「最高のライバルを越えろ」
「決闘開始!」
直後、何かが激突した音が鳴り響く。目の前ではネイとシャノンが、既ににらみ合うような形。恐らく一撃お見舞いし合ったのだろう。
そんなの、気にするな。前線の行方など見なくていい。俺は俺の戦いを。
「ライフ・エッセンス!」
対象はネイ。これで体力を視覚的に、バーの形にして見る事ができる。今の一打で既に1割程度削られたか。
「カウンター・セット・マジック、ヒール!」
高速戦闘が行われるのなら、瞬く間に、そうだな、7、8割程度は削られてしまうだろう。無理もない。今のネイは転職したてのアヴェンジャー。防御系統を鍛える時間は無かった。
だからこそ、ヒールを待機状態で常駐させる。この魔法で回復できるのは現体力の2割。つまり、2割削られたら即発動するようにしておく。
「デュアル・マジック、フレイム・フィールド!」
ノエルの奴、ここで広域持続ダメージをばら撒く魔法だと。馬鹿な。あれは敵味方を区別しない。シャノンは雷属性。そっちの方が痛手のはず。
でも、そんな心配をする余裕は無い。ネイの体力が秒間1%も減らされている。
「エンチャント! 火属性!」
俺とネイに火属性を宿す。これで秒間0.5%に抑える事が可能だ。
そのタイミングを見計らってくれたのだろう。ネイの体力が一気に目減りして、会場が湧いた。
「おぉ、クリティカル・ヒット!」
「うわ、痛そー!」
「馬鹿だよな、どう足掻いても勝てる相手じゃないってのに!」
見ると、ネイが胸元を大きく切り裂かれて大量の血を噴き出していた。減らされた体力は8割強。ここに持続ダメージが入ると死んでしまう。
「デュアル・マジック、ヒール!」
これで4割。でもまだ足りない。ヒールを重ねがけして何とか8割程度まで引き上げる。
「へぇ、シン。デュアル式を習得していたのね?」
「当り前だ。俺を誰だと思っている?」
「えぇ、そうね。でも、これならどうかしら!? デュアル・マジック! インフェルノ!」
あれはマズい。広域を焼き払う上級火属性魔法。いくら火属性の耐性を付けているといっても、大ダメージは免れない。
「カウンター・セット・マジック、ヒール!」
「ほらほら、間に合うかしら!?」
ネイの体力が削られる。シャノンが退かない。斬撃の雨あられを繰り出しているのだろう。馬鹿な。道ずれにするつもりか。
これは俺にも見えた。一瞬で目の前が、俺自身もまた業火で焼き尽くされるその一瞬が。ネイの体力、残り3割。俺も何とか無事。一方で、向こうはポーションを飲んで、恐らく全快していた。
「一方的じゃないか!」
「無様だな、頭でっかちはよ!」
「それに付いて行くネイもネイだ。本当に馬鹿だよな!」
野次が聞こえる。でも、お生憎様だな。
ネイの方を見ると、ニヤリと笑いながら頷いてくれた。そっちの準備も整ったか。良し、始めるとするか。
「なぁ、ノエル。ひとつ良い事を教えてやろうか?」
「……良い事?」
怪訝な顔をされる。まぁ、押しているのは向こうだからな。まるで命乞いでもされている気分なのだろう。
構わず、俺は言葉を続ける。
「あぁ、支援魔法士ってのはな、攻撃に参加できない分、味方のサポートをする職だ。盾、命そのものと言ってもいい」
「それがどうかした? 時間稼ぎのつもりなら……」
「いいや、そうじゃない。だからさ、見ているんだよな。戦場全体を」
「何が言いたいの?」
俺はノエルだけから、決闘場全体へ向けて言葉を聞いて貰えるように、声を張り上げて宣言する。
「勝利のピースは全て揃った! ここから先はワンサイド・ゲーム! 思う存分、堪能してくれ!」
「面白い戯言ですね!」
シャノンが反応した。よし、前衛からまず叩き潰してくれる。
俺はネイと一瞬だけアイコンタクトを取って、魔法式の入力を開始する。
「カウンター・セット・マジック! ヒール! ワンアクション・ディレイ!」
ネイの体力が目減りして、ほぼゼロになった。その瞬間。凄まじい轟音が鳴り響いた。音源、決闘場の壁を見ると、気を失ったシャノンがめり込んでいる。
「な……い、一体……何が……?」
これは誰の声だろう。ノエルも、外野も、揃えて同じ疑問を口にしてくれた。
傷だらけのネイが不敵な笑顔を浮かべて戻って来る。俺たちはハイタッチを交わした。
「ば……馬鹿なっ!?」
その中で唯一理解してくれたのだろう。俺に魔法のイロハを教え直してくれた先生、プリシア先生だけが驚きの声を上げてくれる。
「まさか、ここまでの大技を見せられるとは。いやはや、私の目に狂いは無かった」
「あの、先生。何が起こったのでしょう?」
「特別だ。順を追って説明してやろう。まずカウンター・ヒールはな、端的に言うとネイの体力が減ったら自動でヒールがかかるようにする魔法だ」
「それは……凄いですね。ポーションと違い、攻撃を受けた瞬間に回復するなんて。支援魔法とは、それだけの可能性を秘めているのですか?」
「ははは、笑わせるな。この程度で驚いて貰っては困る。ワンアクション・ディレイもかかっているが、一体、どんな動作に合わせているか分かるか?」
「ディレイについてから解説して貰えませんか?」
「あぁ、そうだな。簡単に言えば遅延魔法だ。具体的にどのくらいの遅延か、それはワンアクション。恐らくネイが一発殴ったら、としているだろう。だからあえてノーガードで攻撃を受けてから繰り出した。アヴェンジャー・アタックを」
「……そういえば聞いた事がある。職特性を利用するため、あえてダメージを受けて能力を高めてから攻撃する、アヴェンジャー職の最終手段でしたか?」
「そうだ。ただし……お前なら気付いただろう? ネイの奴、攻撃をただ受けただけじゃない。ワザと急所に当てさせて、致命傷一歩手前の傷を負ってから攻撃をしている」
「急所に……当てさせて……」
流石は先生だ。俺の狙いを完璧に読み切っている。
そうだ。さっきまでは防戦一方だったのではない。あいつらの攻撃を受けて、どのくらいダメージを貰うのか計っていたのだ。あの体力を8割強も削られたのはこちらが弱かったからではない。データを取るためだったのだ。
「な……なんだ、そんなせこい事をしていたのかよ」
「や、やっぱり屑は発想が違うな」
外野からそんな言葉がポツポツと飛び出し始める。
これに対して、俺たちが何かを言う前に先生が一喝する。
「ならお前らにできるか!? ヒールがかかると分かっていても、一歩間違えたら致命傷になる攻撃を受けられるか!?」
戦士たちは急所を外させ、少しでもダメージを減らすように動く。でもネイのやっている事は全くの真逆。狂気の沙汰と言ってもいい行為だ。そんな事できやしない。
その証拠に外野は勿論、第13階層を突破した先輩ですら、言葉を失っている。
「反対に、少年は支援魔法士だ。攻撃手段は無い。ネイが負けたら終わりというのに、何より大切な恋人が死ぬかもしれないというのに、ワンアクション・ディレイを絡めている。聞こう。できるか、そんな命を賭けた微調整が?」
「私には……無理だ」
先輩はようやく、それだけ絞り出した。他に言葉は無い。
「できないだろうな。あぁ、そうだろうよ。私だって不可能だと思う。だが、あいつらはやった。やってのけた。お互いに並々ならぬ信頼があるからこその、究極のタッグ技と言っていい」
そう、これが俺たちの戦い。ネイは俺の剣、俺はネイの盾。2人で1人。お互いに信頼し合っているからこそ成し遂げられた攻撃だ。
「……なるほど、これが支援魔法士としての矜持」
ノエルが声を出して笑い出す。それでも足りず、腹まで抱えてしまった。それから少しして、戦士の笑みを浮かべる。
「これこそ支援魔法の本質なのね。自分のためじゃない。大切な人のための力。それをよりにもよって……こんな……最高じゃない! やっぱり貴方は最高のライバルよ!」
ここか。決着の時は。ネイにありったけのヒールをかけてから、前を、剣を任せる。
ミノタウロス戦を思い出す。魔法士ノエルを討つのなら、余計な攻防は不要。一瞬の攻防で全てを出し切り、それを乗り越えて初めて勝利を掴む事ができる。
ノエルは杖を構え、魔法陣を展開した。
ネイがこちらを一度振り返る。頷き合う。そして駆け出す。
俺は魔法陣を展開した。残りの魔力全てを乗せて。
「……何もかも持っていながらそれに甘えず」
「……何もかも持っていなくてもそれに甘えず」
目が合う。なるほど、考えている事は同じか。ノエルはクロイツ家の次期当主としての才能、教育環境なんかが揃っていた。一方で俺は、才能は壊滅的、環境は平凡だった。両極端な俺たちだけど、どちらも、己の持つ全てに甘える事をしなかった。
「「ただひたすらに、前へ、上へ、高みへと」」
声が重なる。知っているから。俺たちは一緒に魔法士を目指して切磋琢磨していたから。
「「その姿をいつも目で追っていて、いつも目標にしていた」」
何もかも違うけど、俺だって、最高のライバルだと心から思えていたから。
「「そうだ、これは意地!」」
そう、だからこそ、これは意地。一緒に努力してきたからこそ、負けたくないから。認めて貰いたいから。
「「栄光も名誉も要らない!」」
俺たちが望んだのは魔法士としての更なる力だけだから。
「「ただぶつけたい、見せ付けたい!」」
ライバルに力をぶつけて、見せ付けて、もっと上を目指したいから。
「「貴方(貴女)を心から尊敬するからこそっ!」」
それを受け止めてくれるお前を心から尊敬していたから、だから、
「「己の信じた魔法でもって、この誇り高い魔法士(高い壁)を越えてみせるっ!」」
この勝負。何としても勝つ。
「デュアル・インパクト・マジック! イグニッション・バーストッ!」
「デュアル・カウンター・セット・マジック! ヒール、ワンアクション・ディレイ!」
爆発が起こる。ノエルは壁へ、ネイは俺の目の前へと飛ばされた。両者ダウン。しかし、どちらも動きがある。
先に、いや、唯一立ち上がったのは。
「……シンとなら越えるよ、どんな壁も、死すらも」
ネイだった。ボロボロの体ながら、拳を天高く突き上げて勝利を掴む。やがて力尽きたのか倒れそうになって、俺は後ろから抱えた。
「ありがとう……ネイ。こんな無茶に付き合ってくれて」
「あはは……あったかいね、シンは。本当に……あったかいよ」
――勝者、シン&ネイ!
勝利のアナウンスが聞こえる。でもどこか遠くに聞こえていた。俺たちは勝った。乗り越えたのだ。あのノエルに。俺が魔法士として目指して、ミノタウロスさえ単独撃破したあいつに。
勝利の余韻に浸りながら、俺たちはどちらからともなくキスしていた。




