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第63話 伊藤マジック

■1567年 7月28日昼

 美濃国 郡上八幡東北東

 吉田川東岸 石島軍


 俺達の進軍は、一切の抵抗を受ける事無くココまで進んだ。

 別府さんが抑えた地域に入ると、別府さんの手配で道案内まで付くという状況にで悠々と進むことが出来た。


(合戦って感じしないなぁ)


 これらは全て、伊藤マジックによるものだ。


 俺と陽が祝言を上げた二十二日の三日前の十九日、俺たちが湯治場から戻ったその日のうちに、伊藤さんと金田さんは郡上に入ったらしい。


 伊藤さんは金田さんを連れて郡上中の商店を回り、色々な物を注文しては「二十三日に取りにくるから宜しく頼む」と言って、気前よく前払いで支払を済ませて回ったそうだ。


 座で組織された商人の間で、そんな気前のいい客はすぐに評判になる。


 金田さんは翌日すぐに尾張へ向かい、その日のうちに小牧山で丹羽長秀さんに出陣の日程を告げると、とんぼ返りで郡上へ。



 金田さんが郡上に到着したのは二十二日の昼、ヘトヘトの金田さんはそのまま宿でぶっ倒れたらしいが、丹羽さんとやり取りが上手くいった事を確認した伊藤さんは作戦の決行を決意。


 伊藤さんは単身大原に戻ると、姉小路さんから譲り受けた新兵さん三十人に、それぞれ単独行動の上でその日のうちに郡上へ入るよう命令し、伊藤さん自身も郡上へ戻る。



 翌二十三日、商品の受け取りの日、伊藤さんは商店で品を受け取るとそれを新兵さんに持たせ、自身は次の商店に向う。


 座を通して評判になっていた伊藤さんは、行く先々で「そんなに大量に買ってどうするのか?」と尋ねられたそうだ。普通ならそこで噂話を吹き込んでしまいそうだが、伊藤さんはあえて「それは申せません」と笑顔で躱し続けたらしい。


 それでも、一番おしゃべりそうな呉服屋の女将さんにだけ、【噂話:美濃三人衆が織田方に寝返った】を吹き込むと、きつく口止めし、「逃げる時はコレを使ってください」と、口止め料まで払ったそうだ。



 たった一人である。



 その女将さんにしてみれば、商人仲間が口を揃えて「教えてくれなかった」と言う【評判の客が買い溜めしている理由】を、自分一人だけが知っている事になる。口止め料もあり、その理由を呉服屋の女将は信じて疑わなかったはずだ。



 そして、元々おしゃべりな性分であれば、黙ってはいられないだろう。


 しかし、商人仲間の誰もが教えてもらえなかったその客から、自分だけが「教えてもらった」等と言っては誰も信じてはくれないし、口止め料まで貰ってしまっている。


 それでも誰かに話したい女将さんの口からは「旅の人から聞いた話だけど」と噂話の出所が変わってしまうのだ。



 伊藤さんは更に、これまたお喋りが好きそうな饅頭屋の親父にも別の【噂話:美濃三人衆が寝返れば、石島が兵を挙げるだろう】を吹き込んでおいた。



 美濃三人衆が裏切らない限り、この噂話は予想の範疇を出ない、単なるヨタ話しで終わるのだが、事実であると信じて疑わない呉服屋の女将さんが発した【美濃三人衆が織田方に寝返った】という噂話が広がりを見せると、その尾ひれとなって急速に現実味を帯びてくる。



 後はもう、放って置けばいいだけだ。

 人の口に戸は立てられないと言う。



 その種まきを完了させた二十三日、商店で品物を受け取った新兵さん達は、その日のうちにそれを俺の屋敷に運び込み、祝いの品だと言って広間に置いて行ったそうだ。



(確かに、知らない人が多かったから変だと思ったんだよね)



 そして噂が広がり始めた二十六日、金田さんは「噂話を聞きつけた」と郡上八幡城を訪問、改めて剃り丸めた頭で謝罪。

 その間、伊藤さんは予てから遠藤さんとの不仲が問題になっていた別府さんと密談。



 別府さんに対して「噂話が本当になったらどうするか」と尋ねたそうだ。

 別府さんは「先立つ物があれば遠藤と戦いたい」と打ち明けたそうで、祝言の時に遠藤さんから届けられた祝いの品は、そっくりそのまま別府さんの屋敷に運び込まれた。



 そして昨日、七月二十七日。


 伊藤さんは新兵さん三十騎を連れて先駆けると、これに別府さんが呼応。伊藤さんは山間の砦を次々と周り、「織田に降伏するか逃げるかしたほうがいい」と説得して回った。


 そもそも、城下と離れた山間の砦では限られた情報しか入ってこない上に、その実態を自分の目で見る事が出来ない。


 入り込んだ噂話に翻弄されまくっていたそうだ。


 そして何より、あえて「石島に降伏しろ」と言わない辺りが、逼迫した状況を演出したと思う。



 そんな伊藤マジックに守られ、俺達は今日、ついに郡上八幡城の東北東、歩いて一時間もかからない距離まで接近しているのだ。


 そして極め付けは、伊藤さんが送った書状。正に挑発文といった感じだが、まんまと大魚が釣れた。



 織田信長さんの美濃侵攻に少しでも貢献しようと思えば、郡上で遠藤さんの相手をするだけでは物足りない。生粋の斎藤家臣である長井さんを一本釣り出来れば、胸を張って貢献したと言って良いはずだ。



 夏らしい強い日差しを浴びながら、俺はここ数日でようやく着慣れた甲冑をガシャガシャと揺らしながら席についた。郡上八幡付近まで接近した物の、郡上八幡一帯には長井さんや遠藤さんの家紋が付いたのぼり旗が悠然と立ち並んでいる。


 俺に続いて金田さんが本陣に戻ってきた。


「いや~、見てきました? いま行ってきましたけど多いっすねぇ」


 これで全員だ。俺は今、総大将の立場なので上座にいる。


 伊藤さんと頼綱さんが両側に、続くように金田さんとつーくん、綱義くんと綱忠くん、末席に別府さんが来てくれていた。

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