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「静かな毒」  ──笑顔の裏に、何がある?  作者: ひまわり


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“奈々子潰し”を決意するまで

家電製品の問い合わせやクレームが日々押し寄せる、地方都市のとあるコールセンター。

電話のベルは朝から晩まで鳴りやまず、その向こうには、壊れた掃除機や動かないエアコンに苛立つ声が待っている。


「申し訳ありません」

「大変ご不便をおかけしております」


その言葉を何度繰り返しても、心がすり減らない日は少ない。

でもここには、そんな日々を“当たり前”として受け入れながら働く女性たちがいる。


電話口の声には表情がない。だからこそ、この職場では「空気を読む力」や「ちょっとした気配り」が重宝される。

クレームをさばく力よりも、どれだけ“人柄”で乗り越えられるか――それが評価を左右する。


そんな中で、静かに存在感を示していたのが森下だった。

長年この職場にいて、仕事はできないが、人の機微を読むのがうまくて、みんなに「森下さん」って呼ばれて頼られてきたと本人は思っているが、励まされてきた。

けれど、ある日突然、春の風のように現れた後輩――橋田奈々子が、その空気を少しずつ変えていく。




「奈々子さん、最近ほんとに頼もしいね」


チームリーダーのその一言は、何気ないようでいて、森下の胸の奥に鋭く突き刺さった。


会議のあと、和やかな空気の中で出た言葉だった。

「クレームも冷静に捌いてるし、後輩のフォローもさりげなくしてて。うちの雰囲気がほんとに良くなってるよ」

そんな声に、何人かがうなずいた。


森下は、口元に薄く笑みを浮かべたまま、心の中でその言葉を反芻する。


(雰囲気が良くなった…?)


(じゃあ、前は悪かったってこと?)


(私のせいだったってこと?)


誰もそうは言っていない。

だけど、聞こえてくる“空気”は確かに変わっていた。

みんなが、奈々子を中心に回り始めている。

彼女の言葉にうなずき、笑い、共感する。


森下は、長くこの職場にいた。

誰よりも早く出勤し、休憩時間には誰かの悩みに耳を傾け、派手ではないけど気配りだってしてきた。

ときに鬱陶しがられても、「私がやらなきゃ」と思って頑張ってきた。

そのおかげが、みんなには「森下さんがいるから助かります」と言われてきた。


それなのに。


橋田奈々子は――何もかも、持っている。


明るさ、若さ、家庭の幸せ、仕事の評価、そして、周囲からの好意。


(あの子、全部さらっていく気?)


(みんなの中心という私の立ち位置まで、奪おうっていうの?)


給湯室で、たまたま奈々子と二人になった。

森下は、ゆるく笑いながら話しかけた。


「最近、よく褒められてるじゃない。…すごいじゃないの、ほんとに。

後輩の子たちも、橋田さんのこと頼りにしてるって、聞いたよ?」


それは、試すような言葉だった。

でも、奈々子はまっすぐな目で、こう返してきた。


「えっ、そんな…私なんか全然。

でも…森下さんがいるから、安心して働けてます。

森下さんのフォローに、ほんと助けられてるんです」


その言葉に、森下は笑ってうなずきながら、心の奥で何かが崩れていくのを感じた。


(私の存在を…“助けてくれる人”にされた)


(私のことを“上の立場”から見てる)


(そしてそのうち、みんなが“奈々子がいてくれるから助かる”って言うようになる)


その立場は、本来なら私のものだった。


(…もう、十分でしょ。

若くて、かわいくて、仕事もできて、家庭もあって。

それで“職場のヒロイン”までやろうっていうの?)


森下は、ゆっくりとコーヒーにミルクを注いだ。


(でも――そうなる前に、私はちゃんと、手を打たせてもらうわ)


誰にも気づかれないように。

“優しそうな先輩”の顔をしたままで。



人は、自分の居場所を守ろうとするとき、笑顔の奥に静かな棘を隠すことがある。

それが善意からか、焦りからか――

陰口が、波紋のように広がり始める前触れだった。

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