115 蜥蜴と蛙と泥の池
二層までは昨日見た砂蜂と水鼠以外に、水中でも活動する水蟻が現れたが、ほとんどが『雷光』で対処できてしまっていた。また、目の詰まった網を用意したために水中で倒しても魔石の回収ができる様になっていた。
「三層もまだ整備されてるみたいだねー」
「ん。鳥人族とは大違い」
「鬼族の人達って几帳面な人が多いのかな? ボクなんだか息が詰まりそうだよ」
「ルーナは少しくらいは見習った方が良いんじゃないの?」
「少しと言わず一杯見習うの!」
通路を東に進んで行き止まりの北にあった扉を開け、広間に入ると南東と北西の隅に既におなじみにも感じる綺麗な円弧を描いた水溜まりがあるのかと思えば、干潟の様な泥が満たされていることに、今度は何だと一行は訝しむ。
「うーわぁー……。これ、どうするの?」
「ん。昨日の改造が機能してるから泥の中の地形も読み取れてる。一番深くて三十センチ無い」
「いや、リーネ? それも大事かもしれないけど、その泥の中に反応があるっぽいんだけど?」
どうしようと考えた末に、相手にしなくても大丈夫だろうと先に進むことにした。
最も狭い所で三メートル程だろう、一列になって足を進めると、ビチャリと、左右から音が響いて来た。
「わっ、急いで!」
駆け足で通り過ぎると後方で水の跳ねる音が聞こえて来た。
扉に取り付きルシアナが罠の確認をしている間は守りを固める様にして、魔物の対処を始めるのだ。
泥の中からは全長八十センチ程の泥蜥蜴が姿を現し、仄かに光って泥の礫を飛ばしてくるのだった。
「わ、ちょっとこれ、やり辛いかも」
「ん。任せる。見えざる暗き炎よ、その熱を奪い去れ………『冷却』」
「冷やすの?『石化』でもするのかと、思ってたけど……っとぉ!」
飛んで来る泥の礫をできるだけ弾けさせずにラウリーとレアーナは各々の武器で受け止めて行く。
「効いて来たようなの!」
「よっし、開いたよー。先行く? 倒しちゃう?」
「うーん、先行こっか」
賛成の声に扉を越えて踏み込んだ先は、扉周辺以外は一面泥に覆われていた。
「「「うーわぁーー………」」」
面倒になった五人は声を合わせて『雷光』を放ち、出て来る間もなく広間の魔物は一掃されたのだった。
「魔石の回収が………」
「ん。諦める」
耳を倒しながら言うリアーネとロレットが『浮揚』を使って奥の扉まで移動する。
その後、泥蜥蜴には出会うことなく下層へと続く階段にたどり着き、下って行くのだった。
四層へと降りて来て扉を開けると、手入れのされていない迷宮本来の姿が現れた。
「やっと、迷宮に来たって気になるね!」
「ん。扉が少ないから、広範囲の探知ができてありがたい」
「あー、そうか。リーネのそれ使ってると、扉の無い方が迷宮の先まで見通せるんだ」
「他の探索者だとそうはいかないもんなー。みんながリーネの魔導具使う様になれば、扉は階段の所だけにしろとか言いだすのかな?」
「ふふふ。そうかも知れないの。でも、一層はそうするわけにもいかないの」
ゴーグルに表示される地図が完成してから一行は足を進める。
三層までの整えられた状態ではなく、素の状態の迷宮内はうっすらと水が滲み出しており、壁面がヌラリと光を反射し、壁際には大小様々に水や泥が溜まっていた。
水蟻や水鼠が穴を掘り巣を作った土が水と合わさり泥となっていた様で、近くでは必ずと言っていい程に泥蜥蜴の姿も見る様になる。
それらも『雷光』で一網打尽に仕留めることはできたのだが、どうにも魔石の回収という点では上手くいかない迷宮であった。
グォーー……、グォーー……、グォーー……。
「何か鳴いてる」
「んーー、牛っぽい?」
「ここに牛って出るんだっけ?」
「ルーナ………、覚えておこうよ。たしか、翠牛ってのが居るんだって言ってたよ」
「ほんとに、ルーナはルーナなの。それからレーアも。翠牛はもっと下の階層なの」
「どういう意味だよー、ロットー」
進んだ先は淵に泥が見える大き目の水溜まりと、少し離れた場所には一面砂が撒かれて水際から離れた位置には砂の塔が見えて来た。
しかし、牛の様な鳴き声は聞こえども、声の主の姿を見ることはできなかった。
「蜂の巣だね」
「ん。砂蜂は任せて。見えざる暗き炎よ、その熱を奪い去れ………『冷却』」
「来たよっ!」
水溜まりを越えた広間の奥からは羽音も高く二匹の砂蜂が飛んで来た。
その音に反応したのか『冷却』の魔法で異常を感じたのか数匹の砂蜂が巣から出て来るがまともに動けるのは先に出て来た三匹だけで、後に続いた砂蜂はいくらも進まないうちに蹲ってしまっていた。
パシュッ! カンッ!
「ラーリも行くよー! 天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………『雷球』!」
「うちだって。焼き滅ぼす炎の力よ、衝撃をもって弾けよ………『火球』!」
砂蜂が近付いてくる前に射撃と魔法が放たれたが、それで仕留められたのは一匹だけであった。それというのも魔法に向かって放たれた水の弾に邪魔をされたからである。
「何今のっ!?」
「何か居るの!」
魔物の反応を頼りに周囲を見回すと、水溜まりから這い出て来た体長五十センチ程ある二匹の潮蛙を捉えることができた。
その間にも砂蜂は近付いて来てゴーグルにバチバチと中るくらいに砂粒を吹き付けて来た。
「セイッ! ハァッ! トーリャーーッ!」
「ヨッ! タァッ! テイッ!!」
間近に迫った砂蜂を二匹ずつ相手取ったラウリーとレアーナは吹き付ける砂を気に掛けることも無くあっという間に仕留め終わるのだった。
その間に近付いて来た潮蛙が水の弾を飛ばしてくるが、皆は声を掛け合いながら全てを躱し切るのだった。
「ん。天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………『雷球』!」
砂蜂の対処の済んだリアーネが潮蛙の一匹に魔法を放つと、痺れたのかベシャリと倒れ込み、ピクリピクリと身を震わせる。
もう一匹の潮蛙は大口を開けて周囲の水溜まりから、どこに入るのだろうという程一杯に水を吸い込み始めた。
「何あれ!? リーネ!」
「ん。みんな避けて!」
「「「わぁーーっ!」」」
潮蛙の正面から左右に別れた五人は直後に筋状になる程勢いよく水が放たれて、リアーネ、ルシアナ、レアーナの三人を追いかけたのだ。
「えーっと、天を奔る猛き輝きよ、我が掌より宿りて放たん………いっくよー!『雷撃手』!」
潮蛙の放水の範囲から外れたロレットが発砲し、続いてラウリーが両の短剣に雷をまとわせて突撃した。
背後から突撃したため潮蛙はラウリーに気付くことなく、放水の勢いを受け止めて四肢を踏ん張ったまま銃を構えるロレットへとジリジリと向きを変えていた。
「ヤァーーッ!」
左右同時に突き出された短剣は潮蛙の背に深々と剣身を埋もれさせると、まとっていた雷が潮蛙の体の中を走り抜け、ビクリと身を震わせて倒れて行った。
後は痺れたり冷やされたりで動けなくなっていた潮蛙と砂蜂に止めを刺していくのだった。
「もういないよね?」
「ん。大丈夫」
「あーー。もぅ! ボクこの迷宮、嫌ーい、面倒臭ーい!」
「ルーナ……判るけどさぁ」
「水とか泥とか厄介なの………」
周囲を見回し魔物の反応がゴーグルの表示から無くなっていることを確認して気が抜けたのか、まだまだ上層であるにもかかわらず皆は疲れが出てしまっていた。
その後も何度か潮蛙などを仕留めて行って、五層に降りたところで早めの野営の準備をすることにしたのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。