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③人の話を聞いてくれ


 眼の端で影が動いた。

 虫だ。どこのダンジョンでも見かけるそれは光を吸収するかのような漆黒の流線形ボディー。長い3本の触覚は獲物を探すかのように揺れている。

 棺虫ひつぎむしだ。

 …何を食べているのか靴のサイズより大きい。いやまぁ…奴らの主食は腐乱したお肉なんだけど。うん、つまりはそういう事だ。それにしても成長が良すぎるだろう。

 それにいっぱいいる。

 数を数えろなんて野暮は言うなよ。暗がりでガサゴソ音がするだけでその大多数の姿は確認できない。

 

「うおっ…!なんだよ、グールの前にひつぎ虫かよ…」

「別に生きてる人間には関係ないでしょ、早く行くわよ」

「え、ニネさん平気なの? あれ見てよ、普通ちょっと引かない???」 

「…別に」


 そういうニネの顔色は本当に変わらない。ポーカーフェイスを気取っているわけではないらしい。むしろオッズの方が表情が引きつっているくらいだ。

 まぁ確かに見た目と数こそアレだが、この虫たちが運悪く死んでしまった生き物たちを綺麗に片づけてくれるおかげで、ダンジョン内に疫病が蔓延したりしないわけで、ありがたい虫ともいえる。

 廊下の隅や暗がりを好む性質のおかげで踏みつぶすことも少ない。ちょっと見た目がアレだからってむやみやたらと殺しまわるのは得策じゃないのはお察しだろう。

 嫌いな人には耐えられない造形だが、足を止める理由にはならなかったらしい。よかったよかった。

 たまにいるんだよね、「無理ーー!!」って発狂して探索諦めちゃう人。冒険者にホント向かないのによくやるよね。


「ラディス、行くぞー」


 オッズの呼びかけに頷き、団子のようにかたまる棺虫に一瞥をむける。

 いつの間にか背筋を駆け上がるような不快感は消えている。けれど曲がりなりにも食人鬼の巣穴だ。注意だけは怠らないようにしようと、ダラダラと歩くチームメイトの背中(といっても巨大な鉄槌(スレッジハンマー)に阻まれてほとんどは見れえないが)を見て思った。

 部屋の隅に置かれていたあの鉄槌を軽々と肩に引っかけている。いったいどういう筋肉の構造をしているのだろう。鉄槌自体に浮遊(フライ)の呪文でも掛けてあるのだろうか…?

 自己紹介もままならないまま、いきなりこんなところにきてしまっているが、連携とかとるようなら相手の性質とか理解しておくのは定石なんだが、どうもこの二人は足並みを揃える気がまったくないらしい。

 オレ、死にたくないんだけどな。

 

「で、まずはどうするかだけどよー」

 

 ため息は風音にかき消され誰にも届かなかったようだ。

 脳天気なオッズの声だけがやたらと廊下に反響する。

 

「バッー!といって、ガッってやって、ガツンとやればいいわけじゃん。まぁ、何があってもおれが守ってやるから安心してついてこいよ、お前ら」

「・・・・・・・・・・」


 ニネが凄い顔でこっちを見ている。

 その目が黙らせろと言っている気がする。まだ出会って数時間なのに意思の疎通めっちゃできてる。


「いや、オッズ。現実的な計画を立てようぜ。目的地に踏み込んでおいて今更って気もしないでもないけどな。とりあえずこの城の探索、出来れば食人鬼退治。数が多いようであれば教官達に報告。そのためには退路の確認確保、深入りはしない。で、オーダー?」

「よかった。貴方はオッズに比べてだいぶ正常(まとも)なのね」

「ニネもね」


 わずかだけれど目尻の下がるニネ。オッズと二人のチームって例え外に出なくても、そりゃあ苦労したんだろうな。しかし当の本人はどこ吹く風の様子で、棺虫にちょっかい掛けて笑っている。


「・・・もうアイツに関しては諦めたわ」


 棺虫を見るような目で見られている事をオッズは気づいていないだろうな・・・。

 いや、たとえ気づいていたとしてもポジティブを捻りだしてくるような男だ、侮れない。


「なー、話し合いはもういいかー? その先階段があんだけど、上がる? 下がる?」


 話し合いに加われよな!!!ってツッコミを入れて、廊下の先へと目を凝らす。突き当たりは二手に分かれた廊下と、上と下へと続く階段になっているようだ。

 上に続く階段は窓から差し込む光で問題なく見通せる。しかし下に続く方は、地下だ。急にもやがかかったように薄暗く侵入者を拒むかのようだった。


「おれ的には下かなって思うんだけど」

「却下」

「同じく」


 オッズが余計なことを言う前に、ニネが人でも殺すような目で睨み付けた。

 けれどオッズは、


「え? 冒険心足りなくない?」


 不満そうな顔でそう言っただけだ。すげぇな鋼の精神。

 超小心者なオレは下の階を一瞥した後、上へと続く階段の手すりに触れる。

 手袋を通してでも感じるヒヤリとした石の冷たさ。うっすらと積もった埃を軽く叩いて、それから左右の通路へと目をこらす。こちらも問題なく通路に外の光が入ってくる。それにドアもいくつか確認できる。


「まずはこのフロアを調べてから異常がなければ上の階・・・外から見た感じだと3階くらいはあるだろうけど、調べてみるか」

「そうね」


 少し考えてニネも頷く。


「どのくらいの広さなのかが分からないのがネックね。どこかこの城の構造がわかる場所があればいいのだけれど」

「資料室みたいなのがあればいいんだけど。それか城なら執務室か?」

「主がいたのならその部屋という可能性もあるわね。しらみつぶしに探すしかないのは面倒ね」

「あれ? 地図ならおれ、マローネから預かったぞ?」

「・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・ど、どうしたんだよ、二人とも怖い顔して」


 よいしょと鉄槌を壁に立てかけ、腰に下げた革製のホルダーから小さく畳まれた更紙を取り出すオッズ。俺たちの視線にようやく気づいたのか、ここにきて初めて表情を強張らせた。


「どうしてそういう大切なこと言わないのよ」

「いや、聞かれなかったし・・・」

「どうしてオッズに渡すのかしら・・・あの教官」


 ニネがオッズの手からひったくるようにして、見取り図を取り上げた。

 存外あの教官・・・愉快犯な気もしてならないが・・・きっと何か事情があったに違いない。そうに違いない。そう言い聞かせて、広げられた見取り図を横からのぞき込んだ。


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