第64話 初軍議
全員が着座すると、頼綱さんが口を開く。
「伊藤殿、御見それ致しました!」
昨日からずっと浮かない顔をしていた頼綱さんが、突然改まって伊藤さんに頭を下げた。
俺にはさっぱり理由が分からなかったが、伊藤さんはそれを見て優しく微笑むだけだった。
(この二人、なにかあったのかな?)
頭を上げた頼綱さんが少し興奮気味に言葉を並べる。
「正直に申しますとこの頼綱、伊藤殿がまさかここまで鮮やかな戦差配をなされるとは思うておりませなんだ」
頼綱さんの目はキラキラと輝き、伊藤さんへの心酔を更に深めたように見える。
「虚を実とし、実を虚とする、斯様な戦差配は今孔明と評されても過言ではありませんぞ」
頼綱さんはだいぶ興奮中だ。
「やめてください、大げさです」
伊藤さんは特に誇る事も無く、ただ淡々と現状の説明に移る。
「関の長井さんが釣れたから作戦は大成功なんですけど」
そこまで言うと、広げられたポスターサイズの地図を見ながら少し考え、僅かな間を置いて言葉を続けた。
「問題はその長井さんと遠藤さんの両軍勢、下手すりゃ両方同時に戦う事になるからさ、どうやってたら勝てるかって話なんだよね」
その言葉に、頼綱さんは高揚収まりきらない様子で答えた。
「我が手勢、何なりとお使い下され。ここまでに至る差配をされたのは伊藤殿だ、決戦に及ぶとあらば、その采配も伊藤殿にお任せするより他にない!」
頼綱さんの言う通り、ここまでの状況を作り出した伊藤さんに最後まで決めきってもらうしかない。
「いや、私は天才ではありません」
苦笑いで答えた伊藤さんは、全員を見回すようにして言葉を続ける。
「皆の意見が欲しいんだよね、三人寄ればナンタラって言うじゃん?」
伊藤さんは甲冑の着心地を少し苦しそうにしながら、更に言葉を並べていく。
「ホント時間なくてさ、この先の事まで全然考えてなかったんですよね。昨日くらいから考えようとしてるんだけど……ゆっくり考える時間もなくて」
ここまで考えてくれただけでも凄いと思う。それに、確かに伊藤さんは暇な時間が皆無だ。次々と俺の所に舞い込んでくる報告を実に迅速に処理してくれている。
伊藤さんの言葉に、つーくんが答えた。
「伊藤様の中で、どのような結果を思い描いておられるのですか?」
特に間を置く事無く伊藤さんが答える。
「理想はもちろん、郡上八幡の奪取だけど……」
そこまで言うと、何かを考え始めた。
(確かに、無理にそこを目指す必要もないかも知れないんだ)
織田信長さんが美濃攻略を成功させれば、俺達はスペシャルな後ろ盾を持つ事が出来る。約束通りになれば、別に自分達で奪取しなくとも、郡上八幡は俺達の物になるのだ。
「戦わないってのもアリですよね?」
俺の意見に、伊藤さん以外の全員が目を丸くして驚いた。それぞれ顔には「ここまで来ておいて何を」と書いてある感じがする。
伊藤さんがポンと手を叩いた。
「そう、殿の仰る通り、戦う必要はないんです。戦わない必要もないけど、戦う必要もない」
そう言ってつーくんを見据える。
「俺の描いている理想は、時間稼ぎなんだよね」
伊藤さんの想いは、俺の考えていた事と同じだった。
違うとしたら、伊藤さんはどうしたらそれが実現するか、瞬時に考え出してしまう事だ。
伊藤マジックがこれほど綺麗に決まり、敵の目の前まで来ちゃうとどしても闘争本能が目覚め始める。
だけど、別に戦う必要なんて無いのだ。
織田信長さんに認められる要件は既に満たしている。稲葉山城の支援者である長井さんを完全に引き付けているのだ。
伊藤さんが言うには、長井さんが郡上に入った事で斉藤さんの完敗は避けられない状況になったらしい。もし現段階で美濃三人衆が寝返りの約束まで至っていなかった場合、俺達の行動がその後押しになる可能性もあるとか。
そうなればますますお手柄だ。わざわざ殺し合いをする必要は無い。
「あと二週間か」
金田さんが呟くが、全員がよく分からないような顔をしている。俺とつーくんは、もちろん何の二週間なのかが分からないし、頼綱さんや大原兄弟は、週という単位が分からないようだ。
「よし決めた!」
伊藤さんが膝を叩いて立ち上がった。
「今から十五日間、どうにか耐えましょう!」
そう言った伊藤さんから、其々に指示が出た。
俺達が今いる場所のすぐ南側、この山を簡易的なお城にしてしまおうと言い出した。夜間行軍してきた長井さんの兵が休んでいる今が絶好の機会だとか。
伊藤さんが選んだのは稚児山という山の麓続きで、それほど高くはないが、斜面はけっこう急な峰だ。川沿いで姉小路さんの隊が待機しながら、大原の人たちと別府さんの兵、それから地元の人たちを雇って防御施設を構築しようと言うのだ。
「付城っすか、なるほど!」
金田さんが立ちあがると「地元の男連中かき集めてくるっす!」と走り去っていった。
「剛左衛門、十三、十五、殿と一緒に峰に上がってきてほしいんだ。木を少し切るだけで見晴らしがよくなる場所を探してきてほしい、出来れば郡上八幡城が見えるほうがいいな」
「よし、参ろう!」
「ハッ!」
俺の一声で三人が立ち上がった。
続けて伊藤さんの指示が飛ぶ。
「別府殿、米俵十表を追加でお渡し致しますので、山間に逃げ込んだ守備兵さん達の再雇用をお願いします」
「承った!」
別府さんも立ち上がる。
最後に頼綱さんへ言葉をかけた。
「若様、襲来に備えて陣を張りましょう。付城が出来るまで川沿いで食い止めねばなりません」
言いながら地図のある地点を指した。
付城を作ろうとしている地点のすぐ西側、吉田川東岸の最南端に位置する地点だ。
「よかろう、この地に陣を構え、付城の完成を待つとしよう!」
頼綱さんと伊藤さんは互いに頷き合った。
ここへ来て、いよいよ合戦に来たんだという実感が沸き始めていた。




