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支援魔法士 ≒ 戦場の支配者  作者: るちぇ。
第2章 「魔法士の矜持」
15/30

「最高のライバルを越えろ」


「決闘開始!」


 直後、何かが激突した音が鳴り響く。目の前ではネイとシャノンが、既ににらみ合うような形。恐らく一撃お見舞いし合ったのだろう。

 そんなの、気にするな。前線の行方など見なくていい。俺は俺の戦いを。


「ライフ・エッセンス!」


 対象はネイ。これで体力を視覚的に、バーの形にして見る事ができる。今の一打で既に1割程度削られたか。


「カウンター・セット・マジック、ヒール!」


 高速戦闘が行われるのなら、瞬く間に、そうだな、7、8割程度は削られてしまうだろう。無理もない。今のネイは転職したてのアヴェンジャー。防御系統を鍛える時間は無かった。

 だからこそ、ヒールを待機状態で常駐させる。この魔法で回復できるのは現体力の2割。つまり、2割削られたら即発動するようにしておく。


「デュアル・マジック、フレイム・フィールド!」


 ノエルの奴、ここで広域持続ダメージをばら撒く魔法だと。馬鹿な。あれは敵味方を区別しない。シャノンは雷属性。そっちの方が痛手のはず。

 でも、そんな心配をする余裕は無い。ネイの体力が秒間1%も減らされている。


「エンチャント! 火属性!」


 俺とネイに火属性を宿す。これで秒間0.5%に抑える事が可能だ。

 そのタイミングを見計らってくれたのだろう。ネイの体力が一気に目減りして、会場が湧いた。


「おぉ、クリティカル・ヒット!」

「うわ、痛そー!」

「馬鹿だよな、どう足掻いても勝てる相手じゃないってのに!」


 見ると、ネイが胸元を大きく切り裂かれて大量の血を噴き出していた。減らされた体力は8割強。ここに持続ダメージが入ると死んでしまう。


「デュアル・マジック、ヒール!」


 これで4割。でもまだ足りない。ヒールを重ねがけして何とか8割程度まで引き上げる。


「へぇ、シン。デュアル式を習得していたのね?」

「当り前だ。俺を誰だと思っている?」

「えぇ、そうね。でも、これならどうかしら!? デュアル・マジック! インフェルノ!」


 あれはマズい。広域を焼き払う上級火属性魔法。いくら火属性の耐性を付けているといっても、大ダメージは免れない。


「カウンター・セット・マジック、ヒール!」

「ほらほら、間に合うかしら!?」


 ネイの体力が削られる。シャノンが退かない。斬撃の雨あられを繰り出しているのだろう。馬鹿な。道ずれにするつもりか。

 これは俺にも見えた。一瞬で目の前が、俺自身もまた業火で焼き尽くされるその一瞬が。ネイの体力、残り3割。俺も何とか無事。一方で、向こうはポーションを飲んで、恐らく全快していた。


「一方的じゃないか!」

「無様だな、頭でっかちはよ!」

「それに付いて行くネイもネイだ。本当に馬鹿だよな!」


 野次が聞こえる。でも、お生憎様だな。

 ネイの方を見ると、ニヤリと笑いながら頷いてくれた。そっちの準備も整ったか。良し、始めるとするか。


「なぁ、ノエル。ひとつ良い事を教えてやろうか?」

「……良い事?」


 怪訝な顔をされる。まぁ、押しているのは向こうだからな。まるで命乞いでもされている気分なのだろう。

 構わず、俺は言葉を続ける。


「あぁ、支援魔法士ってのはな、攻撃に参加できない分、味方のサポートをする職だ。盾、命そのものと言ってもいい」

「それがどうかした? 時間稼ぎのつもりなら……」

「いいや、そうじゃない。だからさ、見ているんだよな。戦場全体を」

「何が言いたいの?」


 俺はノエルだけから、決闘場全体へ向けて言葉を聞いて貰えるように、声を張り上げて宣言する。


「勝利のピースは全て揃った! ここから先はワンサイド・ゲーム! 思う存分、堪能してくれ!」

「面白い戯言ですね!」


 シャノンが反応した。よし、前衛からまず叩き潰してくれる。

 俺はネイと一瞬だけアイコンタクトを取って、魔法式の入力を開始する。


「カウンター・セット・マジック! ヒール! ワンアクション・ディレイ!」


 ネイの体力が目減りして、ほぼゼロになった。その瞬間。凄まじい轟音が鳴り響いた。音源、決闘場の壁を見ると、気を失ったシャノンがめり込んでいる。


「な……い、一体……何が……?」


 これは誰の声だろう。ノエルも、外野も、揃えて同じ疑問を口にしてくれた。

 傷だらけのネイが不敵な笑顔を浮かべて戻って来る。俺たちはハイタッチを交わした。


「ば……馬鹿なっ!?」


 その中で唯一理解してくれたのだろう。俺に魔法のイロハを教え直してくれた先生、プリシア先生だけが驚きの声を上げてくれる。


「まさか、ここまでの大技を見せられるとは。いやはや、私の目に狂いは無かった」

「あの、先生。何が起こったのでしょう?」

「特別だ。順を追って説明してやろう。まずカウンター・ヒールはな、端的に言うとネイの体力が減ったら自動でヒールがかかるようにする魔法だ」

「それは……凄いですね。ポーションと違い、攻撃を受けた瞬間に回復するなんて。支援魔法とは、それだけの可能性を秘めているのですか?」

「ははは、笑わせるな。この程度で驚いて貰っては困る。ワンアクション・ディレイもかかっているが、一体、どんな動作に合わせているか分かるか?」

「ディレイについてから解説して貰えませんか?」

「あぁ、そうだな。簡単に言えば遅延魔法だ。具体的にどのくらいの遅延か、それはワンアクション。恐らくネイが一発殴ったら、としているだろう。だからあえてノーガードで攻撃を受けてから繰り出した。アヴェンジャー・アタックを」

「……そういえば聞いた事がある。職特性を利用するため、あえてダメージを受けて能力を高めてから攻撃する、アヴェンジャー職の最終手段でしたか?」

「そうだ。ただし……お前なら気付いただろう? ネイの奴、攻撃をただ受けただけじゃない。ワザと急所に当てさせて、致命傷一歩手前の傷を負ってから攻撃をしている」

「急所に……当てさせて……」


 流石は先生だ。俺の狙いを完璧に読み切っている。

 そうだ。さっきまでは防戦一方だったのではない。あいつらの攻撃を受けて、どのくらいダメージを貰うのか計っていたのだ。あの体力を8割強も削られたのはこちらが弱かったからではない。データを取るためだったのだ。


「な……なんだ、そんなせこい事をしていたのかよ」

「や、やっぱり屑は発想が違うな」


 外野からそんな言葉がポツポツと飛び出し始める。

 これに対して、俺たちが何かを言う前に先生が一喝する。


「ならお前らにできるか!? ヒールがかかると分かっていても、一歩間違えたら致命傷になる攻撃を受けられるか!?」


 戦士たちは急所を外させ、少しでもダメージを減らすように動く。でもネイのやっている事は全くの真逆。狂気の沙汰と言ってもいい行為だ。そんな事できやしない。

 その証拠に外野は勿論、第13階層を突破した先輩ですら、言葉を失っている。


「反対に、少年は支援魔法士だ。攻撃手段は無い。ネイが負けたら終わりというのに、何より大切な恋人が死ぬかもしれないというのに、ワンアクション・ディレイを絡めている。聞こう。できるか、そんな命を賭けた微調整が?」

「私には……無理だ」


 先輩はようやく、それだけ絞り出した。他に言葉は無い。


「できないだろうな。あぁ、そうだろうよ。私だって不可能だと思う。だが、あいつらはやった。やってのけた。お互いに並々ならぬ信頼があるからこその、究極のタッグ技と言っていい」


 そう、これが俺たちの戦い。ネイは俺の剣、俺はネイの盾。2人で1人。お互いに信頼し合っているからこそ成し遂げられた攻撃だ。


「……なるほど、これが支援魔法士としての矜持」


 ノエルが声を出して笑い出す。それでも足りず、腹まで抱えてしまった。それから少しして、戦士の笑みを浮かべる。


「これこそ支援魔法の本質なのね。自分のためじゃない。大切な人のための力。それをよりにもよって……こんな……最高じゃない! やっぱり貴方は最高のライバルよ!」


 ここか。決着の時は。ネイにありったけのヒールをかけてから、前を、剣を任せる。

 ミノタウロス戦を思い出す。魔法士ノエルを討つのなら、余計な攻防は不要。一瞬の攻防で全てを出し切り、それを乗り越えて初めて勝利を掴む事ができる。

 ノエルは杖を構え、魔法陣を展開した。

ネイがこちらを一度振り返る。頷き合う。そして駆け出す。

 俺は魔法陣を展開した。残りの魔力全てを乗せて。


「……何もかも持っていながらそれに甘えず」

「……何もかも持っていなくてもそれに甘えず」


 目が合う。なるほど、考えている事は同じか。ノエルはクロイツ家の次期当主としての才能、教育環境なんかが揃っていた。一方で俺は、才能は壊滅的、環境は平凡だった。両極端な俺たちだけど、どちらも、己の持つ全てに甘える事をしなかった。


「「ただひたすらに、前へ、上へ、高みへと」」


 声が重なる。知っているから。俺たちは一緒に魔法士を目指して切磋琢磨していたから。


「「その姿をいつも目で追っていて、いつも目標にしていた」」


 何もかも違うけど、俺だって、最高のライバルだと心から思えていたから。


「「そうだ、これは意地!」」


 そう、だからこそ、これは意地。一緒に努力してきたからこそ、負けたくないから。認めて貰いたいから。


「「栄光も名誉も要らない!」」


 俺たちが望んだのは魔法士としての更なる力だけだから。


「「ただぶつけたい、見せ付けたい!」」


 ライバルに力をぶつけて、見せ付けて、もっと上を目指したいから。


「「貴方(貴女)を心から尊敬するからこそっ!」」


 それを受け止めてくれるお前を心から尊敬していたから、だから、


「「己の信じた魔法でもって、この誇り高い魔法士(高い壁)を越えてみせるっ!」」


 この勝負。何としても勝つ。


「デュアル・インパクト・マジック! イグニッション・バーストッ!」

「デュアル・カウンター・セット・マジック! ヒール、ワンアクション・ディレイ!」


 爆発が起こる。ノエルは壁へ、ネイは俺の目の前へと飛ばされた。両者ダウン。しかし、どちらも動きがある。

 先に、いや、唯一立ち上がったのは。


「……シンとなら越えるよ、どんな壁も、死すらも」


 ネイだった。ボロボロの体ながら、拳を天高く突き上げて勝利を掴む。やがて力尽きたのか倒れそうになって、俺は後ろから抱えた。


「ありがとう……ネイ。こんな無茶に付き合ってくれて」

「あはは……あったかいね、シンは。本当に……あったかいよ」


――勝者、シン&ネイ!


 勝利のアナウンスが聞こえる。でもどこか遠くに聞こえていた。俺たちは勝った。乗り越えたのだ。あのノエルに。俺が魔法士として目指して、ミノタウロスさえ単独撃破したあいつに。

 勝利の余韻に浸りながら、俺たちはどちらからともなくキスしていた。

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