第一話 小谷るかは戦いたい
ラブコメよりもバトルものが好き。ときめきよりも波乱万丈を夢見る。
そんな女子高生、小谷るかの前に、謎のイケメン同級生が降りかかり――?
九月一日、新学期初日。
学期ごとにクラス替えが行われる尚明実験高校では、どのクラスも賑わっている。
気の合う友だちとまた一緒のクラスになった。新しいメンツで面白そうな人がいた。ちょっと苦手な人と隣同士になった……期待と不安が夏の熱気に混ざり、浮ついた雰囲気を作り出す。
「クラス替えでまたるーちゃんと一緒なんて、超ラッキー‼」
一年上級クラス三組にも、親友と同じクラスになったことで大はしゃぎしている女子がいた。
彼女の名前は、吉川陽葵。茶色がかったセミロングの髪を揺らし、橙色のジェルネイルを施した指で、相手女子の手を嬉しそうに握った。
「お祝いに、週末映画に行こう~」
「……聞いてよ陽葵、私今ショックで死にそうで映画どころじゃないのっ」
ぐッと吉川の手を握り返したるーちゃんこと、小谷るかは、泣きの入った切実な声で訴えた。化粧っ気のない顔に、うなじが見えるショートカットの髪型がよく似合う。
「ショックだって⁉ まさか、恋の悩み? もちろん大・親・友のあたしには教えてくれるよね?」
目を輝かせた吉川に、小谷は首を横に振った。
「『呪いの国と祝福の子』っていうソシャゲ、陽葵も知ってるよね」
「前にるーちゃんが薦めてくれた『ノロシュク』? 世界観がダークすぎてあたしには合わなかったけど、るーちゃんはサ開からプレイしてる古参よね。アニメ化の話も出てたけど……」
「それよ! ノロシュクはアニメで男女のダブル主人公を出すって言うから、女主人公でプレイしてきた私としては、めためた楽しみだったの! なのに昨日公開されたPVを見たらさ、女主人公が完全に男主人公の! サポート役に回されてたんだよ! そんなカス改変あり得る⁉」
「それでショックを受けたってこと?」
吉川は慰めるように、よしよしと憤慨する小谷の頭を撫でたが、不思議そうに首を傾げて聞き返した。「二人とも前衛だったら、偏ったパーティーになるよ? 女性を戦わせて男性がサポートってのも変だし、改変も必要じゃない?」
「陽葵もそう思っちゃうか……男女を並べると、男が前へ、女が後ろへって、皆なんとなく思っているのよね」
小谷はがくりと肩を落とした。
「戦う勇姿がかっこいいヒロインが、制作の都合やらバランス調整のために押し込められるの、見てて辛くなるんだよ、私は……
誰かを助けたい気持ちがあるなら、前に出たっていいじゃん。
ヒーローになりたいなら、なりに行けばいいじゃん。
女の子だって、恋の悩みよりも、でかくてかっこいい夢を追いかけていいじゃん」
私は、戦いたい――
「小谷、新学期一限目から居眠りか? ちょっと後ろに立ちなさい」
くすくす笑うクラスメイトの声を耳に、居眠りがバレた小谷はしおらしく先生の指示に従って教室の後ろ側に立った。
ノロシュクの女主人公に自分を投影し、カッコイイヒーローに憧れていても、現実では、ただ遊び惚けて居眠りし、教室の後ろに立たされた、ちょっぴりかっこ悪い高校一年女子なのだ。
(まあ、現実なんてそういうものか)
小谷はあくびを噛み殺しながら、外に広がる校舎裏の景色をぼんやり眺めた。
すると、植込みが大きく揺れ、中から奇妙な生き物が潜り出てきた。
犬より一回り大きいそれは、薄汚れた灰色の毛皮に覆われている。ずんぐり体型はイノシシに似ているのに、足は蹄ではなく、熊や虎のような逞しい四肢をしている。
あまりにも現実離れした光景に、小谷はむしろ何の感慨も湧かなかった。
(ああ、これが白昼夢ってやつか……ノロシュクの世界で、騎獣として登場してきそうね。それに乗って戦場を駆けまわれたら、きっとかっこいいだろうな)
「小谷! ちょっとこの問題を解きなさい。ったく、立ったまま寝る生徒は初めてだぞ」
また寝かけて我に返り、小谷は「ごめんなさい」と謝りながら前へ出た。
こっそり窓の外を見てみても、変な生物はおらず、ただ無人の景色が広がっていた。
居眠りのペナルティで機材運びを手伝わされ、職員室でまた説教された。
小谷は不運の連続に嘆き、教室へとぼとぼ戻った。
教室に入るや、弾丸のようにすっ飛んできた吉川に肩を掴まれた。
「るるるるる、るーちゃん! ビッグニュース‼」
「な、なにごとっ」
吉川は小谷を揺さぶりながら興奮気味に続けた。
「やばいって! 特進クラスにね、転校生が入ってきたの!」
「転校生……?」
尚明実験高校では、学力に応じて特進クラス、上級クラス、普通クラスに分けられ、各学年に一クラスしかない特進クラスは、優秀な生徒が集まる、いわゆる雲の上のような存在だ。
まだ眠い小谷は、つい塩返事してしまう。
「超能力者とか宇宙人とか未来人とか?」
「違う!」
「じゃあ糸目で笑顔が胡散臭い関西弁?」
「違うっ‼」
「金髪碧眼の帰国子女?」
「ちがっ……いや、方向性は合ってる、あと一声!」
「えー、もう思いつかない……」
眠気で頭が働かない。
「それがね、もう芸能人も霞んじゃうような、め~っちゃくちゃの、イケメンなの‼」
「……………………はぁぁぁぁぁぁぁ」
目新しさのなさすぎる定番の答えに、ため息が出た。
「もぉ! るーちゃんの想像の千倍くらいイケメンだからね‼」
「……さようですか」
小谷はチベスナ顔で頷いた。
「レイ様がね――そうそう、彼の名前、固本レイ――、通学路でうちの生徒に助けられたらしくて、お礼を言いにその人を探してたの! ほら、ゼッタイ物語が始まるやつ! ラブコメだよ! 恋物語だよ!」
「げっ、ラブコメ……ノロシュクのアニメも、女主人公が男主人公にくっつけさせられたらどうしよう……」
「もう、ゲームから離れて、身近のリアルイケメンの話をしようよ‼」
「身近も何も、違うクラスにいる時点で可能性は皆無じゃない」
「うちの学校、ポイントがあるわ!」
尚明では、学力査定試験成績に基づき、上位50%の――特進クラスと上級クラスに当たる――生徒には、一定のポイントが付与される。
ポイントは、服装指定の緩和から学費の免除まで、使い道が様々。それを使えば、クラス替えの申請も可能だ。
ラブコメ的なベタ展開を信じない小谷は吹き出した。
「せっかく特進クラスに入ったのに、運命の相手(笑)のために下のクラスに降りるって?」
「そういうドキドキの展開は、あったっていいじゃない~」
頬に手を添えて夢見る吉川を見て、小谷は優しく諭す。
「いい? ラブコメのヒロインは、目立たない平凡女子が相場よ。
可愛くて明るくておしゃれな陽葵は、最初からその枠じゃないよ。ラブコメヒロイン、諦めなって」
吉川は不服そうに口を尖らせた。
「じゃあ、背がちっちゃくて、女の子で、授業中に居眠りするようなるーちゃんは、ヒーロー願望を諦めるの?」
「諦められるわけないわよ‼ ――はっ、なるほど分かった、人に簡単に諦めろなんて言っちゃダメね」
小谷は即座に考えを改め、親友に謝った。
「るーちゃんのそういうとこ、素直で好きよ~」
イケメンには毛ほどの興味もないけど、吉川に付き合って、小谷は昼休みの食堂を訪ねた。
「……食堂って、いつもこんなに混んでるの?」
人ごみをかき分け、なんとか一階奥の窓際に二人の席を確保した小谷は、げんなりした顔で弁当箱を開けた。
「ほら、みなレイ様を見に来てると思う!」
言われてみると、確かに食堂の入口あたりの席が女子たちに占拠されている。
「……はいはい、さいですか」
我関せず。小谷は昼食を頬張り始める。
花より男子、男子よりメシ。
「来たわ! るーちゃん! ほら」
吉川につつかれ、小谷はしぶしぶ顔を上げた。
吉川の「想像の千倍くらいのイケメン」は、誇張ではなかった。
レイという澄んだ音の名が似合う、透き通った顔立ち。
目は、青みがかった夜明け前の空の色。
腰まである深碧色の長髪も、不思議と女性的には見えず、凛とした雰囲気を漂わせている。
そして何より――
(えっ、彼の周りだけ光ってない? 自前の光るエフェクト付き? イケメンの標準装備???)
イケメン様の周りに奇妙な光が見え、小谷は思わず目頭を揉みはじめた。吉川は隣で手を合わせて拝んでいる。
「はあ~イケメンをお作りになった創造主よ、感謝申し上げます!」
小谷は小さくあくびし、机に伏せた。
「……なんか目がちかちかするから、ちょっと寝る」
エアコンの冷気と窓越しの日差しがバランスよく眠気をいざない、そのまま眠りへ――
「いたっ⁉」
強烈な肘鉄を脇腹にくらい、小谷はびくっと身を起こした。
「ちょっと陽葵っ」
眠りを妨げる友人に不満の視線を向けると、彼女があたふたと小谷の右隣りを指しているのが見えた。
触れ合うほどの至近距離に立ち、自分を見下ろしているのは、まさしく光り輝く転校生、固本レイご本人だった。
突拍子もない展開に、小谷は身を強張らせた。
「見つけました」
氷の結晶が割れたような、低く澄みきった声が耳に届く――
※尚明実験高校
全校生徒が千二百名を超える、屈指の進学校。
学力至上主義を掲げ、毎月学力査定試験が行われ、学期ごとに成績順でクラスが再編成される。
小谷らが所属する一年は現在、特進クラス一つ、上級クラス五つ、普通クラス六つで編成されている。




