第九十六回 ごめん
——視界の端に、微かな光が灯る。
いや、表現として正しいのは「入る」かもしれない。
が、今はそんなことはどうでもいい。
闇の中、僕は記憶を巻き戻す。なぜこのような状態になったのかを思い出すために。そんな中出会うのは、妙だと訝しんでしまうほど、幸せな記憶ばかりだった。女性——由紀と、楽しく過ごしている光景ばかりが、鮮明に蘇ってくる。
——そうか、僕は。
しばらく記憶を探っているうちに、ここに至った経緯を思い出した。
僕はクリスマスに由紀と出掛けて。怪人グッズの店や公園なんかを見て回り、イタリアンレストランで晩御飯を食べて。
その帰り道、突っ込んできたトラックに——。
「はっ……!」
突然目が覚めた。
視界は白一色。一瞬天国へ来てしまったかと焦る。
しかし、眼球だけを動かして周囲の様子を確認しているうちに、その焦りは消えた。蛍光灯や窓枠といった人工物が見えたからである。
生きている。
目が覚めてしばらく経ってから、そう確信した。
その直後。
「手間弥! 気がついたの!?」
声が聞こえてきた。
聞き慣れた声——そう、母親の声だ。
「……ついた」
体がだるくて発声が上手くいかない。まるで、質の悪い眠りだった日の寝起きのよう。
「……何時?」
「朝方の四時よ。まだ夜明け」
母親の声がそう答えてくれる。
それにしても、起きるなり母親に絡まれるなんて、実に懐かしい。学生時代はよく起こしてもらったものだ。
「四時か……じゃあもうちょっと寝る……」
生きているのならそれでいい。
今はもう少し寝たい気分だ。
「分かった。また起こしてみるから」
「うん……」
こうして僕の意識はまた闇に落ちる。
……つまり、二度寝したのだった。
次に目が覚めた時、窓の外はもう明るくなっていた。
早朝に意識が戻った時のようなずぅんとくる重さも消えており、すっきりと目覚めることができた。
「起きたの? 手間弥」
「あぁ……うん」
そう言って上半身を起そうとすると、母親に「駄目よ」と注意される。
僕は仕方なく、体を起こすことを止めた。
首を動かして周囲の様子を見ていると、窓に、ベッドに横たわっている僕の姿が映っていることに気がつく。
「今度はもう朝よ」
「そっか……あ、そうだ、由紀さんは」
「少し腰を打ったみたいね」
腰を打ったというのは、道路で、ということだろうか。だとしたら結構痛そうだ。舗装されている地面で転ぶとさりげなく痛いというのは、僕は、幼い頃から嫌というほど知っている。というのも、僕は幼稚園に通っていた頃から、道でよく転んでいたのだ。
……と、それはともかく。
由紀が重傷でないことを知り、安堵した。
問いに対して「腰を打ったみたい」という言葉が返ってくるくらいだから、比較的軽傷なのだろう。
「手間弥が搬送されたって聞いた時は驚いたわ」
「ごめん」
「まぁ仕方ないことね。トラックが突っ込んできたんでしょ」
「うん……危ないトラックだった」
危険な運転は止めてほしい。本当に。
「軽い打撲で済んで良かったわね」
「え、僕……?」
「そう。手間弥のことよ」
軽い打撲だったなんて知らなかった。
そういうことなら、下手に動かさないよう気をつけなくては。
「死ななくて良かったわね、手間弥」
「あぁ……うん。本当に」
死んでいたら洒落にならない。