沈黙を破って語理出したのは栞菜だ。
しかしいつもと違って淡々とした口調だ。
「○○のかみってゆうのはね、官位よ。帝、つまり天皇・朝廷が任命した者に叙される名乗りよね。主に朝廷へ貢献した人や尊皇で献金や献上を行ったりすると貰えるとかな貰えないとか……」
まことは微笑しながら促すようにわざとらしく目をつぶって更に問い掛けた。
「じゃあ栞菜はこのお2人のことを知ってるの?」
すると栞菜はいきなりフルスロットル。
ネオ栞菜になるとその勢いはもはや誰にも止められない。
「あったり前でしょーが! 柿崎影家! 上杉四天王の一人! 越後最強と謳われた一騎当千の強者よ! その強さは織田信長の家臣・鬼柴田勝家、徳川家康の家臣・本多忠勝と並び称されるほど! ちなみに本多忠勝はその阿修羅のような戦いを見た家康がただただ勝ちを重ねるのを見て忠勝と命名したとかしないとか! そして小島弥太郎! 鬼小島との異名を持つ程の豪傑で、かの栃尾城の戦いでは敵の総大将を討つ働きをしたとかしないとかってほどの実力者よ! どちらも上杉家臣団の中では超がつく有名人よっ!! 会えて嬉しい! 来てみてよかった天文にぃ、気分は最高、栞菜最高潮ぉ〜!!」
最後には唄のようになっていた。
「ハイ、拍手!」
まことの一言で無知な咲良や軍司、それに茜は今や歩く生き字引として鍛冶ガールにはなくてはならない栞菜うんちくに改めて喝采を送った。
栞菜に勝手にうんちくされた2人は唖然としている。例えに出てきた鬼柴田も本多忠勝らの豪傑も、まだまだこの時代では無名に等しかったこともあるが。
「な、なんとも……ワシらも少しは名が売れておるのか?」
「さ、さぁ……」
そんなやりとりをしているまさにその時だ。
廊下を性急に歩く音が響き渡り。その音がドンドンドンドンと近付いてくる。
家臣団は面を下げ、影虎が上段の間に座ると静かに面を上げた。ピリリと緊張感が書院を取り巻く。
流石の貫禄であるが、相変わらず笑みを浮かべた涼し気な表情をしている。
一時の静寂の後、影虎が口を開いた。
「その方らのことは山吉から聞いた。ワシも守護代としてそちらの働きに助力を致そう! しかし条件がある。まずは大蛇じゃ。退治は取り止めたが実物をこの目で見てみたい。そなたらも同道せよ! ワシからの条件はそれだけじゃ。どうじゃな? 娘ら」
つくづく性急なことだ。
自分の意思をピシャリと言いながら咲良のスカートから伸びる太ももに視線がいってしまっている。影虎程の人物でも制服は気になるのだ。
しかし腰袋から伸びる黒鐵へもその視線は向いてもいたか。
影虎は脇に置いた竜口をチラリと見た後で、鍛冶ガールに催促した。
「どうじゃな? 何故黙っておるか。そなたらの頭は誰じゃ? 返答をせいっ」
影虎のスピードに付いていけない咲良達に山吉が助け船を出す。
「あいや、お待ち下され! 彼女らにも考える時間をお与え下さい!」
「よかろう。じゃがそうは待てぬぞ。さっさと談合致せよ」
フンッと鼻息を鳴らした景虎はそう言って猶予を与えた。
早速咲良達は車座になりヒソヒソと密談し始めた。
「ねぇ私達なにも考えてなかったわよね。代表なんて決めてないし……」
さしもの栞菜もリアル影虎の性急さには舌を撒いたようだ。
「代表はやっぱりまことさんじゃないかしら? みんなを集めたようなものだし」
茜が意見する。
「私はお祖父様に言われて動いただけだし……姫子ちゃんどう思う? 軍司くんは?」
意見を求められた姫子と軍司は意外な考えを示した。
「姫子は咲良さんがいいと思います! 上手く言えませんが、引っ張っていく力があるのではないかと」
それに同調した軍司だ。
「実は俺も咲良が適任じゃねぇかなぁと思ったんすよ。鍛冶ガールって名付けたのは咲良だし、確かに会長なら安心すけど…………なんていうかなぁバカだけど前に前に突き進むっていうか、あの激しい気質の影虎さんと渡り合えるのは天然の咲良しかいないっつーか」
「咲良ちゃんはどうなの?」
まことは最後に咲良に詰め寄る。
「えぇ? あ、あたしがリーダー? 考えたこともなかったけど……あれ? ちょっと待って! 誰がバカよ軍ちゃん!」
「まぜっかえすんじゃないの! まぁ確かに咲良は人懐っこいからね。助作さんと格兵衛さんともすっかり打ち解けてるし。あんたでいいんじゃない?」
最後には茜までもが賛同し、その言葉に咲良は悩みつつも意気込んだ。
「まことさんがいいと思うけどなぁ……わかったよ! あたしがリーダーになる! 任せてよっ」
「まぁ表向きは咲良ちゃん、裏ではまことがフォローするってことなら大丈夫なんじゃない?」
栞菜もどうやら他意はないようだ。
「なら決まりね!」
「けどあんまり先走るんじゃねーぞ! 咲良!」
といった具合に話はついた。
まことは新たに鍛冶ガールのリーダーとなった咲良を一座進めて座らせると影虎に言った。
「この一ノ門咲良が私達の頭です。後は代表者同士でお話合い下さい!」
と、委ねた。
「な、なんじゃと!? このうつけ娘が頭じゃと!? そちのような賢そうな者ではなくてか?」
さすがの影虎も驚いてまことに問い質したが、まことは深く頷いて爽やかに笑った。
「むぅ~ん。そちがなぁ…………」
影虎は少し困惑したが即座に切り替え、立ち上がると咲良の目の前まで行ってどっかと座り、咲良を見詰めた。
(何とも気の抜けた顔ではないか? 凄みの欠片もなさそうだが…………)
だが目を反らすことなく影虎を見詰め続ける咲良を見ているうちになんとなく理解が出来た気がした。
そして唆すように小声で語り掛ける。
「そちは大蛇を見てみたくはないのか?」
「えっ大蛇!? 見たい! 見たい!」
「では一緒に行くな?」
「いっきまぁす!!」
一瞬で影虎の思い通りになってしまった。
「おいおい! 慎重につってんだろがっ! このバカタレ!」
「あんたどうしようもないわ……」
「咲良さん…………」
「みんな静かに! 代表の咲良ちゃんが決めたのならそれに従うしかないわ!」
と、まことはみんなを静止したが、心中穏やかでなかったことは間違いない。
「えっ? えっ!? みんな見たくないの? あたしはスッゴクみてみたいけど…………」
咲良は立ち膝で振り向いてみんなを見てそう言った。
膝上20センチのスカートの中の桃尻が手に取るようにわかる距離に影虎は顔を赤らめた。
「そりゃ一目は見てみたいけど……とりあえず巌鉄斉さんの所へ行った方がよくない?」
茜達は口々に言ったし、柿崎と小島は影虎を見ると更にこう言った。
「殿? いかがなされた? お顔が真っ赤じゃ!」
「?! 本当だわ! お加減が悪いのですか? 影虎様ぁ~」
栞菜は猫なで声で様子がおかしい景虎に問い掛ける。
「さ、咲良さん! 影虎様にお尻を向けるなんて失礼ですよ!」
と、余りにも影虎の顔に咲良の尻が近いことを慌てて指摘したのは姫子だ。
「もしかして影虎さん恥ずかしくて赤面してるんですか?」
まことの問いに影虎は取り乱して言う。
「ば、ばかもの! そんなことはない!」
「え~あたしのお尻そんなに好きぃ~!?」
と、咲良は四つん這いになって腰をくねらせた。
だが光の速さで茜のゲンコツが飛んできたのは言うまでもなし。
「ふぇ~ん。痛いよぉ…………何すんのさ茜ぇぇ!」
「あんたがふざけるからでしょ!」
「…………ごめんなさぁい。でもね、ただ見てみたいってだけじゃないだぁ……なんだか胸騒ぎがするの。なんでだろ?」
やっと落ち着いた影虎は、その言葉に並々ならぬ心眼の持ち主ではないかと直感し、呼吸を整え言葉を繋ぐ。
「よしっ! 決まりじゃ。まずは大蛇じゃ! ワシとお主らはこれから同盟者として対等の立場を用意しよう。そうじゃな、鍛冶ガールの鍛と長尾の長で鍛長同盟じゃ! どうじゃ咲良とやら! わはははははははっ」
「カッコいい! それいいかも! これからヨロシクね、影虎くん!」
もはや誰も咲良に突っ込む者はいなかった。
ここまで影虎と馬が合い、ふざけられる人物を武将連は知らないし、鍛冶ガールらも影虎と渡り合うにはやはり咲良しかいないと、よく分かったからだ。
「鍛長同盟ですって!? まるで薩長同盟じゃない! 面白い!」
栞菜が武者震いして歓喜した。
鍛冶ガール一行はまたも急な展開に言葉も出なかったが、不思議と不安はなかった。
それに咲良が言った胸騒ぎが何かの兆しなのではないかと肌で感じていたのかもしれない。
「ならばよしっ! 柿崎、小島、山吉。出立の準備をせよっ! 戦と思って事に当たれよっ!」
影虎の下知に瞬時に武将連は動き出す。
『ははぁっ!!』
即座に立ち上がり、未だかつて聞いたこともない大きな声でわめき散らしながら廊下を渡っていく。
「急ぎ出立の準備にかかれぇーい! 戦じゃ戦じゃー! 具足を固め駄馬の用意をせいっ! 槍隊・弓隊・それに鉄砲隊それぞれ準備を怠るなぁ!!」
影虎の下知に急に城中が殺気立ち、咲良達もまた緊張したようにお互いを見合うのであった。
次回 7、馬上にて失礼します。




