後編 「善きもの」
偉くて凄い、善きものになった魔物の「友達」
最近ザカリが変わった。
以前はいつも、シズルにべったりと背後霊のように張り付いていたが、最近は自分から、あちらこちらへひとりで行くようになり、邸でいつも見かけられていた「雛鳥の後追い」もあまりしなくなった。
テッセラは、そんな雛鳥から卒業したばかりのザカリを『言葉の勉強をしないか』と誘った。
本来なら図書館に足を運びたかったテッセラだったが、ザカリが見知らない人間の多い、閉鎖された空間である図書館を嫌がったので、太陽の下、風通しの良い裏庭の芝生の上にふたりで座り込んで話をすることになった。
「やっぱりさぁ、もうちょっと、ちゃんと会話ができたほうがいいと思うんだよね」
「ザカリ、チャントシテル。オカシクナイ」
「うん、まぁ何とか理解できない事はないけど、やっぱりいろいろな人と話をするんだったら、みんなに理解できるような話し方を身に付けた方がいいと思うよ、ぼくは」
「イラナイ。シズル、テッセラ、ジークハルト、シルベスタ、イル、ミンナヒツヨウナイ」
「でもさ、これからずっとここで暮らすんでしょ?」
「イラナイ」
そう言うとザカリは黙り込んでしまった。
魔物の世界は人間ほど社交的ではない。
殆どの魔物は、自分の『仲間』とそれ以外を明確に区別している。
随分と邸の住人たちにも受け入れられ、人間社会に慣れてきたザカリだったがやはりその例外ではなく、今でも特定の人間以外と会話をすることはあまりなかった。
しかし、シズルやテッセラに混じって人間の社会で暮らしていくためには、潤滑な意思疎通は大事だ。
心の中を覗けない人間は、表に現れる言葉の使い方、その受け止め方でどのようにでもその人間との関係性が変わる。
もちろん、人間は『腹芸』も得意なので、言葉にすること全てが真実でないことも多いが、せめて。
「ぼくを仲間として認めてくれるザカリの気持ちは嬉しいけど、せめてこの屋敷の人たちとだけでも、ちゃんと会話ができるようになってくれるとぼくはその、友達として嬉しいかな?」
テッセラがそう言うと、ザカリがぱっと顔を上げ
「テッセラ、ザカリトモダチ。トモダチ、ネガイカナエル」
そう言ってにっこり笑って会話の練習を始めたのだが、暖かい陽気に誘われて、気がつけばふたりとも眠り込んでしまった。
「テッセラ、テッセラ」
ザカリにゆさゆさ揺さぶられ、テッセラは気持ちの良い午睡から醒めた。
「ふぁあ、よく寝た。外は気持ちよくて駄目だね。今度からやっぱり図書館へ行こうよ」
テッセラは目をこすりながら背伸びをする。するといきなりザカリの衝撃発言にさらされてしまった。
「テッセラ、アタマオカシイ」
「ええっ?」
アタマワルイと言われたことはあるが『おかしい』とは何事か。
さすがにむっとしたテッセラが、ザカリに抗議しようとそちらを向いた途端、テッセラの視線がザカリの額に釘付けとなった。
そこには何やら『奇怪なもの』が描かれてた。
「ザカリどうしたの! それ!」
自分の額が見えないザカリが眉を下げ、反対にテッセラの額を指差してもう一度言った。
「テッセラ、アタマオカシイ」
「えっ、何? ぼくもなの?」
思わず額を擦ったテッセラの手が黒炭で真っ黒になった。
それを見て、羽ペンが主体の筆記用具のこの世界で、常日頃から質の悪い鉛筆を持ち歩いている人物の顔が即座に浮かんだ。
「・・・シズルだ、こんなことするのはシズルしかいない」
真っ黒になった手を握りしめ、テッセラが溜息を吐いた。
「時々こういうことするよね、彼女。ミゼン様や王様相手でも対等にきちんと大人な対応ができるのに、子供っぽいというか大人げないというか、ほんとうに宝の持ち腐れだ」
シズル曰く、『口は災いのもと』の体現者のテッセラだったが、その災いがいない今、その口から思う存分に悪罵を吐き出した。
シズルにいたずらされた。
テッセラは呆れてるけど、ぼくはおかしかった。シズルはティポタみたいだ。
シズルは時々乱暴なこともするけど、人間が好きだ。人間に嫌なことをされても、結局最後は許してしまう。
使い魔のぼくに命令して、悪い奴をこらしめろとはいわないし、咬ませてもくれない。
魔導士の二番目のことは咬んでいいっていったけど、結局最後は許してしまった。
今は友達になったけど、テッセラは最初にあった時シズルを怒らせた。
あの時シズルは、ぼくの毛皮に顔を突っ込んで、特別な星のお菓子を台無しにされて怒って残念がって悲しんでた。
あれはシズルの失くした家族の思い出。
シズルが怒って残念がって悲しんでいたのは、その思い出も一緒に燃やされたと感じたからだ。
あの後やっぱり服がないことを怒られて、ジークハルトやシルベスタと一緒に部屋から追い出されたけど。
シズルがぼくのかけらを取り込んで魔物の仲間になったあと、少し前から力が使えなくなってたテッセラは、シズルにうまいこといいくるめられて、ぼくの『服』を作ることになった。
テッセラが危ない力を使えなくなったのは、シズルのせいじゃなくてテッセラのせいなのに。ばかだなあと思った。
今までも人間はばかだと思ってた。必要もないのに大きな火やたくさんの水を出してよろこんでる。
あれは危ないものなのに。全部なくなっちゃうのに。
テッセラに嫌々つきあって『服』を作るのを手伝ってたら、シズルに黙って置いていかれた。びっくりして、そして悲しくなった。
シズルがいつも服を着なさいといってたのに、ぼくがそれを守れないから置いていかれて捨てられたんだと思った。でも人間に擬態はできても、からだの一部じゃない『服』はぼくには作れないんだ。
悲しくてどうしようもなくて、ぼくは『服』を作ってるテッセラに頼んだ。
シズルに嫌われないように、黙って置いていかれないように、ぼくにシズルの望む『服』を作って。お願い。
どうかお願い。
それからテッセラは一生懸命ぼくの『服』を作ってた。でもうまくいかないみたいで、だんだん元気がなくなってきた。
「ザカリ、『服』は諦めようか。このままだとテッセラ君、倒れちゃうかもしれないからね」
ある日シズルがそういってぼくの背中をなでた。
その日は『もふもふの日』で、ぼくは一日中魔狼の姿だった。人型のときのように、シズルを腕の中に抱えられないけど、こうしてあちこちなでられるのも好きだった。
ぼくもシズルの意見に賛成だった。『服』はなくても困らないけど、テッセラがたおれていなくなるのは嫌だった。
シズルとテッセラを呼びにいって、もういいよ今までがんばってくれてありがとう、といったらテッセラがこのまま続けるといった。
「強い魔術は壊すばっかりでちっとも楽しくない。ものを作るのは苦しいけど楽しい、わくわくするんだ。壊すばかりよりずっといい」
テッセラは偉い。ちゃんと気がついた。
ぼくはうれしくなった。テッセラは『良い魔導士』だ。
テッセラと約束して『服』の完成を待ってたら、テッセラが凄く怖がっているのを感じた。
ぼくがどうしたんだろうとじっと固まっていると、ぼくの不安と緊張が、ぼくと繋がってるシズルにも伝わったみたいだった。
「行こうザカリ」
ぼくはシズルと一緒にテッセラのところに『跳んだ』。
テッセラは魔導士にいじめられていた。
シズルがデュオをこらしめているあいだに、テッセラのそばにいって、よくがんばったね、よくがまんしたね、テッセラはいいやつだとほめたら泣かれてしまった。
テッセラは偉くて凄い。ちゃんと約束通り、すぐに『服』も作ってくれた。
テッセラはあれからずっと、最初にシズルを怒らせて悲しませたような、嫌な力の使い方はしない。
強い力は持っているけど、もうなにも壊さないし、二度とだれも傷つけない。
今なら、シズルやティポタがなぜ人間が好きで、許せるのかわかる気がする。
『服』を作ってくれただけじゃない、今もぼくのためにいろいろ考えて、一緒に動いてくれる。
最初はいじわるだったけどテッセラは変わった。
テッセラはぼくの嫌いな人間で魔導士だったけど、良い人間で良い魔導士になった。
それはとてもうれしくて気持ちいいことだ。
そうやって、『善きもの』に変化したテッセラと、ぼくはともだちになった。
テッセラは、魔物の、ともだち。




