116 大きな崖と岩鎧兎
「今のところ、水場は少ないね」
「ん。ちゃんと岩の床があるのは安心できる」
「濡れてるとこは多いみたいだけど、マシには違いないねー」
「ほらほら、そんなことより魔石の回収」
「なの! せっかく沢山倒したんだから、ちゃんと回収するの!」
五層の探索を始めて少し進んだ広間の壁に空いた穴から次から次へと水鼠が現れて、皆が『浮揚』で浮かび上がって安全を確保したうえで『雷光』や『雷球』を何度も放って一掃した結果、一センチ程しかない大きさの水色魔石が無数に散らばることになっていた。
箒と塵取りで掃き集めて篩に掛けてから袋に入れて行くのだが、皆言外に「これは迷宮探索じゃない」と思いながらも他に良い方法も考えつかず、掃除をしている気分になるのだろう不満の声を上げるルシアナを、ロレットがたしなめるて回収して行くのだった。
「結構毛皮も手に入ったけど、これって何かに使えるのかな?」
「んーー? 水中用の装備品にするとかかな?」
「水濡れに強いってこと?」
「そんなこと言ってたと思うよー。染色用の手袋とか、漁師の靴に手袋とか、海辺の街では何かと重宝するんだって」
「これからの探索で必要な場面ってあるの?」
「えっと、手袋と靴と鞄が欲しいかも!」
「ラーリ……それって釣り用じゃ無いでしょうねー?」
「え? そだけど?」
水鼠の革なら迷宮探索に耐えられる程の素材では無いだろうとレアーナが言うと、釣り用には丁度良いのかもしれないと思ったラウリーは、尻尾を揺らしながら何を注文しようかと考え始めるのだった。
「草地になってると安心するね」
「ん。蜂は飛んでるみたいだけどね」
その広間は大きく、無数の岩が行く手を遮りずっと先には砂の塔がかろうじて見えていた。そこかしこに砂蜂が留まっていたり飛んでいるのが見えるが、飛び跳ねては捕まえている三頭の魔物の姿が見えるのだった。
「兎だね」
「ん。二頭……三頭かな」
「なんか、ここの兎、堅そうだね」
「岩っぽいもんね」
「えっと、たしか岩鎧兎なの」
「名前も堅そうだった!」
諦めた様な目をチラリとルシアナに向けたリアーネが大型の狙撃銃に持ち替え準備を始めた。
それというのも遠目に見て岩鎧兎の大きさが体高二メートルを超えている程に大きく、四肢と額以外にも背中に岩でできた様な鱗の鎧をまとっていたからだった。
「ん。土属性向きの銃弾って聞かないね。リーネも思いつかないんだけど、何かあるかな?」
「相性だけで言えば樹属性なの。でも樹属性の攻撃魔法って聞いたこと無いの」
「だよね。いっそ『石変化』とか付与しとけば効いたりしてね」
「ん! 良いかも。こんど準備してみる」
そう言いつつリアーネの用意している銃弾は雷属性弾であった。
「でも、今回はこれかな。世界を支える大樹の子よ、境を隔てる盾となれ………『樹壁』」
ルシアナの魔法によって急成長した低木が葉を茂らせて姿を隠す壁になった。
ラウリー達の魔法にロレット達の射撃の準備が整えば、一斉に攻撃が始められた。
ラウリーとリアーネの攻撃が叩き込まれた岩鎧兎は、こめかみから頭部を弾けさせ一撃で仕留めたのだ。
他三人の狙った岩鎧兎には攻撃自体は鎧の部分を避けて打ち込まれたが、まだまだ仕留めるには至っておらず戦闘態勢を整えて周囲の警戒を始められてしまった。それにつられるようにして、もう一頭の岩鎧兎も守りを固め耳をあちこちに向けながら鼻をヒクヒクとさせて警戒を強めている。
周囲に飛んでいた七匹の砂蜂は動きを止めた岩鎧兎に向かって砂の礫を浴びせながら距離を取り、砂の塔を守る様に奥で固まり始めるのだった。
未だ五人の存在には気付かれていないらしく、二撃目の準備を終わらせてラウリーが射撃の合図をする。
「三、二、一、『雷球』行けっ!」
一斉に放たれた攻撃で更に一頭の岩鎧兎を仕留め、ロレット達の狙っていた方は片目を潰すに終わっていた。
さすがに攻撃場所を気付かれて、傷を負った岩鎧兎が跳ね寄ってくる。
それに呼応する様に砂蜂が追いかけ、岩鎧兎に砂の礫を浴びせ始めた。
三射目の準備を整え射撃体勢に入るリアーネ達と、『樹壁』の影で防御の姿勢を取るラウリー達。
ガッキィーーンッ!
突進して来た岩鎧兎は『樹壁』を飛び越えて圧し掛かって来るが、飛び跳ねた瞬間には左右に分かれて迎え撃つ態勢に入っていた。
レアーナが棍の端を地面に宛がい岩鎧兎に突き出すと、ぐるりと体を反転させて背中から落ちたのだ。そのおかげで一瞬身動きの止まった岩鎧兎に短剣を突き出したラウリーは首筋を狙って斬撃を放ったのだが、厚い鎧に弾かれるのだった。
「ひゃーーっ! 堅いねっ!」
身を捻って起き上がった岩鎧兎をリアーネとルシアナ、ロレットが至近距離から射撃を浴びせて仕留めきるのだった。
「まだまだ来るね!」
ルシアナは次の矢をつがえながら、どれに狙いを定めようかと迫ってくる砂蜂に目を向けた。
パパシュッ! カンッ!
一撃で一匹ずつ仕留めて行けば砂蜂も残るは四匹だが、近付く砂蜂にラウリーとレアーナが武器を振るうと瞬く間に倒してしまった。
「「ふぅーー………」」
「魔物は?」
「ん。まだ砂の塔の中に居る」
形の残っていた砂蜂は念のために首を落として死んでいることを確かめる。それでも体が残っていることから素材として回収をする。
岩鎧兎も魔石以外に鱗と骨付きの肉を残していたので『脱血』を掛けて回収した。
周囲を警戒しながら足を忍ばせ奥へと進み、ある程度の距離からリアーネが『冷却』の魔法で砂蜂を動けなくしてしまうと、砂の塔を崩しながら止めを刺していくだけとなった。
「これだけいると大変だねー」
「ん。十層行かずにこの状況は考えてなかった」
「だねー。下層に行ったらもっと大変なんだろうね」
「中級迷宮だからかこの土地柄か、どっちだと思う?」
「両方じゃ無いの? さぁ、準備ができたら先へ行くの!」
リアーネもいつもの狙撃銃に持ち替えて進む先を示すのだった。
そこから先はまたも水溜まりや泥溜まりが多くなり、ウンザリとしながらも『雷光』を上手く使って足を進め六層へと降り立った。
六層もまた水溜まりが多いのだが、砂地の他に湿地の植物ではあるが草地も見かける様になってきた中で、他とは違う広間の様子に困惑するのだった。
「なんか、魔物がいっぱい居るんだけど、どうする?」
「ん。倒せるけど、あれは素材の回収が難しい」
「『浮揚』で飛んでいけば大丈夫でしょ?」
「うちらの目的って先に進むことだから、わざわざ倒さなくても良いんじゃない?」
「そうなの。あんなの相手にしてたら時間と銃弾ばっかり掛かるの」
大きな広間の中心には底の深い亀裂が走り十メートル以上の幅があるため、対岸に居る多くの魔物に手を出すことは難しかった。
それに対して五人の居る側は細い通路があるだけで、一体の魔物さえ居らず先へと進むことができるのだった。
「山羊に牛に猪。うーん、狐もいるっぽい?」
「ん。狼と蟻、鼠の姿もあるみたい」
双眼鏡で子細に確認する双子は亀裂の下へも目を向ける。
「下の階層かな?」
「ん。そうみたい。確か………これ、ここから下に行った探索者の記録もあるけど、どこにもつながらない隔離部屋みたいになってるって書いてる」
「ありゃ、こんなとこ降りて行った人達が居たんだね」
既に崖下のことも情報があるのかとラウリーとルシアナはがっかりとして肩を落とした。
「ルーナだってその情報が無かったら降りてみようって言いだすんじゃない?」
「確かに言いそうなの」
「でも、どうしてこんなことになってるんだろ?」
「さぁ? 蟻とか鼠が深くまで巣を掘って底が抜けちゃったとかじゃないの?」
「ルーナにしては鋭い考え」
「いつもそれくらい考えててほしいの」
「もー、ボクはいつだって考えて行動してるってー!」
いじられ過ぎたルシアナが声を荒げて抗議する。
宥める意図があるわけでもないが、リアーネは淡々と迷宮のことに話を戻す。
「ん……、この向こうの最近の資料は無い。みんな無理に倒すことが無いから」
「じゃあ、素材取り放題?」
「いっぺんに倒さないと難しいんじゃないかな」
賑やかに話していられるのも魔物が襲ってこれる状態にないことが判っているからだった。
「扉! これで七層だね」
「ん!? 敵!」
下層へと続く階段の手前にある扉の見える広間に着いて、目にしたラウリーが駆けだそうとした時、周囲に魔物の反応があることに気が付いたリアーネが声を上げた。
丈の高い草の生い茂る草原の様な広間に、体高一・五メートルを超える体格でありながら線が細く鋭い印象を持つ六頭の錐狼が一行の声を聞き取り、のそりと身を起こして弧を描く様に近付いて来る。
グルルルルルゥゥ………。
ジリジリと近付いて来る錐狼から目を離さずに、五人は武器の準備を整える。
「一頭ずつ確実に」
「ん。天を奔る猛き輝きよ、衝撃をもって弾けよ………」
パパシュッ! カンッ!
「『雷球』!」
銃弾と魔法の撃ち込まれた一頭は、躱すこともできずに仕留めきることができた。
しかし、残された五頭が一斉に動き始め、巧妙にずらした攻撃で連携を取りながら仕掛けて来たのだ。
「ハッ! タァッ!」
「フッ! ハァッ!」
ラウリーとレアーナは錐狼の振り上げた前肢を打ち払い、後ろへと移動はさせずに死角に入り連携する錐狼の盾に使う。
リアーネ達は誤射を避けるためにも近接する錐狼ではなく、後方から飛び越えて来る錐狼に狙いを付けて射撃をするのだった。
二頭を仕留め一頭は痺れて動けなくなり後はラウリー達が直接対峙する錐狼だけとなる。
そうなればお互いの位置を離して一対一の状況に持って行き、大きな動きで翻弄して躱しざまの攻撃を叩き込んでいく。
しばらくの攻防の後、ラウリーとレアーナは錐狼を倒し切る。
「「はぁーー………、もういない?」」
「ん。大丈夫」
素材を回収し扉を調べて七層への階段を下りて行くのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。




