②それは家宅侵入ともいう
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その城は無残なものだった。
遠目で見ればそれなりの立派な城に見えたが、近づくにつれその全貌が明らかになった。
人の住まなくなった家屋はあっという間に廃屋となる。
押せば簡単に崩壊してしまいそうな鈍色の外壁。亀裂の入った場所から植物の蔦が屋内に侵入している。
城を彩っていたのであろ窓ガラスも無事なものは1枚もなさそうだ。色ガラスが窓枠に辛うじて引っかかっている程度である。
人の手が入らなくなっただけで、忘れられ滅びていく廃城。
もはや見た目だけで言えば、セラフィメンズの寮を超える幽霊屋敷だ。
「えーと、ポ、ポ・・・ポルトカ城だったっけ?」
オッズのお約束のボケに「ポトゥルカ城よ」と冷たく言い放つニネ。
確かに発音はしにくい。
城と同じく遠い昔に捨てられた言語の一部かもしれない。
「正面から入るのはやめておいた方がよさそうだな」
崩れた外壁の一部が門扉を押し潰していた。
子供ひとり通るくらいの隙間はあるのだが、チラリと扉の上に一瞥をくれてやれば、ブラブラと守護石像が風に揺れていた。
辛うじて背中から生える羽根が外壁の出っ張りに引っかかり、上空で踏ん張っているものの・・・少しでも衝撃を与えれば、落ちてくるのは目に見えている。つまりは、扉から入ろうとすると侵入者を押し潰しかねないと言うわけだ。
・・・はっ、立派な門番じゃないか。
軽い嘲笑を心の中で吐き出しつつ、あたりを見回す。
「裏口とかがあればいいけど・・・」
城として機能していたのなら、食料運搬や小間使いの出入り口があっていいはずだ。この門扉のように潰されていなければいいが・・・。
「・・・窓から入ればいいじゃない」
ごもっとも。おあつらえ向きに崩れた壁の一部がまるで階段のように窓へと続いている。
ただし、そう言ったのは仮にも貴族のご令嬢だ。
四方貴族の名前を持つんなら、品位とか礼儀を重んじて行動するもんじゃないのか?ヘタな行動起せば王家にだって迷惑をかけることになりかねないのに・・・いや、まぁ・・・確かに廃城だしそんな事関係ないと言われれば、それまでなんだけど。
「一応、人様のおうちなわけだし・・・窓から入るのはちょっと気が引けるかなぁって」
「なにをお上品に構えてるのかしらないけど、だれも住んでいないなら礼儀も何も必要ないでしょう」
「いや、そうだけど・・・」
オッズの正論も2秒で論破。いや、論破してるのか微妙なところだが、猛禽類にも似た眼力で睨まれるとこれ以上口を開いてはいけない気がしてしまう。
ということで、ニネを先頭にオッズとオレはしぶしぶ窓枠に手を伸ばす。
変に割れたガラスとかあると危ないなぁっと思ったが、よく見れば窓枠自体がところどころすり減っている。これはつまるところ、同じようにここから人が出入りしていると言うことだろう。
現に、中を覗けば数人の足跡がくっきりと残されていた。
「・・・まさかこれ、屍喰鬼の足跡じゃないよな」
「おっと、なんだ?ラディスくんったらコワいのかぁ~?その点おれは全然コワくないもんね!なんなら、頼ってくれちゃってバッチOKだぜ!」
オレの呟きを聞き逃さなかったオッズがウィンクを飛ばしながら胸を叩いた。
「・・・ここにいても仕方ないな。行くか、ニネ」
「ええ」
「うぉ~い、おれはムシですか~?少しは頼ってくれてもよくな~い?」
オッズを視界から排除し、窓枠に足を掛ける。
ゆらりと視界が歪んだ気がした。
「―――・・・・っ?」
ゾッと背筋から首の後にかけて、悪寒が走る。
セラフィメンズの門をくぐる時とは別の不快感。そう・・・不快感だ。
「どうかした?」
「・・・・・いや」
別に辺りを見回すが、何もない。
大きく開いた窓のおかげで、見通しもいいし、陽射しも入る。あちこちが崩れて、埃が積もっている辺りなんて、至って普通の廃城だ。
気のせい・・・――いや、自分の勘を疑うな、何か・・・いる。絶対に、なにかある。
屍喰鬼がいることを差し引いても、この気配はおかしい。なんだ・・・なにがおかしいんだ。
ゾクゾクと這い上がる不快感を噛み殺してもう一度辺りを見回した。




