106 凍った森と氷霜熊
五人は十二層の斜面を登り切った先にある扉を潜り長い階段を下りて十三層へと足を踏み入れた。そこも大きな空間を持つ領域が通路によって複数繋がれている様だった。
「斜面が終わって良かったー」
「ん? 微妙に斜面だよ?」
「え? うそ! ここも斜面?」
「見た感じは平坦だよね。まぁ、ここなら戦槌に換えても大丈夫そうだね」
「うーん……判らないの。ほんとに坂なの?」
「ん。緩やかでも坂は坂、気を付けないと足を取られて転ぶこともある」
草原と低木とちらほらとある樹木が見えるが枯れていたり葉を落とした姿が寒々しく感じる場所だった。
氷晶蟷螂など虫の魔物を多く見かけることになるが、見晴らしが良いために近付かれる前に狙撃だけで仕留めて行った。
いくつかの領域を越えた頃、パリッ……と、足元から小さな音が聞こえて来た。
「ひゃーー。氷張ってるよ! 寒いと思ったの気のせいじゃ無かったよー!」
「ん。帰りたい……炬燵……」
「こらこらこら! ボクらは進まなきゃいけないんだよ!」
「ほら、くっついてていいから。先を急ごうよ」
「そうなの。じっとしてたら余計に寒いの」
耳を倒して尻尾を巻き付け改めて周囲を見回す双子にルシアナ達は呆れたような声を出す。
しかし、このまま進めば氷に足を取られると感じたリアーネは、靴に付ける爪の作成を提案し、レアーナと共に腰鞄から取り出した硬銀の砂粒で手早く作っていくのだった。
革の止め帯も付けていき全員分を用意している間に、二人を守るルシアナ達が数匹の氷晶蟷螂を狩っていた。
「ん。これを付ければ大丈夫」
「みんなぐらつくところは無い? あったら言ってね。ほら、軽く動いて確かめて」
寒そうに手を擦りながら言うリアーネとレアーナに言われるままに爪靴を取り付け装着感を確かめる。
少しの修正で問題も無くなり、行動食という名のお菓子を口にしてから探索を再開した。
進んで行った森の中はすっかり地面が氷に覆われた様になっており、樹間に張られた蜘蛛の巣が凍って崩れた場所や樹皮が食べつくされた木が沢山見られる様になっていた。
「蜘蛛……ここなら普通に戦えるよね?」
「鹿も居るんだろうね……爪靴無かったらどうなってたことか、考えたくないよ」
「そうなの。あと、蟷螂はもう要らないの」
「ラーリ早くお家返りたい」
「ん。いつまでもこんな所に居られない」
リアーネはガシャリと装弾して狙いを付けて発砲し、樹上から近付いていた氷晶蟷螂の頭を撃ち抜いた。
「また蟷螂だ、えっと……右に鹿の群れ発見」
「ん。左寄りに行こうか。鹿の群れには突撃したくない」
「「「賛成ー」」」
ラウリーが止まれと合図を出して双眼鏡で確認すると、樹々に遮られて体の一部しか見ることはできないが三十メートルほど先に体長四、五メートル程はありそうな大きな氷霜熊が五人の右側奥から左側手前へと向かって歩いていた。
「リーネ、狙える?」
「ん。できなくはないけど、一撃で仕留めるのは難しそう」
「ボクとロットも一緒に撃っても中り所が良くても三斉射は必要じゃない?」
「この距離じゃ、うちらは近付かれること前提で防御の準備が必要だよね」
「さすがに二射目からは避けられるか何かあるの。倍は見積もるの」
そんなことを話しているうちにリアーネは大型狙撃銃に持ち替えて弾倉を装着する。
「ね、この足場でやるの?」
「ん………。自由な風現れよ、力強き風は我が身を共に空へ運べ………『浮揚』。これで大丈夫」
爪靴を付けていても相手を考えると不安を感じたラウリーの言葉に、リアーネが魔法を掛けると問題は解決したと狙いを付けて様子を覗い始めた。
「周囲に他の探索者なし。リーネ、いつでも撃っていいよ」
双眼鏡を手に周辺の確認をしていたラウリーが言うと同時に小さな発砲音が響き、それに遅れてロレットとルシアナが射撃した。
音より早く放たれた弾丸は氷霜熊の右目を突き抜けて行き衝撃に弾かれ体勢を崩す。そこに追撃の銃弾が鼻先を掠めて過ぎて、首元に矢が刺さった。
ガァァァァァァァーーッ!
痛みと怒りと威嚇のために立ち上がった氷霜熊が腕を振り上げ咆哮を上げると、体が光って氷が鎧の様に覆っていった。
その隙に装弾を済ませて狙いを付けて二射目を放とうとするが木が邪魔をして動きを待つことになる。
ひとしきり吠えた後、氷霜熊は周囲を見回し五人の存在に気が付いたようで、行く手を塞ぐ細い木などは邪魔だとばかりに打ち払って近付いてくる。
射線が通った隙を逃さずリアーネ達は発砲し、迎え撃つために下がりながら位置取りをする。
正面にはラウリーとレアーナに庇われる形でリアーネがつき、右にルシアナ、左にロレットが散開し三射目の射撃を加えるが、氷の鎧を砕くだけで傷を負わせることはできていないようだった。
それを確認するまでも無く、近接距離にまで近づいて来た氷霜熊と距離を取るため後衛三人はさらに後退した。
「思った以上に厄介だよ、あの熊!」
「それでも射撃は続けるの!」
遮る物の無くなった氷霜熊が魔法の発光を漏らしながら凍った地面を滑る様に近付き沢山の氷の礫を放ってくる。
「「わぁーーっ!!」」
声を上げながらも武器で弾きながら躱していくラウリーとレアーナに対してリアーネは礫の来ない高さまで『浮揚』を操作し浮き上がる。
「ん。大いなる地の礎よ、我の望む姿を与える………『土変形』!」
リアーネの魔法によって氷霜熊の前方に穴が開くが、薄氷が覆い隠していたために即席の落とし穴ができ上がった。
滑り寄って来ていた氷霜熊の重さに耐えられなかった氷が割れて、穴の底に落ちて壁に頭をぶつけて跳ね返りフラフラと頭を揺らすが、その穴もせいぜいが二メートルの深さしかなく大した傷を負わせられる様な物では無かった。
「今だーーっ! セイッ! ハァーーッ!」
「よっし! ドッセーイッ!」
動きを止めた氷霜熊にラウリーとレアーナの連撃が加えられ、体勢を持ち直した氷霜熊が立ち上がって腕を振り回すのに合わせる様に大きく距離を取る。
カンッ! パシュッ! パシュッ!
と、立て続けに氷霜熊の氷鎧のラウリー達の攻撃でできたひび割れた個所を狙い撃ち、表皮がさらけ出されたところにレアーナの戦槌が振り落とされた。
グッ、ガァァァァァーーッ!?
視線を彷徨わせフラリと尻もちを着いた氷霜熊の首元にラウリーが両の短剣を突き入れて、切り払えば力を失い身を横たえたと共に氷の鎧が割れて行く。
「えっと……、もう死んでる?」
「ん。大丈夫」
「「「はぁーー………」」」
しばらく待てば魔石以外に骨と肉はほとんど残り他は溶けて消えて行った。
「入るかな? ラーリのは無理そう」
「ん。リーネも余裕ない」
「ボクのだっていっぱい入ってるよ」
「私の魔法鞄もこれは入らないの」
皆が魔法鞄の残りの容量を確認し、このままでは入りそうにないと判断する。詰め替えて空きを作ろうかと提案しようとしたところで、レアーナが問題無いと声を上げた。
「ついに台車の出番が来たか……でもこれって普段は邪魔なんだよなぁ……」
「「「なぜ作ったし」」」
レアーナが魔法鞄から取り出したのは一輪車付きの大容量魔法鞄。リアーネが改造に手を貸して現在何も入れられていない外見の大きさがおよそ百リットル。内容量に至っては三十キロリットル近くなり、補助の二輪と合わせて三輪で押すこともできるため、よほどの大物でも仕留めない限りは一度の迷宮探索で素材の回収を諦めるようなことには、ならないだろうと期待している物でもあった。
素材を回収してから台車を押すのはレアーナに任せて次の階層を目指して進むのだった。
読んでいただけた方が楽しいひと時を過ごすことができれば幸いです。
1月9日 まで毎日 朝7時 に更新します。




