Act1 樹家の食卓
「……はぁ、はぁ……死ぬ……マジで死ぬ……」
瑞穂学園の制服に着替える前、龍輝は道場の板間に大の字で倒れていた。
厳三郎の稽古は、加納家の「殺人に特化したエリート教育」のような洗練されたものでは無い。ただひたすらに、野生の強度を底上げするような、肉体と精神の極限を攻めるものだった。
「おーい、だらしがないなぁ、龍輝くん。さっさと着替えないと、朝ごはんの時間が無くなっちゃうぞっ」
道場の入り口から、すでに身支度を整えた希が顔を出す。彼女は同じメニューをこなしたはずなのに、ケロッとした顔で笑いかけている。
「……大体、何で航聖までこっちにに来て、朝めし食ってんだよ」
「いいじゃん、……早く行こうよ、龍輝」
龍輝がダイニングに辿り着くと、既に朝食が始まっていた。上座には厳三郎。すぐ隣では航聖が味噌汁啜っている。
希の母が笑いながら、龍輝に椀を出した。
「おはよう、龍輝君。今日の味噌汁は、希が豆腐を豪快に手でちぎって入れちゃったから、見た目はちょっと良くないんだけれど……」
「あははっ、形なんてさ、どうせお腹に入れば一緒でしょ?」
「……」
希が龍輝の前に、山盛りのご飯と、これまた大きな卵焼きをどんと置く。
「ほら、頑張れ、龍輝!樹家では『食べたものが拳になる』ってのが家訓だよ」
「……卵焼き……焼いたの誰だ?」
「はーい、あたしっ!……美味しいよッ!」
「……悪いけど、お前の卵焼きはびっくりするほど甘いんだよッ‼……いらねえっ、そんな劇物」
「えーっ、せっかくあたしが焼いたのにぃ~」
希の卵焼きには一体どれだけの砂糖が使われているのだろうか……考えるだけでも恐ろしい。
普段笑わない航聖までもが、黙って下を向いて口角を上げている。
和やかな時間はこうして過ぎていく。
食事を終えると、航聖がタブレットを開いて、簡単な作戦会議が始まった。
「どうだ……佐藤 研斗の様子は?」
「どうもこうもねえよっ。……あいつ俺と目が合うとさ、さっさとどこかへ行きやがるから」
「まあ……想定内だけどな……退学しないだけでもあいつを褒めてやらないと」
航聖は苦笑する。
「僕は、三年生のネットワークを巡回する。自分の出席数も厄介だが誤魔化せんからな」
「あたしはね、一年生の可愛い子達と仲良くなって、学園の情報を集めるんでしょ?ヒメに頼まれちゃった……へへっ」
「……可愛いって……どういう基準だよ?」
三者三様、瑞穂学園の朝はこうして始まるのである。
こういうのが一番楽しい。




