第二章 8、馬上にて失礼します。
三条城の黒門前に整然と並ぶ越後武士達に咲良は珍しげに見入っていた。
壮観とはまさにこのことか、隊列を組み出陣の時を待つ屈強の兵を前に、影虎以下山吉・柿崎・小島の三将はさすがの貫禄をみせる。
影虎は黒を基調とした鎧に身を固め、腰に竜口を差し落とし自慢の槍を軽々しくも持ちながら、愛馬の鹿毛に跨がっている。諸将も具足から馬に至るまで、こだわり抜いた戦仕立てであった。
見守るように立ち尽くす咲良らに、影虎が馬を寄せると話掛けてきた。
「その方らは徒歩か? 馬か? 要りようであれば馬をあてがうが、」
もちろん乗馬の経験などない咲良は振り返ってみんなに聞いてみる。
「どうする? これから下田だよね? 結構な距離があるっしょ? あたしは乗ったことないけど乗ってみたいなぁ」
「それは私もだけど……いきなり上手くなんて乗りこなせないだろうし。私は歩きでも構わないわ」
と、茜は遠慮した。
「俺も歩きでいいぜ! なんなら走ってもいいし。トレーニングにはもってこいだしな!」
それとなく茜とお揃いになろうとする軍司。
意外なのはここからだった。
「まことさんと栞菜さんは? それに姫ちゃんはどうする??」
「私はもちろん馬を借りるわ」
栞菜のその言葉にまこと以外は驚く。
「栞菜さん馬に乗れるんですか?」
「茜ちゃん、当たり前でしょ」
「なんで乗れんだよ! カンナム先輩!」
ツッコミ担当の軍司が噛みつくと、まことが説明し始める。
「実はね、数年前に急に栞菜が戦国武将のように馬に乗ってみたいって言い出してね。乗馬クラブに通っていたことがあるのよ」
「えっ? じゃあまことさんも乗れるのぉ?」
「えぇ栞菜に無理やり付き合わされてね。だけど上達すると気持ちいいわよ! 馬って賢いし」
「凄い! 姫ちゃんは??」
茜は姫子ににじり寄る。
「姫子も出来れば馬をお借りしたいなと。郷では移動に馬を使っていましたので」
姫子は控えめにだが乗馬を希望した。
「ってことはうちら3人だけ歩きぃ!? ヤダよそんなの! あたしも乗るぅ!」
咲良はごねたが、茜が頭を抑え付けて
「わがまま言わないの! 周りに迷惑がかかるでしょうが!」
咲良がごね、茜が怒鳴ったが、見かねた嵐蔵が助け船を出したくれた。
「せっかくだ、乗って行ったらどうだね? 何だったらワシが馬の口取りをして差し上げますぞ。それに助作さんと格兵衛さんもいるしの」
助作と格兵衛はにっこり笑って、馬の口取りを快くも引き受けると言ってくれた。
やはり人がいい。
結局全員が馬に乗って行くことに決まり、厩に馬を借りに行くことになった。数頭の馬がいたが、嵐蔵は影虎の同意を得て、まずは茜と軍司に相応の馬をあてがった。
姫子は自分で好みの馬を見付け、まことと栞菜に見合った馬を探していたが、咲良はただ1人、1頭の馬に釘付けになっていた。
そんな咲良に気付いた影虎は忠告するように話し掛けた。
「そちはその馬がよいのか? しかしそいつは相当な悍馬(暴れ馬)でな。ワシ以外は乗りこなせぬぞ」
しかし咲良は聞いてはいなかった。
「あたしこの斑な馬がいい! カッコいいし!」
「そちは人の話を聞いておるのかっ! その連銭葦毛はな、疾風という名を付けたほどの速度を誇る馬じゃ! そちには乗りこなせはせん。あまり近付くと後ろ足で蹴られるぞ」
ここでもまた咲良は影虎の話を無視し、疾風と名付けられた馬にそっと手を差し伸べてみた。すると荒い気性のはずの疾風は咲良に近寄って来た。
後ろに伏せていた耳が前を向き、つり上がった目が急に和み、じーっと咲良を見ている。
(ん? これはおかしなこともあるものじゃ。他の者には気を許さぬ疾風がこのたわけ娘には心を開いておるようだ)
かなりの馬好きである影虎は瞬時にそれを読み取ると、急ぎ鞍や轡などを付けさせた。
「じゃ乗りまーす!」
物怖じしない咲良は元気いっぱい疾風に跨がってみた。フワリとスカートが揺れた時、影虎はドキッとし顔を赤らめた。
騎乗の人となった咲良は驚く程しっくりきており、何故か疾風も咲良には心を許している風に見える。
(不思議なこともあるものだ。言い知れぬ秘めた力を持っているかもしれぬな、この小娘)
影虎はここでも直感が働いたが、それは口にはしなかった。もっとも、露になった咲良の太ももが頭から離れなかったこともあるのだが。
全員が騎乗して三将と合流。茜と軍司は助・格に先導してもらっているし、まことと栞菜は経験者だけあってか馴れたものであったし、姫子もお手のものだ。
咲良は少しぎこちなかったが、なんと補助なしで1人で乗って移動している。脇には影虎が付き、あれこれと指南しながらの移動であり、その姿をみた三将は、ほくそ笑んだ。
「みろ! 小島、殿が咲良殿と仲良さげにしておるではないか!」
「ふぅ~む。驚きいった! 殿も二十歳、そろそろ嫁御をもらいなされと再三申して上げておるのに、一向にその気配がない。これは大の女嫌いじゃと決めつけておったが、なんのなんの」
柿崎と鬼小島は影虎が咲良と仲良さげなのを見て喜び、山吉も手綱を両将に向けて、会話に混ざった。
「なんといっても鍛冶ガールの面々はみな愛しげで、美しいですからな! 誰かと良い仲になってくれれば、こんなにめでたいことはないのじゃが!」
と、つい本音が漏れたか。
御家第一、跡継ぎがいるかいないかは、この当時の武門の死活問題でもあったのだ。家臣の心配をよそに、二十歳を過ぎてもなお全く女性に興味を示さない影はむしろ周りから異常とさえ見られ心配されていたわけだ。
ようやく全員が揃い、あとは出陣の下知を待つだけとなった。
皆は鍛冶ガールの跨いだ、ちょうどいい太さのももや手綱を握ったことにより、誇張されたその豊満な胸元についつい目がいってしまう。
チラチラと咲良を見ては赤らめる影虎は山吉にそれを気付かれてなおさら顔を熟れたトマトのようにしつつも大声で言い放った。
「そち達が持っておる手鎚を取り出してかざしてみよっ!」
急な催促に疑問を抱きつつもそれぞれが黒鐵を取り出してかざしてみた。
影虎も腰に差していた竜口を高らかに空に突き差したその時だ。
5本の黒鐵と竜口が光を放ちつつ共鳴しだしたのだ。
「なにこれぇ? 光ってる! 光ってるぅ!」
「な、なんなの!?」
一同は驚いたが、影虎は落ち付きはらって説明を始めた。
「そち達を同道して大蛇見物に行くのは単なる物見遊山にあらず! ワシはそなたらの持つその手鎚を見た時から、ワシの持つこの竜口と同類眷属の逸品であると見抜いていたと思え! これには必ず天意があるものと思え。よいか今は兎に角、行動を共にすることじゃ! よいな、咲良よ」
皆は改めて影虎の先見の明に感服し、鍛冶ガール達の持つ黒鐵はそれぞれが火花のイヤリングで見せた色に光って見せた。
それをどう思ってか咲良は、
「ビックリ! 落とさないようにしまっとこっと」
と、天然発言をして、
「馬上にて失礼します!」
そう言うとさっさと馬首を黒門目掛けて、カッポカポゆっくりと進んで行くのだった。
「なんだぁ? どういう意味だ?」
「さぁね。ただ言ってみたかっただけでしょ。行きましょ助さん」
首を傾げて軍司は茜に質問したが、茜は咲良の行動にいちいち意味などないと呆れぎみに自分も助さんの先導で黒門へ向かう。
「ないわね。意味は」
まことも凛々しく進む。
「意味はなかったかと……」
姫子も軽快に進む。
「あの子に意味なんか求めちゃダメよ。バカね」
栞菜は軍司をけなして進む。
「なにおぅ! 行こうぜ格さん!」
軍司は肩を怒らして格さんの先導のもと進みだした。
「フフン。面白い奴らじゃ! よしっ全軍出陣じゃーーー!!!」
そんな未来人らの会話を面白そうに眺めていた景虎は、声を張り上げて高らかに出発を宣言しゆくのであった。
越後・長尾の軍勢は第一隊を柿崎、第二隊を小島、そして本体に影虎、第三隊に山吉、最後に駄馬隊(荷物運び)+鍛冶ガール一行の隊列を作り、ゆるゆると下田は吉ヶ平の雨生ヶ池目指して行軍するのであった。
次回 9、難敵招来 お前を守りたい!




